路地裏の懺悔室
からんころんからん。
古風なドアベルの音を背に店を出た一体の重量級のアンドロイド、アネル。
アネルはいつもなら友人のメダクスとこの酒場で飲んで語り明かしているのだが、その友人は最近連絡もつかないでいた。
メダクスがいきなり音信不通になるのは珍しいことではなかった。
しかし、それでもどこか少し心配してしまうアネルは、少し期待を込めてここにきたのだ。
だが、メダクスの姿は見当たらず、仕方がないといつもの琥珀色のウィスキーを一杯呑んで店を出たところだった。
アネルはコートのポケットに手を突っ込み、帰りの路地へと足を運んだ。
現在の時刻はPM20:23。商店街の店はまだ開いている。それならば、妻であるシーナに土産を買って帰ろうと商店街の方へと歩こうとしたそのとき、一件の救助信号がアネルの元に届いた。
自分の元に救助信号が届くなんて、まさか、と嫌な予測が電子頭脳を駆け巡ったが、送り主の名はメダクスではなかった。
アネルは安堵の胸をなでおろしながら、救助信号の詳細情報を確認した。
送り主の名はガルディ。その名前はアネルのデータベースにはない名前だった。
救助信号が発せられた場所はここから東北へ53m、酒屋の路地裏をまっすぐ行ったところだ。
それならば、急な故障で動けなくなったロボットが近くにいたロボット全員に救助信号を発信したのかもしれない。
軍人用ロボットとして生まれたアネルは、昔の使命を思い出したかのように、傷ついた仲間のいる場所へと走り出した。
大きな建物で囲まれた路地裏の闇は深く、月明かりさえ届かない。しかし、暗視機能を持つアネルにとってそれは大した問題ではなかった。
問題なのは救助信号を発したロボットが見当たらないことだった。
発信源はこの辺りの筈なのに、声をあげても返事はなく、ゴミ溜りばかりでロボットの気配がしない。
路地裏の終端まできたが、結局ロボットを見つけることができなかった。帰ろうと俯いたとき、アネルの動きが止まった。
誰かが捨てた鉄屑の山に、一体のロボットが頭を垂れて座っていた。
いや、座っていると表現していいのだろうか。そのロボットの胸部から下は空虚だった。
「おい、一体どうしたんだ」
近づいてよく見ると腕もなく、引き抜かれたように切断された肢体からはバチバチと火花を散らすコードと、どろりとしたオイルが垂れ流れている。
しかし、アネルは騒いだりはせず、冷静にロボットの頭部と胸部を開き、陽電子頭脳とコアが起動しているかを確認した。
不幸中の幸いというやつか、半焼しているがなんとか動いている。
どこのメーカーかまではわからないが、必要以上に立派なパーツは、ただのロボットではない。
やっかいな事があったのかもしれない。身を硬くしながら修復作業に取り掛かると、力なく俯いていた頭が僅かに上を向いた。
「大丈夫か?この損傷だと俺一人じゃ限界がある。今修理を呼ぶ」
「頼む……助けは、呼ばないでくれ……」
「何馬鹿な事言ってるんだ。このままだとメインメモリが焼き焦げるぞ」
「それで、いいんだ。それが俺の背負うべき罪だ」
「いいわけがないだろう。もうしゃべるな」
「俺は……過激派ロボット至上主義者の一人だった」
それを聞いたとたん、アネルの修理をする手がぴたりと止まった。
アネルはロボット至上主義にあまり良い印象を持っていなかった。
自分が直接的な被害を受けたわけではないが、彼らの主張は常に相対評価で、自分たちが素晴らしい存在だと主張する為に、必要以上に人間を卑下しているのである。
もちろんその行為と思想は最愛の妻であるシーナを否定しているのと一緒だ。良い印象を持てるわけがない。
しかし、それが修理を施さない理由にはならない。アネルは再び手を動かした。
この時代を許さない人間に返り討ちにあったのだろうか。いいや、それは考えにくい。彼のパーツは戦闘用の一種だ。人間の奇襲にあったとしても、そう簡単に負けるはずがない。
「あまり俺らの事を良い風に思っていないだろ?当たり前だ。そんなこと、わかっている。お前に、こんなロクでもない俺を助ける義理はない」
「……」
「だが、それでも……俺は、死ぬ前にお前に頼みたいことがあるんだ。俺の記憶と、懺悔を聞いてほしいんだ」
「懺悔なんてしたところで、何もならないだろう」
「その通りだ。だが、俺はリリスとの思い出をこの世界に残しておきたいんだ。彼女はもう死んでしまって、俺しか覚えていないんだ。ここで俺のデータがくたばったら、二人は本当に消えてしまう。なぁ、頼むよ…」
「……わかった」
修理をしても無駄だとわかった以上、このまま無視して帰ることもできた。
しかし、このロボットは誰かを強く思っている。それが自分とシーナと重なっているような気がして、放ってはおけなかった。
アネルはガルディと名乗るロボットと目線を合わせるように、湿ったアスファルトに片膝をつく。
十字架もなく神父もいないが、閉鎖的なこの空間は、教会の懺悔室のようだとガルディは感じた。
「ありがとう。感謝する……さて、どこから話を始めようか……」