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店の名は “猫屋” である

作者: 羽生田鷹

目に止めていただき、ありがとうございます。



2019年11月某日。

 東北の山中にて、会社経営者、松村五郎の死体が発見された。

 

 発見者は山菜取りに来ていた初老の男で、リスを見つけて視線を向けた先に、偶然それを見つけたのだという。


 死体は擦り傷や切り傷、打ち身の痕が多数あり、後頭部に強打した痕も見られた。

 現場より上った先にある歩道から斜面へ滑り落ちた際に、木に頭を強く打ちつけたのだろうと、警察は現場を捜査し事故死として判断した。


 山に来るには薄着であり、多額の保険金が掛けられていたので、保険会社は自殺ではないかと疑ったのだが、松村五郎を山中まで乗せたタクシー運転手が見付かり、自殺をするようには見えなかったし、とても観光を楽しんでいたようだったと証言した。


 また、松村は先月、会社を全て部下に譲り隠居し、これからは悠々自適に余生を楽しむのだと嬉しそうに話し、旅行へ出かけたという証言も出てきた。


  自殺に至る理由も見つからず、保険金も動物愛護団体へ全額寄付となっていた為、自殺の線は薄れた。

  他殺の線も、彼は一人であったことから外されていた。


 彼はタクシーに乗っている間、楽しそうに運転手に話し掛け、終始笑顔であったそうだ。


  ひとつ見落としていた事と言えば、彼の脇腹には幼少期に遊んでいた際に怪我をして縫った傷跡があったのだか、それが全く無くなっていたという事だけである。

 この傷痕を知る者はこの世にはいない。

  つまり、誰も気が付くことは無い。



 ---事件の一月前。


 ここは、東北の地方都市。

  その店はこの地に存在していた。

  大きな駅を中心に高層マンション、商業施設やオフィス街、繁華街が立ち並び、中央に集中して発展を遂げている都市だ。

 その為に、郊外は閑静な住宅街となっている。


 閑静な住宅街の一角に、その喫茶店がある。

  店の名は、“猫屋”である。


 看板も出ておらず、一見すると何の店か、分からない。

 外装はシンプルで、まっ白の壁に大きなガラス窓がはめまれており、茶色の木のドアが左端に一つ付いている。

  中の様子は、窓枠の内側に置かれた植物たちに遮られ、覗くことは出来そうにない。


 ドア付近のポーチの上には、木製のプランターがいくつか置かれ、それに寄せ植えされた花々が色鮮やかに咲いている。

  ドアに近づくと、営業中と書かれた小さな板が、ドアノブに括り付けられていた。

  これを見るまで、ここが何かの店であり開いているとは誰も分からないだろう。


 その店に、サッカーボールを抱えた一人の少年が慣れた様子で入っていった。

「こんにちはー、テンチョーいる?」


  少年が声を掛けるが返事は無い。

  内装は、カウンターの上や天井まで、店の至る所に植物が置かれ、まるで魔女の薬草屋の様な雰囲気である。


 そんな植物がごった返した店内の奥に、無造作にいくつかのテーブルセットが置かれていた。

 少年は店内を見回し店主が居ないことを確認すると、定位置のカウンターの右端に腰かけ、背中に背負っていたリュックを乱暴にカウンターの上へと下ろした。

  ドスンと鈍い音がする。


 その音に気が付いたのだろう。

 見た目が大学生くらいの黒淵眼鏡を掛けた爽やかな青年が、店の奥にある二階に繋がる階段から顔を出し素早く降りてきた。

 二階はこの店主の住居になっているらしい。


「あっ、瑞樹(みずき)君来ていたんだね。」

 そう言いながら、彼は速足で店に出てくる。

「おう、母ちゃんに言われて、煮物の差入れだ。」

 そう言うと、先程のリュックから、ビニール袋とラップでぐるぐる巻きにされたタッパーを取り出した。

  汁は、外へは零れていない様だ。


「ありがとう。阿部さん家の煮物、僕好みの味付けで美味しいんだよね~。」

  受け取ったタッパーをカウンター裏に置くと、違うタッパーを手にして戻ってくる。

  中にはアップルパイが入っているようだ。


「はい、これ。いつもありがとうって、お母さんに伝えて。」

「おう、伝えておく。」

 そのタッパーを少年は受け取り、無造作にリュックへ詰めると、

 サッカーボールを抱えて席を立ちあがる。


  立ち上がった後にふと動きを止める。

  振り返り、少年は店主へ質問をする。

「なあテンチョー。ここって喫茶店だよな?」

「ええ、大人気喫茶 “猫屋”ですよ。どうかしましたか?」


「いやだって、喫茶店なのに店名は猫屋だし、いつ来ても猫一匹しか居ないから、あれ?今日は猫もいないな…それに人より植物の方が多いじゃないか。これで大丈夫なの?友達の母ちゃんとかに宣伝しようか?」

 眉間に皺を寄せ、少年は気まずそうに返答する。


「ふふっ、瑞樹君は優しい子だね。大丈夫、何とかやっていけているから。ああそうだ、これ昨日の残りだけどいる?友達とおやつにどうかな?」

  少年は振り返り手を差し出し、店主が持っているクッキーの入ったビニール袋を受け取った。

「貰う!!テンチョー、サンキュー。」

  少年は嬉しそうにクッキーを眺めながら、出口へと向かう。


  そのやり取りをしている最中、表で車の止まる音とドアの閉まる音がしていた。

  少しして、真っ白な髪と口ひげのご老人が、ドアを開けて、店内に入ってきた。

  少年がドアを開けようと近づいていたタイミングと重なり、少年はドアにぶつかりそうになる。

  危機一髪のところだった。


  いつの間にか少年の後ろに来て居た店主の男に肩を掴まれ、後ろへ体を下げられていたので、怪我はなかった。

  そして、中へ入ってくる老人に店主が、

「いらっしゃいませ。」

 と、何事もなかったかのように、いつものにやけた笑顔で挨拶をした。

 老人がどうもと一言挨拶をし、彼らの横を通り過ぎる。


  そして、入り口のドアを店主が開けて、

「気を付けて、行ってらっしゃい。」

 と、少年を送り出したのである。


 少年は、あの店に客が来る事があるのかと驚きながら、友人と遊ぶ場所へと急ぐのであった。


 その時、開いていたドアの隙間から、店主の足元をすり抜け、店の中に三毛猫が入ってきた。

「おかえり、ニヒ。」

 ニャーと猫は返し、店奥にある赤いクッションと水皿の置かれている自分専用スペースへ、そそくさと向かい寝転んだ。。


 店主はその動向を見守った後、カウンターへ行き、お水を用意し老人のテーブルへと向かった。


「いらっしゃいませ、松村さん。どうですか、お気持ちは変わりありませんか?」

「ああ、変わらんよ。」

 そう言いうと、膝に抱えていたペット用キャリーバックを机の上へ静かに下ろし、ジッパーを開けた。


 中から、そろりと猫が顔を出す。

 ロシアンブルー()だ。


「奥さんもいらっしゃい。」

 そう、店主がロシアンブルーに挨拶し、テーブルの上に水の入ったグラスと水皿を置いた。


(わし)は、すでに覚悟は出来ておる。息子や娘たちのあの態度、何度も、何度も話してみたのだが何も変わらなかった。このままでは食いつぶされるだけだ。」

「そうですか…駄目でしたか。」


「ああ、だから、会社を守る為にも全ての事を専務に任せ、儂は引退する。今朝、全ての権利を彼に渡し、後の事は信頼する弁護士に頼んできた。儂はもうすることがないのでな。満月まで、近くのホテルにでも泊まって、ゆっくり観光を楽しむとするよ。」

 言い終えると老人はホッとしたように笑顔になり、水を口にする。


「ああ、注文を忘れていた。コーヒーと緑茶を1つずつ。あと、本日のデザートを2つ。」

「かしこまりました。」

 店主は注文を聞き、カウンター内の厨房へと向かった。

 すぐにコーヒーカップと新たな飲み皿、アップルパイの乗ったお皿をトレイに乗せ戻ってくる。


「どうそ。本日のデザートはアップルパイです。」

 テーブルに並べ終わると、そう声を掛けた。

「小百合もおあがり。」

 そう老人が優しく言うと、猫のもとへケーキのお皿を寄せた。


 こちらのケーキは、猫が食べると分かっていたのだろう、小さく切ってある。

 猫は、にゃあーと可愛らしく鳴き、美味しそうにケーキを頬張った。

 水皿に入った緑茶は熱いのか、少し冷ましてから飲むようだ。


「人間の食べている物を、猫になってから食べても本当に何ともないのだな。」

「ええ、そう聞いて言います。もともと人間であったモノを作り替えているから、本来の猫とは、多少違う部分があるのだとか。確か、猫の好物には微塵も興味がわかないとも。マタタビとか平気なのでは?」


「ああ、なかったな。一度、息子の嫁が小百合を手なずけて儂から金を引き出そうと、マタタビで誘惑したことがあったのだが。その時に小百合が何も反応していなかったから、かなり助かったんだ。」


「はあ、風変りなお嫁さんですね。」

 困った顔をして話す店主。


「そんなのは日常茶飯事だ。あいつらは、投資だ、新事業だと家を継ぐ気はないくせに、金だけをせびりにやって来る。58年間、甘やかして育ててしまった酬いなのだろうな…自分が恥ずかしいよ。」

「そうですか。しかし、ご子息達はもうご自分で色々と気づかないといけない年齢でございましょう。松村様だけでなく、ご自身たちが責任を負わなければならない立場です。もう良いのではないかと、私は思います。」

「ありがとう。そう儂も考えをまとめたから、全てを絶つという決断をしたんだ。」

 老人の心からのお礼であった。


「さて、本題でございますが、次の満月の夜、月がこの店の屋根よりも高い位置に上がる前に、この鍵を使い、いつもの入り口から店にお入りください。この鍵は決して失くさないでくださいね。とても大切なものなので。」


 店主は老人の掌を片手で支え、もう片方でチェーンの付いた鍵をそっと置いた。

 店主の手はとても冷たかった。


「分かった。決して無くさぬようにする。」

 慎重に受け取りながら老人は返事をする。


「それから、その後の予定ですが、もう決まっておられますか?」

「今後の予定は、寺にお世話になることに決めたよ。先日、住職にも会いに行ってきた。迎えを寄こしてくれるそうだ。」


「寺ですね。カフェや島もなかなか良い環境だと聞きますけど。協力者も皆良いヒトばかりですし。」

「ああ、そう聞きましたが、住職が妻と一緒の寝床を用意してくれると約束してくれたのでね…儂ら以外にも沢山の者達が住むようなのでな。心配なのだ。」


「なるほど、分かりました。こちらからも住職に連絡を入れておきますね。」

 店主が柔らかく微笑む。


「他に質問は?」

 店主が笑顔を崩さぬまま質問する。

 その他にも、いくつかの老人からの質問に店主は丁寧に答え、老人は熱心に聞いていた。


 話が一段落すると店主は席を離れた。

 戻るとトレイに乗せたコップの水を猫の皿に足し、コーヒーのお代わりをテーブルへ置き、空になったカップを下げた。

 そして、

「何かありましたらお声かけください、ごゆっくり。」

 と言い残し、カウンターへと戻って行った。


 ロシアンブルーに嬉しそうに話し掛けながら、老人はケーキの残りを食べる。

 その様子を横目で見つめていた三毛猫が、飽きたと言わんばかりに欠伸をし、寝入ってしまった。


 しばらくして、老人は店を後にした。


「満月の夜に。」

 と、言い残して。


   ***


 満月の夜、21時を回った頃に、一台のタクシーが店の前に止まる。

 猫の入ったケースを抱えた老人が、下りてくる。

 ドアが閉まり、タクシーは直ぐに去っていった。

 店の入り口へと向かう老人。

 失くさないようにしていたのだろう、紐に括り付け首から下げていたあの鍵を、胸元から取り出す。

 そして、ドア下の辺りにあるフッドライトの明かりを頼りに、鍵穴へスッと差し込んだ。


 すると、カチャリと何かが重なる音がした。

 鍵が開いたようだ。

 ノブを回し、ドアを押して店内へ足を踏み入れると、そこは先日訪れたあの喫茶店の店内とは大きく異なった風景があった。

 真っ白い壁に囲まれた、だだっ広い空間。

 奥に背もたれの長い白色の椅子がポツンとひとつ置いてあるのが見えた。


「どういうことだ?店を改装……いや、部屋の広さが違い過ぎる。」


 ドアノブから手を離し一歩踏み出す。

 後ろでドアがパタンと小さく音を鳴らし閉じた。

 振り向くとと、あったはずのドアが白い壁に吸収されるかのように消えてしまっていた。


 後戻りは出来ない。

 老人はキョロキョロと周りを見渡し、椅子の方へと向かう。

 近づいて行くとそこには、やはり椅子が置かれているだけで他には何もなかった。

 老人はその椅子をじっくり観察する。


 するとその時、後ろから声を掛けられた。

「お待たせいたしました。松村さん。」


 今までそこには何もなく誰もいなかったはずである。

 扉も見当たらないこの空間に、突如として店主が現れて声を掛けてきたのだ。

 老人は驚愕した。

 いったい何が起きているのであろうか。


 そう考えに耽っていると、三毛猫が店主の足元をなぞる様にやってきて、老人の目の前で止まった。


「あんたはこの空間は初めてだったか。驚いただろう?」

 そう話したのは、店主ではなかった。

 目の前にちょこんと座る三毛猫であったのだ。


「喋る猫だと!?」


 老人がそう発すると、

「ああ、そうか。あなたとは初めて話すのだった。小百合の時は、外で待たせていたからな。それでは改めて自己紹介を、俺様はケーリヒ。今からあなたを猫の姿へと変える者だ。」


 その言葉に、老人は不安が過ったようだ。

 腕の中に抱えたケースを無意識に強く握りしめている。

 その不安が伝わったのか、ケースの中から、にゃあ~と長めに鳴く猫の声が聞こえた。

 老人がその鳴き声に気が付き、床にケースを下ろし、ジッパーを開ける。

 ロシアンブルーが姿を現す。

 すると、ロシアンブルーは三毛猫の前に行き小さく短く鳴くと伏せたのである。


 その様子を、老人はまじまじと観察しいていた。

 三毛猫はまだ信用できないが、ロシアンブルー、つまり妻の小百合は信用できる。

 老人はそう考え、三毛猫へと再び向き合う。


「質問、よろしいか?」

 老人が意を決して尋ねる。

「言ってみろ。」

 目を細め、三毛猫が許可を出す。


「あなたは、いったい何者だ?喋る猫なんて在り得ない。ここは、なんだ?どこだ。」

 その質問を聞いた三毛猫は、口角を上げ、こう言った。

「それを聞きたければ、まず猫になれ。そうでなければ話はしない。」


 老人は考えているようだ。

 そして、店主の方を向き、救いの手を求めるような眼差しを送ってきた。

 それに気が付いた店主が、ひとつ小さく息を吐いた後、説明し出した。


「ニヒが話す内容は、我々にとって知られてはならない機密事項です。猫が喋るなんてありえない事ですから、お分かりいただけますよね?ですので、答えを聞きたいのであれば、人語が話せなくなる猫になってからでなければいけないのです。あなたにそれを聞く勇気があるのなら、覚悟を決めていただきたい。そう言いたいのでしょう。」

  横目で三毛猫を見て話す店主。


「そんなところだ。」

  少し不貞腐れたような態度で三毛猫は同意した。


 老人は顎髭を三度撫でてから、顔を上げ言った。

「分かった。まずは猫になろう。もともとそのつもりであったのだ。何も変わらぬ。」

 店主がフッと声を漏らして笑った。


「ではニヒ、頼みますよ。」

  そう店主が言うと、いつの間にか、椅子と同じ高さの一本足の丸テーブルを抱えており、椅子の横ピッタリへ配置した。


「松村さんは、こちらの椅子にお座りください。そして、この机の上に片手を置いてください。奥さんは、近づかぬように、少し離れて私と共に待ちましょう。」

  そう店主は、老人とロシアンブルーに声を掛け、ロシアンブルーを抱きかかえるとその場を離れて行った。


 老人は言われた通りにする。

  三毛猫がテーブルの上に軽やかにジャンプし、上がってきた。


「では始める。いいな。」

 三毛猫が最後の確認だといった口調で尋ねる。

「ああ、よいぞ。」

  老人は迷いなく、答えた。


  三毛猫の前足が、老人の右手の手の甲の上へ乗せられた。

 猫が口を大きく開く。


  すると、口の奥のから白い光がサラサラと漏れ出てきた。


  漏れ出る光の量は多く、あっという間に三毛猫の倍の大きさになる。

  次第に一点に集まるように丸い小さな光の玉の形を作って行く。

  この時には三毛猫の姿は光の玉の中へ消えていた。


 瞬く間に大きくなると、老人と三毛猫を包み、姿を覆い隠してしまった。

 すっぽりと老人を囲んだ数分後、三毛猫が光から出てきた。


 そして、光が小さくなり始める。

 元々の老人の大きさの光の大きさになっても、姿はない。

 さらに、もとの大きさよりも光りはどんどんと小さくなっているのに、老人の姿は見えてこない。


  光りがマンホールくらいになった頃、ようやく、長くてフサフサの毛の塊のようなものがくねくねと動いているのが確認できるようになる。

  さらに光が小さくなると、長い毛の先にそれは姿を現したのである。


 メインクーン()であった。


  完全に光が消えると、メインクーンが先程の老人の座っていた椅子の上にちょこんといるのが確認できた。


「成功したようだな。」

  三毛猫が得意げな顔をして、言い切った。

  店主の腕の中にいたロシアンブルーが腕から勢いよく床へ下りると、メインクーンのもとへ、駆け寄った。


  椅子の手前で歩みを止め、ロシアンブルーは話し掛けた。

「あなた…。」


  すると、メインクーンが椅子の上からひょっこり顔を覗かせた。

  サッと床へ降り立ちこう言った。

「小百合、言葉が分かるのか?話せるのか?」

「ええ、あなたも猫になったから話せるのね…嬉しい、嬉しいわ。」


  二匹の猫は擦り寄っている。

「お楽しみの所悪いんだけど、迎えの時間があるから、話を先に済ませてしまってもよいかな。」

 そう、三毛猫が割って入った。


「す、すみませんでした。猫の王ケーニヒ様。」

ロシアンブルーは三毛猫に頭を下げた。

「猫の王?」

 メインクーンが怪訝そうな声で呟く。


「ニヒは、猫の王なんだよ。そう、それが先程の問いの答えです。そしてここは王の空間と言ったところですかね。」

  メインクーンが店主を驚きの表情で見る。


「君は、我々の言葉が分かるのか?今は、その……儂は猫語なのだろう?」

「ああ、私も特殊な部類の者ですので、皆さんの言葉は理解できるのですよ。」

  そうヘラヘラとした笑顔で店主は答えた。


「他に聞きたいことはあるのか?」

 三毛猫が尋ねる。

「猫の王とはいったい何なのだ?もしや、いや、馬鹿な…地球外生命体、UMAか?」

  目に力を入れて、三毛猫を見つめるメインクーン。


「ははっ、そんなんじゃありませんよ。ん?でもある意味そうなるのかなあ?」

  店主が答える。


「猫の王は、人が作り出した生物だ。昔、世界大戦の最中、この国と手の組んでいた国で人間兵器を生み出す為に極秘の研究がされていた。その際に、ある研修者が偶然、そう本当に奇跡的に生み出したのだ。世界を支配する力を持つ者を。」


「世界を支配する力を持つ者?」

  メインクーンが繰り返す。


「ああ、自然界統べての王、世界王だ。そいつは短命で、直ぐに死んでしまったようだがな。そいつをもとに、実験動物へ遺伝子操作が行われ、生み出されたのが我々、種族の王だ。」

  三毛猫の話にメインクーンが唾を飲み込んだ。


「君は…俺には逆らえない。」

  ニヤッと笑い、メインクーンを見る三毛猫。


「この機密がバレてしまうと、困った奴らから我々が狙われてしまいます。まあ、彼はこう言っておりますが、猫になった貴方達に、特に何かをさせようと言った恐ろしい企みはいっさいございませんので、安心してください。無いと思いますが、くれぐれもこのことは内密に…お願いしますね。」


 口の前に人差し指を当て、ウインクする店主。

  話を聞いていた二匹の猫は、頷いた。


「心なしか、体が若返ったような気がする。」

  メインクーンが言うと、

「少し若返らせておいたぞ、新しい人生が老人スタートでは、これからが楽しめないだろう?小百合も変態時に若くしてやったし、足も直しただろう。若返らすなど、容易いことだ。」

  三毛猫が得意顔で返した。


「はぁ、ありがとうございます。」

  メインクーンがロシアンブルーを見る。


「ん?小百合の場合、猫の王が歩けるように治療してくれていたということですか?儂はてっきり、猫になったから、足の病も消え失せたのだと思っておりました。」

「ああ、そうだ。猫になって歩けないのでは、不便だからな。」


「猫ならば治せるのですね。」

「ああ、同種ならば。全ての遺伝子を把握しているからな細胞を自在に弄れる。」

  黙り込むメインクーン。


「ヒトの王も…存在するのですか?」

 メインクーンは、聞いてもよいか迷いながら尋ねた。

「ああ、いる。」

 猫の王があっけらかんと答えた。

  あまりの軽さに、少し拍子抜けするメインクーン。

ヒトの王が人間を操ったら、この世界総てを支配できるではないか…。


そんな事は考えもしないのか、猫の王が饒舌に話す。

「今からお前の行く寺の住職は、元々はあの寺に住み着いた猫だ。あれは、あそこの跡取りの娘に恋をして、人間にしてほしいと頼んできたのだ。恋とやらが成就したようでなにより。あれはヒトの王に頼んで、色々やってもらった。」

「そうでしたか、だから猫を受け入れているのですね。」


「いいえ、そういう訳では。頼んでいるわけではないのですよ。あちらのご厚意なのです。」

 いつの間にか、近くに来ていた店主がヘラヘラ笑いながら会話に入ってきた。


「猫の王は、同種であれば、支配が出来ると言いましたが、具体的にはどんなことが出来るのですか?」

 メインクーンは、先程の込み入った内容の質問に答えてくれたので、これも答えてくれるだろうと、気になった質問を続けた。


  猫の王は、黙っていた。

  店主もニコニコしたまま、何も言わない。

  沈黙が冷ややかに流れた。


 メインクーンに冷汗が滲む。

「お前の知る必要のないことだ。」

 そう、猫の王が答えると、話は終わったと言わんばかりに、踵を返し、店主の後ろへと下がって行った。


「あらら、ご機嫌タイムが終わったようだ。」

  店主が可笑しそうに言う。


「すまぬ、儂が不躾な質問をしたばかりに…。」

 メインクーンが反省を述べる。


「そうよ、失礼はいけないわ。ケーニヒ様は、猫の王様なのだから、先程の態度も改めないといけないのよ。」

  ロシアンブルーが注意する。


「そうだな…」

 と、メインクーンは首を垂れた。


 そんな夫婦の会話を明るい口調の軽い言葉がぶったぎる。

「大丈夫ですよ!あれは、ただの気まぐれ、ただ答えたくなくなってしまっただけで、機嫌が移り変わっただけで怒ってもいないし、あなた達に何の感情もいだいていませんから。猫だけに、気持ちが移ろい易く気まぐれなのですよ。」

 店主がそう言うので、メインクーンは緊張が解けた。


「そ、そうですか…それならば良かった。」

「ええ。」

 店主はいつもの変わらぬヘラヘラ顔で話している。


「おい、そろそろ。」

 三毛猫が店主に話し掛ける。


「ええ、分かりました。松村さん、鍵を返していただけますか。それと、先程まで着用されていた着られなくなった人間用の洋服、小物ですが、こちらで預からせていただきますね。こちらで生死の有無を偽装する際に使用させていただきますので、よろしいでしょうか?」

「ああ、分かった。」

 店主は言い終えると服から鍵を抜き取り、服を無造作に懐から取り出した袋へと閉まった。


「それでは、帰りましょうか。」


  そう店主が言い、少しに皆から離れた位置に立つと、床に指で細長い四角形を書きだした。

  不思議なことに、店主の指でなぞっている部分が、白く光って行く。


「こんなもんかな。」

  そう店主が呟くと、両手で、その光っている四角の枠に沿って指を突っ込んだ。

  指が、床に刺さっている。


「よいしょっと。」

  何かを持ち上げる際の掛け声を出すと同時に、床から四角い板のようなものが這い出てきた。


 それは、ドアであった。

  先程店主が床をなぞり指で書いていた部分は、ドアの上部分だったようだ。


  店主が先程の鍵を取り出し、ドアに付いている鍵穴に差し込む。

  回すとカチャッと音が鳴り、ドアが自然と開き始めた。


「さあ、皆さん、繋がりましたよ。ドアをくぐり抜けてください。」

 店主がそう言って、ドアの方へ手を差し向ける。

 その時、サッと三毛猫が立ちあがり、スタスタと歩いてドアへと歩いて行き、ドアの向こう側へと消えていった。

 

  その様子を見ていた猫の夫婦は心配そうであったが、三毛猫が先に行ってしまったので、決意したのか、メインクーンが先に立ち、その横にピタッとくっつくようにロシアンブルーが歩き移動し始めた。

  猫の夫婦は、言われた通りにドアの所まで近寄り、一度足を止めた。

  そこで、ドアの繋がったという行き先が確認できた。

  ドアの先には、先日の昼間訪れた喫茶店の風景があったのだ。


  猫の夫婦は寄り添うように恐る恐るドアを潜り、店内へと足を踏み入れる。

  二匹が入り終わってから、店主が入店した。

  すると、ドアが自然と閉まる。

  その瞬間、鍵穴に刺しっぱなしであった鍵へと、ドアが気体の如く吸い込まれていく、そしてあっという間に消えていった。

 その場に鍵だけが残り、床にカランと音を立てて落ちた。


 店主が鍵を拾い、懐のポケットへしまった。


「さあ、あとは迎えが来るのを待つだけですので、あちらのカウンターで、おくつろぎください。温かい飲み物などはいかがでしょうか。」

  店主が、いつものオーダーを聞くように尋ねてくる。

  正直、猫の夫婦は驚きすぎて、混乱しており、それどころではなかった。

 しかし、店主に促され、カウンターの上へと上がり、腰を落ち着かせた。


「どうぞ。」

 店主が温かいミルクの入った器を二つ置く。

 メインクーンが躊躇いながら、器に首を突っ込み、舌で舐める。

「最初は戸惑うと思いますが、時期になれますから。先輩の奥さんもいらっしゃいますし、何かあれば、私にも相談してください。」

  そう、メインクーンに店主が話し掛けた。


  メインクーンがその言葉を聞いて、隣のロシアンブルーへと視線を向ける。

  するとロシアンブルーは、こちらを見ていて、先程の店主の言葉への同意を籠め、ゆっくり頷いた。

「ありがとう。」

  メインクーンは、思わずお礼を言った。


「店主、もう少しだけ聞いてもいいかい?」

「ええ、答えられる範囲であれば。」

  店主はヘラヘラしている。


「もし、我々が、人間に戻りたいとなった時、ヒトの王に頼めば、戻してもらえるのだろうか?」

「えっと……そうですね、ヒトになることは可能ですよ。」


「……そうか。では、あなたがそのヒトの王なのか?違うのならば、ヒトの王は何処に居る?」


 またあの冷え切った空気の沈黙が流れる。

  そして、店主の顔が真剣な顔つきへと変わる。


「フフッ、猫になった貴方には、私の情報をお教えすることは出来ません。そうですね、これだけお伝いしておきましょう。ヒトの王は、情報の漏洩を大変嫌います。この世の中です。秘密を暴かれたならば大変なことになることは目に見えているでしょう。ですので、いくら猫の王の配下にいるあなた達であっても、ヒトの王が何処にいるかは、お伝えすることは出来ないのですよ。」

 途中で唇に人差し指を置き、店主が話す。

「…分かった。」


「最後にもうひとつ、その…なぜ、あなた方は人間を猫にすると言ったことをしているのだ?」

  素朴な疑問をメイクイーンはぶつけた。


「そうですね、依頼があるという事、それに応じる能力を持ちえたという事ですかね。それから、お金になるという事ですね。この世の中、資金がなくては回らないこともあるので、秘密を守れるお金持ちの方との取引は有益でして…まあ、小遣い稼ぎです。」

 店主がニヤニヤと少し不気味に笑い答えた。


 そこに、ドアをノックする音が鳴り響いた。

 店主が入り口に行き、内側から鍵を開ける。

ドアを開けると、一人の小太りで、坊主の男が立っていた。

  中に入ってくる。


 店主を見て坊主の男は、

「お久しぶりでございます、テンシュ(天主)殿。」

「よく来てくれました、菅原さん。さあ~中にお入りください。」

 挨拶を交わした。


  中に入ってきたその菅原という男は、カウンターの二匹の猫を見ると、声を掛けた。

「あっ、こちらが松村さんですか?メインクーンになったんですね。イメージにピッタリだ。」

  ニャーとメインクーンが鳴く。


「そうです、こちらのメインクーンが松村さんです。そして、先日はどうもって言っています。」

  店主が通訳する。


「そうでしたね、テンシュ殿は、猫語も分かるのでしたね。こちらこそ、先日はわざわざ足を運び頂き、ありがとうございました。これから我々と共に生活いたしますので、どうかよろしくお願いします。」

  二匹の猫が同時に鳴く。


「これは、通訳しなくても分かりそうですね。」

「ええ、伝わりました。」


  紅茶を飲み、ゆっくりした後、菅原は、立ち上がる。

「それでは、そろそろ我が家へお連れいたしましょう。」


  店を出ると判り、店主が入り口のドアの所へ行き、ドアを開け、閉まらないように支える。

 先に菅原が出て、自分の車へと行き、猫が乗りやすいように準備をしている。

 その後ろを、二匹の猫が付いてき、入り口を少し出た所で、メインクーンが立ち止まった。

  振り返り、店主に最後の質問だと、投げかけた。


「もう一度聞く、あなたは何者だ?」

  振り返るロシアンブルーと、用意が出来たので呼ぼうとしたが、店主と話をしているようだと、待っている菅原が見える。


  店主がまたあのヘラヘラした顔を作り、こう答えた。

「私は、しがない喫茶猫屋の店主です。それと、猫の王の側近です。」


 その言葉に、店内奥の気に入りスペースに寝転ぶ三毛猫が呟く。

「何がしがない店主、猫の王の側近だ…お前は ××× の ××× だろ。やはり、音にならないか。」

三毛猫はそう言い終えると、体を丸め寝始めた。



 見送りが終わり、店内に入ってくる店主。


「さてと、あと片付けだけだ。犬と鼠に連絡するか…あっそうだ、阿部さんへのお返し考えないと。今回のは解毒に少し手こずったから、結構スリルを味わわせて貰ったな。ふふっ、前回渡した幸福幻覚アップルパイは楽しんで貰えただろうか?」

ブツブツと呟きながら、三毛猫が眠る場所へと店主は近づく。


  三毛猫が寝ているのを確認すると、

「今日は力を使って疲れたんだね。ゆっくりおやすみ、私の可愛い ニヒ。」

  そう小さく声を掛けた。


そして、2階住居へと上がる階段の方へ、鼻歌を歌いながら歩いて行くのであった。


 おしまい。


此処までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  流行っていない喫茶店がやっていける理由。その秘密が気になって、物語世界へと自然に引き込まれた次第です。  物語冒頭で亡くなったとされた人物が来客者として登場することで、死因に興味を湧かせ…
[良い点] なんとも不思議な雰囲気が素敵でした! この世界のどこかで今日も猫になるものがいるかもしれない。道端で出逢う野良猫は実は元人間かもしれない。 そんな風に思うと、ちょっと楽しくなりますね。
[良い点] おじゃまします 最初はミステリー系のおはなしかとおもい息を詰めて読んでしまいました とても不思議な空気感のお話で、最後までどうなるか読めませんでした わたしももしかしたらいつかケーニヒ…
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