表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

拷問にも、才能って要るよね?

作者: 塚山 凍

 むかーし昔、ずうっと昔。

 帝国と王国は、いつもいつも喧嘩をしていました。

 ある時、帝国は、王国のお姫様をさらって、お城に閉じ込めてしまいました。

 それから帝国は、拷問使、という人をお姫様のところに送りました。

 拷問使は、いろんな拷問をして、お姫様をいじめました。


 そんなとき、勇者様が現れました。

 勇者様は、帝国のお城に向かうと、拷問使と戦いました。

 悪い拷問使は、勇者様によってすぐに倒されました。

 そして、お姫様は勇者様に救われ、皆が喜びました。

 一方、拷問使は、悪いことをして罰が当たったのか、やがて病気で死んでしまいました。


 めでたし、めでたし。


















「それでは、拷問を始めます」


 綺麗に掃除された部屋で、男性のか細い声が響く。

 彼の目の前にいるのは、囚われの美姫。

 囚人服を着せられ、手こそ自由だが、足枷がはめられている。

 そう、ここは監獄なのだ。

 それにしては、やけに清潔だが。


 男性は、拷問を行うため、手始めに懐からナイフを取り出す。

 肉厚な刃が珍しい、大ぶりのナイフ。

 鞘に納められたそれを、男性は一息に抜き放って───。


 ───その勢いで、自分の指を深く切ってしまった。

 無論、故意ではない。

 悲しい事故である。


「あ痛っっっっっっっああああああぁあ!」


 男性が指の根元を抑えながら叫び、ナイフを放り投げて蹲る。

 よっぽど痛かったのか、そのまま仰向けになり、血を流しながら床の上でじたばたと暴れ始めた。


 何となくそのことを予感していた姫───現在、拷問の対象である敵国の姫、セリアは、ため息をつきながら呟いた。



「いい加減、諦めた方がいいと思いますよ。多分、あなた、拷問に向いてない……」



 だが、セリアの真摯な言葉は、眼前の人物───拷問使のデュアルには届かなかった。

 無視したのではない。

 痛みで話を聞くどころではないのである。


 陸に打ち上げられた魚のように、いや、駄々っ子のように床の上をのたうち回るデュアルを見て、セリアはもう一度ため息をつく。

 それから、彼が持参した救急箱を取り出して、彼の治療を始めた。



 拷問使が怪我をして。

 本来拷問される対象の姫が、無傷のまま彼の手当てをする。

 この監獄では、毎日見られる光景である。




 何故、こんな珍妙な状況が生まれたのか。

 始まりは、一か月前に遡る。


















 一か月前。

 ドラクル帝国とタイガ王国の戦争は、最終局面を迎えていた。

 互いに魔法、歩兵、科学技術と、あらゆる手段を用いて、約一年間に亘り続いたこの戦争。

 それがようやく、講和の段階にまで話が進んだのである。


 戦争当初は、国力に勝るドラクル帝国が優勢だった。

 だが、皇帝による長年の圧政に苦しんでいたドラクルの国民は、その多くがタイガ王国を支持。

 兵士たちも次第にタイガ王国に寝返りはじめ、やがて戦局は転換。

 講和会議の頃には、もはやタイガ王国の勝利はゆるぎないものとなり、ドラクル帝国は帝都以外の領土をほぼ失っていた。


 そんな時期に、タイガ王国の側から申し込まれた講和が、ドラクル帝国に対する最後の慈悲であることは、誰の目にも明らかだった。

 帝都そのものを破壊し尽くすことも可能ではあるが、そこまではしないでやろうという、勝者の余裕。


 講和会議に、タイガ王国の第三王女、セリア姫が同席していたこともまた、雄弁に王国の意思を示していた。

 慈悲深く、当初から戦争の被害を最小限にするべく、尽力していた第三王女。

 彼女をわざわざ帝都まで差し向けることこそ、この講和会議が陰謀の類ではないのだという、タイガ王国の誠意の表れである。


 もはや敗戦が確定した、ドラクル帝国の側からすれば、この講和会議を断る理由はどこにもない…………はずだった。


 帝都で行われた講和会議当日、突然、セリア姫が帝国軍兵士によって拘束されたことで、事態は急変する。

 あろうことか、ドラクル帝国は講和会議の全権大使であるセリアを人質に取り、戦争の継続を図ったのだ。


 無論、温情で差し伸べてやった手を払いのけられ、かつ愛娘を攫われたタイガ国王は激怒。

 彼女の奪還と、帝都の破壊による完全なる終戦のために、帝都への大侵攻を開始した。


 しかし、現在では人員、国力ともに勝っているタイガ王国軍をもってしても、相手の最終防衛線である、帝都への侵攻は困難を極めた。

 加えて、文字通り死に物狂いになった帝国兵が、手痛い反撃を行ってくる。


 もはや後がない帝国兵と、姫の奪還に必死な王国兵。

 彼らの間で、熾烈な殲滅戦が始まる中。

 囚われたままの姫には、少しでも戦争を有利に進ませるべく、苛烈な拷問が加えられていた──────。





 ─多分、そんなことを思われてるんでしょうね、私……。


 ふと、意識を過去から現代に戻し、セリアは目の前のデュアルを見る。

 本来、セリアに苛烈な拷問を加えるべきその男は、現在セリアが塗った消毒薬の威力に悶えていた。

 傍から見れば、セリアの方が彼を拷問しているように見えるだろう。


 ─最初にこの人に会った時は、私も、色々と覚悟しましたけど……。


 講和会議の最中に起きた、突然の誘拐。

 訳が分からないまま連れてこられたこの部屋─皇帝が住む城の一室─で、情報を吐け、と脅されたのが始まりだ。

 王族であるセリアなら、何か王国の弱点になる情報を知っていると思ったらしい。


 正直に言えば、セリアが知っている弱点と言えば、国王の髪が実はカツラであること(そして国民には隠していること)くらいである。

 故に、知らない、と言うと、次にやってきたのがデュアルだった。


 病人のように青白い肌。

 骨と皮しかなさそうな、細い体つき。

 年齢は、恐らくセリアと同年代───十八歳くらいだと思われるが、そのセリアよりも背が低い。

 帝国軍の軍服も、本人が細すぎるせいでかなり余っている。

 特徴のない平凡な容姿も相まって、戦場を訪れた幽霊のような恰好をした男だった。


 前々から、聞いたことがあった。

 ドラクル帝国には、闇の仕事専門の一族が存在する、と。

 暗殺。

 諜報。

 そして拷問

 そういった汚れ仕事だけを行う、皇帝直属の特殊な一族。


 目の前にいる男こそが、その一族の一人。

 その中でも、拷問を専門とする、拷問使だと、セリアは初見で確信した。


 だからこそ、いろんなことを覚悟した。

 たとえこの身が汚されようとも、王女として、誇りだけは失わないようにしよう、と。

 戦争の状況から言って、きっとすぐに助けが来る。

 それまで、必死で我慢しよう、と。


 そんな意思を込めて、セリアはきっ、とデュアルを睨む。

 セリアのささやかな抵抗を楽しむように、デュアルは薄く笑って。

 不意に、一歩踏み出した。





 その次の瞬間、彼の足首が「グキッ」となり、盛大にこけた。






「痛ああああああああああ!」


 絶叫しながら泣き喚くデュアルに、セリアは思わず「大丈夫ですか?」と声をかけていた……。





 ─この人が物凄いおっちょこちょいで、しかも病弱なことに気がついたのって、いつでしたっけ?


 ガーゼの用意をしながら、セリアはそんなことを考える。

 思考しながらも、涙目になっているデュアルの背をさすってやることを忘れなかったのは、さすがと言えよう。






 まず、初めて会った時は、気が付かなかった。

 転んだデュアルが、泣きながら帰ったからだ。


 次に会った時は、確か翌日の食事中だ。

 さすがに、何の情報も引き出せないうちに死なれると困るのか、意外と量があった食事をいただいていると、足首に包帯を巻いたデュアルがやってきた。


 その一秒後、彼は右足の小指を壁で強く打ち、絶叫しながら帰っていった。



 さらに次の日、足首と小指に包帯を巻いたデュアルがやってきた。

 その日の彼は、調子が良かった。

 転ぶことなく、セリアのすぐそばにまで歩いてこれたのだから。

 いつの間にか評価基準が幼児のそれになっていたが、セリアはいよいよ拷問が始まるのか、と戦々恐々とした。


 その推測を肯定するように、デュアルは息をすうっと吸い込み───。

 ごほっと大きく咳をした。


 それだけならまだしも、その咳が止まらない。

 コンコンコンコンコンコン……。

 いかにも病的な感じがする空咳が、心配になるほど連続する。


 いつの間にか、セリアは、丁度今のように彼の背をさすっていた。

 何というか、見ていられなかったのだ。


 最後には発疹まで出てきたが、やがて彼の咳は何とか収まった。

 ゼーゼーヒューヒューと荒い呼吸をしながら、彼はこんなことを言った。


「ありがとう、セリア姫。実は俺……………………………ハウスダストアレルギーなんだ」

「……掃除、しましょうか?」

「……助かる」


 これが、デュアルとセリアの──拷問する側とされる側の、初めての会話だった。

 翌日は、もはや拷問の予定すらなく、デュアルの持ち込んだ掃除器具で、二人してこの監獄を掃除した。



 もし、セリアが自分の身を守りたいのであれば、掃除などしない方がいい。

 部屋を埃だらけにしておけば、この拷問使はまともに動けないのだから。

 だというのに、二人で掃除に励んだのだから、この時点で、セリアは見切っていたのかもしれない。

 このデュアルという人物は、とても自分を傷つけられる人間ではない、と。


 これは、彼が善人だからとか、そういう意味ではなく。

 物理的に、セリアを傷つけることが不可能だ、という意味だった。






 ─まあ、この人の心を信じているところも、ちょっとありますけど。


 そう考えつつ、セリアはデュアルの手にガーゼを当てた。

 傷口にしみたのか、デュアルが「んぎゃおう!」と叫んだが、無視する。

 一日に一回は怪我をするこの人物の悲鳴には、もう慣れてしまった。


「普通、逆じゃないですかね……」


 思わず口からぼやきがこぼれると、デュアルが涙目で振り返ってきた。


「どうしたんだ、セリア姫?」

「いえ、私がデュアルさんの悲鳴に慣れるって言うのも、何か変な感じがして……」


 拷問する側が、捕らえている相手の悲鳴に慣れる、というのなら、まだわかる。

 だが、この部屋で響く悲鳴は、今のところ全てデュアル由来である。

 この状況を、誰かに説明しろと言われても、上手く説明できる自信がない。


 恐らく、今頃家族は自分のことを心配しているのだろうが、その心配は、デュアルが拷問を行っている限り、無用と言っていい。

 むしろ最近では、心配しすぎて家族が体調を崩すことはなかろうかと、セリアが家族を心配しているくらいだ。

 ちなみにそれと同じくらい、セリアはデュアルがこの部屋に来る過程で、転んで頭を打って死んでしまわないかを心配している。


「本当に、デュアルさん、拷問の才能無いんだから、辞めたらいいのに……」

「何だ、セリア姫。もっと真面目に拷問されたいのか?」


 意外そうに聞き返されて、あわててセリアはぶんぶんと首を振る。

 決して、そういう意味ではない。

 ただ、拷問しないまま怪我をし続けているデュアルの現状が、あまりにも悲惨で、ついそう思ったのだ。



「……ふっふっふ。じゃあ望み通り、拷問を始めよう、セリア姫。傷も手当てしてもらったし」


 不意にデュアルがふらふらとしながらも立ち上がり、拷問の再開を告げる。

 それを見て、セリアは心中で、またか、と感じる。

 よっぽど自分の仕事に熱心なのか、デュアルは傷の痛みが耐えられるレベルの物であれば、傷ついても尚、拷問を続けようとする。

 尤も、成功したためしがないが。



 腕を捻挫していながら、「性的な拷問を加える!」と言って、デュアルが服を脱ぎ始めたことがあった。

 ……しかし、現在の季節は冬。

 上半身が裸になった時点で、寒くなってきたのか震え始め、全身の皮膚に鳥肌を立てながら、いそいそと服を着なおしていた。

 それでも風邪を引くことは避けられなかったらしく、三日ほど監獄に来なかった。


 転んで顔を打ち、鼻血を出しながらも、「毒を与える!」と言って、注射器を振り回したことがあった。

 ……問題は、彼自身が先端恐怖症だった、という点にある。

 目を瞑ったまま注射しようとした挙句、地面に注射針を押し当て、持参した針を全て折っていた。

 最後には、「地面に落ちている針も怖くて触れない」と言い出し、セリアが代わりに拾ってやったくらいだ。


 故に、また始まったなーと、セリアは公園で散歩でもしているような気分で、デュアルの様子を見つめた。





 まず間違いなく、この二人は、戦争中の両国に置いて、最も平和的な日々を過ごしていた。














 この状況について、セリアは長く疑問に思っていた。

 なぜ、彼が拷問使として使わされているのかと。

 こんな、虫の一匹も殺せないような──それどころか、虫と一対一で決闘しても負けそうな男を、なぜタイガ王国の重要人物である自分の元に差し向けているのか。


 詳しい戦争の状況は、この監獄の中には伝わってこないが、恐らくドラクル帝国の旗色は悪いままだろう。セリアが囚われる前の状況は、一か月で逆転できるようなものではなかった。

 ドラクルの皇帝としては、セリアの存在は何としても有用に使いたい、絶望的な戦況を打破する切り札のはずだ。

 にもかかわらず、デュアルの代わりの、まともに拷問をする人物(まともな拷問というのも、変な言い方だが)を送り込む様子や、セリアを人質として扱おうとする動きが、全く見られない。


 ただただ、セリアの監獄には、デュアルがやってきて、もはや面白い見世物と化した、自分への拷問を見せるばかりだ。


 一度は、デュアルに聞いてみようかと思った。

 だが、わざわざ自分の状況を悪くする理由もないか、と思い直した。

 そういった判断の元、セリアはこの日常を、助けを待ちながらも─不謹慎を承知の上で─楽しんでいたのだった。










 丁度その頃。

 タイガ王国における、国王の執務室では。


「その内容に間違いはないのだな、宰相?」


 国王が、待ち望んだ知らせを前に、震える声で問いかける。

 問われた宰相もまた、感動で目を潤ませながら返答した。


「間違いありません……!ついに、『内通者』が、セリア様の生存を知らせてきました!」


 瞬間、狭い執務室からわっ、と歓声が沸いた。

 王妃を始め、セリアの家族たちが詰めているのだ。

 突然の吉報に、泣き出している者も存在する。


「良かった……。ただ、生きてくれれば、それで……」


 冷静沈着で知られる国王の瞳にも、涙が浮かんでいた。

 この一か月、王族どころか、国民全てが心配していた、セリアの安否。

 それがようやく確認できたのである。


「すぐに助けに行きましょう!」


 血気盛んな第二皇子が声をあげる。

 周りの親戚たちからも、そうだ、という声が上がった。


「こうしている間にも、セリアには卑劣な拷問が加えられているに違いありません!今すぐ帝都に行くべきです!」


 特にセリアと仲の良い第一王女もまた、珍しく声を張り上げる。

 この一か月、妹のことが心配でたまらず、五キロ近くも体重を落とした彼女の言葉には、悲壮な決意が込められていた。

 ちなみに、セリア本人は囚われの身になってから、運動しない割に食事は多いため、二キロ太った。


「私も皆さんの意見に賛成です。……しかし、問題もあります」


 そこで初めて、宰相は顔を曇らせた。

 王族たちの視線が彼に集まる。

 宰相としても、セリア姫は幼いころからよく知っている人物で、娘のようなものだ。

 出来るだけ、すぐに助けたいのだが──。


「送られてきた密書にはこうあります。……『セリア姫が囚われているのは、ドラクル皇帝城の一室。こちらは城の見取り図と、脱出ルートを記した地図を用意したが、これらは所持しているだけでも重罪に問われる危険文書であり、今までのように密かにタイガ王国内に届けるのは難しい。また、タイガ王国軍が帝都を包囲しているために、帝都に潜入している私自身も外に出られない状況だ。これらを鑑みて、そちら側からの使者を帝都に侵入させ、その人物に私が直接会いに行き、見取り図を託したい。これが最も確実な方法と思われる』……この後ろには、密会の場所も記しています」


 『内通者』からの密書の内容を理解し、王族たちの顔が徐々に渋くなる。


 密書に記されている懸念は正しい。

 見取り図というものはどうしてもある程度嵩張るものであり、特に潜入に必要な、細かく説明が書かれているものは所持品として怪しすぎる。

 しかも、ドラクル帝国としては絶対に知られたくない、最高指導者の居る場所の見取り図なのだから、それを密書として国外に送るのは難しいだろう。

 彼の言う通り、帝都で落ち合うしか手の無いように思われる。


 しかし──。


「果たして、『内通者』がどこまで信用できるか、そして彼がどのような状況にあるのか、という話だな……」


 国王の呟きにより、場の空気がさらに重くなる。






 戦争当初、国力に於いて劣っていたタイガ王国が、今や戦争勝利に肉薄しているのには、ある絡繰りがある。

 それは、帝国民の協力を得られたことや、帝国兵士の寝返りが多発したことだけではなく────今話題になっている、『内通者』の力だ。



 『内通者』は、名前の通り、ドラクル帝国の人間でありながら、タイガ王国に与する人間。有り体に言えばスパイだ。

 だが、『内通者』はタイガ王国が意図して送り込んだ存在ではない。

 その人物は、ある日突然、大量の機密情報が書かれた手紙を、伝書鳩によって送ってきたのだ。


 手紙には、自分はタイガ王国軍と志を同じくする者だ、という紹介と、帝国軍の行動予定や、軍備が手薄な場所。あるいは、投入されている兵器の弱点に、軍の作戦の詳細までもが記されていた。


 最初は、誰も相手にしていなかった。

 敵の罠に違いない、と。

 だが、劣勢に陥った王国軍に於いて、やけっぱちになった前線指揮官がその情報を用いて攻撃を行ったところ────これが面白いように効いたのだ。

 以来、『内通者』はタイガ王国に何度も有益な情報を伝達し、そのたびに王国軍は助けられてきた。


 そんな、王国にとっては救世主とも呼べる『内通者』だが──。


「送ってくる情報から考えて、『内通者』は恐らく帝国軍の幹部。そうでなければ手に入るはずもない情報が多すぎる。どういった理由で祖国を裏切っているのかは知りませんが、直接会う、となると……」


 頭脳明晰なことで知られる第一皇子が、懸念を口にした。

 王族たちの口を濁らせているのは、「直接会いたい」という言い回しである。


 これまで、一切自身の正体を明かさず、匿名で機密情報を漏洩してきた人物だ。

 会いたい、というのにも、それ相応の理由があると考えるべきだろう。

 問題は、その理由が、「国内での自分の立ち位置が危ういから、王国使者の帰国に乗じて亡命させてほしい」というものだった場合である。

 まず間違いなく帝国の中枢に地位を得ている『内通者』が、敗戦のどさくさに紛れて、かつ、今までの情報料として、そのようなことを要求してくる可能性は高い。


 だが、亡命を望む状況にあるということは、『内通者』が帝国内で追い詰められていることを意味する。

 もっと言ってしまえば、帝国を裏切っていることがばれて、帝国兵に尾行でもされている段階かもしれない。


 そうなると、見取り図の受け渡しは一気に危険性が増す。

 密会場所を尾行者に発見され、そこを襲撃されれば、こちらの使者と『内通者』、その両方を失うのだ。

 最悪の場合、セリアに続いて新たな人質にされる可能性もある。


 講和会議の最中に、セリアを誘拐した帝国軍だ。

 『内通者』との密会を利用するぐらいのことはやるだろう。




 こういったことを思考した国王は、不意に宰相に問いかけた。


「どうする、宰相?この情報を、笑顔で知らせに来たのだ。対案はあるのだろう?」


 試すような問いかけに、宰相は幾分か緊張した様子で答える。


「ハッ。要するに、この情報はどこまでが本当なのか。そして、本当に指定された密会場所に行ってもいいものなのか。この二つがこの件の争点です。そこで、どうでしょう?情報の真偽を見極められるだけの頭を持ち、かつ、仮に帝国軍の襲撃に遭っても逃げ切れるだけの能力を持つ者を、そこへ差し向ける、というのは」


 言葉が続くにつれて、次第に王族たちの表情が、「その手があったか」というものに変わる。

 故に、宰相は自信をもって言葉をつないだ。


「彼を、『勇者』を帝都に送るのです!」








「デュアルさんって、家族とか、いないんですか?」


 何気ない会話だったが、デュアルの動きがぴたりと止まったのが、セリアにも感じられた。

 それも、何かまずいことを聞いてしまったかな、と不安になる反応。


 デュアルがいつものように、「泣ける本を読んで、精神的に拷問を加える!」と言って泣けると評判の本を朗読し始め、デュアルの方が感動して泣いてしまった、という場面のことである。

 本の中のクライマックスである、主人公の家族が死ぬシーンを聞いて、ふとそんなことを考えたのだ。

 もちろん、布でデュアルの目を拭ってやりながら、だが。


「セリア姫はどうなんだ?」


 混ぜっ返すかのような口調で、デュアルが聞き返してくる。

 一瞬、その口調に不審なものを感じたが、これこそ隠すような話でもないので、セリアはあっさりと口を開いた。


「多分、デュアルさんが知っている通りだと思いますよ。お父様──国王がいて、お母様がいる。あと、お兄様が二人と、お姉さまが二人。私は末っ子ですね」

「そうか、大家族だな」

「王族は、政略結婚とか、いろいろあるので……。あと、親戚付き合いしている一家、いえ、一族がいます。こちらも家族と言ってもいいのかもしれません」

「王族の親戚の一家?」

「あれ、知りませんか?『勇者』って言うんですけど」

「……聞いたことないな」


 完全に雑談の口調になって、セリアとデュアルは会話を続ける。

 最近、このように、雑談に時間をかけることが多くなった。

 足かせと扉の前に置かれた鉄格子を除けば、セリアとデュアルは、紛れもなく友人同士に見えるだろう。

 もはや完全に、デュアルは自分を傷つけられないと確信しているセリアは、緊張もせずに会話を続けた。


「昔、王家の分家の一つが、大きな戦争の中で英雄的な活躍をしたそうなんです。それ以来、王家ではその一族を勇者の一族と呼んでいて、それぞれの代の勇者は、国王に意見できるほどの存在です。私も今代の勇者とは何度も会っていますけど、勇者の名に恥じない、凄い人ですよ。あまり表に出てこない方だから、こっちでは無名なのかもしれませんね」


 そこまで言ってから、セリアはハッとなる。

 目の前に、同様に高名な一族の一員でありながら、勇者と違って碌に仕事が出来ていない男がいることを思い出したのだ。


「あ、いえ、別に、デュアルさんの一族について、とやかく言っているわけじゃありませんよ。こう……偶然の一致というか」

「……」

「あの、ほら、デュアルさんも、今はこんなですけど、何時かは立派な拷問が出来ますよ、うん!……あれ?応援するのはおかしいかな?」

「……」

「ええと、その、人間それぞれいいところがありますから!デュアルさんも、誰にも恥じない拷問をする日が来ますよ、多分!」

「……誰にも恥じない拷問って、何だ?セリア姫?」


 そんなもの、セリア自身が知りたい。


 ─というか。拷問ってなんでしたっけ?


 拷問使と平和な日々を過ごす中で、セリアは完全に、拷問が何なのか忘れてしまっていた。

 無茶苦茶になった会話の流れを変えるべく、セリアは無理に声を張り上げる。


「と、とにかく、最初の質問!デュアルさんは、家族、いるんですか?」


 拷問専門の一族とはいえ、だからこそ強い絆で結ばれる、ということもあるはずだ。

 純粋な好奇心から、一度聞いてみたかった。


 デュアルは、何故かその質問に合わせて布で顔を覆い。

 蚊の鳴くような声で返答した。


「…………兄弟姉妹が、合わせて十人」

「わあ、凄い。うち以上に大家族じゃないですか!」


 その時、デュアルがどんな顔をしていたのか。

 セリアは、後から何度も考えることになる。



























































 約束の密会場所で、勇者は『内通者』と顔を合わせていた。

 本来は全く日が差さないはずの、帝都内の下水道が指定の場所である。

 戦争の過程で壁が崩れており、夜だというのに上手い具合に、互いの顔が見える程度の光は入ってくる。


 ─さすが、帝国の闇を受け継いで来た一族だな。良い場所を見つける。


 勇者は、そうやって感心しつつ、第一声を発した。


「まさか、噂の『内通者』があなただとは思っていなかったよ」


 最初から、見取り図をよこせ、とは言わなかった。

 特に、相手がこの人物だというのならば。

 いろいろと確かめない限り、話が進まないのだ。


「ドラクル帝国の汚れ仕事専門一族。その一人────デュアル」


 下水道にポツン、と立ったデュアルは、その言葉を受けて、ニヤリ、と分かりやすい笑みを浮かべた。




「こちらも、まさか噂の勇者様が来てくれるとは思っていませんでしたよ」


 セリアと話す時とは違う、皮肉気な口調で、デュアルが告げる。

 その奥に挑発の意図を感じて、勇者は押し黙った。

 わざわざ乗ってやることはない。


 ドラクル帝国とタイガ王国は昔から仲が悪かったが、それに輪をかけて、勇者の一族とデュアルの一族は仲が悪い。

 有史以来、暗殺されたり暗殺し返したりの仲だ。

 デュアルも、勇者も、当主同士、直接顔を合わせたことこそなかったが、互いに存在は知っていた。

 尤も、最近では一族同士でぶつかることも少なくなり、本当に噂で聞く、という段階になっているが。


 それほどにまで、相手の性質について知悉していたからこそ、勇者は解せなかった。

 デュアルが、なぜこんなことをしたのか。

 既に、別のスパイ─こちらは王国が正式に送り込んだ者─を介して、セリア姫が拷問など受けていなかったことは掴んでいる。


 故に、疑問だったのだ。

 何故、機密情報を漏洩し、帝国を敗戦に追いやり、しかも捕らえた姫の前で「拷問できない演技」などをしたのかを。


 勇者は、彼の一族の性質をよく知っている。

 彼らはみな、笑いながら拷問対象の内臓を漁るような、一種の異常者だ。

 その性質を用いて、なおかつ拷問の技術を誇りに思い、彼らは今まで皇帝に仕えてきた。

 そんな一族の一員であるデュアルが、何故帝国を裏切ったのか────。


「理由を聞いてもいいか?デュアル」


 純粋な好奇心も含めて、強く問いかける。

 その意志に押されたのか、デュアルは一瞬、身をよじらせたが、やがていつもの口調で端的に答えた。


「無論、拷問のためです」

「拷問?君はセリア姫に拷問を加えなかった。むしろ、保護していたんじゃないのか?」

「……彼女じゃない」


 苛立ったような口調で、デュアルは返答する。

 さらに、突然話す内容を変えてきた。


「勇者様は、うちの一族の、現在の構成人数を知っていますか?」

「……いや、知らない。君のところは、隠れるのが上手いからな」

「だったら教えてあげましょう。……もう、俺だけですよ。十人も兄弟姉妹がいましたがね、全員、死にました」


 さらりと告げられた内容の重さに、勇者は驚愕する。

 それが意味するところは────。


「……戦争のせいか?」

「まさか。戦争が始まる前から、俺一人ですよ」


 勇者の推測を、デュアルは一言で切って捨てる。


「今日、セリア姫に聞きましたよ。……勇者の一族は、その業績を称えられ、王族と親戚付き合いするんですってね。そんなあなたには、うちのことは分からなかったでしょう」


 少しだけ、デュアルの言葉の奥に、呪詛のような何かを感じて、勇者は思わず目を見張る。

 そんな勇者のことは気にせず、デュアルは言葉を続けた。


「……理由は単純。後継者不足ですよ」

「後継者?」

「うちがやってきたことは汚れ仕事ですからね。しかも一族代々継承していくんだから、極端な話、子どもが出来ない夫婦が一組いるだけで大打撃を受けます。この技術を伝えられる人間が居なくなるんで。……ここで聞きたいんですが、勇者様、あなた、こんなやばいことばっかりやっている一族に、嫁ぎたいと思う女性が、婿入りしたいと思う男性が、現れると思いますか?」

「…………結婚の面において、差別を受けていたのか?いや、それ以外の面でも…………」

「想像はご自由に」


 デュアルは、笑いながらその骨のような手足を少し伸ばす。


「それでも、汚れ仕事ってのは誰かがやらなきゃいけない。だから、一族は子どもが欲しい。しかし、結婚できる相手がいない。そんな時、残された手段は限られています」

「……親戚同士で、子どもを残す」

「ご名答。兄と妹が結婚、叔母と甥が結婚、祖父と孫が結婚……。倫理なんてものは無い。やばいことをいろいろとして、子孫を残しました。……当然、血はだんだん濃くなっていく」


 勇者はそこで、デュアルの枯れ木のような体格を視界に入れる、

 その肉体は、ただ鍛えていないとか、貧相だとかで説明できるものではない。

 もはや遺伝的に、そうならざるを得ないのだ。

 きっと彼は、どれほど鍛えたとしても、これ以上体が大きくなることは────。


「ですが、血が濃くなりすぎると、問題も起こります。次第に、妙な病気にかかった子どもが生まれてくるようになりました。角の生えた子ども、手の無い子ども、産声を上げない子ども……。遺伝病ってやつですか。皆、幼いうちに死んでしまう」

「君の兄弟姉妹も、それか?」

「俺は長男でしたから、よく覚えてますよ。確か、最長が三歳でしたね」

「成長できた君も、その様子だと……」

「はい。骨の形成不全、免疫異常、色素異常……。数えるのもばからしくなるほどの病気に、今もかかっている最中です」


 勇者に対して語りかけながら、デュアルはセリア姫への拷問を思い返していた。

 彼女に対してはいろいろと演技をしていたが────演技ではない部分も、多い。






 服を脱いだだけで風邪までひいてしまうのは、生まれつき免疫が正常に機能していないから。

 先端恐怖症なのは、色素異常に伴う視力障害のせいで、細いものが見え辛いから。

 しばしば転ぶのは、関節が正しく形成されていないから。

 刃物で手を切った際に苦しむのは、血液が正しく凝固しないから。

 転んだ際に悶えるのは、本当にそれだけで、骨が折れることがあるから。


 セリアは、「拷問の才能がない」「おっちょこちょい」で済ましていたが。

 あの様子こそが、デュアルをその生涯にわたって苦しめ続ける、遺伝病の症状なのである。






「そして、一族が俺一人になっても、皇帝は何の手も打ちませんでした。それほどまでに、汚れ仕事をやってきていた俺たちと、今の皇帝は関わりたくなかったんです。……皇帝こそが、俺たちの一族をそんな風にした元凶だというのに。皇帝の一族が、俺たちの一族を、拷問や暗殺しかできないように躾けたというのに」

「だから、復讐したのか?『内通者』になることで……」

「復讐?そんな陳腐な言葉で、俺の行動を表さないでくださいよ。最初に言ったじゃありませんか、俺は、拷問使らしく、拷問したまでです」


 どういう意味だ──。

 そういった思いを込めて、勇者が視線をやると、デュアルは嫌な笑い方をしていた。


「さっきも言った通り、大人たちも全員死んで、汚れ仕事の一族は俺一人になってしまいました。こんな病人と子供を作る人間は、まず現れないでしょうから、ここで一族は断絶です。しかし、これは悪いことばかりではありませんでした」


「一族が俺一人になってから、明らかに帝国軍の幹部たちは、俺に対して優しくなりました。皇帝もそうです。最初は、何故だろう、と考えていました。しかし、これは実に簡単なことでした」


「要するに、皆、拷問自体はまだまだやっていきたいんです。帝国は圧政を繰り返していたので、敵は多いですしね。しかし、自分が拷問なんて汚れ仕事をするのは嫌だ。だから、俺に対して優しくするんです。病気でふらふらとはいえ、捕まえた人間を拷問するくらいは、俺にもできますから」


「俺が死んでしまえば、俺にやらせていた拷問を、自分たちが肩代わりしなくてはならなくなる。それは嫌だ。だから拷問にかけたい人物がいる時は、俺に頼るしかないし、病弱な俺の体調にも配慮する必要がある。かといって、下賤な俺に適当な女を宛がって、子孫を残させるのも忌まわしい。……一族が俺一人になったことで、結果的に俺は特権を手に入れました」






「……この国で唯一、拷問が出来る人物になる、という特権か?」


 最後の一言は、勇者が引き継いだ。

 しかし、デュアルはこれにかぶりを振る。


「それだけじゃない。軍の機密情報をいくら閲覧していても、誰も俺をとがめない。命令をいくら無視しても、です。……この一か月、セリア姫をより苛烈な拷問にかけるよう、様々な命令が下されましたが、すべて無視しました。それでも、俺を叱責する者はいませんでした」

「……ドラクル帝国の上層部は、自分たちの手で拷問を行おう、とは考えなかったんだな」


 勇者の言葉を受けて、デュアルの瞳に暗い光が宿る。


「これまでずっと、拷問などという汚れ仕事は、あの下賤な一族に押し付けておけ、と考えていた人たちですよ?一族がたった一人とはいえ、生き残っている限りは、押し付けることしか考えないんです……」

「自分たちは、勝ち目のない戦争なんてものをやっているのに、か」

「ええ……。戦争は汚れ仕事じゃなくて、拷問は汚れ仕事だなんて、訳が分かりませんね」


 そこで、デュアルはいかにも愉快そうに、クク、と笑う。


「俺は、この状況を利用し、せいぜいこの国を苦しめてみることにしました。『内通者』になること、情報の漏洩、戦局の変化。そして、セリア姫への拷問」

「……最後の物は、どういう意味があったんだ?」

「分かりませんか?」


 デュアルは、意外そうに眼を見開く。


「この一か月、俺がセリア姫への拷問に失敗する、という演技を続けている間、ドラクル帝国の上層部は、いわゆる生殺しの状態になっていました。もしかすると、セリア姫から何らかの情報を聞き出して、戦況を変えられるかもしれない。しかし、拷問使は何の情報も運んでこない。それでも、拷問使の一族が俺一人しかいない以上、俺を頼るしかない……」


「なまじ、セリア姫という希望があるために、なかなか戦争での勝利を諦めきれない。しかし、俺が拷問をしないため、実際に戦争で勝つこともできない」


「明日こそ、セリア姫への拷問が行われ、何か良い情報が手に入るかもしれない……そんな希望に縋り、生きることも死ぬこともできず、ただただ惨めに存在し続ける。本心を言えば、無理やりにでも拷問をしたい。しかし、俺への引け目と、さんざん差別してきた相手に関わりたくないという思いが、彼らを自縄自縛に陥らせる」


 デュアルの言葉を最後まで聞いたうえで、勇者がポツリと呟く。


「……確かに、生殺しだな」

「ええ、勇者様。この状況の名称を、知っていますか?ある人物の意思により、ひたすら心と命を弄ばれ、生かさぬよう殺さぬよう、調整され続ける、ドラクル帝国が陥ったこの状態の、名称を!」


 突然、デュアルが、その細い体からは想像もできない程に声を張り上げた。

 勇者は、その気迫に思わず後ずさる。

 それを無視し、デュアルは最高の笑顔になって口を開いた。











「この状況の名称は、『拷問』。…………勇者様、これが、これこそが、『拷問』ですよ」













「……セリア姫に拷問できない、という状況を作り上げることで、君はドラクル帝国そのものに拷問をかけたのか」


 デュアルは、笑って答えなかった。



 その瞬間、勇者の脳裏に、ある推測が立ち上がった。

 突拍子がないが、それしかない、と思える推測。


 ────セリア姫を誘拐した帝国軍兵士とは、デュアルではないか、という推測。


 彼の言う『拷問』には、帝国に仮初の希望を与える、人質の存在が不可欠だ。

 既に『内通者』として復讐を開始していた彼が、『拷問』の最後の一ピースとして、彼女をさらった可能性は、高い。

 だとすれば、彼はドラクル帝国だけでなく、タイガ王国にも、「分かり切っているセリアの生存を伝えない」という形で拷問を────。


 勇者は、そこで考えるのをやめた。

 デュアルは、セリアを返すと言ってきている。

 ここまでくれば、それが嘘である可能性は低い。

 ならば、この思考は不要だ。




「……よく分かった。では、見取り図をもらおう」

「はいよ」


 先ほどまでとは打って変わり、軽い調子でデュアルは背嚢から見取り図を取り出す。

 その様子からは、とてもこの一か月に亘って、二つの大国を、そして戦争の流れすらもコントロールした男に見えなかった。


 ─そのことが何よりも恐ろしい……。


 冷や汗を流しながら、勇者は見取り図を受け取る。


「あとは上手くやってくださいよ、勇者様。俺もせいぜい協力しますから」

「ああ、わかっているさ。しかし、これで良いのか?君は、これから……」

「いいんですよ。俺の心の中は、あなたしか知らない。世界には、偉大な勇者様が囚われの姫を、拷問使の元から助け出したという、事実だけが残る」


 一瞬、勇者は質問しようとした。

 何故、自分にだけ本心を話してくれたのか、と。

 だが、口に出す前に、デュアルの瞳がそれに答えた。


 デュアルの瞳────勇者に対して投げかける、同類に対する憐みの視線。

 その意味が分かった瞬間、勇者の一族に属する彼は、何故最後にデュアルが会いたいと言ってきたのか、分かった気がした。

 勇者の一族もまた、状況によっては、彼のようになる可能性はあったのだから。





 だからこそ、勇者は最後にこう呟いた。

 その才を受け継ぐ一族の者が、最も喜ぶ言葉を。


「一族の末裔なだけはある。君は…………拷問の才能に満ちているな」


 その言葉を聞いて、デュアルは一瞬、遠い目をした。

 最近、誰かに言われたことを、思い出しているような目だった。

 しかし、ふと、その目をかき消して。

 こう返した。




「その言葉、拷問使冥利に尽きます」


















 むかーし昔、ずうっと昔。

 帝国と王国は、いつもいつも喧嘩をしていました。

 ある時、帝国は、王国のお姫様をさらって、お城に閉じ込めてしまいました。

 それから帝国は、拷問使、という人をお姫様のところに送りました。

 拷問使は、いろんな拷問をして、お姫様をいじめました。


 そんなとき、勇者様が現れました。

 勇者様は、帝国のお城に向かうと、拷問使と戦いました。

 悪い拷問使は、勇者様によってすぐに倒されました。

 そして、お姫様は勇者様に救われ、皆が喜びました。

 一方、拷問使は、悪いことをして罰が当たったのか、やがて病気で死んでしまいました。


 めでたし、めでたし。





 しかし、これは全て、後の歴史で語られたこと。

 勇者が、姫が、そして拷問使が、どういった人物だったのかは。

 誰も、知らない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すごく惹かれました。 ほのぼの?と怨念の落差にやられました。 読み返したら前半のほのぼの、命がけじゃないですか… どんだけですか… ほんのわずかとはいえ、デュアルさんの心に 姫様の体温が…
[一言] 拷問を誰もやりたがらない理由は、敵国の要人だからってこともあるのかな。 誰も責任負いたくないよね。姫様が軍事情報を持ってるなんてあんまりなさそうだし。
[一言] 悪くはなかったが、結局デュアルじゃないといけない理由が皆無。 だって、人をいじめたい人間なんて、いくらでもいるんですよ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ