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創世神話(語り出し)

作者: 椿 冬華




 むかしむかし、むかしと形容するには遠すぎるむかし。


 どこでもないところに一粒の光が零れ落ち、神々が生まれた。




 神々はまず大地を創り、海を創り、空を創って世界を構築した。


 そうして誕生した世界に今度は大地に肥沃な土を落とし、海に豊富な栄養を溶かし、空に綺麗な空気を流した。


 しかしまだ色がなく、寂しい世界であったので次は大地に土色を与え、海に海色を与え、空に空色を与えてその色がよく見えるよう太陽も空に浮かべた。


 けれどそれでもまだまだ寂しい世界であったので、草色で大地を染め、花色を大地に散りばめ、波色を海に描き、泡色で海を躍らせ、雲色で空を彩り、風色を空に舞わせた。


 明るく美しくなった世界に神々はたいそう喜び、その歓喜の種が大地に落ちて生命を芽吹かせ獣が、魚が、虫が、鳥が世界の中に生まれた。


 明るく美しくなった世界が生命に満ちて賑やかになり、神々は手を取り合ってその素晴らしき世界の誕生を祝った。




 それが今から数億年も昔のお話。




 どこでもないところに世界が生まれて幾千万年もの年月を重ねた頃、新たにヒトという生命が世界に満ち始めた。


 強靭な爪も柔らかな毛皮も鋭き牙も素早き脚も何も持っていないヒトはひどく脆弱で、神々はそのあまりの脆弱さに心配した。


 けれどヒトは物を狩る強靭な爪を鉱石を削った槍で代用し、敵から守る柔らかな毛皮を蔓と木と皮とで繋ぎ合わせた盾で代用し、食を咬み千切る鋭き牙を石を割った包丁で代用し、糧を捕らえる素早き脚を数多の罠と数多の仲間で代用し生きていた。


 強きに決して挫かず、弱きを知恵で補うヒトの姿に神々はたいそう感心してヒトに僅かばかりの祝福を与えた。




 そうしてヒトは長き時をかけて栄えてゆく。




 けれどその平穏な時はやがて、闇の出現によって終わりを迎える。


 太陽に月があるように歓喜には哀愁があり、悦楽には悲嘆があり、笑顔には憤怒があり、愛情には憎悪があり、光には闇がある。




 どこでもないところに光が零れ落ちた瞬間、闇もまたどこでもないところに零れ落ちていたのだ。


 光がどこでもないところを満たし、世界を構築してゆく中闇は静かに、じわりと滲み込むように光の中に溶け込んでいっていた。


 神々がそのことに気付いた時には既に闇は光を呑み込まんと肥大化していた。


 哀愁から魔物が生まれ、悲嘆から魔物が生まれ、憤怒から魔物が生まれ、憎悪から魔物が生まれ――闇から、魔王が現れた。




 魔王に目的はなかった。


 ただ無表情に、無感動に、無機質に、無感情に、無愛想に、無慈悲に、無秩序に、無意味に、無価値に、無関係に、無思想に、無気力に、無自覚に、無学習に、無計画に、無理性に、無自己に、無意識に――ただただ光を呑み込むだけだった。


 大地は枯れ、海は濁り、空は陰り、生きとし生けるものたちが魔物によってその生命を落としていく。


 ヒトをはじめとする光の住人たちの悲鳴が響き渡る様を見て神々は闇を滅すべく立ち上がり、魔王との壮絶な戦いが始まりを告げた。


 しかし神々はあくまで“生み出す”存在でしかなかったため、“奪う”ことはできなかった。たとえそれが悪しき魔王の命であったとしても。


 逆もしかり、魔王はひたすら“奪う”ことしかできなく、“生み出す”ことはできなかった。




 だから神々は劣勢であった。


 奪うことのできる魔王と、奪うことができない神々。


 魔王の命を奪うことのできない神々と、神々の命を奪うことのできる魔王。


 その差はあまりに大きく――あまりに無慈悲であった。




 そこで神々はヒトに希望を託すことにした。

 ヒトの中から神々の力を受け入れることのできる器を選んで――“勇者”とした。




 勇者は神々より受け賜った力でもつて魔王と戦い、死闘の末に見事魔王を打ち倒して光の世界を取り戻した。




 これが今から数千万年も前のお話。


 そして今も続く勇者と魔王の因縁の始まりのお話でも、ある。




 勇者によって倒された魔王はその魂を闇と共に散らしたが――太陽に月があるように歓喜には哀愁があり、悦楽には悲嘆があり、笑顔には憤怒があり、愛情には憎悪があり、光には闇がある。


 光が存在する限り、闇は決して消えない。


 だから幾百年の時を経て再び――哀愁から魔物が生まれ、悲嘆から魔物が生まれ、憤怒から魔物が生まれ、憎悪から魔物が生まれ――闇から、魔王が甦った。




 光ある限り消えることのない神々と同様に、闇ある限り魔王もまた存在し続ける。


 たとえ勇者によって魂を滅されようと、時を経て闇が濃くなれば再び甦る。




 だから――続いた。


 だから――繰り返された。




 魔王が甦るたびに神々は勇者となるに相応しきヒトを見つけ出し、力を与えた。


 勇者によって魔王が打ち倒され、ひとときの平穏を甘受するも幾百年の時を経て再び魔王が甦り、また神々が新たな勇者を選ぶ。




 そんな繰り返しが幾百回も幾千回も、幾百年も幾千年も幾万年も――続けられた。




 そして今回綴られる物語は、勇者と魔王が初めて戦ってから幾千万年も経った頃のお話。




 同時に――終わりのお話でもある。




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