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「ゆずる! 帰ってきたぞ!」


 聞き慣れた台詞に聞き慣れない声音を響かせて、柔らかだけど力強い抱擁に、僕は頭が真っ白になった。

 それもそうだろう。その抱擁の主は、見たこともない美女だったからだ。

 ちなみに見たこともないというのは、初めて見たってことである。結構な美人には違いないとは思う、言動はともかく。


 僕が呆然としていると、線の細い華奢な女性は、なんとも不釣り合いな笑顔で歯を見せた。白い肌に薄い唇。風にふわりと舞う黒髪から甘い匂いがして、僕ははっと我に返る。頬が赤くなるのを自覚しつつ、その女性を両腕で押し退けた。


「あの、どちらさまですか。僕はあなたに見覚えがないのですが」


「ああ、そうだろうとも! おそらく初対面だ! むしろ初対面でなければ運命だな!」


「はあ?」


 僕から離れた女性は偉そうに両腕を組み、大仰に頷いた。言動が全て意味不明だ。彼女は残念な美人というやつなのだろうか。

 そんな疑いを持ち始めた僕は、次の台詞で身を固くする。


「俺は(さとし)! (ゆずる)の兄さんだ!」


「…………は」


 一瞬の思考の停止、からのふつふつと沸き起こる熱。僕は拳を握り込み、兄さんを名乗る女性を睨みつけた。


「知ってて、言ってるんですか。だとしたら、最悪な冗談だ」


「もちろん。俺は、死んだ。冗談でもなく、紛れもなく、死んださ」


「…………帰ってください。僕はあなたのようなふざけた人に付き合う気はありません」


 怒りとともに目頭が熱くなり、僕は視線を逸らした。


 つい、先月のことだ。たった一人の家族を失ったばかりの僕は、その事実を受け止められるだけの時間がまだ足りない。例えふざけた頭の人だろうと、言い返すだけの怒りより、悲しみの方が遥かに勝っていた。


 僕は女性の肩を押して下がらせ、玄関のノブを引いた。

 が、閉まる直前パンプスが滑り込んだ。


「いってえ!」


「えっ、だ、大丈夫ですか!?」


 足を挟まれた女性は蹲る。

 思い切り閉めようとしたのだ、つやつや光るパンプスを履いていようと確実に痛い。下手したら骨にヒビでも入っているかもしれない。

 僕は慌ててしゃがみこみ、


「えいっ」


「うわぁ!?」


 その頭のおかしい女性に押し倒された。


「俺は譲の誰にでも優しいところ大好きだぞ~。だがなぁ、こんな細腕も振りほどけないのはちょおっと鍛え方が足りないんじゃないのかぁ?」


「何言ってるんですか! 離して、ちょ、どこ触ってるんですか!? はなっ、うあ、あはっ、はははっ、やめて、あはっはははは」


「譲は脇腹弱いもんなー。パソコン部なんてなよっちいもんじゃなく、体を鍛えろ体を。いつまで初恋引きずってんだ。頭がいい人が好き、って振られたの、小五の時だろ」


「な……」


 くすぐる手を止めた女性を驚いて見た。仰向けの僕のお腹の上で、両手に頬杖をついてにんまりと笑う姿には、既視感があった。


「あなたは、誰なんですか」


「分かってんだろ。俺の仕事は、何だった?」


 似ても似つかない、どころか性別さえも違う目の前の人物の笑顔からは、ただひとつの答えしかなかった。違うのに、僕には確信しかなかった。


「…………インチキ霊媒師」






 ◆






 僕と兄さんは二人だけの家族だ。

 以前は遠い親戚と暮らしていたが、歳の離れた兄さんが働き出してからはずっと二人だったので、昔のことはあまり覚えてはいない。

 初めはちゃんとしたサラリーマンだったと思うのだが、いつからか怪しい副業が本業となっていた。部屋にある謎の札や置物や数珠、あるいは電話で話す内容から心霊的な職業だとは分かっていた。僕としては、そういうものを本気で信じる人も世の中にはいるよね、って認識。

 事務所を持っているとも聞いたことがあるので、口が上手い兄さんはそれなりにやっていたんだろう。


 そして突然、兄さんは事故死した。


 あまりにも突然だったので、ドッキリかと現実逃避もした。けれど、警察で確認した全ては、欠けていても、全てが兄さんだった。

 現実からかけ離れた内容に、ただただ茫然と過ごした。


 それが先月のこと。

 その後は兄さんの知人という男性が現れ、後見人になって必要な手続きやら、保険金やら色々してくれた。

 兄さんの居ない生活が実感として身に染みて、気を抜くと奥から雫として悲しみが溢れてくる。


 はずだったのだが。






「本当に分かったんだよな!? 俺はインチキなんかじゃないからな!」


「……うん……分かったから……はぁ」


 僕は今、疲労感でいっぱいだった。あの後ひたすら脇腹をくすぐられ続けたのだ。


 僕はもう高三になるし、体形も平均的だ。いくらなんでも女性よりは力はある。しかしはねのけたら怪我をさせてしまうのではないかと疑うほど、彼女は細かった。そんな人を無理に振りほどけるわけがなく、耐え続けた僕はよくやったと思う。


 居間に場所を移し、気怠い体を座布団の上に乗せた。兄さんだという女性は我が物顔で、いつものように僕の前に座る。いつものように、胡坐をかいて。


「スカートで胡坐はやめろよ」


「おぉ、悪い。…………きゃーん、譲くんのえっちー」


 鬱陶しい言い方に睨むと、女性は咳ばらいをし、正座をして僕を正面から見つめた。瞳の色は薄く、胸元まで伸びた髪も柔らかそうだ。黙っていれば、儚げな大人の女性に見える。


「で、誰なの?」


「兄さんだって言ってるだろお。信じてくれないなら証言してみせよう。実は俺な、譲が部屋の書棚の一番下に隠してたやつ、たまに世話になってた」


「なに言ってんの!?」


「未成年があんなのどこで手に入れたんだ。入手方法を知りたい。あ、だめだ、俺もうなかった」


「黙れよ! そうじゃなくて、その、女の人は誰って聞いたんだ!」


 女性はにやけていた表情を消し、目を細めた。見透かすような鋭い視線は、兄さんが何かを見定める時によくしていた。

 ふっと目を逸らす。


「それは……追々」


「おいおいって、なんだよ、それ」


「とりあえず、あたしのことはさっちゃんって呼・ん・で」


「…………」


「そんな睨むなよ……俺が帰ってきたのはな、どうにも手立てがなかったからだ。兄として不甲斐ないことは重々承知の上で、譲に頼みがある」


「はあ?……頼み? あんたが?」


「あんたじゃなくて、さっちゃんな。俺と一緒に来てもらいたいところがある」




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