44 ハルカside
――その日はひどい一日だった。
年末で仕事が立て込んでいた。
忙しいところに、顧客のクレーム対応もあってクタクタだった。
クレームを受けた仕事は、同期の江口の担当だ。
ヤツは私に全部押しつけて、早めに有給取って今頃は海外だ。
なんだかなあ。
駅を出ると、チラチラと暗い空から粉雪が舞っている。
寒いな。心も寒い。くたびれちゃったよ。
一人暮らしだから家に帰っても真っ暗で「おかえり」を言ってくれる人もいない。
こんな日は、駅前のアンジェのチーズケーキを買って帰ろう。
アンジェのケーキは、フランス帰りのパティシエがやっていて、ちょっと高いけどその分とても美味しい。
家に帰ったら、とっておきの紅茶をいれてアンジェのケーキを食べよう。
自分にご褒美だわ。
アンジェでチーズケーキを買い、スーパーでいろいろ買って、
自転車のかごに入れて家まで漕ぎ出した。
ケーキの箱はつぶれないように一番上に置いた。
家までの道は車道が狭い。後ろから車が自転車横スレスレで追い抜く。
車を避けようとして、自転車が傾いた。
自転車のかごから、ケーキの箱が車道に落ちる。
スローモーションのように落ちた箱を後ろから来た車のタイヤが轢いていく。
「もういやだ。」涙があふれた。身体が震える。
チーズケーキが轢かれただけでケガ一つしてないんだけど……
朝からいろいろあって顧客から怒鳴られたり心が疲れてたところに、今日のご褒美のケーキが潰されて子供みたいに涙が出た。
大人なのに、ね。こんな時、あの人に愚痴を聞いてもらいたい。
しょうがない。帰ってこの前ダウンロードした乙女ゲームでもしよう。
イケメンに慰めてもらうのだ。
ああ、どこか知らないところに行きたいなあ。
――家に帰ってリビングのドアを開けたら、足元に光り輝く3つの円環と幾何学模様が現れた。
「何これ……?」
足元から魔方陣に吸い込まれていく。床が抜けて落ちてゆく感覚だ。
周りがキラキラと輝いていく。
光の渦の中を落ち続けて、どのくらい時間がたったのだろう。
ドサリと、石畳と思われる堅い床の上に落ちた。
「○#$%、’*&>」
魔法使いのおじいさんのような白髪白髭の老人が、分からない言葉を呟いた。