第1章 第5話 終焉の魔王⑬
翌朝、完全復活したノラに魔王を亜空間から取り出させ、交渉を開始した。もちろん何もできないようにゴーレムで密閉したうえで。
交渉自体は意外なほどにあっけなく、首尾よく進んだ。妃と全国民が人質になっているからどんな要求でも呑む決断をしたのかと思えば、魔王の口から出たある言葉でそれが間違いだったことに気付かされる。
「その程度のもの要求だとは言わないと思うんだが。本気で言ってるのか?」
「本気だ。想像よりも楽ならそれは別にいいことじゃないか。」
「いや、そう思わせておいて徐々に要求を厳しいものにしていき、最終的には無理難題を押し付けたりするつもりなんだろ?」
「そんなことしないよ。要求するのは今回きりだ。」
「…アーサーと言ったな。お前は運がいい。選ばせてやろう。前言を撤回したうえで本当の要求を今ここでするか、それとも今ここで話を終わらせるか。」
「どちらでもない。さっき言ったことを訂正するつもりはないし、話はもう暫く続く。」
さすがは魔王、どさくさに紛れて主導権を奪おうとしてきたな。
「とはいえ国の頭を潰しておきながら何も要求しないというのはなあ…。」
「何もじゃないだろ?籠村の解体、城下町への物の怪の進出、今回の反逆に関与した者の免罪。かなりの要求だと思うんだけど。」
「そうかもしれんが、最初の二つはいずれやらんといかんなーと思ってたやつだ。やぶさかではないどころか、まんざらですらない。」
「まあ、それに関しては嬉しい偶然としか言いようがないよ。ああ、それと要求に加えて一つ、お願いがあるんだけど。」
「要求と何が違うんだ?」
「強制力かな。要求は何があっても叶えてもらうけど、今から言うお願いは叶えてくれてもくれなくても君次第だということだ。」
「ははは。俺は運がいい。命令に従うか否か、自分で選べるのか。」
魔王はニヤリと笑う。しかしその笑みは気だるげな憂いを帯びていた。
「お願いというのは他でもない。僕達の後ろ盾、協力者になって欲しいんだ。」
「後ろ盾?…それは俺一人に対する『お願い』なのか?」
「ああ、もちろんこの国そのものが僕の味方になってくれれば心強いことこの上ないけど、さすがに君の奥さんが許すとは思えない。」
「ははは。そうだな。あいつのことだから最後の最後まで抵抗するだろうな。昨日の戦いでもあいつには手を焼いたんじゃないのか?」
「うん。おっしゃる通り。」
実際かなり危ういところまで追い込まれた。ノラでさえネックレスが無ければ永遠に亜空間に閉じ込められるところだった。
「しかし俺を身内に引き入れようなんて大国エレツにでも喧嘩でも売るつもりか?」
魔王は何もかもお見通しとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「ああ、その通り。」
「え?マジ?」
魔王の顔から笑みが消える。お見通しじゃなかったのか。さっきのは一体何の笑みだったんだ。
「マジだ。これは君にとっても利があることなんじゃないのか?」
「いいことなものか。お前達がしくじればその咎は俺も受けることになるんだぞ。そしてその次はこの波斗原が。」
「そのリスクはあるけど、これだっていずれはやらないといけないと思ってたんじゃないのか?」
「…何でもお見通しか。」
「まさか。何も見えてない。知ってるだけだよ。」
この国は食糧不足という膨らみ続ける問題を抱えている。そしてその膨張はエレツとの貿易が始まってから加速した。
エレツは波斗原から資源を輸入し、工業製品を輸出する。結果深刻化した問題は労働者不足と食糧不足。
本来最も必要なはずの資源の作り手、つまり農民達がこぞって商売人や発明家になろうとする。しかしその結果生み出された工業品は全て国内でしか流通できない。食糧問題を抱えたままに経済だけが発展してしまった国、それがこの波斗原。
諸問題の打開策の一つがエレツとの間にある上下関係の破壊。しかしこの国がそんなことを言ったところでエレツが総攻撃をかけてくる。波斗原程度の国力ならば簡単にひねりつぶされてしまうことは明白。
「いつかは誰かが行動しないといけない。だから今僕らがやる。」
「待て。子供の喧嘩じゃないんだ。お前は見ただろ。うちにいるエルフの兄妹を。彼らはエレツから送られてきた目付け役だ。妙なことをすればすぐにばれる。」
「え?まさか、知らないのか?」
「何がだ?」
魔王はきょとんとした顔をする。演技には見えない。
「あの二人は君達のことが大好きなんだ。そんなことまずしないよ。」
「何?そんなわけがないだろ。あの二人は望んでもいないのに親元を離れ、遠方の小国へ遣わされてるんだ。その元凶ともいえる俺達のことが大好きなど。ありえん。」
「親元を離れるって言っても、彼らは人の寿命を超えるくらいの年にはなってるはずだぞ。」
「そんなもの俺に比べれば幼子みたいなものだ。」
あれ?論点がずれて来たぞ。あの兄妹エルフが魔王達のことをどう思ってるとかはこの際どうでもいい。後で本人に確かめればいい話なんだから。
「あの二人が君達のことをどう思っているかは後で本人に直接聞いてもらうとして、今はとにかく返事を聞かせてくれ。」
「…うーん。そうだな。俺だけというのならいいだろう。お前達が有事の際、力を貸してやる。しかし、しょっちゅうあてにされることは想定してない返答だからな。これは。」
「恩に着るよ。お返しと言っては何だけど、君のその傷、うちの魔術師に治してもらうよ。」
「別に放っておけば治るが…このままの姿で城に戻るのは格好がつかないか。そうだな。温情に預かるとしよう。」
かくして交渉は成立し、魔王と妃はノラから治療を受け、魔王城へと戻された。
「ねえアーサー。」
「なんだノラ。」
「亜空間に入れっぱなしの鵺だけど、どうするの?さすがにずっと入れっぱなしじゃ可哀そうよ。」
「そうだった忘れてた。…籠村に転送しても鵺はまだ僕達のことを敵だと思ったままだし、魔王城の方に飛ばしといてくれ。魔王から直々に説明があれば納得してくれるだろう。」
「そうね。分かった。」
実はこの時、魔王の決断に対して妃が抗議を始め、修羅場になりかけていたらしく、鵺は軽くそのとばっちりを食らったらしいのだが、それは僕らの与り知る話ではない。
「これにて一件落着だな。」
「一見落着の間違いじゃない?」
「一見落ち着くって何だ。落ち着いた様子で内心は荒ぶってるやつのことか?」
ノラのことじゃないかそれは。
「まだ終わってないって言ってるのよ。」
「ん?ああまあこれからエレツの方にも喧嘩を売りに行くわけだしな。」
「違うわよ。それもあるけど宴会するんでしょ。戦争は宴会までが戦争って言うじゃない。」
「言ったことも言われたことも一度としてない。」
しかしノラの言う通り、この戦いが終わったら宴会をすると言っていた。伏線ったらしく、わざとらしく、約束していたんだった。
「でも昨日の今日、もっと言えば一昨日もだ。まださすがに疲れが抜けきってないんじゃないのか?」
「使えば使うほどに増える。それが超回復よ。目覚めた時点で昨日の私を超えてるわ。」
「お前とお前の弟達の心配なんてはなからしてない。潮離と慎瑞のことを言ってるんだ。」
「潮離は何だかんだで大丈夫でしょ。物の怪だし。だから慎瑞次第ね。…でもアーサー、何か勘違いしてない?慎瑞って十分常人じゃないわよ?」
「それはあの鬼の面があるからだろ?面を外したら常人だよ。」
「違う。鬼の面がなかったとしても陰陽師とか何とかの能力で十分常人の域は超えてるわよ。」
「へー…。」
そうだったのか。普段目にする「人間」がノラやシニステル、デキステルだから感覚が麻痺していた。
そんな取り留めのない話をしながら僕とノラは二人、基地の広場へ向かう。
広場には何やら書き物をしている潮離がいた。
「潮離。慎瑞は?」
ノラが訪ねる。
「慎瑞?慎瑞なら人間だよ?」
潮離はまたしょうもないことを言う。
「え…?ああ、うん。そうよね…。」
不意打ちだったのだろうか、ノラが素で困ってる。
「ちょっともー。駄目だよノラちゃん。ちゃんと訳の分からない発言には突っ込まないと。」
「おい潮離、慎瑞はどこなんだ。」
見かねた僕が直接問いかける。予想通りというかなんというか、潮離はすっかり元気なようだ。
「どこって、慎瑞なら今闘言狂だよ。」
「闘言狂?何でまた。」
「宴会の準備。あたしはちょっと早いって止めたんだけどね、楽しみだったみたいで。」
慎瑞も元気だった。




