第1章 第5話 終焉の魔王⑥
「シニステル!デキステル!」
取り乱し、二人のもとへと駆けていこうとするノラの腕を、僕は掴んで引き留める。
「待て。不用意に近づくな。僕ら二人を撃たなかったのか撃てなかったのかは分からないが、行くなら壁で防御しながらだ。…Golem. Build the barrier.」
本体から分離したゴーレムなので音声で返事はしないが迅速に集合し、僕とノラの前に壁を築く。
「ノラ。二人を壁の内側に転送してくれ。
「ええ。分かった。」
転送されてきた双子は既に傷が塞がり、意識も戻っていた。
「大丈夫か?二人とも。まだやれるか?」
「当たり前だろ。」「まだ始まってもないだろ。」
双子は胸を押さえながら立ち上がり、傷の治りを確かめるように腕を動かし、剣を握り直した。
「ごめん。油断してた。」「もう油断しねえから。」
二人はすっかり回復したようだ。しかし超回復で大抵の傷が瞬時に治る双子が攻撃によって意識を奪われるというのは一大事だ。
恐らく原因は心臓を撃ち抜かれたこと。血流が停止し、脳の活動が止まった。それと同時に超回復の効果が出るのも遅れたのだろう。
精密射撃ができるというのも厄介だが、それに加えて魔王はこちらが見えているようだ。
「ノラ。向こうの様子は分かるか?」
「…うん。透視してみた。けど、特に動きはない。こっちが来るのを待ってるみたい。」
「そうか、こっちが壁で防御してるのが分かってるのか、あるいは単にさっきの攻撃は挨拶代わりだったのか。いずれにせよ進むしかないな。」
何も見えていない僕と違って、魔王はかなり多くのことが見えている。とはいえやはり、何でも見えているというわけではないようだ。なぜなら、あの兄弟エルフが使ってたのがゴーレムの体の一部だったということには気付けていなかった。気付いていたらさっきの二人だけを行かせはしなかったはずだからだ。
「三人とも、前方はゴーレムで守れるから後ろと横を守ってくれ。十中八九無いけど、さっきの攻撃が壁を回り込んで来るってことも考えられなくはないから。」
「いいわ。」
「分かった。」「了解。」
ここに来る前にノラからは魔王とその妃について、魔王が風、妃が氷を使って戦うということしか聞いていない。
この情報と僕の知識が導き出した最悪にして最も妥当な結論というのは、魔王が天狗で妃が雪女という結論。
この国の支配者になれるということは強力な物の怪。つまり知名度が高く、鵺のように伝承ごとにその姿が違ってくるということのない物の怪であるということが考えられる。
「準備はいいか?行くぞ。」
僕は一歩前に踏み出す。その動きに合わせてゴーレムの壁も前進する。
一歩一歩慎重に歩を進め、ついにゴーレムと襖が接触した。あと一歩前に出ればゴーレムによって襖は破られ、戦いは始まる。
「三人とも、いよいよだ。」
「長いわよ。さっさと行きなさい。」
「いくらなんでもビビりすぎだろ。」「『うしのあゆみ』だったぞ。」
まったくこいつらは人の気も知らないで。さっきの戦いで警戒はしてもし過ぎることはないって学んだんじゃないのか。
「まあでも、頼もしいよ。」
僕はこれ以上ためらうことなく踏み出す。破られた襖の先に広がる部屋へと。
そこは異様な部屋だった。部屋を囲む四つの壁のうち三つが骨組みだけで外の景色が丸見え。開放的な部屋だと思えば天井は吹き抜けではなく普通にある。そんな部屋の中に彼らはいた。
魔王と思しき男は外見年齢は三十代。細身の黒髪に瞳の色は赤。輸入品であろうGパンと白黒ボーダーの半そでTシャツを着ている。手には木でできた団扇を持っている。
妃と思しき女性は外見年齢は同じく三十代。腰まで伸びる黒髪を後ろで一本に束ねており、前髪は中央できっちり半分に分けられている。瞳の色は灰色。輸入品であろう衣服を身に着けている。この表現が正しいのか些か疑問ではあるがそれは、メイド服というやつだった。
先に口を開いたのは魔王だった。
「歓迎するぞ客人よ。お前たちは運がいい。選ばせてやろう。一瞬で塵になるか、永久に氷漬けになるか。」
「どちらも遠慮しておくよ。それと一つ聞きたいんだが、君の奥さんの服、あれは君の趣味か?」
「ああ、そうだった。始めに言っておくべきだったな。…妻の服装、あれは断じて俺の趣味などではない!」
「ですが、ご主人様はこの服装をいたく気に入っておいでです。」
語気を強めて否定したにもかかわらず、妃の言葉によって魔王の言葉から信憑性がみるみる失われていく。
「ご主人様」って妻が夫を呼ぶときに使う言葉じゃないよな。
「いきなり戦争というのも味気ないから、ここはひとつ宣戦布告も兼ねて紳士的に自己紹介でもしよう。僕はアーサー・マクダナム。この島で生まれ育った。そしてこちらは」
「いや結構。その三人のことは既に知ってる。時間稼ぎのつもりか?援軍はまだ来ていないようだが。」
まだ来ていない。か、そう思うのも当然。魔王にバレない方法で送り込んだからな。
突如、部屋の床が破られる。
床に空いた穴から湧き水のように現れたのはゴーレム。地中を掘って進んできたため魔王に気付かれずにここまで来れた。
「頼むぞゴーレム。」
ゴーレムにはもうすでに命令は組み込んでいる。部屋に侵入すると同時にゴーレムは行動を開始する。
「なるほどな。地中か。一本取られた。」
「小賢しい真似を…。」
妃は忌々しげな表情を呈する。が、対照的に魔王は落ち着き払って一度団扇を振り、自身の能力によって突風を起こす。
が、それが僕達に到達する頃にはそよ風になっていた。
「これは、防風林のつもりか?」
ゴーレム達は部屋の中で自身の体を数本の石柱に変形し、一見ランダムともとれる並び方で魔王達を取り囲む。しかしその並び方は計算された並び方で、内部からの風の威力を打ち消す効果がある。
「ご主人様。これを。」
そう言った妃の手には彼女の能力によって作られた氷の塊が握られていた。
「よし。投げろ。」
妃が氷塊を放った直後、魔王は再び団扇を振る。すると氷塊は不自然な軌道を描いてゴーレムの間をすり抜け、僕達の方へと迫る。
気流の操作をあそこまで繊細にできるとは、見事だがしかし氷塊は虚しく砕け散る。氷解したとでも言っておこうか。ノラが発動した防御壁に阻まれたからだ。
「今回の防御壁は過去最大。一応教えといてあげるけど、天井の上から床の下まで塞いであるから何をしようと無駄よ。」
「あらゆる攻撃は防がれると?」
「そんなところね。」
「さて、それはどうかな?」
魔王はみたび団扇を振る。直後僕達を襲ったのは爆音、いや、実をいうと僕はそれを音と認識できなかった。それは衝撃だった。脳を直に揺さぶられるような衝撃だった。考えるよりも先に僕は両手で耳を抑えていた。それはどうやらノラも同じだったようだった。
魔王は気付いた。声が届いている以上風が通らなかったとしても音による振動は伝わるということを。
一瞬だった。ノラの魔法への意識が逸れたのは。しかし一瞬でも命取りだった。魔力の統制が取れなくなり、防御壁は立ちどころに崩壊する。
「お前だけでも行け!」
魔王は団扇を振り、突風を起こす。
「待って!ご主人様も!」
その風に乗って妃は飛ばされる。魔力の供給が停止し、穴だらけになった防御壁向かって。
「ノラ!」
「分かってる!」
ノラは杖を握り直して魔力の注入を再開する。防御壁を形成するための膨大な魔力はノラ一人で賄われているわけではない。体がダイヤモンドという魔力の良媒体でできているゴーレムに蓄えられた魔力を使用している。そのため一度崩れたら修復するのに数秒かかってしまう。
「アーサー出て来たぞ!」「俺らが行くか?」
その数秒で妃一人なら外に出せた。だから魔王は自分を中に残して妃だけを出した。壁を作り出してる張本人、ノラを直接狙うために。
「いや、二人は役割があるだろ。僕が何とかする。」
しかしそんなことは僕が許さない。これ以上計画外を乱させはしない。
まあ、さっきから「僕が」とか言ってるわりには実際動くのは僕じゃないんだが。
「Golem! Capture the Queen.」
僕が命令したのは石柱を形成している方ではなく、この部屋に来る時に壁として利用した「あまり」のゴーレム。壁の状態から変形し、すぐさま妃の確保を試みる。
「ノラ。第二段階だ。」
「もういいの?魔王と話せなくなるけど。」
「さっきのをもう一回やられるとさすがにまずいからな。」
「分かった。」
ノラがさらにもう一つ魔法を発動する。防御壁を発動、維持するのにわざわざゴーレムを利用したのはこの魔法を使うためでもある。
とはいえ難易度の高い派手な魔法というのではない。規模が規格外なだけで魔法自体はごくごくありふれた、というか、お馴染みのものだ。
「転送!」




