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第1章 第5話 終焉の魔王②

僕がノラと基地の広場に出た時、そこにはすでに潮離と慎瑞がいた。


「二人とも早いね。ノラちゃんは特に。」

「ええ。私は万能の魔術師だからね。」


噛み合ってるのか噛み合ってないのか微妙な二人の会話。

しかし僕の最大の関心は潮離の背後から伸びる四本のクモの脚に寄せられる。


「潮離。お前はいつもそうやって野菜を切ってるのか?」


「そうやって」とはどういう方法かというと四本のクモの脚でまな板を支え、その上で野菜を切るという方法だ。それも歩きながら。


「え?うん。」


潮離は怪訝な顔でそう答える。あたかもおかしいのは僕であるかのように。

いつもこの時間帯はまだ寝てるから気付いてなかったが、潮離もノラに負けず劣らずの横着者だったようだ。


「いつもはこうやって歩いて慎瑞に付きまとって話しかけ続けるの。」

「やめてやれ。」


ニュアンスから悪意しか伝わってこない。

しかしそうだ。慎瑞。彼は僕達が広場に来てから一言も発することなくただその場で僕らに背を向けて直立不動を貫いている。

ひどい話、存在を忘れていさえした。


「慎瑞君?慎瑞君はいっつもこの時間瞑想してるからね。基本会話はあたしからの一方通行だよ。」


潮離が僕にそう説明するが、だからやめてやれ。瞑想の邪魔以外の何物でもないじゃないか。


「その会話は楽しいのか?というかそもそも会話じゃなくて独り言みたいなものだよな。」

「まさか。みたいなものじゃなくてそのものだよ。」


自覚があったとは。


「ねえ潮離。慎瑞は瞑想してるんだからあまり話しかけない方がいいんじゃないの?」


と、ノラがまともな、それでいて気の利いた進言をする。今日は吹雪にでもなるんだろうか。


「問題ないみたいだよ。試しに何か話しかけてみれば?」


潮離は慎瑞の方に視線を向けてそう言う。

物の試しに何かやってみようと思った僕は慎瑞の正面に回り込むが、彼の顔を見た途端何かやってみようという気は霧消した。

背筋を伸ばして両手を前に組み、目を半分だけ開けたいわゆる半眼という状態で慎瑞は立っていた。

それだけと言えばそれだけ。しかしこれが陰陽師というものなのか、すさまじい威圧感だ。空気を介してこちらに圧力を掛けているのではないかという錯覚に陥ってしまう。

こんなの気軽に声なんて掛けられるものじゃない。一体潮離はどんな根性を、どんな神経をしているんだ。一周回って賞賛にすら値する。


そんなことを考えていると不意に慎瑞は大きく一つ息を吸い、ゆっくりと吐いていく。吐く息に伴って徐々に目が開かれていく。

目が完全に開かれた時、息を吐くのは終わり、静かに呼吸が再開される。


「おや、兄上ではないか。」


その時になって慎瑞は今初めて気が付いたといったリアクションを取る。

完全に自分と外部を遮断していたということか。すさまじい集中力だ。でもこれ瞑想の途中に敵に襲われたら一巻の終わりじゃないか。

まさか、そのことを警戒して潮離は慎瑞を付きまとって話し掛けているのか?


「おはよう慎瑞。…慎瑞と潮離には昨日話した通りだけど今日魔王を倒しに行く。双子はまだ起きて来ないけど、先に僕達だけで作戦会議をしてしまおう。」

「よいのか?あの二人は作戦に参加するどころか、作戦における最重要戦力なのでは?」

「そうね。でも弟達に作戦なんて必要ないわ。ただ思うままに戦って勝利を収める。それが万全の剣士の万全たるゆえんなんだから。」

「なるほど、ノラ殿がそう言うなら問題ないか。」


いや、さすがにあの二人が思うままに戦うと問題だらけだから作戦はもちろん後で伝える。


「ねえノラちゃん。万全の剣士って何?双子ちゃんのこと?」


潮離がどうでもいところに食いついた。


「そうよ。まだあなたにはいってなかったっけ?」

「うん。初耳。」

「私も初耳だ。」


ノラが少し嬉しそうな顔をする。ノラの説明意欲を二人が的確に刺激してしまったみたいだ。長くなる前に切り上げさせないとな。


「私達は故郷でそこそこ名の知れた姉弟だったから異名が付いたのよ。私は万能の魔術師。弟達は万全の剣士。三人合わせて全能。全能のカタリスト姉弟と呼ばれて畏れられていたわ。」

「へーかっこいいあだ名だね。」

「二人合わせて全能とはよく考えられた異名だな。」


二人に褒められて満足げなノラだが僕は知っている。この異名を考え出したのはノラ本人だということを。自分で自分に異名を付けるなんてどこの中二病だと、この話を聞かされたとき僕はツッコミを入れたんだった。

あれから三か月。ノラは基本的に自分の万能しか誇示してこなかったから「全能のカタリスト姉弟」は卒業したのかと思ったがそうではなかったみたいだ。


「ノラ。気持ちよく話しているところ悪いけどそろそろいいか?」

「そうね。話があらぬ方に逸れちゃってたわ。作戦会議だったわね。続きは作戦が成功したらってことにするわね。」

「いや、続きを語る必要はないから。」

「この戦いが終わったら私…話すから。」

「なんか嫌な予感のする宣言だなそれは。」

「大丈夫よ。さすがにフラグ程度で私は死なないわ。あんたが私のフラグの巻き添えを食らって死ぬ方があり得るわ。」

「本格的にそれは大丈夫じゃないだろ!」


僕ごとき、抵抗なんてする間もなく葬られるぞ。


「安心してくれ兄上。兄上のことは私達が守る。」

「そうだよ。先生は頭以外は使い物にならないんだから、あたし達に守られてなさい。」

「ありがとう二人とも。でも悪いけど今期の作戦では僕と君達は別行動だ。」

「な!?どういうつもりですか兄上!」

「連れってってよ!さっきバカにしたの謝るから!」

「落ち着け二人とも。ちゃんと説明する。」


魔王と対峙した時点でノラが魔力を、双子が体力を、どれほど温存できているかが今回の作戦の要だ。

城の衛兵全員を相手にすることはもちろん、見つかることさえ命取りになりかねない。だからなるべく城の中にいる兵の数を減らしておきたい。

そのために利用するのが籠村だ。日が昇っても籠村から書簡が届かなければ城から様子を見に使者が送られる。

その時潮離と慎瑞が全力で使者を怖がらせれば城から籠村へとかなりの数の兵が送られるはず。もちろんそれだけで城がもぬけの殻になるなるわけではない。が、確実に動きやすくなる。


「潮離と慎瑞にはこれから籠村に行ってもらう。そこでなるべく長く、多くの兵を引き留めてほしい。で、危なくなったら逃げる。その間に僕はノラと双子とゴーレムを引き連れて城に乗り込む。要は強行突破だ。」

「ねえアーサー。」

「うん?」

「それって作戦っていうの?」

「そうだよ先生。いくらなんでも魔王のこと舐めすぎ。」

「我らも戦力として魔王にぶつけるべきではないのか?」


予想外の集中砲火に僕は一瞬たじろぐがくじけはしない。よくあることだしこれからもあることだ。


「二人を連れて行かないのには他に理由がある。まずは潮離、お前は僕を助けると死ぬだろ。」

「その時はちゃんと屁理屈で助けてくれるんじゃなかったっけ?」

「魔王を相手にしてる時にそんな余裕はないよ。一瞬でも魔王から気持ちが逸れてしまったらそこから作戦が崩れる。」

「ぐぬぬ…。」


潮離は悔しそうな表情をするものの反論はしてこない。


「兄上!私ならばその心配はない。いくらでも助けられる。」

「そうだな。慎瑞は確かにそうだけど、お前は人間だ。死ぬ可能性が一番高いのはお前なんだよ。」

「いや、しかし…。」

「二人に死なれると困るのは僕達なんだ。逃げ道が無くなるから。」


計画が失敗したとしても逃げられれば負けではない。


「逃げる時に僕達はろくに力を使えなくなってるだろうからその僕達を回収して匿える人員が必要だ。それが潮離と慎瑞。」

「…分かった。そういうことなら聞き分けよう。そして、壊走かいそうの際には必ず駆けつけよう。」


壊走って…戦いに敗れて逃げるという意味だが、よく知ってたな。絶対常用じゃないだろ。


「ありがとう。それと、こんなことを言うのは縁起でもないけど、最悪僕が、僕だけが死んだとき、僕が巻き込んだ者達の身の安全を確保して欲しい。」


辰正さんと要さん。方輪車かたわぐるま達に母さんとぬらりひょん。そして籠村の人々。


「そんなことあんたに言われるまでもなくそうするわよ。」

「そうだよ先生。あたし達みんなその辺はきっちりしてるんだから。」

「恩に報いる報恩の精神無くして渡れる世の中ではないからな。」

「そうだな。…じゃあ行こうか。魔王を滅ぼしに。」

「待ってアーサー。」


一大決心をして高らかにそれを宣言した僕をノラは引き留める。


「何だ。」

「シニステルとデキステルがまだ起きてないんだけど。」

「……。」


忘れてた。

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