第1章 第4話 怒涛の鵺 ⑨
回想、三分前———
「行くよ慎瑞!」
「ああ、では手筈通りに!」
二人は再び犬神に再び接近する。先に慎瑞が立ち止まり、潮離だけが犬神に攻撃を仕掛ける。今回は四本の脚を全て使って高速で突きを連発する。が、やはりどれも躱されてしまう。
「あーもうやっぱ当たらないか。一回くらいは当てたかったのになあ。」
しばらく打ち続けるもやはり犬神を捉えることはできず、潮離は後ろに跳んでピタリと動きを止める。
「何なんださっきから!攻撃をしたかと思えば急に止まりおって。」
「別に攻撃してもいいんだよ?卑怯だなんて言わないし。」
「…。ん?これは」
犬神は潮離の言葉には応じない。しかし気付かれたようだ。
「妖気!あの男からか・・・!」
「あ、まずい。気付かれたよ!」
犬神は慎瑞が二人から距離を取って妖気を使って何かしようとしていることに気付いた。
いや、「何か」しようとしていることまでしか気付けなかった。そこまで気付いた犬神は、後ろに飛びのいてしまった。
「落ち着くんだ潮離。すでに奴は術中だ。」
慎瑞の言葉の通り後ろに跳んだ犬神はそこに突如現れた慎瑞の小鬼に両手両足を掴まれ、身動きを封じられる。
その時を待ってたとばかりに潮離は下の脚二本で自身を浮かせ、犬神の頭上を越えて背後を取る。
その間に慎瑞も間合いを詰め、自分の刀の間合いに入る。
潮離の四本の脚が犬神の体を貫くのと慎瑞の刀が犬神を両断したのは同時だった。事切れた犬神は灰と化し、二人の前に灰の山が築かれることとなる。
回想はこれにて終了。では、犬神の能力及び攻略法のネタバレといこう。
少し考えればわかることかもしれないが、犬神の嗅覚は鋭い。そして犬神の予知能力というのはこの嗅覚によるものである。
犬神の嗅覚は実際の犬のそれとは比較にならないほどの鋭敏さを持っている。
物が動いたことによる空気の流れの変化や温度の変化をすべて匂いとして感知できる。さらには魂や妖気といったいくつかの非物理的なものまで嗅ぎ取れる。
他人の行動をある程度先読みできたのも筋肉を動かす際のATP分解やグリコーゲン分解による筋肉内のわずかな発熱を感知できたからだ。
ここで僕は考えた。行動を読まれてしまうため絶対に裏を掛けない犬神の裏をどうしたら掛けるのか。
匂い一つで戦場における敵の一切を把握できる。つまり相手が動く前に相手の隙を突けるということだ。
しかし動きを読めても考えてることまでは分からないし、妖気の存在自体には気付けてもその使い道までは分からない。だとしたら急に小鬼を出現させればうまくいくのではないか。
無謀な賭けと思われるかもしれない。しかしやつらのもとへ交渉に行った時、地中に潜んでいたゴーレムの存在に犬神が気付けなかったことである程度の確証は得ていた。
ついでに言うと、潮離と慎瑞が初めて犬神に攻撃を仕掛けた時、接触する前に一度立ち止まるよう指示したのは答え合わせのようなものだった。
もし犬神が未来を予知できるのなら相手がいつ動くか時間的に余裕をもって感知できる。しかし実際は相手が動くまでは動かなかった。
犬神には、止まってる相手が何秒後に動くのかまでは分からない。
犬神にとっていつ動くか、また、どんな動きをするか未定の相手を襲うよりかは、既に動き出している相手の隙をついた方が勝ちやすいからだ。
ただの結果論だが、大成功だ。
「おいアーサー!」「助けてくれ!」
どうやら双子が呼んでるようだ。あいつらきっと今頃勝利を収めてい
ん?さっきあいつらなんて言った?「助けてくれ」って言ったか?
「どうしたシニステル!デキステル!」
もしかしたら、僕はひどい思い違いをしていたのか?ノラと潮離と慎瑞とみんな作戦通りに行っていた。だからこの流れで双子も大丈夫だと盲目的に思っていた。
しかし冷静に考えてみればそんな保障どこにもない。蛇神の能力を僕が見誤って作戦ミスをしているという可能性もある。
二人に何かあったら僕の責任だ。僕の奢りが呼んだ結果だ。
「大丈夫か二人とも!」
ノラと潮離と慎瑞を引き連れて二人のもとへと走る。
双子と蛇神が戦闘を繰り広げていた現場を目の当たりにする。そこには全身傷だらけで地面に横たわる蛇神がいた。もう一度繰り返しておくが蛇神だ。
そしてそれを見下ろすように立っている双子。ちなみに無傷だ。
何が「助けてくれ」だ。見る限りではそれは蛇神の台詞だろ。
「来たかアーサー。」「助けてくれアーサー。」
「まだ言うか。何をどうしろって言うんだよ。見たところこの上なく順調じゃないか。」
「いやそんなことねえよ。」「今まさに苦戦中。」
二人が言い終わると同時に目の前の蛇神の体が白く変色し、繭を破るようにして中から傷も服も全て元通りの蛇神が現れる。いや、繭というよりかは脱皮と言うべきか。
「一体何度殺せば気が済むんだ!いい加減しろ!」
生き返った蛇神は思いの丈を双子にぶつける。
しかし蛇神の渾身の訴えも虚しく復活後5秒で斬撃を8つ、拳による打撃を1発、蹴りを3発受けて蛇神は折角吹き返した息を引き取ることとなった。息を引き返すと言ったところか。
「なあアーサーこいつ本当に倒せんのか?」「さすがにもうそろそろ飽きたんだけど。」
飽きたってこいつ…。しかし、倒せるのかという問いに対しては「倒せる」というのが答えだ。蛇神は万死であっても不死ではない。先ほどやってのけた復活にも限りがあるということだ。
十中八九やつの能力の根源は蛇信仰。蛇の脱皮を復活に見立てて蛇を不死の象徴とする信仰のことだ。
蛇神がやっているのは脱皮。傷ついた古い細胞を捨てて新しい細胞にする。結局のところ怪我の回復とやっていることは同じだ。
ならば殺し続ければ、非常識なまでに死を与えれば復活できなくなってしまうはずだ。
「なあ姉ちゃん代わって。」「魔法ならうまくできるだろ?」
「駄目よ。」
ノラはきっぱりと言い放つ。
「自分が引き受けたことなら最後までちゃんと自分でやりなさい。」
ノラがお姉ちゃんっぽいことを言ってる。
「まあでも、今のペースだと時間掛かり過ぎちゃうだろうから、ちょっとだけ手伝ってあげる。だから最後まで自分達でやりなさい。」
「「はいはい。」」
「はいは一回。」
「はい」「はい。」
双子の反抗を特に咎めもせずにノラは蛇神に手をかざす。直後、蛇神は復活する。大方魔法で時間の流れを早めでもしたんだろう。
ここから蛇神はペースアップした双子に60回ほど殺されたのちに再起不能となったのだが、そこへ至るまでの行程は蛇足以外の何物でもないため省略させてもらう。




