第1章 第4話 怒涛の鵺 ①
「それじゃあ君はここにある箱全部にこの札を付けていってくれ。」
「へい。」
「君と君は札を付け終わった箱から外の荷車に積んでいってくれ。」
「へい。」
「へい。」
僕が今指示を出しているのは慎瑞が出した小鬼達だ。みんなよく言うことを聞いてくれるのですごく助かっている。
もちろんこの小鬼達というのは普通に出す小鬼とは少し違う。
慎瑞によると彼が出せる小鬼の総数は108体。しかし今作業に当たってくれているような人語を理解し、喋るほどの知能のある小鬼は6体出すのが限界とのことだ。
「もう他に仕事は無いから君達は戻っていいよ。お疲れ様。」
僕にそう言われた残りの小鬼3体は紫色の靄になって生みの親、鬼の姿になった慎瑞の元へと戻る。
「兄上、小鬼達はもう少し使うのか?」
「ああ、うん。あと10分くらいはかかるかな。」
「兄上、まことに恐縮だがこの鬼装状態、維持するのに少なからず体力を消耗する。できればあと数分にしてもらえれば助かるのだが…。」
「鬼装状態?」
鬼に変身してる今の状態のことであることは何となく分かるが、いつの間に技名なんて考えてたんだ。
「然り。『鬼を装う』と書いて鬼装。私は実際には鬼ではない故、中々的を得た命名だと思うのだが。」
漢文法的には「鬼を装う」は「装鬼」なのだが「きそう」の方が何となく語呂がいい気がするので良しとしよう。
ついでに「的を得た」ではなく正しくは「的を射た」だということも突っ込まないでおこう。知識をひけらかしたい嫌な奴だと思われたくない。
「うん。いいネーミングだと思うけど、もしかして鬼になる度に宣言するの?」
「無論。」
そうか…無論、なのか。
初めの方は楽しいかもしれないけどそのうち言うの忘れたり面倒臭くなったりするやつだろ。それ。
いや、慎瑞はかなり真面目でまめな性格だから、ちゃんと忘れずに変身する度に宣言する可能性もまだ死んではいないが。
「それで、体力を使うって具体的にはどのくらい?」
「具体的に、と言われると今一ついい例えが見つからないのだが…。強いて例えるならばあれだ。空気椅子だ。」
「空気椅子?」
「然り。ただし脚だけ疲れる空気椅子とは違い、こちらは全身隈なく疲れる。」
空気椅子、もちろん知ってる。椅子のないところで椅子に座った体勢をとるという拷問なのかトレーニングなのかよく分からないあれだ。
僕自身やったこともなければやろうとも思わないからどれくらいきついのかすぐには分からないけど、耐えがたい苦痛であるということは分かる。
それを今慎瑞は全身でやってるのか?今すぐ止めさせよう。
「悪かった慎瑞。今すぐ止めてくれて構わない。仕事は双子にやらせるから。」
「いや、先ほども言った通り空気椅子程度の苦痛故、耐えられないものではない。」
「待て待て。何か言ってることが矛盾してるぞ。空気椅子『程度』って何だ。耐えがたい苦痛なんじゃないのか。」
双子が言うならまだしも慎瑞は人間だ。同じ人間でここまで苦痛の感じ方に差が出るはずはない。
「別に耐えがたいということは無い。兄上は少し大げさなのでは?…ああいや、そういえば確かこの間ノラ殿が言ってたな。兄上は…ヘタレ?だと。」
「あいつ僕のいないところでお前に何言ってるんだ!?」
あの魔術師め、陰口なんて叩きやがって。
「ヘタレか。否定できないのが悲しいよ。」
「まあ人には得手不得手がある。兄上は頭の出来がいいのだ。体の方が脆弱でも支障あるまい。」
「そうやって無理に励まされるのが一番傷ついたりするんだけど。あれ?そう言えば慎瑞。ノラのことは『姉上』とか呼ばないのか?」
「ん?ああ。彼女にはすでに姉と呼び慕う者達がいる。それなのに後から湧いて出た私がノラ殿を『姉上』と呼ぶのは気が咎めてな。」
「別にあいつらは気にしないと思うけどな。」
それにしても湧いて出たって。そこまでへりくだらなくてもいいのに。僕達に刃を向けたことをまだ引きずっているのだろうか。
真面目な性格の慎瑞だけにありうる話だ。
もしそうなら早めに何とかしておいたほうがいいかもしれない。そういった負の感情というのは思わぬところで足枷になったりするものだ。
僕が言えたことではないのかもしれないことだが、過去のことにこだわったってどうしようもない。
「なあ慎瑞、もしかしてだけど僕達に気を遣ってる?」
「いや、特にそのようなことはないと思うが。」
鬼装状態につき表情は読めないが口調から察する限りでは慎瑞は噓を言ってる風ではない。いらぬ心配だったか。
「ただ、私の行動の結果何らかの不利益が兄上達に生じてはいけないと考えて精神的にがんじがらめになることは、ある。」
「それを気を遣ってるっていうんだよ!」
いらぬ心配では全然なかった。
「親方。」
「お待たせしました。」
「終わりました。」
そうこうしてるうちに作業を終えた小鬼達が帰ってきた。うち一体はダイヤモンドを詰めた木箱を積んだ荷車を押して来る。
「みんなお疲れ様。慎瑞ももう鬼装状態解いていいよ。」
「御意。では、戻れ。」
三体の小鬼達が紫色の靄になって鬼の体に吸い込まれたすぐ後に慎瑞は面を外して鬼装を解いた。
「じゃああとは僕が。早速納品してくるよ。」
そう言って僕はゴーレムを一体呼び出す。荷車を引かせるためだ。
ゴーレムにはさっきの鬼がやっていたような考える必要のある作業には向いていない。命令の範囲を超えた問題は認識できず、問題を無視して行動するため、荷車を引かせたり地中に埋められそうになってる主を救出させたりといったシンプルな命令が向いてる。
「Pull this cart to the point C.」
「Yes sir.」
僕はゴーレムにぬらり屋まで荷車を引くように指示する。命令の際に使った言語は今は古い書物に記されているだけの死んだ言語。話し方も聞き方も今となっては誰も知らないが、幸い僕は何でも知ってる。そこでゴーレムと僕の間の共通言語に設定したというわけだ。
「兄上、今なんと?」
驚いたせいか慎瑞の目が点になっている。こんな表情もするのか。
ゴーレム自体は見せたことはあったけどゴーレムの声を聴くのはこれが初めてだからだろう。
「ゴーレムに指示を出した。さっきのは今はもう使われてない言葉だから相手に作戦を読まれることもないだろうということで採用したんだよ。」
「はあ、使われていない言語か。兄上は何でも知っているんだな。」
「まあね。でも知ってるだけで何も見えちゃいないけど。」
僕が無駄口を叩いてるうちにゴーレムは出発の準備ができていた。
「じゃあ僕は行ってくるよ。ノラも双子も居るから大丈夫だとは思うけど、留守番は頼んだよ。」
「御意。この命に代えても。」
「いや、命に代えるほどじゃないから。さっきも言ったけど三姉弟もいることだし。」
「では、掃除に励むとしよう。」
命を懸けた留守番から掃除とはすさまじい落差だ。
僕は荷車に乗り、ゴーレムに指示を出す。ゴーレムは指示通り指定されたポイント、ぬらりひょんの営むぬらり屋へと出発した。




