第1章 第3話 悲業の鬼 ⑦
鬼達が消滅したことでぬらりひょんからの仕事が思いがけず完了したわけだが、ここで一つ疑問が生じる。
「君は誰だ?」
僕は突如現れた総白髪の青年にそう問う。状況的に考えて彼が鬼の正体なのだが、僕の知識によれば鬼の面をかぶった者は鬼に操られる。彼自身が敵と決まったわけではない。
「私は」
青年は口を開く。
「恵寺原家の次期当主、恵寺原慎瑞と申す。」
僕は屋敷の表札に目をやる。そこに刻まれていた名は、恵寺原。つまり今回の事件の下手人は被害者の息子。つまりは身内による犯行だったということか?
「貴君らを襲ったのは私の意志によるもの。しかし貴君らに直接恨みがあったわけでは無い。私はただぬらりひょん、あの鬼に一矢報いてやりたかった故に貴君らを襲った。」
「ぬらりひょん?彼と何か因縁でもあるのか?」
「然り。…私の両親に実際に手をかけたのは私だ。しかし、その原因を作ったのは他の誰でもないぬらりひょんだ。」
聞けば、彼は陰陽師の家系である恵寺原家に養子として迎え入れられたのだという。そして両親から跡取りになることを期待されて育てられたという。期待というか、そもそもそのために迎え入れられたのだから半ば決まったことだったのだが。
しかしここ数年で陰陽師というものは急速に職を失いつつあった。人間が物の怪に慣れてしまい、今までならちょっとしたことでも陰陽師に相談していたのに、それをしなくなったことが主な原因だ。
その結果多くの陰陽師は専業の陰陽師をやめ、他の職に就くようになった。しかし中には陰陽道に固執した家もあり、恵寺原家もそんな家の一つだったらしい。
慎瑞の両親はこれまでにも増して彼に大きな期待を抱き、毎日口癖のように「お前はいずれ陰陽道を世に返り咲かせるんだ」と言って他の仕事もするべきだと言う慎瑞の言葉には耳を貸さなかった。
しかし陰陽師として稼げる金は僅か。このままでは遺産相続も危ういといったある日、恵寺原家にぬらりひょんは訪れた。ぬらりひょんは彼の両親に遺産に関する契約を持ち掛け、彼には鬼の面を渡した。
「この面を使えば小鬼を使役することができる。その力を以ってすれば陰陽師の必要性を世に再認識させられる。」
ぬらりひょんは彼にそう言って鬼の面を渡したそうだ。
彼は何も初めからこの面を使おうとは思っていなかった。悪人の手に渡るくらいなら自分の手元に置いておこうという考えからぬらりひょんから受け取った。
事実、彼は受け取ってから三か月の間は面を使わなかったらしい。逆に言えば、面を受け取って三か月の時に悲劇は起きたのだ。
慎瑞はある日、両親同士がひどい言い争いをしていたのを聞いてしまった。このままでは陰陽道どころか、家族すらも危うくなると思った彼は鬼の面に手をかけてしまった。
彼は鬼の力を使って仕事をできるということを両親に知らせればきっと二人は元に戻ると無謀にもそう思ってしまった。
しかし、鬼は違った。その面に宿っていた鬼はそんなことはお構いなしに、慎瑞の意に反して彼の両親を殺した。その間慎瑞は意識を保てていなかったというのは幸なのか不幸なのかは別として、悲劇は起こった。
子が落ちぶれてもそれは親の責任ではない。だから、家族がバラバラになりそうになったとしても、それは子の責任ではないのに。
例え原因が自分だったとしてもそこに取れる責任なんてあるはずもないのに彼は願ってしまった。昔のような優しい両親に戻ってほしいと。仲の良かった夫婦に戻ってほしいと。願いながら、鬼の面を使った。
彼の悲劇はこれで終わる。そして、ここからぬらりひょんの誤算が始まる。
ぬらりひょんは慎瑞が鬼になってから一度、恵寺原家を訪れていたらしい。その時にはもうぬらりひょんの計算では鬼の面は慎瑞から外れているはずだった。
しかし、鬼の面は外れていなかった。慎瑞は鬼の面を外さなかった。意識が戻りかけた時、彼は鬼の面を通して両親の死体を見た。その瞬間に自分のしたことを悟り、現実を直視することを拒んだ。彼は自分を呪い、鬼を呪った。鬼を呪い殺して彼は鬼の力を自分の物にした。
誰にでもできることではない。皮肉なことにこれは彼が陰陽師として、あの両親の息子として育てられた結果だった。彼は己の行いを悔い、ぬらりひょんを怨んだ。
これが今回の事件の全貌だ。
「なるほど。それでぬらりひょんを偵察すべく送り込んだ小鬼に僕達が目撃されたということか。」
タイミング悪すぎるだろ。
「貴君らを利用すればぬらりひょんに近づけると考えた故の行動だ。貴君らに怨みがないと言ったのに偽りはない。」
じゃあやっぱり潮離の言ってた通り、殺す気は無かったということか。
「慎瑞。今僕は一つ、ぬらりひょんに一杯食わせる作戦を思いついた。」
「それは一体どうやって…!」
案の定慎瑞は食いつく。
「君の今の状態を利用する。恐らくぬらりひょんは君はもう元には戻らず、僕達に殺されたと思っている。じゃないとあの契約はぬらりひょんにとって何の利益も生まないからね。」
「あの契約」とはぬらりひょんが恵寺原家と結んだ、相続人がいない場合家財が全てぬらりひょんの物になるという契約のことだ。
「ノラ!僕と慎瑞をぬらり屋に飛ばしてくれ。」
「魔法で?いいの?」
「ああ、構わない。それとお前には一つ頼みたいことがある———。」
店内に客がいた場合厄介なことになるが、その時はその時だ。これは急を要する。
視界が一度歪み、元に戻るとそこはぬらり屋の中。客はいない。好都合ではあるのだが、この店大丈夫なのか?
「ぬらりひょん!出てこい!」
僕が叫ぶとぬらりひょんはどこからともなく現れる。
「お前さんか。早かったな。仕事は終わったのか?…それで、そっちの男は誰だ?」
「一身上の都合で髪の色が変わった故分かりにくかったか?おのれが以前騙した男だ。」
ぬらりひょんの顔が驚愕に染まる。やはり計算外だったようだ。
「な、まさかそんな馬鹿な!」
「残念だったなぬらりひょん。お前の悪事は全て暴かれた。」
「悪事?なんのことやら。わしはただ困ってる家族に契約を申し出、商品を無料で譲ってやっただけだ。何も咎められるようなことはしていない。」
しかしぬらりひょんはすぐさま平常心を取り戻し反論する。
「よくもぬけぬけと。おのれのせいで私の両親は死んだ!」
「いや、ぬらりひょん。君の言う通り僕達が君を咎めることはできない。」
こいつのような鬼を、悪魔を、信じる方が愚かなんだ。騙される方が悪い。
「でもこのままだとお前は恵寺原の遺産を得られないんじゃないのか?」
「相続人が生きてたから。とでも言うつもりか?しかしそいつを相続人として役所に連れて行ったら人殺しとして取り押さえられる。」
ぬらりひょんは自分の方にこそ部があるとばかりにそう言ってのける。
「そうだな。でもその時遺産はやはり慎瑞のものになって、それから国に没収されるから、やっぱりお前は遺産を得られない。しかも馬鹿々々しい話、相続に関する税だけは発生するから結局お前は損をする。いや、みんなが損をする。」
「ふん。ではどうする?」
「慎瑞を死んだことにし、お前が恵寺原の遺産を受け取る。そして僕はお前と取引する。」
「確かに。それが最適解だろうが、お前さんとの約束を守る利益は存在しないし、破ったところで発生する損害もない。悪いが約束は破らせてもらう。」
それはひどいな。まあ、こいつのことならそうするだろうと思った。しかしどうだろう。約束とは守るものなんじゃないのか?少なくとも母さんならそう言ってくれると思うけど。
「邪魔するよ。」
そら来た。
「耳を疑うようなひどい話が聞こえたもんでねえ。詳しく聞かせてもらおうか?ぬらりひょん。」
ありがとう母さん。そしてノラも、わざわざ母さんを呼びに行ってくれてありがとう。
やっぱり、子供の喧嘩の最終兵器は親だろう。




