第1章 第3話 悲業の鬼 ④
「僕の持ってる知識は記憶とは明確に違う。そしてその知識は全部ある一つの本に由来している。」
「一つの本?」
「ああ。たった一冊の本。それにすべてが記されていた。…多分。」
「多分って何よ。」
「いや、実際に中身を読んだことはないんだよ。」
「あんた、言ってること滅茶苦茶よ。」
分かってる。でも現実はもっと滅茶苦茶だ。
「十五歳の時、とあることがきっかけでその本の中身が僕の頭の中に入ってきたんだ。」
「え、何それ。気持ち悪。」
そう。彼女の言う通り身の毛もよだつ経験だった。その出来事の結果、僕は知識を得る代わりに普通の生活と育ての親を失った。
「まあ、知識を手に入れた経緯というのはこんなものだ。僕自身あの本が何だったのか今は知るすべがないからな。…じゃあ次は僕の知識の性質を説明をする。」
「うん。」
「僕はよく『知ってるだけで何も見えちゃいない』って言うだろ?」
「ああ、あの痛い決め台詞。」
突然の悪口に僕は死角から殴られたような衝撃を受けるが、なんとか持ちこたえる。
「うるさい。ほっとけ。…実際のところは知ってるとすら言えないのかもしれないけどな。知識は常に呼び出せるわけじゃないんだ。何かしらきっかけがあって頭に浮かぶんだ。それもそれぞれの知識同士は全く関連なく浮かんでくる。」
「つまり、知識同士を組み立てて役立てるのは自分の仕事ってこと?」
「そうだ。昔はそれすらできなかったんだけどな。」
昔、つまりこの知識を得、母さんに拾われた時。
「母さんが言ってただろ?『布団から出てこなかった』って。最初は頭が痛いだけだった。多分知恵熱とかそういうやつだろう。で、そのあと自分の意志に関係なく見たものの情報が頭の中を這いずり回った。」
「そう、大変だったのね。」
同情するような言葉を掛けるノラだが、その口調はどこか淡々としている。
「まあ、今となっては過去のことだけどな。今はだいぶ制御できてるよ。それと、僕の持ってる情報にも制限というか限界があってな。『誰でも知りうる情報』しか僕は持ってない。例えば英雄に関して言うと、英雄自体のことは知ってるけど英霊の加護を受けた者一人一人を把握してるわけじゃないってことだ。」
「とまあ、僕からの説明は以上だ。何かまだ不満とかあるか?」
「知りたいことは一通り知れたからいいわ。今日のところは許してあげる。…でも、まだ隠してることあるでしょ?」
「お互いにな。」
「そうね。お互い様。…でも隠し事なんてしないに越したことないんだからね。」
ノラが言えることなのか?いや、僕に隠し事をしている彼女だからこそ言えるのか。
僕だってそれなりの覚悟を持って隠し事をしてるんだ。きっとそれは彼女だって同じだろう。
———
気が付くと城下町だった。僕は亜空間に転送される前と変わらない姿勢で歩いていた。
「アーサーごめんね。手荒なことして。…でも、これが最初で最後って約束するから。」
ノラが転送される前と変わらない位置でそうつぶやく。
風景も変わってないところから察するに肉体の時間は本当に進んでいないんだろう。
「ノラ、その約束なんだけど、する前から破られてないか?『最初』じゃないよな?」
「何言ってるの。私がいつあんたに手荒なことしたって言うのよ。」
それはもう幾度となく。母音をランダムにされたり、電流を流されたり、表情を状況にそぐわなくされたり。
反論材料は多分にあったが、双子達が「いきなり何の話をしてるんだこの二人は。」みたいな顔で僕達を見ていたのではばかられてしまった。
「急ごうか。善は急げ。先んずれば人を制す。とは昔からよく言うものだし。」
ことわざというものは何かと僕らを急がせる。
「急いては事を仕損じる。」「急がば回れ。」
…そうでもなかったようだ。
初めて双子に一本取られたかもしれない。最近この双子は時折知的なことを言うようになった。潮離の入れ知恵か?
まあ何と言われようと急ぐことに変わりはないのだが。
「あ、あれじゃない?」
ノラが前方を指さす。その先には「日用品から不動産まで ぬらり屋」と書かれた看板を店先に出している店があった。
ちなみに、「ぬらり屋」とそれ以外の文字の大きさの比率はおよそ10:1だ。ぬらりひょんはそうとう自己主張が激しいのだろうか。あそこまでなんのひねりもない店名というのも逆に新しい。
「じゃあ双子は店の前で待っててくれ。」
「合点。」「承知。」
「私はあんたと。でしょ。」
「ああ。入るぞ。」
僕とノラはのれんをくぐり、店の中に入る。
時間帯のせいか、あるいは元からあまり繁盛していないせいか店の中に客はいなかった。
「これはこれはいらっしゃいませ。」
突如、どこからともなく僕達の前に老人が現われた。後頭部が異様にせり出しているところから察するに、彼がぬらりひょんだ。
「何かお探しでしょうか?」
手もみをしながら僕達に話しかける。絵に描いたような商売人だ。
「今日は買いに来たんじゃない。売りに来た。商談を持ってきたんだ。」
「ん?客じゃないのか。」
ぬらりひょんの態度が豹変した。本当に絵に描いたような商売人だ。
「まあ話だけでも聞いてくれ。ちゃんと現物も用意した。」
そう言って僕はポケットから数粒のダイヤモンドを取り出す。
「うん?お前さんそりゃ何だ?えらく価値のあるものに見えるが。」
ぬらりひょんは見たものの商品価値を見抜く能力を持っている。
「これは今日の相談料として君にあげてもいい。だから二人で話さないか?」
「サシで商談か。…良いだろう付いて来い。」
別室に案内してくれるようだ。ここまでは計画通り。
うちのダイヤモンドの生産体制をぬらりひょんに説明すれば彼は十中八九飛びつくはずだ。
———数分後、別室にて。
「悪いが帰ってくれ。」
ぬらりひょんの口からまさかの言葉が飛び出した。
「何でだよ!?品質は問題ないだろ!」
「品質は申し分ない。今出回ってるものより格段にいい。それにお前さんの言ってる生産体制とやらも魅力的だ。」
「だったら何で。」
「お前さんの持ってきたのがダイヤモンドだからだ。この国にダイヤモンドの鉱山はない。今出回ってるのは一つ残らず輸入品だ。だから何の説明もなしに城下町で売りさばけばその時点で御用だ。」
ぬかった。そこまで考えてなかった。確かにこれはいくら金儲けになってもぬらりひょんにとっては危ない橋だ。
「法の網目をかいくぐって一儲けするなんてあんたには簡単なことなんじゃないのか?」
「できんとは言わん。否、できる。」
「ならやってくれ。」
「断る。わしはまだお前さんを信用してない。信用して欲しくば誠意を見せてもらおうか。」
誠意だと?しまった。相手の流れに乗せられたかもしれない。
「一つ仕事を頼まれてくれ。回収してほしい物件がある。」
「物件?ああそうか。『確か日用品から不動産まで』だったか。…詳しく聞かせてくれ。」
もうここまで来たら乗ってやろう。
「ある日ある屋敷に鬼が現われ、家の者を皆殺しにし、その屋敷に居座っている。その鬼を何とかして家財を回収してくれ。」
「おいおい、いくら『商売の鬼』でも亡くなった人の物を横取りするのはいかがなものかと思うが。」
「わしはその一家とは相続に関する契約をしている。相続において発生する税金をわしが工面する。その代り相続人がいなくなった時は遺産は全てわしがもらう。家の者には気の毒だと思うが、だからと言ってわしは仕事に私情は挟まん。」
何をかっこつけてるんだ。私情どころか私利私欲だろうが。しかし、ここまでこぎつけたんだ。やるしかない。
「分かった。引き受けよう。この仕事を成功させれば取引してくれるんだな?」
「ああ、約束しよう。だが、くれぐれも気を付けろ。普通の人間が敵う相手ではないぞ。」
「大丈夫。うちに普通の人間なんていない。」
英雄三人に牛鬼、片輪車、ゴーレム。そして僕。よくもまあこんなに人でなしが集まったものだ。




