第1章 第1話 悲哀の姑獲鳥 ①
「ではまず基地を作ろう」
「うん。じゃあ頑張ってね」
「頑張れアーサー」「お前ならできるさ」
そこそこ重大な決断を下し、それを宣言した僕を僕の仲間達は軽くあしらう。
「いや、本気なんだけど…」
「うん、だから頑張ってねって、言ったじゃん」
そんな冷たい台詞をなんの躊躇もなく吐くのは我らが魔術師ノラ・カタリスト。
彼女は魔法の研究の最中らしくさっきから顔を一度も上げずに地面になにやら意味不明な図形を描いている。冷たくあしらわれた仕返しに上から砂でもをかけてやろうかと思ったが、どうせ防御魔法がかかっているだろうからやめた。
彼女からの仕返しが怖いというのも理由としてはある。この間彼女の研究を邪魔したときは丸一日「母音がランダムに入れ替わる魔法」をかけられた。
「なあシニステル、デキステル。お前らは手伝ってくれるよな?」
「あ~いや、ゴメンちょっと用事が」「刀の手入れをしないといけないんだよ」
この上なく露骨に視線を明後日の方向に向けるのは我らが剣士、シニステル・カタリストとデキステル・カタリスト。
「嘘つけ!その刀はノラの魔法のお陰で手入れ不要だってお前らこの前自慢してただろ!」
「そうだったか?」「まぁ細かいことは気にするな」
そう言つつ着々と僕との距離を広げる彼らは双子で、ノラの弟達だ。
左目に傷があるのがシニステルで右目に傷があるのがデキステル。この傷はノラがつけたものらしい。
いや、この言い方だと語弊が生じている。ノラは決して暴力的な女子というわけではない。腕だけに焦点を当ててみると僕よりも細い「か弱き乙女」だ。
そもそも「傷」という表現が不適切なのだろう。ノラによると傷ではなく「表皮細胞の色素欠落誘発魔法」らしい。つまりは魔法による入れ墨だ。
この双子の違い何てその傷と利き腕くらいの物だ。正直言うと僕には未だにどっちがシニステルでどっちがデキステルか、すぐには分からない。
似ているどころかもはや同一人物とさえ言える。外見は鏡に映したように、性格というか中身というかは写しのように、不気味なほど同じなのだ。。
「なあノラ、お前だって薄々気付いてるだろ?僕達には基地が必要なんだって」
「何言ってるの?訳分からないこと言ってると口溶かすよ?」
「やめてくれ」
こいつならやりかねない。ノラはか弱くはあっても決して心優しくはない。もっと言えばか弱いのは腕力だけで、こと、魔力を扱うことに関しては右に出る者がいないほど強大だ。と、本人は主張している。
しかしどうしたものだろう。僕たち四人の中では二番目、つまり僕の次に頭がいいノラでさえ基地の必要性を理解していないとは…。
どうやらノラの知能は双子以上ではあっても僕の足元地中深くにも及ばないということか。
「ねぇ、何か今すごい失礼なこと考えてない?」
何でバレた!?まさかこの女、地の文が読めるというのか?
「なっ、心外だな。大切な仲間をそんな風に思うわけないじゃないか」
「ふーん。そう。なんかそんな顔してたから」
なんだ、顔か。地の文を読まれたわけではなかったようでなによりだ。
「お前なぁ、人を表情だけで判断するなよな…」
「悪かったわよ。『私の知能はシニステル、デキステル以上ではあってもアーサーの足元地中深くには及ばない』みたいな顔してたから、つい」
「そんなに顔に出るものなのか?」
今後人と喋るときは覆面が必要かもしれない。
「そういえばノラ、研究はもういいのか?」
「ええ。一段落付いたわ。でないと私があんたごときに話し掛けるわけないでしょ」
「ハイハイ。光栄です。恐縮至極にございます」
「苦しゅうない。面を上げい」
「もとから下げてない」
「あ、ごめん。あまりにも頭の位置が低かったから頭下げてるのかと思った」
ノラは盲点を突かれたとばかりに驚いた顔をしてみせる。
「お前まさか僕に喧嘩売ってるのか?」
それはつまり僕の身長が低いということじゃないか。
「喧嘩はしないわ。献花ならしてあげてもいいけど」
「僕は死んだものとされているのか!?」
それだけは許しがたい。というかこのギャグ、小説なら伝わるけど朗読するときどうするんだ。
「安心して。朗読なんて絶対されないから」
「やっぱお前地の文読んでるだろ!」
「それで?基地に話を戻すけど」
そう言いつつノラは杖を振り、丁度二人腰かけられる椅子を出して座った。
その隣に僕も座る。
「どうしたの?急に。家が欲しくなったの?」
「別に。そういうわけじゃない。戦略的な判断だよ」
この三人と行動を共にするようになってから一か月が過ぎようとしている。それなのにまだ活動拠点が無いというのはかなり心もとない。本当ならもっと早くに作りたかったのだが。
「お前は何か、基地を作りたくない確たる理由みたいなものでもあるのか?」
「確たる理由…まあ、あると言えば、あるわね」
「聞かせてくれるか?」
僕の常識で考えると、基地が必要ないだなんて意見は、ただのとち狂った戯言でしかない。しかしノラと僕の故郷は違う。もしかしたらノラは僕の思いつかないような考え方や価値観を持っていて、それに基づいて「必要ない」と言ってるのかもしれない。もしそうならば是非とも参照し、学ぶべきだと、僕は思うのだ。
何でも知っているのが僕の長所だが、人が何を考えてるかまでは知らない。
ノラが口を開き、その「確たる理由」とやらを話し始めようとしたその時、
「姉ちゃん、まさかあれか!会議か!」「だったら俺らも混ぜてくれよ!」
ふとなんの前触れもなくさっき僕から逃げた双子が僕達の前に現れた。
何でこのタイミングなのかは分からない。しかし何にせよ彼らは来てしまったのだ。
普通に考えて仲間である双子を作戦会議に呼ばないのは筋が通らない。しかしこの二人がいると会議が中々終わらない。理由は簡単。二人に説明しながら話す必要があるからだ。そのせいで恐ろしく時間を食ってしまう。
この間なんて「荒唐無稽」を説明するのに三十分近く費やした。
「え~とだな、二人とも・・・その・・・今回の作戦会議、二人は外してくれたほうが助かるかな…」
「なんでだ?」「俺らがいると何かあるのか?」
まぁ当然の反応だろう。さて、何と言い訳しようか…。
「あんた達には理解できないお話だからよ。終わるまでその辺で遊んでて」
「いや、ノラそんな言い方しなくても…」
そんな言い方したらいくら双子でも傷つくに決まって
「うん、分かった」「その辺で適当に何かしてくる」
どうやら問題なかったようだ。
「長く一緒にいるから分かるのよ。家族だし」
僕の視線を読んだのか、あるいはまた地の文を読んだのかノラはそう言う。
彼女の言う「家族」とは僕のよく知る三姉弟のことか、あるいは僕の知らない、彼女らが頑なに話すことを拒み続けるかつてのものなのか。僕には分からない。
とはいえ彼女達の身の上話は僕自身にも、この僕の物語にも関係のないことだ。こちらからあえて聞くような真似をするつもりはない。
誰にでも思い出したくないことや忘れたいことというものはある。それから逃げることは褒められたことではないのかもしれないが、無理にそれと向き合うというのもまた、褒められたことではない。