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第1章 第2話 悲願の牛鬼 ⑦

僕は完成させた資料を持ってノラのもとへ行く。今日で片輪車達を労働力として使役しだしてから一週間になる。

潮離に襲われて以降一度も物の怪に襲われることが無かったため、新たに味方が増えたとか減ったとかいうことはなかった。

ただ、片輪車達が思った以上に真面目に働いてくれたため予定していたよりも早く計画を進めることになったということ。ノラの髪形が変わったということは記しておくべきだろう。

もともとノラは金髪をくくらずに背中の半分くらいの所まで伸ばしていた。そのためたまに顔にかかったりして鬱陶しそうにしていたので僕は過去に「くくってみてはどうか」と提案したことがあったのだがその時の彼女の返答は


「くくったら変な感じになって可愛くなくなるから嫌。」


とのことだった。しかしこのたび潮離が仲間に入り、ノラに「可愛い髪のくくり方」なるものを伝授したのだ。

そのくくり方というのは僕の知っている言葉で端的に説明すると、「ツインテール」だ。


「ノラ、資料ができたぞ。もう今日中に計画を進めるってことだけど、お前の方の準備はできてるのか?」

「ええ、バッチリよ。…なんかその顔、初めの方は面白い方が勝ってたけど、七日目になってくるとウザさの方が勝ってくるわね。」


ウンザリしたような顔でノラは心ないことを言う。


「だったら早く解除してくれ。双子はもう慣れたみたいだけど潮離はいまだにこの顔を見るたびに笑うんだよ。仕事がしにくくてかなわん。」

「そうね、私の気も晴れたことだし、いいわ。解いてあげる。」


そう言ってノラは僕の顔に手をかざす。

手元に鏡が無いので魔法が解けたという確信は持てないが、手で顔を触ってみた所、勝手に顔が動くということはないようなので解いてもらえたと考えて問題ないのだろう。


「それじゃあ今日やることの確認をするぞ。まずは片輪車達が作った大量の木炭。あれをお前の圧縮魔法で限界まで圧縮する。その魔法だが、いけそうか?」

「ええ、何の問題もなく。一応小さめの木炭を使って二十六回、今のところ練習してきたけどどれも成功よ。魔法は人間の手で行う実験とか合成とかと違って魔力さえあれば規模をいくら拡大しても変わらない結果が得られるから、そのつもりでいて。」

「ありがとう。心強いよ。」


これが成功すれば明日は城下町に行って「商売の鬼」とも名高いぬらりひょんと商談をする計画だ。


「私は未だに分からないんだけど、なんで真っ黒な炭になった木を熱エネルギーと一緒に圧縮するだけであんなガラスみたいなのができるの?」

「あれはガラスじゃないよ。ガラスは木炭を収穫するときに下の岩がドロドロに解けて水晶体になったりしてるだろ?あれがガラスだよ。あれも一応売れるから明日持っていくつもりだ。」


僕の説明が長かったためかノラは途中で興味をなくしたような顔をしていた。


「そう。じゃあどうする?もう今やっちゃう?」

「そうだな。はやいところやっちゃおうか。」


ノラは杖を取り出し、さらに灰色の宝石を一つ亜空間から取り出す。


「それは?その中に魔力を溜め込んでるのか?」


宝石や水晶というものは魔力のいい媒体になるのだ。


「そう。今ある木炭全部をダイヤモンドに変えるのにはこの宝石に入ってる魔力を半分くらい使えばできると思うわ。」

「半分って、その宝石の中には一体どれくらいの魔力が溜まってるんだ?」

「そうね、魔力には厳密な単位がないからあれだけど…私が全部使えばこの辺一帯の森の木を一本残らず灰にすることくらいはできるわ。」


少し思案してノラは非常に物騒な解答をする。


「やっぱお前、危ないぞ。」

「安心して。そんなしょうもないことには使わないから。」


そう言ってノラは空中に大量の木炭を転送する。ノラが杖を頭上に掲げると木炭の周りを灰色の光の層が覆い、その中を木炭はフワフワと浮遊する。


「この作業って地味なのにかなり魔力が必要なの。今から使う量の魔力を私は未だかつて使ったことがない。だから時間もかかるかもしれないし集中しないといけないから話しかけてられても反応できないと思うけど、絶対成功させるから。」

「ああ、信じて待ってるよ。」


ノラは宝石を握りしめて目を閉じる。すると灰色の魔力が宝石から彼女の腕を伝って流れ出し、杖に流れ込む。


「行くわよ…。圧縮!そして、…爆撃!!」


灰色の光の層が狭まりだした数秒後、内側で魔法による爆発が起こった。ダイヤモンドの合成には本来膨大な熱エネルギーと圧力、そしてダイヤモンドの核となるものが必要だ。しかしノラの魔法によるこの方法ならダイヤモンドになる前の炭素は壁が狭められることで自動的に一点に集中する。

必要なのは材料の木炭だけということになるのだが、やはり熱エネルギーは必要で、ノラはそれを「爆撃魔法」で賄っている。しかしそのせいで圧縮には普通に圧縮する以上に爆発の威力に逆らって壁を狭める必要がでてくる。そうするためにはそれだけ丈夫な壁を用意しなければならず、正直言ってコストパフォーマンスは最悪だ。

それでも今はこの方法しかない。今回のダイヤモンドの合成に成功すればこれ以降この方法でダイヤモンドを合成しなくてよくなる。つまりここが正念場だ。


「ノラ、ありがとう…頑張ってくれ!」


こんな成功するのかしないのか分からないような作戦を立てる僕を、文句を言いこそすれ策士として信じて来てくれた。ここを超えれば、これが終われば、きっと僕の作戦にも現実味が帯びてくる。魔王の首も見えてくるはずだ。

灰色の光の層はゆっくりだか着実に狭められていく。宝石からの魔力の流れは彼女の腕を伝って杖の先から絶えず流れ出している。

格闘は二十分近くに及んだ。突如として宝石からの魔力の流れが途絶え、ノラは杖を降ろして膝をつく。


「ノラ!」


僕は彼女に駆け寄る。彼女はかなり疲れた様子でうなだれ、しばらく何も言わなかったがしばらくして


「成功よ。」


とだけ言った。


「本当か!?そうかありがとう。よくやってくれた。今日はもう疲れたよな。ゆっくり休んでくれ。」

「ええ、そうさせてもらうわ。」


そういって彼女は自分の体を自分の寝床まで転送する。どうやら魔力を使い切ってもこの程度のことはできるようだ。

彼女が去った後に残されたのは直径1メートルほどの球形の水晶体。これほどのサイズのダイヤモンドというのは見たことはもちろんないし、僕の知識の中にもない。

これで、これのお陰で、僕の作戦はようやく軌道に乗る。


「おう、アーサー。」「何だそれ?」


タイミングよく双子が来た。


「丁度いい二人とも、二人がかりでもいいから全力でこの球体を破壊してくれ。」


そう言って僕は今しがた合成されたダイヤモンドの球体を指さす。


「え?いいのか?」「せっかく作ったのに。」

「いいからいいから。思いっきり頼む。」

「まあ、そう言うなら。」「やってやるけど。」


そういって二人は同時に剣を抜き、空高く跳躍し、そのまま落下の勢いを利用して剣に全体重をかける。

双子の剣は同時にダイヤモンドに激突する。が、当然ダイヤモンドは砕けない。


「けっこー硬えな。」「ただの石じゃねえのか?」


二人は剣に全体重をかけて粘っていたが、ある時点で剣が折れると判断したのか器用に体重移動を駆使して宙返りをしながら後方に退避する。


「何でだ?気合入れてんのに全然切れねえ。」「硬すぎんだろこの石。」

「厳密には石じゃないんだけどね。二人ともご協力ありがとう。」

「いや、ちょっと待っててくれ。」「三分以内に粉々にしてやるから。」


どうやら双子のやる気に火が付いてしまったようだ。二人は肩を押さえて腕を回し、重心を落として構える。


「いや待て待て待ってくれ。これは大事なものだから砕かれると困るんだよ。」

「でもさっき壊していいって言ったじゃねえか。」「そうだぞここまで来たら壊したくなるだろ。」

「悪かったよ。でも砕かれると困るのは本当だから今回のところは諦めてくれ。」

「しょうがねえな。」「分かったよ。」


渋々ながら双子は引き下がってくれて僕はホッとする。確かにこの双子をして壊せないものを壊せというのは少し残酷だったかもしれない。

その点については深く反省しながらも僕はダイヤモンドの品質に満足している。ダイヤモンドが非常に硬いのは言うまでもないこと、さらにこのダイヤモンドの原料である木炭は片輪車の炎によって作られたものだ。当然このダイヤモンドにも霊的なエネルギーが残存しており、天然に存在するものよりも強度は増している。


「この品質のダイヤモンドならきっと高値で買い取ってもらえるな…。よし。明日が楽しみだ。」


明日はこのダイヤモンドに最後の仕上げを施した後、いよいよぬらりひょんのいる城下町へと繰り出す。

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