第1章 第2話 悲願の牛鬼 ①
「いやー本当に仲良かったなあの夫婦。」
「本当、憧れるわよね。ああいう夫婦って。」
僕とノラは二人、のんびり談笑しながら目的地目指して歩いている。
双子は待ちきれなかったらしく僕とノラを置いて先に行ってしまった。
「お前って結婚願望とかあるのか?魔女っ娘自称してるくせに。」
「自称じゃないわよ!それと『魔女っ娘』はやめて。本当に痛い人みたいだから。」
「じゃあなんて呼んだらいいんだ?」
「『魔術師』よ。ちなみに、さっきの発言だけど取りようによっては未婚の女性魔術師全員を敵に回すことになりかねないから。夜道には気を付けるのね。」
「物騒なことを言うな。」
よく考えたらこの島で僕を襲う魔術師なんてノラしかいないだろ。だったらいくら気を付けたところで無意味なんじゃないのか?
「…そういえばノラ、お前って今いくつなんだ?」
「私はいつでもこの世に一つ。オンリーワンよ。」
「まあそりゃお前みたいな痛いやつが何人も居てもな・・・。」
一種の災害だろ。これを人災というのか。ため息交じりに僕はそうつぶやく。
「何ため息がてらに言ってるのよ。それに私は痛くない。」
もちろん、そんなこと分かっている。ただの冗談だ。実際、昨日はノラがいなかったら僕は間違いなく死んでいただろうし、昨日の作戦の成功は彼女無しには得られなかった。
「ごめんごめん。言い過ぎたよ。それで、本当に何歳なんだ?」
「え、何。本当に知らなかったの?十八よ。あんたと一緒。…てっきりなんでもお見通しなのかと思ってた。」
「まさか、僕は知ってるだけで何も見えてなんかないよ。」
待ってましたとばかりにそういう僕は端から見ると少し痛いのかもしれない。
おちおち人のことも言ってられないな。
「いや、ノラの年については今の今まで本当に知らなかったけど。ついでに双子の年も教えといてくれ。」
「あの子達は私の二つ下。十六よ。」
「へー十六か。…普通に成長期真っ只中じゃないか。」
正直言って現在身長176センチの双子があれ以上に成長するとか考えられない、というか考えたくない。
「アーサーどうしたの?急に年なんて気にしだして。もしかして今のは交渉術ってやつ?世間話をしていると思わせて気付いたら機密事項を抜き取られてる。みたいな。」
「お前には機密があるのか?」
「そりゃ私くらいの大魔術師になれば機密事項の一つや二つあるに決まってるじゃない。」
自信たっぷりに、かつ憎たらしげに軽くふんぞり返ってそう言うノラを、僕はどう頑張っても大魔術師として見ることが出来なかった
「お前は自分の魔術の才能に絶大な自信があるみたいだけど、僕はいまいちお前の魔術師としての凄さが分からないんだよな。」
「私はこの島で一番の魔術師よ。」
「それは言葉の綾だろ。」
あるいは数字のマジックか。この島に魔術師はノラ一人とのことだ。
「でも冗談抜きに私は故郷でも指折りの魔術師だったのよ。」
「そうは言うけど、お前って自分の故郷のこととか頑なに話そうとしないじゃないか。」
「しょうがないでしょ?誰にでも話したくないことはあるの。」
どうしてここまで隠すのか、伏線だろうか?
「何度も言ってることだけど、話したくなったらいつでも話していいんだからな。」
「分かってるわ。その時はそうする。」
「……。」
「……。」
しばし沈黙。次の話題が見つからない。ノラの方に至っては探そうとさえしていないようだが。
「…あっそうだ。」
思い出した。僕はノラに聞かないといけないことがあったんだ。それを忘れるとは、我ながら都合のいい記憶力だ。
「なあノラ、昨日集めるように頼んでおいた木って、今どこにある?」
「亜空間。いつでも取り出せるから必要な時言って。」
「ああ、分かった。ありがとう。」
良かった。ノラは昨日、僕が仕事を頼んだ時はその内容があまりにも役不足ですごく機嫌が悪かったのだが、今はもう怒っていないようだ。
案外器が大きいのかもしれない。
「一応言っておくけど、私まだ怒ってるから。」
前言撤回。器の小さいガキだった。こんなやつと同い年とは、にわかには信じがたい。
「ま、まあその話は後でするとして…そろそろ着くんじゃないのか?あそこに立ってるの双子だろ?」
「遅いぞ二人とも!」「早く来いよスゲーぞ!」
手を振る二人の背後にはうっそう茂る森があった。目的地はその中だろう。しかしいくら目を凝らしても空き地らしきものは見えない。
もしかして森の中をしばらく歩かないといけないのだろうか?それだけは勘弁してほしいものだ。森の中には虫もいるし有毒な植物だってある。正直言って何の対策もせずに踏み込むというのは自殺行為、いや、自殺そのもの、新手の投身自殺と言えるだろう。
さてどうしたものかと頭を悩ませているそんな折、
「空間遮断。」
ノラは一言そう唱え、自分の周囲に灰色の靄を出した。
「ノラ、なんだその魔法?そんな魔法あったのか?」
「姉ちゃんすげえ魔法使いみたいだぞ。」「なんか本物みてえだ。」
「何言ってるの。私は本物の魔法使いよ。あんたら二人には必要ないでしょうけど私みたいなか弱い乙女やアーサーみたいなヘタレの腑抜けが森に入るときこの魔法は必須なのよ。」
「誰がヘタレの腑抜けだ。」
「じゃあ行くわよ。」
無視された。それはもう見事に無視された。
いや待て、無視の件は構わない。でもあいつ僕に魔法かけるの忘れてないか?
「おい待てよノラ。その魔法、僕にも掛けてくれよ。」
そういった僕に対し彼女は振り返り、こう告げた。
「私まだ怒ってるって、言ったわよね?」
言い終わると同時に歩き出し、森の中へと消えるノラ。
かつてない孤独感と危機感に襲われる。僕は今、森の入り口に一人立ち尽くしている。
「待て待て待て待て!戻ってこーーーーい!ノラーーーー!!!そうだよ認めるよ僕はヘタレの腑抜けだよ!だったら分かってるはずだろ。このままだと僕は死ぬぞ!」
返答なし。ここまでの大声で自虐したにも関わらず、彼女からの反応は無い。どうしよう。あいつ本当に怒ってる。意地でも僕を助けないつもりだ。
ノラの言った「か弱い」にツッコミを入れなかったことは考慮されても良いと思うのだが…こうなったらもう覚悟を決めるしかない。
ポジティブに考えてみればこれは自分を成長させるための試練だ。これを無事に切り抜けられれば人として、そして策士として、一回り成長できるはずだ。
「ままよ!」
僕はそう叫び森へと突入した。