第1章 第1話 悲哀の姑獲鳥 ⑨
後から付け足した部分です。
「そうかノラ。意外だし残念だよ。僕はてっきり、もう承諾してくれてるものとばかり思ってた」
前半は嘘だ。ノラからの言質が取れていなかったので多分ノラはまだ基地作りに、反対とは言わないまでも賛成ではないということはある程度感じ取っていた。
後半は本当だ。「倒木探し」を引き受けてくれた時、もしや希望があるかもしれないと思いはした。まあ、結論から言うと空振りだったわけだが。
「私は賛成なんて絶対にしないわよ。基地を作ることの不必要性はちゃんと挙げたはず。それでもさっき辰正さんから空き地の話を聞いてたってことは…」
「もちろん作るつもりだからだ」
基地を。僕達の拠点を。
「悪いけど、私はやらなくて良いことはやらない主義なの。だから基地作りは協力しないどころか邪魔だってするわ」
「邪魔って…それこそ『やらなくて良いこと』なんじゃないのか?」
「そうね。そう思うなら今すぐ基地作りは断念しなさい。じゃないと身内同士で血で血を洗う戦いが勃発するわよ」
血で血をって…たかが自分の主義のために何をそんなに意固地になってるんだこいつは。
いや、それを言うなら僕の提案している基地作りも僕の主義主張ということになるのか。
「分かったよ。そこまで言うなら僕はお前の意見を呑むよ」
「そう。分かってくれたみたいで良かったわ」
「いや、待て。ただし条件がある」
「条件?」
自分の意見が通ったとばかり思っていたノラは意表を突かれたのか僕の言葉をオウム返しする。
「僕達で多数決をして、ノラの方が多く票を集めた場合に限って僕はノラに従う」
「僕達って…弟達も含めてってこと?でもそれだと偶数になるわよ」
「数字の上ではな。でもあの二人の意見が割れることなんて」
「無いわね。いいわ。多数決で決めましょう」
ノラは反発せずにすんなりと僕からの提案を受け入れた。
「あの子達の率直な意見を取り入れるためにも今すぐ聞くわ。お互いに説得しようとしたり、誘導しようとするのは無しだからね」
「ああ、いいとも」
そしてノラは僕達に先行して歩いていた双子を呼び寄せる。
「シニステル。デキステル。今からあなた達に聞きたいことがあるんだけど」
「ん?何だよ姉ちゃん」「聞きたいこと?」
2人はすぐにやって来た。実を言うとこの勝負、圧倒的に僕が不利だ。
「私とアーサーが基地を作るか作らないかで揉めているのは知ってるわね?」
「え?そうなのか?」「作るんだと思ってた」
「あんた達まで…まあ、いいわ。とにかく揉めてるのよ。だからあんた達に聞きたいの。基地を作らないっていう私の意見か、基地を作りたいというアーサーの意見。あんた達はどっちに賛成する?」
多数決とは言ったものの、投票権を持つのは僕、ノラ、シニステル、デキステルの4人。そしてそのうちの2人、僕とノラは自分の意見に賛成なわけだから、実質これはどちらが双子を味方につけられるかという勝負だ。
「んー。まあ…」「俺らは…」
ちなみに双子のやることというのは、自分達がやりたいと思ったこと。そしてノラにやっていい、あるいはやってくれと言われたことだ。つまり双子はどう考えてもノラに賛成する。
それが分かっていたからこそノラは多数決すると言われてすぐに双子を呼んだ。僕が双子を説得してしまわないうちに勝負をつけるため。
「基地作りたい」「アーサーに賛成」
「ほら聞い…え?ちょっとあんた達、今作りたいって言った!?」
「ああ。俺らも基地欲しい」「だから俺らはアーサーに賛成だ」
ノラの誤算は2つ。
一つは、双子は姉であるノラに忠実でこそあれ、絶対服従ではない。いくら姉にやれと言われても他に自分のやりたいことがあればそれを優先する。
そしてもう一つ、僕はもうとっくの昔に双子を説得していた。
「な、何言ってるのよ…!私の魔法を使えばそんなことする必要なんて…」
「ノラ。説得は禁止だったんじゃなかったのか?」
「なっ!……そ、そうだったわね……はぁ、分かった。いいわよ。作るわよ。約束したのは私だしね」
さて、ノラが折れてくれたところで種明かし。僕がいつ双子を説得したのかという話だ。
時間は遡り、ノラに辰正さんの相手を任せて僕が双子に説教をしていた時に戻る。
説教を終え、ノラと辰正さんの元へ戻る道中、僕はふと思うところがあって足を止める。
「そうだ。二人とも。2人はこの島をよく駆け回ってるんだよな」
「ああ、多分山とか森とかは全部行ったと思う。海とか湖も全部」「人の多いところは行くなって姉ちゃんに言われたから城下町には行ってないけどな」
波斗原の観光大使にでもなるつもりなのかこの双子は。しかし心強い話だ。
「そんな2人に質問だ。この島にある森の中に隠れ家になりそうな空き地ってないか?」
「隠れ家になりそうな?」「森の中に?」
双子は腕組みをしてうなり、記憶を探る。
「かっこいい形の木とかは岩とかは覚えてるけど」「空き地いちいちは覚えてねえわ。だってなんもないし」
「そうか、ありがとう」
肩を落として再び歩き出す僕を、しかし双子は呼び止める。
「おいアーサー」「なんで空き地なんだ?」
「え?ああ、いや、基地を作る場所がいるだろ?同じ作るなら人目に付きにくい場所の方がいいなと思って」
いいなというか、国家転覆を企てる僕達にとって目立たないことは必須なんだが。
「え?基地って作るのか?」「姉ちゃんが作らないって言ってたけど」
「お前らまで…何でみんな基地を作りたがらないんだ?」
いや、しかしこれは由々しき事態だぞ。メンバーが4人しかいない中で、3人、つまりは僕を除く全員が僕に反対ということだ。
早急に手を打たないと本当に基地建設計画が流れる可能性がある。
「2人は基地欲しくないのか?」
「別に」「いらん」
そうか。いらんのか…てっきりこの2人は基地というものを「かっこいい」ものと認識してるとばかり思っていたんだが、当てが外れたか?
「本当に欲しくないのか?出発するたびに『出動!』って言ってもいいんだぞ」
「基地が無いと言っちゃ駄目なのか?」「俺らたまに言ってるけど」
確かに、基地が無いと言っちゃいけないなんて決まりは無かった。
「そうだな、確かに言っちゃいけないってことはない…。でも、基地があると自分の宝物とか、武器とか、飾れるんだぞ」
「宝物…」「武器…」
2人はまだピンと来てないようだが、しかし食いついてきてくれた。
「そうだ。今はノラの亜空間に転送してあるだろ。確かにそれでも保管としては十分かもしれないけど、いつも見られるわけじゃない」
「別に見たいときに見られれば」「俺らはそれでいいんだけど」
「本当にそうか?本当に見たいときに見るだけで満足か?ふとした時に飾られてあるのが見えるのが嬉しかったりしないか?」
ここぞとばかりに僕は畳みかける。すごく姑息な裏工作をしているようで気が引けるが、僕は策士。これくらいのことは日常茶飯事とさえ言えるくらいにならないと。
「あー言われてみれば」「家にいる時はそうだったな」
双子は揃って、宙を眺める。何かを懐かしむような眼でしばらく黙り込み、そして唐突に口を開く。
「分かった!基地作るの手伝うぜ!」「手伝えることあったら何でも言えよ!」
「ありがとう2人とも!しかるべき時が来たら頼りにさせてもらうよ」
なんともちょろい、いや、素直な双子だ。あのノラと血を分けた姉弟とはにわかには信じがたい。
そして、時系列は現在に戻り、「しかるべき時」が来たというわけだ。
「さ、というわけだから早速辰正さんに教えてもらった場所へ向かうとしよう」
「……従うって言ったのは私だけど、さすがにむかつくわね」
ノラはその身から不穏な空気を出している。手に杖は持っていないが、安心はできない。ノラは杖無し且つ無詠唱で魔法を繰り出せる。つまり、ノーモーションで凶器が飛んでくるということだ。
「ノラ?一応言っておくけど恨みっこなしだからな」
最初に言っておくべきだったと後悔ながら一応言っておく。言わないよりは言った方が生き延びられる可能性が僅かに上がりそうな気がする。
「安心しなさい。今回は私の戦略ミスだったみたいだし、そんな大人げない八つ当たりはしないわ」
「そうか、それは助かる」
僕は胸を撫で下ろして安堵の溜め息をつく。本当なら策士としての手腕はもっと別のタイミングで発揮すべきだったのかもしれないが。
そんな姑息な落ちで今回の冒険は幕を閉じる。
そして僕達は辰正さんに伝えられた場所へと向かう。