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奇跡の物語  作者: 六村七山
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第六話 すれ違う思い2

「終わったぞ。カノン」

座り込んでいるカノンへ微笑むルシナ。

カノンが周囲を見渡すと、無惨に殺された男達の死体があるだけだった。

「もう大丈夫だ。さぁ行こう」

先程と同じように手を差し伸べるが、カノンは手を取らない。

「……して」

カノンが何か小さく呟く。

「ん? どうした?」

「どうして……殺したんですか……?」

小さく震えた声。それには悲しみと怒りが満ちていた。

「どうしてって……。あいつらはアタシ達の邪魔をしたし、何よりもお前に手を出したからな。当然さ」

ルシナは何故そんな事を聞くのか。と言いたげな顔をしていた。

「それだけの理由で殺したのですか! 何で……。殺さずとも済んだのに……」

ルシナに怒鳴りつけるカノンであったが、次第に声は小さくなっていき、最後には黙ってしまった。

「どうしたんだ? あいつらは殺されて当然の事をしたんだぞ? 何をそんなに怒っているんだ?」

「……。もういいです。行きましょう……」

ルシナの顔も見ずに馬車へ乗るカノン。だが御者台にでなく荷物置きの方へと乗った。

「いったい何なんだ……?」

ルシナは怪訝な顔をしながら御者台へ乗り馬車を動かした。

静かな時間が続いた。馬の歩行音や荷車の車輪が地面に当たる音。ただただその音だけが聞こえていた。

二人は何も喋らない。重苦しい雰囲気だけが漂っていた。

(何で怒られなければいけないんだ?)

ルシナはその事だけを考えていた。


馬車を進めていると小さな町が見えてきた。この町には寄る必要はなかったが、重苦しい雰囲気に耐えかねたルシナが気分転換のために寄った。

相変わらず二人の間には会話はない。カノンは暗い顔のまま俯いている。

馬車を停留所に止めカノンを誘い、市場通りを歩いて行く。

二人が目的もなく歩いていると、どこからか子供の叫ぶ声が聞こえる。

「あーっ!! カノ兄ちゃんだ!!」

カノンには聞き覚えのある声だった。しかしここに居るはずがない。

目を上げると小さなクリっとした瞳の少女がこちらに走ってくる。

「えっ……? うそ……どうしてここに?」

走ってくる少女をカノンは知っていた。村で一番カノンに懐いていた少女。お別れのあいさつが出来ずにいた少女。

少女はカノンの目の前まで走ってきて勢い良く飛びついた。

急に飛びつかれ体制を崩しそうになるが、踏みとどまる。

「カノ兄ちゃん!」

「ファマちゃん!?」

ファマはカノンにギュッと抱き着く。

「カノ兄ちゃん~。あいたかったよ~」

ファマは離さまいとカノンの服を握りしめる。その目には薄っすらと涙が溜まっていた。

「それにしてもびっくりしたよ。どうしてファマちゃんがここに居るの?」

ファマの頭を撫で、一旦落ち着かせるカノン。

「ここにはね。せんせいのよーじできたの!」

「先生の用事って……。クレトさんも居るの!?」

「その通り。私も居るわよ」

ファマの後から落ち着いた雰囲気の女性が歩いてくる。

「村を出てからこんなに早く、再会するとは思わなかったわ」

嬉しさの余り、村に居た時のようにカノンの頭を撫でるクレト。ファマやルシナに見られているので顔が少し赤くなる。

「ク……クレトさん! 頭を撫でるのは良いですから!」

撫でている手をどけ一度咳払いをする。そしてガーディアンであるルシナの紹介をする。

「……こちらがガーディアンのアレフ・ルシナ様です」

「アレフ・ルシナだ。よろしく」

「貴女がガーディアンなのね。初めまして。クレト・レディクです」

「ファマだよ! お姉ちゃん!」

「ああ。よろしく」

「そうだ。ここで話すのもなんだからあそこのお店でお茶にしましょ?」

クレトの指した店は小さな喫茶店だった。小さいながらも繁盛しており、エプロン姿のウェイトレスが慌ただしく動いていた。

「せんせ~。ファマはカノ兄ちゃんとあそびたいよぅ」

ファマはカノンの手を繋ぎ、しきりに引っ張っている。

「あらあら。でもお店に行けばファマちゃんの好きなお菓子もあるわよ?」

お菓子という言葉で揺らぐファマ。お店の方へフラフラと向かうが踵を返し、カノンの元へと戻る。

「う~。やっぱりカノ兄ちゃんとあそぶ!」

カノンの手を握り広場の方へと進もうとするファマ。カノンは少し迷うが村を出る時に悲しい思いをさせてしまったのでファマに付いていくことにした。

「クレトさんすみません。ファマちゃんの面倒を見てきます」

「あらあら。じゃぁ私はルシナさんと一緒に行くわね」

「え? アタシは別に……」

戸惑うルシナの手を取り半ば強引にお店へと連れて行く。

「まぁまぁ行きましょう。私はルシナさんと少しお話がしたかったの」

「えぇ……」

断るに断れなかった。本来ならばガーディアンは依頼人に付かなければならないが、今はお互い会話もない状態なので、気まずさからカノンと離れられて少しだけホッとしていた。


お店の中へと入り二人分の紅茶のセットを受け取る。

室内の席は、ほぼ全て人が座っており二人が一緒になって座れる場所はなかった。

外のテラス席は二人分の空きがあったのでそちらへと向かう。

太陽が少し西に傾いており日差しが強かった。日差しよけの傘を机に固定し日差しを防ぐ。

澄んだ琥珀色の紅茶から果実の甘い香りが漂う。一口飲むと少しの渋みとコクのある味が口に広がる。

ルシナはこういう時何を話せばいいか分からなかった。こういう経験が全く無かった。誰かと二人きりになり会話をするのはカノンが初めてだったかもしれない。

クレトの方を見るとニコニコしながら紅茶を飲んでいた。

自分よりもカノンの事を知っているクレトなら、カノンが怒っている理由が分かるかもしれない。

そう思いルシナはクレトに相談する。

「アタシはガーディアン失格だ」

「どうして?」

「依頼人であるカノンを怒らせてしまったみたいなんだ。そしてその怒らせた理由が分からないんだ」

ポツリポツリと話し始める。表情は次第に暗くなり、少しづつ俯いていく。

「カノン君を怒らせたの?」

「ああ。2回位かな? 最初は……」

クレトに今までの経緯を話していくルシナ。クレトはただ黙って聞いていた。

全てを話し終わり地面を見つめる。その表情は暗かった。

「カノンに嫌われたかもしれないな」

今まで黙って聞いていたクレトであったが、微笑みを作りルシナへと話し始めた。

「カノン君に怒られるなんて、少し羨ましいわ」

「……羨ましい?」

「カノン君と5年程一緒に住んでいたけれど、カノン君一度も怒ったりしたことないのよ? それよりも不満の一つ言わないの」

クレトから聞くルシナの知らないカノンの一面。もっと話が聞きたかった。知りたかった。

「大人でも音を上げる様な仕事も、皆が嫌がる仕事も、カノン君は自ら進んでやるのよ……異常なほどにね」

「どうして……」

「私もね、心配になってきたから無茶しないでとか言ったのだけど、「大丈夫です」としか言わないのよ。あれは皆の役に立ちたいというよりも、自分の中で皆に嫌われたくないから仕事をしているという感じだったわ」

「嫌われたくないから……」

ルシナのこれまでの生き方とは別だった。ルシナは瞳のせいで迫害にあった。皆から疎まれ嫌われ続けた。自分自身もそれで良かった。嫌われて関わらないほうが楽だったから。

「怒るっていうのはその人の為だと私は思うの。その人に治して欲しい所があるから怒るのよ」

カップに入っている紅茶を飲み、一息つくクレト。

「だけどその人の為に怒っても伝わらなければ意味が無いわ。伝わらなければその人からしてみれば嫌われているんだ。としか思えないからね」

「人から嫌われたくないカノン君が怒ったのよ? だから貴女の事をそれ程大切に思っているのね」

クレトのその話を聞きハッとするルシナ。そしてカノンが怒っていた時のことを思い出していく。

思えばカノンの為といいカノンの言葉を聞いていなかった。自身の怒りに任せ行動していた。

カノンはその事について怒っていたのだろう。

ルシナの中で答えが見つかる。心のなかにあった言い様のない気持ちがなくなっていく。

「カノンの事をちゃんと考えていなかったな」

「……カノン君の事をよろしくね」

「ああ。分かった」

ルシナが椅子から立ち上がると同時に、広場から男の怒声が響く。

「てめぇ! 何処見て歩いてんだ!」

男が小さな少女を恫喝していた。そしてその横には複数の男に囲まれたカノンがいた。

「! カノン!?」

ルシナはカノンの元へと駆けていく。


カノンとファマを人相の悪い男達が取り囲んでいた。

男達はカノン達に難癖をつけ、恫喝していた。

「ぶつかっておいてそりゃないんじゃないの?」

「どうすんだよ。服が汚れちまったぞ? おい」

「すみません。服は弁償しますので……」

「そういう問題じゃねぇんだよ!」

一人の男がカノンの胸ぐらを掴み、近くの壁に押し付ける。

ドンッという鈍い音とともにカノンが顔を苦痛で歪める。

「うっ……」

「カノ兄ちゃん!」

今にも泣きそうなファマがカノンの近くへ寄ろうとするが、男に腕を掴まれる。

「は~い。おチビちゃんはここに居ようね~」

「はなしてよ!」

小さいファマの力では男を振り払えるはずがなかった。

「その子に手を出さないで下さい!」

カノンの言葉に男達はニヤける。

「元はと言えばよ。そのガキが原因なんだ。だったらガキに責任を取らせなきゃいけねぇよな?」

男達は笑いながらファマを見る。そしてカノンに何かを期待するかの様な目で視線を送る。

「……責任なら僕が取ります。だからその子を離して下さい……。お願いします」

その言葉を待っていた。と言わんばかりに男達から下品な拍手が起きる。

「ほ~う? じゃあ責任を取ってもらおうかな」

男はナイフを取り出しカノンの服を切っていく。

「! 何を……」

「うるせぇ! 責任をとんだろ? おとなしくしてろ!」

短気な性格なのか、男は直ぐに手を出した。男の拳がカノンの頬に当たる。

「うぐっ!」

「おいおい。あんまり痛めつけるなよ? 色々と使い道があんだからよ」

「うるせぇな。分かってるよ」

「おい。お前ら何してるんだ?」

体に突き刺さりそうな程の冷たい声。男達が振り返ると一人の女性が立っていた。

「! ルシナ様!」

カノンが顔をあげるとそこにルシナがいた。

表情は普段通りの涼しい顔をしているが、目に見えそうな位の怒気を纏っていた。

「なんだお前? 正義の味方気取りか?」

「面倒くせぇ。こいつもひん剥いてやろうぜ」

男がナイフを取り出しルシナへと近づいていく。

カノンはそれを見て街道であった追い剥ぎ達を思い出す。無惨に殺された男達を。

「ルシナ様! やめて下さい! もうこれ以上は……」

ナイフを持った男はルシナの胸ぐらを掴む。そしてそのまま壁へ押し当てようとする。

だが胸ぐらを掴んでいる男の腕を捻り上げ、そのまま男を地面へと組み伏せた。

「いだだだだ! お……折れる! 腕が折れる!」

余程痛いのだろう。男の目からは涙がこぼれていた。

「消えろ。そうすれば見逃してやる」

男にそう言うとルシナは腕を離す。そして男を蹴り上げた。

蹴られた男は腰を抜かしながら、ルシナから逃げるように去っていった。

「……えっ? ルシナ様……?」

カノンは驚いていた。また先程の惨劇が繰り返されると思っていたからだ。

だが目の前にいるルシナは男を殺すことなく逃した。

「てめぇこのアマ! 舐めたマネしやがって!」

ルシナの近くにいた男が殴り掛かる。ルシナは男の手を取り、踏み出してきた足を蹴り上げる。

男はバランスを崩し倒れそうになる。その瞬間ルシナは男を担ぎ上げる様な形で投げ飛ばした。

固い石畳の上に背中から落ちた男。小さなうめき声をあげるとそのまま意識を失った。

「次。来ないならこちらから行くぞ」

ルシナは余りの出来事に戸惑っている男達に向かっていく。先程の光景を見た男達は恐怖のあまり逃げ出していく。

そして最後に残ったのは、カノンを掴んでいる男だけであった。

男にジリジリと近づいていくルシナ。

逃げ遅れた男はカノンの首元にナイフを突きつけ、震えた声でルシナを脅す。

「くっ来るんじゃねぇ! それ以上ちち近づいたらこ……こここいつを殺すぞ!」

その言葉に歩みを止めるルシナ。ただ黙ってカノンを見つめていた。

「……ルシナ様」

ルシナは追い剥ぎの男達の時とは違い、怒ってはいるが殺意はなかった。

カノンもそれに気付きそれ以上は何も言わなかった。

「へっへへ……。こいつがだっ大事なんだな……。動くんじゃねえぞ! 動いたら殺すからな!」

男はナイフを突きつけたまま、少しづつルシナとの距離を取る。

そしてある程度の距離を取ると、カノンを突き飛ばし走りだした。

石畳の上に倒れるカノン。それにすぐさま駆けつけ手を取る。

「大丈夫か!? 怪我はしてないか?」

カノンの破れた服と頬のアザを見てルシナの手に力が入る。

「はい。大丈夫です。……ありがとうございます。ルシナ様」

「気にするな。アタシはお前のガーディアンなんだからな」

走り去っていく男を目で追うルシナ。

「殺しはしないがあいつには痛い目にあってもらわなきゃな」

剣を抜き石畳に突き刺し、拳ほどの石の塊を作るルシナ。

それを手に取ると男に向かい投げる。

石は真っ直ぐに飛んでいき男の足にぶつかる。

それでバランスを崩した男は勢い良く倒れ込む。

そして起き上がった瞬間には目の前にルシナが立っていた。

「よう。カノンが随分と世話になったみたいだな」

目の前の圧倒的な力を持つルシナを前にして、男は完全に腰を抜かし逃げる事が出来なかった。

「あ……あ……悪かった! 金ならいくらでも払う! だから……だから!」

「金もいらないし命もいらない。ただ悪戯が過ぎたみたいだな」

ルシナは男の顔の前で握り拳を作る。

「まずはカノンの服を切り裂いた分だ」

そして勢い良く男の顔を殴りつけた。


見るも無惨に腫れあがった顔で、男はトボトボと去っていった。

一発殴った後もルシナは様々な理由をつけ男の顔を殴りつけた。その度にドンッ! メキョ! などという音が辺りに響いた。

ルシナは改めてカノンの前に向き直る。いつもは物事をハッキリ言うのだが、今回は歯切れが悪かった。

「あー……その……目を離して悪かったな……」

いつもと様子の違うルシナを前に、不思議とカノンまでもが、ぎこちなくなる。

「え……ああいえ……こちらこそ勝手に行動してすみません……」

二人の間に気まずい雰囲気が漂う。だが馬車で感じた雰囲気とは違った。

馬車ではお互いに歩み寄りを見せない感じであったが、今は違う。お互いに歩み寄りたいが上手いきっかけが見つからずあぐねいていた。

そんな二人の間に涙声のファマがやってきた。

「カノ兄ちゃん! 大丈夫だった!?」

カノンにしがみつき、わんわんと泣くファマ。その後ろにはクレトが居た。

「カノン君。大丈夫だった? ファマちゃんと面倒事に巻き込まれたみたいだけど……」

心配そうに見つめるクレト。カノンは笑顔で答える。

「大丈夫です。ルシナ様が助けてくれましたから!」

ファマの頭を撫でながら、ルシナへと改めて礼を言う。

「本当に……本当にありがとうございました」

「当前のことさ。アタシはガーディアンだからな」

二人はお互い見つめ合い笑った。

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