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ソキウス-Little Healer-  作者: 紗雪 渉
第三章:大海原へ
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1… 文無しの冒険者

「はあっ…はあっ…も、もうダメだよ…っ限界だ…っ」

「これしきでくたばってどうするのですか。白き狼が情けない!」

「…っだから…っ——その、呼び方はやめ、ろと…っ」

「お」

「いって……いるだろううおおおおお!!」

「失礼します、お客様。そろそろお時間で———す……」


 チェックアウトの時間を過ぎても出てこない客室の扉を開けた従業員の目に入ったのは、艶やかな星色の白銀の髪を持つ幼き少女が、成人男性の背中にどっかりと座り、男性は半裸で腕立て伏せをしているという、異様極まりない光景だった。


「あ、はい。今出ます~」

「お客様…お代なんですが…」

「この男性がツケで支払います。名前は"白き狼"で。あ、領収書お願いします。」

「ニ、ニーナ…その名はやめろと…。」

「―—あら。もうギブアップですか。」


 ロアは息も絶え絶えにがっくしと平伏した。


「お客様、当店はツケ払いは承っておりません。」

「…むう、そうですか。でしたら彼が今から体で払います。」


 そう言って、ニーナは疲れ切ったロアの頭を無理矢理持ち上げる。


「痛い痛いイタイ!!!」

「見てください、ご婦人。この聡明な顔立ち。絹のように艶やかで柔らかな白肌。そして海より深い蒼眼の美青年。体力はありませんが使えはするかと。」


 長い夜空色の髪をぐいと引っ張って、ロアの顔面を従業員に見せつけた。


「まあ…!こんな方でしたらぜひ店番をやっていただきますわ!」

「ちょっ、まっ!!!」


 従業員は笑顔で了承し、ロアはトレーニング後さらに働くこととなった。



「「……はあ」」


 出発したばかりの私たちは深くため息をつきます。


「なんで僕がこんなことを。」

「ロア様の貯蓄を宛てにしていた私が間抜けでした。反省だわ。」


 ほぼ同時に言って、互いに「む」と睨み合います。


 私たちはクヴァルムを出発したものの、絶賛金欠中でした。

 あまりお金がない私は完全にロア様を宛てにしてたのですが、洞窟前の荷物から取り出したお金は金貨3枚と銀貨27枚。私は金貨1枚と銀貨10枚。港町に着くまでにそれも使い果たしてしまいました。


 そして私たちは港町・マルゴに到着したものの、金欠になり、ロア様は働いています。


「ってなんで君だけ、ひとりお茶なんて飲んでいるんだよ!」

「仕方ないでしょう。お金を使ったのはロア様。その分働くべきかと。」


 そう、彼は道中の村や露店によっては、少ないお金を使って買い物してしまったのです。これだから自己管理できない大人は…。


「それに私はまだ子供ですよ。こんなか弱い少女を働かせるおつもりです?」

「くっ…。こういう時だけ子供を使うとは卑怯な…。」

「何かいいました?」


 私がじろりと一瞥すると、


「い、いえ別に……。」


 ロア様はすごすごと作業に戻りました。

 私はお茶を頂きながら呟きます。


「それにしても…舟が出てないとは参りましたね。」


 そう。到着してから、かれこれ数日も私たちはここに滞在しています。

 しばらく悪天候が続いている理由で、船はまったくでないのです。

 そしてお金のない私たちは女将さんに頼んで滞在中は働くことになりました。

 ——主に、ロア様だけが。

 そして合間を縫っては昔の勘とやらを取り戻して頂くべく、朝も夕も魔術と体力づけ、剣の訓練、鍛錬、修練。

 ——勿論、ロア様だけが。


「もうやりたくない」「いやだニートに戻る」「ひきこもりたい」「死んじゃう」…あげたらキリがないほど、彼は弱音をすぐ吐きます。本当に、すぐ投げ出すところだけは一丁前ですこと。


 最初の目的地、中央都市リモードへ行く船はある問題で欠航していました。


 リモードとは、この東の地、ウィストリアの海から西へ渡って行けるアルカディナ中東大陸に付随する、魔法国家ロレーヌ公国が治める中央都市です。


 お金が手っ取り早く稼げることと、十二神像のひとつがあることを女将さんの助言から聞いて、私たちはまずリモードへ目指すことにしました。


「あれだったら、オフィーリアに行けばいいじゃないか。冒険者がまず行くところと言えば、オフィーリアのセレスティアか、ロレーヌのリモードの二択だからねえ。」


 悩ましい顔を浮かべる我々に女将さんはそう言いました。

 王都オフィ―リアに付随する、セレスティア。それはフェルメール王家が統治する美しい蒼の都。

 けれども私の頭にふと騎士団勧誘の苦い記憶がよみがえります。


「「……オフィ―リアは行きたくないんだよあ。」」


 私とロア様は同時に深くため息をついて、


「「―—ん?」」


 顔を見合わせます。——その時。


「——おいおい、頼んだ料理と違うじゃねえか嬢ちゃん!!」


 突然聞こえてきた怒号。振り向くと、栗色の頭をひとつに結い上げたエプロン姿の宿屋の娘さんがあきらかにガラの悪いゴロツキ三人衆に絡まれていました。


「えっと…お客様は確かにこちらを注文なさっていましたし…」

「はあ!?俺が頼んだのは鶏のグリル!どう見てもこれ兎肉じゃねえか!」

「……申し訳ございません。」

「あーもういいや。じゃあワイバーンの肉持ってきてよ。」

「えっ!?そ、そんなもの置いておりません…!」


 文句をいう男と、その連れはげらげらと下品に笑う。

 彼らの武器をちらりと確認します。タガーやナイフといった短剣が多いところをみると、冒険者ではなさそうです。


 ここは私の出番でしょう。そう思い、私が入ろうとしたその時。


「や、やめないか君たち!」

「ロア様…」


 ——なんということでしょう。

 ロア様がすっと娘さんの中に割って入ったのです。

 

 思えば人すらまともに会話できなかったロア様。

 その彼も、この宿屋に滞在する間に随分と自ら話せるようになっていました。

 体力や持久力はまだまだですが、こういった面では素直に感動してしまいます。


 珍しく私はきらきらした眼差しで彼を見守りました。

 ——しかし。


「ああ!?なんだてめえ…なんか文句あるのかよ」

「い、いや…その…」

「用事ねえならすっこんでろ!!」

「は、はい…。」

「兄ちゃん、ワイン追加な。早く持って来いよ?」

「は、はいい!!」

「——ロア様……。」


 ロア様は男どもの声を浴び、ぴゅっと裏側に引っ込んでしまいました。

 私の顔をみるなり、真っ青な顔で『ニーナよ、行け!君の出番だ!』と促します。

 ——嗚呼、なんて情けない相方でしょう。

 そうですよね、そうですね。期待した自分が愚かでした。


「じゃあこっちのお嬢ちゃんには俺らの相手でもしてもらうか…!」

「きゃっ!!」

「シッシイナ!!」


 女将さんが叫び、私は仕方なく駆けつけようとしたその時。

 私より早く、黒髪短髪のとても背の高い人影が、すっと割って入りました。

 少し、獣くさい匂いがしました。

 そして——絡んだ男の手をぱしっと取り、その手から奪った肉を頬張ります。


「―—んー…そんなにマズイか?これ。」

「なん…だよ、てめえ。」


 男たちも女将さんも私もロア様も、ぽかんとしました。

 無言の中、ノッポさんが美味しそうに噛みつく音だけが店内に響きます。


「俺はこれスキだけどなあ。お嬢さん、俺にこれツケてくれる?こいつら要らないらしいーし。」

「は、はあ…。」


 にこにこ笑顔でノッポさんはシイナさんに注文をして、遠巻きに逃げるように促します。たじろいで、彼女は店の裏へ引っ込みます。


「……まあ。見た目と違ってなんて紳士な助け船でしょう。同じ紳士でもドヘタレのどっかの誰かさんと大違いですね。」

「うっ……。」

「なんだっ…てめえ!!勝手なことしてんじゃねえ!」

「えーだってアンタらいらないんだろ?俺が支払うからいいじゃん。」

「そういう問題じゃ…」

「―—へえ、じゃあどういう問題?」


 優しいエメラルドグリーンの瞳が細まりました。

 ノッポさんの背中の膨らみに私は気づきます。

 彼は背中に手を携え、刃渡りが人の顔三人分ほどある大きな斧を取り出しました。

 それをゴロツキたちの目の前ギリギリでぶん!!と大袈裟に振うと、彼らは「ひぃっ!!」と小さな声を漏らしました。


 どさりと肩の上に乗せて、彼は一言。

 

「俺、結構力には自信あるけど?」


 彼は——戦士ウォーリア。しかもその辺にいる者とは覇気がまるで違います。

 あくまで笑顔を崩さず、彼ははっきりとそう言いました。

 けれどその瞳はまっすぐに彼らを威嚇しています。


「あ、アニキ…」

「——ちっ…!!行くぞ…」

「誰が来るかこんな田舎くせえ店!!」


 男たちは負け犬の遠吠えをして、代金も払わずにその場を去りました。




「あーおっかしいアンタたち!今時の冒険者で一文ナシなんざ、聞いたことねーよ!」


 ザックス殿はバカデカいジョッキを片手に私たちの話を酒の肴にげらげら笑ってます。助け船をしてくれた彼はザックス・ノルド。彼も冒険者でした。

 パッと見は黒髪短髪碧眼の好青年、に見えますが彼はこうみえて私たちより年上。

 酒を飲み干す腕は大木のように逞しく、そしてマントの下に覗く銅装備は鍛えられた体が隠れているのがすぐに分かります。

 しかし男性の割におしゃれなのか、胸元には異国のネックレスをいくつか付けていました。

 

「そんな笑わなくても…。」

「あーごめんごめん。おっかしくってさ、あー笑った。」


 顔色も変えずに一気飲みすると、ぷはあと息を吐いて話は戻りました。


「——へえ、話は大体分かった。で、あんたたちはリモードへ行くってことか。」 

「はい、十二神像と稼ぎ口があると聞いたので。」

「十二神像?ってことはあんた、異世界の人か!」

「ええ。」

「へえ…で、あの隅っこでうずくまってる人が相方ってワケ?」

「まあ、そうなります。見てのとおり不甲斐ないですけれど。」

「——ふむ。稼ぎ口って言ってるけど、どういう手段で働くか知ってるのかい?」

「いえ……正直、ざっくりとしたイメージしかありません。その口ぶりだと、ザックス殿はお詳しいようですね?」

「その殿って言い方やめろよお」と笑ってから「今んとこ俺の本拠地だからな。」


 ザックスさんの説明はこうでした。


 私たちのような端くれ冒険者はまずリモードに集まります。

 それというのも、ギルドに所属していないフリーランスの冒険者はまず仕事の依頼がきません。リモードには、田舎にまで出回っていない賞金首や討伐、ギルドでは対処できない雑用から大物の討伐まで幅広い張り出しがあるのです。


「んで、それらを活用して活動して信用を築く。自分の名が広がって、顔が利けば晴れてようやく"そこそこ"信頼される冒険者になるってワケ。」

「なるほど…そうすると、自然と声も掛けられて、依頼も増えるのですね。」

「そうそう。同志も増えるし職人とも仲良くなれるしギルドの連中ともつるむようになる。」

「ギルド…聞いたことがあります、確か騎士団や帝国軍とは別枠の個人組織ですよね。」


 年齢・経験・技量・信頼——それを認められたとき、初めてギルドへの所属が可能になる。それこそ勧誘を受けたり、はたまた立ち上げたりするという。


「ザックスさんはギルドへ所属しているんですか?」

「いんや、俺はもっぱらフリーだよ。ワイワイするのは好きだけど、どっちかって言うと単独行動の方が性にあってるんだよね。」

「へえ、人は見た目によらないのですね。」


 ザックスさんが壁に立て掛けている斧を見下ろす。

 斧は戦歴を称える傷跡が無数に刻まれ、相当使い古した様子が伺えます。

 男が何人も掛かってようやく持ち上げられそうな大斧を片手で振り回してしまうなんて、なんて人でしょう。


「…ロア様より早く会えてれば…。」


 ロア様が皿を割る音が聞こえました。


「ねえ、あんたたちリモード行の便が見つかったよ!」


 私たちがリモードについて話に花咲かせる傍ら、暗い顔をして落ち込んで作業していたロア様は、女将さんの声で立ち上がりました。


「この方たち船持ってて、ちょうど明日発つんですって。ロレーヌに近い港町に寄るからついでに送ってくれるそうよ、良かったわね。」

 

 女将さんの手先には、船員らしき人たちが飲んでいました。


「どうしましょう、ロア様?」


 久しぶりに私はロア様と口を利きました。


「うむ……せっかくの機会だ、これも何かの縁。お願いしようじゃないか。」

「あー俺も行く行く!」


 私たちの肩をがしりと大きな両腕で掴んで、大声を挙げます。

 ——酒臭い。


「ザックスさん…お仕事があるのでは?」

「大丈夫!もうそれ終わってるから!!良し!今日はみんなで飲もう!世話になる兄ちゃんたちにも奢ってやろう!!」

「私まだ未成年ですよ……」


 だいぶ酔っぱらったザックスさんの席に、わいわいと人が集まってきます。

 その晩はお世話になる船員さん、ザックスさん、従業員さん皆で飲み明かしたのです。

 こうしてザックスさんと私たちは無事4日目の朝に出港することになりました。


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