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ソキウス-Little Healer-  作者: 紗雪 渉
第ニ章:ヘタレ勇者、復活。
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4… 旅立ち

 ——小鳥の囀り。温かいスープの匂い。ラベンダーの香り。

 自分がずいぶんと離れていた懐かしい景色にロアは目を覚ました。


「あっ、勇者サマ目を覚ました!!」

「おねえちゃん、おにいちゃん起きたよ!」


 きゃっきゃと見知らぬ子供たちが騒いでいる。

 白い天井、鼻をつく木の香り。

 そして奥の居間らしきテーブルに、ニーナがいた。

 彼女はロアが目を覚ますと、近づいて様子を伺った。


「ニーナ…?」

「ようやく起きましたか。まる2日も寝ていらっしゃいましたよ。よっぽど体が鈍ってたと伺えます。」

「ス、スミマセン…。」


 まだぼんやりとした意識の中、目覚め一発でまず謝ってしまう。

 ロアがあくびをすると、同時にニーナもあくびをする。

 彼女の目元にはクマが目立ってた。


「さてと。私はそろそろ寝ます。」


そう言って、ニーナは入れ替わりで徐にすごすごと部屋へ引っ込んだ。


「ニーナさん、あまり寝てないのよ。村の住人を見てまわって、ずっと貴方につきっきりでね。」


 スープを運んできた兄妹の母親が告げてロアは驚く。

 自分だって疲れているだろうに、なぜそこまで彼女はするのだろうか。

 相方でもない自分を、村の人々にも。

 彼女は善意を尽くしている。


治癒術士ヒーラーだから、か…。」


 ロアはぼんやりと、そう呟いた。

 


 夜更けになり、物音にふとロアは目を覚ます。

 寝室から居間を覗くと、こっそりと外に出るニーナの姿があった。

 ロアは身支度を整えて、急いで彼女の後ろを追う。


 ——こんな夜更けにどこへ行くというのだろうか。


 彼女が向かったのは、村はずれの東の森だった。


『闇夜照らす ほのかな光 我が指先に灯せ——僅かな燈火(モルゲン・レーテ)


 詠唱された特殊魔法により、ニーナのロッドに蛍のように白い光が灯り、暗闇で遮られた視界がほんのりと明るくなる。


「——おお。」


 今はあんなこともできるのか、と彼は小さく感嘆の声を漏らす。

 ロアは引き籠ってからというもの、魔導機器クロマキには関心があるものの、最近の魔術にはめっぽう疎い。


 ニーナは静かに森の中へ入っていく。少し距離を保ったまま、ロアも続いていく。


 ロアが住居にしている洞窟の前で、ニーナは立ち止まった。


「うん、これでもう大丈夫。しばらくしたら治りますから。」


 ニーナが撫でると、ヴォルフはぐるぐると喉を鳴らした。


「問題はこの荷物をどうするかですが――…で、いつまで隠れたおつもりです?」

「ぎくっ!!き、気づいていたのか…。」

「当たり前です。自分が後を付けられているくらい、森の中だったら初心者でも分かりますよ。」

「あのヴォルフたちは、元々ここを塒にしていたんです。そしてあの大きいヴォルフは母親でした。グレイヴォルフたちは、春の時期に集団移動しては住処を変えるんです。ぐるぐると周って、またここへ戻ってきたのでしょう。」

「そうか…。繁殖時期のヴォルフは苛立ちが酷いと聞いたことがある。鼻のいい奴らのことだ、家主が外にいると思って探しにきたのか。」

「でもなぜ洞窟に入れなかったのでしょう?獣はすぐにでも奪ってしまうのに。」

「この洞窟の入り口には、魔物避けの薬を常時撒いている。そのせいだろう。」


 ロアは手を顎に添えながら、うんうんと頷く。


「ヴォルフがいない間に、僕が勝手に占領してしまったということか。」

「そうなりますね。村人はオークがいると勘違いしてたようですが。」

「ああ、それなら僕だ。村に行く際、特殊魔法で毎回変化していたのだがオークに変化してしまった時があってな。丁度こんな夜更けで、それを森を通りすがった冒険者に見られてしまった。」

「はあ、なるほど。どうりで——私がここに訪れたときには、オークの足跡などではなく、獣の足跡があったのでおかしいなと思ったんです。」


 ロアはちらりと洞窟に目をやる。ヴォルフたちは声をあげることなく、穏やかに寝入っているようだ。


「ニーナは、彼らを治療しにここへ?」

「はい。ちょくちょく覗きに来ていました。村人が、ヴォルフの唸り声がすると警戒していた者ですから、あの深手、気になっていましたし。」

「……そうか。」


 ロアはニーナをじっと見つめた。

 彼女はちゃんと、人とも魔物でさえ、向き合って生きているのか。

 ただ、やり方がちょっと不器用なだけで。


 彼女に比べて、自分はどうだろう。

 ——実に、情けない話だ。

 突然異世界の現実を受け入れ、家族とも遮断された生活に飛び込んだというのに、彼女は逞しく生きている。あろうことか、こんな少女に学ぶことになるとは。

 

「すまなかったな、ニーナ。あんな物言いをして…。」

「——いいえ、それは私も同じです。私はただ…貴方に前を向いてほしかっただけなんです。でも、貴方の気持ちを無碍にしていた。ごめんなさい。」

「いや、いいんだよ。」


 すっとロアは手を差し出す。ニーナは一瞬ためらったものの、仲直りの握手を交わす。だがそれはニーナにとっては別れの握手だった。


「荷物はある程度運びだしましたので、あとはご自分でおねがいします。まだ蓄えはあるのでしょう?家を借りるなりしたほうがいいです。ここは、身体に悪い。―—そ

れでは私は参ります。」

「えっ…もう、旅立つのかい?」


 ニーナは背を向けて言った。


「貴方を見て、ふと思い出したのです。私も、グランパレスで司祭様たちに目をかけていただいてからというもの、何度も騎士団への入団を薦められました。……強制はよくありませんね。」

「そう、だな…」

「私も貴方と同じ——いえ、それ以上に人と関わるのは苦手なのです。クヴァルムの方々は優しい。きっと明日の朝になればお祝いの宴になると思います。私は、そういうのが少し苦手で。」


 ニーナはくるりと振り返り、苦笑いした。

 その表情は少女そのものの、柔らかい表情だった。


「ロア様はあの村に残るといいです。村を救ってくださった英雄を喜んで歓迎してくれるでしょう。無理して旅なんて出なくていい。でも、たまには外に出てくださいね。」


 それでは、と丁寧にお辞儀をして彼女は再びロアに背を向ける。

 その背は、あまりに小さくて。

 その肩は、あまりに華奢で——。


 命運をひとり背負うにはあまりにも弱い少女の寂しい姿がそこにあった。

 もう二度と逢えなくなってしまうのではないか——。


 ロアは、気づけば走っていた。


「―—ま、待って…待ってくれ、ニーナ!!僕もっ……うおぁっ!??」


 彼女の肩を掴もうとした時、思い切りロアはずっこけ、地面に平伏す。


「な、なにやってるんですか…」

「いひゃい…。」

「まったく、貴方って人は。白き狼がずいぶんと間抜けなこと。」


 背を向けて、距離を空けたまま、ニーナは呆れた声で窘めた。


「だからそれは呼ぶなと言って……って、そんなことはいい。ニーナ。」

「―—はい?」

「ぼっ……僕も、い、行く!!!旅にでるんだ!!つ、連れてってくれ!!」


 地に伏したまま、ロアは叫んだ。

 しばらくの無言を置いて、ゆっくりとニーナが近づいてくる。


「……今なんとおっしゃいました?」

「だ、だから僕も行くと!!」

「私と一緒に?」

「ああ!!」

「理由も特にないのに?」

「あ…ああ!!」

「―—・・・へえ?」

「……ニ、ニーナ?」


 彼女はロアの目の前で足を止めた。

 なんだか様子がおかしい彼女をゆっくりとロアは見上げる。


「ようやく自分から、言ってくれましたね。」


 そこにはグレイヴォルフやオークなぞ目ではない——年端に似合わず恐ろしく可愛くない笑顔で見下ろす少女がいた。


「ニ……ニーナさん……?」

「——ああ、ようやくこれで肩の荷が降りました。策を練るに粘ってよかった。」

「ま、まさか…祭りへ行くのもヴォルフの襲来を予想して…っ!?」

「さあ、どうでしょうね。」

 

 にやりと弧を描くニーナの口元をみて、ロアの背筋は一気に凍り付いた。


「―—さあ、もう逃がしませんよ。私の相方、ロア・コフィン様。」

「―——……っ!!」

「私の相方になったからには、厳しくいきますよ。魔術、体力、持久力…すぐに昔の勘を取り戻して頂きます。明日から毎日スパルタ猛特訓です。」

「や、やっぱりニートに戻るうううう!!」


 ロアの悲痛な叫びは夜空に虚しく響き渡る。

 蒼い星々は、新たな冒険者の一組を温かく、見守ってた。

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