2… クヴァルムの春祭り
夜を迎えたクヴァルムはそれは賑わっていました。
村を飾る桃色の花は夜になると光を帯びて、村を温かい光で包み込んでいました。
舞台の上では伴奏者たちがパイプオルガンやヴァイオリンを面白おかしく奏で、その陽気な音楽にあわせ人々は酒樽を手に愉快に踊ります。
木造りの屋台には、ヤギのホールチーズ、串焼き、タルトにパンケーキ。
美味しい匂いに、心躍る旋律、楽しさに浮きたつ人の波。
そしてその片隅に——蹲っている暗い影ひとり。
「そ、想像以上に盛り上がっている…。」
「ロア様…。いつまでそうしているおつもりです?」
「だ、だって…なんかもっとこじんまりしてるかなーって思ったんだもん!!」
子供のような言い訳をした彼は、ここでもう1時間ほど躊躇っています。
私は深くため息をつき、
「——分かりました。それでは、私だけで楽しんでくるとしましょう。貴方はずっとそうしてなさい。」
「ええっ!?に、ニーナ!?置いていかないでくれよぉお!」
情けない声を挙げて、がっくしと肩を落とす彼を一時放っておいて——
私は露店に立寄り、すぐ戻りました。
「はい、ロア様。」
「え…。」
私が手渡したのは木で出来たお面。銀貨4枚ほどしましたが、まあいいでしょう。
「この村の守り神を象った面だそうです。マスクよりこっちのほうがよろしいかと。やはりその姿では余計悪目立ちしますよ。それを付けて、一緒に参りましょう。」
「ニーナ…。あ、ありがとう……」
彼は嬉しそうにお面をまじまじと見つめると、照れもせずお面をかぽりと付けて
「驚いたよ…君にも、優しいところはあるんだな。」
彼は、余計なことを言いました。
「前言撤回します。やはりおひとりで行くべきでしょう。」
「な、なぜだ!?いっしょにと言ったではないか!!」
「子供用の面をつけた大人に連れ添いたくありません。恥サラシ。」
「き、君が渡したんじゃないかあ!というかこれは子供用なのか!?——って、先に行くなよおお!ニーナぁ!!」
私の嫌味に流されて、おろおろしながら彼は路地裏からようやく出ました。
やはりアメとムチは使いよう、ですね。
ロア様は久しい祭りに興味津々な様子で、目をきらきらさせながら村を見渡しています。すると露店のひとつ、お菓子屋さんの前で足をとめました。
彼がまじまじと見つめていたのは、小さなシナモンロール。
真っ白な砂糖がたっぷりと上から掛けられ、コーティングされた穴のあいたロールケーキでした。
「おお、これは…!」
「ロア様、ご存知なのですか?」
「ああ。我が祖国の伝統的な菓子だ。その昔、よく乳母が作ってくれたものだよ。どれ、ひとつ僕がニーナに買ってあげよう。」
「乳母…?母君ではなく?」
ロア様の言葉に何か引っかかりました。が、尋ねる前に店の主人が応えます。
「嬢ちゃん、もしかしてガラの悪い連中から子供助けてくれたっていう例の子かい?」
「はあ、まあ…。」
やたら大きい声に、周囲の人々が少し反応する。
「はは、そんな嫌な顔するなよ。こんな田舎にエルフがいるのは珍しいからな、噂なんてすぐ広まる。そんで、そっちの面の兄ちゃんはツレかい?もしかして兄妹で旅でもしてるのかい。」
「えっと……その…あの…」
ロア様は店主の質問攻めに耐え切れなかったのか、私の後ろにすごすご隠れました。彼の方が俄然大きいので、丸見えですが。
「あれえ…なんかいけねえ事言っちまったかな。」
「いいえ、お気になさらないでください。彼は少しシャイなんです。ご主人、このお菓子をふたつ、頂けますか?お代は——」
「ああ、そんなものいらないよ。子供たちが世話になった礼だ。」
そう言って、ご主人は笑顔で私たちにお菓子を渡しました。
「ロア様…あんな態度ではよくないですよ。」
「だって…いつも、買い物するときはあんな声掛けられることはないから…。」
「いつも?ロア様、外出したりするんですか?」
「ああ、どうしても必要なときに、月に一度だけ。」
ロア様は店を覗くたび、声を掛けられては私の後ろにささっと隠れるの繰り返しでしたが、正体がバレていないことが分かると、相変わらず私の背中越しですが、徐々に人々と話せるようになってきました。それだけでも結構な進歩です。
私が疲れて休憩している間にも、ロア様は走ってはいちいち何があった、何が売っていた、これは知っているかと私に尋ねたり報告してきます。
だいの大人がお面なんかつけて、はしゃいじゃって恥ずかしいったら。
その様子があまりに無邪気で、私はくすりと笑ってしまう。
ようやく戻ってきたロア様の腕中には、抱えきれないほどのオモチャやお菓子でいっぱいになっていました。
「やー!!楽しいなっ!!」
斜めにズレた面から覗く顔は、満面の笑みで。
そのはしゃぎ様は、まるでひきこもりだった者には思えません。
「それにしても、それら全部買ったのですか?」
「うむ。どれも珍しくてな!!」
くっ…これだからニートで金がある奴は、と私は内心で舌打ちする傍ら、ロア様はにこにこ顔で先ほど買ったお菓子を私に手渡します。
「——ほら、ニーナ。」
「私は甘いものは、あまり…。」
「なに!?子供らしくないな。いいから口にしてみろ、美味しいぞ。」
「…はい、頂きます。」
ぱくり、と口にしてみる。じょりじょりと砂糖が舌に絡まり少々ねばっこい。
やっぱりちょっと甘すぎるけれど、なんとなく嫌いな味ではありません。
「……まあ、悪くはないです。」
「はは、ニーナは辛口だな。どれ、僕も頂くとしよう。」
「ロア様、面をつけたままだと食べづらいですよ。ここは人通りもないですし、取っても平気でしょう。」
「ぬう…それもそうだな。」
しぶしぶとお面を剥がしたロア様は、ふと私の顔に目を向ける。
「―—ん?ニーナ、その傷はどうしたというのだ?」
前髪が鬱陶しく長いけれど、艶やかな夜空色の黒髪。
そこから覗く瑠璃色の瞳は私にいきなりぐっと迫った。
「え?ああ……これは、先ほど村でちょっと。大したことないですよ」
「ふむ——失礼するよ。」
ロア様は懐から何かを取り出し、私の頬にぺたりと貼りました。
それは猫型の大判な絆創膏。
「これは…?」
「うむ。先程、屋台の景品で当たったのだ。」
「ちょっと大袈裟すぎやしませんか…。」
「まあそう言うな。大は小を兼ねるというだろう。怪我は怪我、大きいのに越したことがない。——乙女が、顔に傷など作ってはいけないぞ。気を付けなさい。」
そう言って微笑む。
——バカな人。こんな傷、もう塞がっているのに。
急に女性扱いされたことがなんだか恥ずかしくて、私はそっぽを向いて話を逸らします。
「―—そういえば、先ほど月に一度で出かけていると仰ってましたね。」
「ああ、それがどうかしたか。」
「私てっきり、ロア様は7年間ずーーっと引き籠っていると思っていました。」
「はは、さすがにそれでは生活できないよ。たまに自分で買い物に赴き、必需品や消耗品は基本的に業者に調達を任せている。」
「なるほど…ロア様。」
「―—ん?」
私は言葉を切って、気になっていたことに踏み込んだ。
「なんで、そこまで過去の人間に肩入れするのですか。」
「ニーナ…。」
「過去に失った仲間は、神様に祈っても還ってきません。冒険者は冒険者らしく何にも囚われず、自由に生きればいいじゃないですか…っ」
「仲間は消耗品じゃないよ、ニーナ。」
私の言葉に、彼は一言ぽつりとつぶやいた。
「君こそ、なぜ僕にそこまで必要とする?他にも冒険者はいるだろう。」
「他じゃ、ダメなんです…っもっと使える人じゃないと…」
「…使える人、ね。君はそうやって、いつも相方とやらを物差しで測っていたのかい。」
「なっ…そんなんじゃ——私には元の世界へ戻るという目標があるんです。こんな世界に、ずっといるわけにはいかないのよ——!」
「目標があるのは素晴らしいと思うよ。だがね、君がいうこんな世界を護り散った命を邪険にするような物言いは、やめてほしい。彼らが報われない。僕も、報われない。」
そう言って、ロア様は立ち上がりました。
「やはり僕じゃ君の求める相方とやらになれそうにないよ。
僕は家に戻る——もう、来ないでくれ。」
彼は背を向けたまま最期にそう告げて、立ち去っていきました。
私はただ茫然と、人ごみに消えていく彼の背中を見つめることしかできませんでした。
「あっおねえちゃんだ!!」
ふと、目の前にあの兄妹が現れました。
「どうしたの、おねえちゃん…暗い顔して」
「いいえ…なんでもありません。」
「ねえ、さっきのおにいちゃんってもおねえちゃんのアイボウ!?」
「いいえ…私はまだ彼の相方ではないのです。彼は閉じこもっていて——私に心を開いてくれないのです。一種の…心の病気でしょうか。」
「ふうん…?でもおねえちゃんならだいじょうぶだよ!」
「―—どうして?」
根拠のないこどもの言い分に、私はすがるように素直に尋ねました。
「だって、おねえちゃんあんなにキレーなまほうが使えるんだよ。」
「うん!おほしさまみたいにきらきらしててすごいキレイだった!」
「あのまほうでパパッとなんでも治せちゃうよ!」
返ってきたのは、やはりこどもらしい憶測。
けれどその言葉だけでも私の心は少し晴れました。
「だからげんきだしてよ。これ、あげるから。」
「…ありがとう。」
少ないお小遣いでやっと買えた、あめだま。彼はそれを私に差し出しました。
私は礼を言って、有り難く頂戴しました。
小さな包み紙を見つめながら——私はふと思う。
こうやって、人との優しさに触れたのはどれくらいぶりだろうか。
思えば、ずっと人との関わりを避けてきた私。
同じ村に数日居座っても、住民と口を利くことも滅多になかった。
話す相手は酒場、雑貨屋の店主、装備屋の職人。業者や依頼主といった取引相手。
単に作業的に依頼をこなす日々を送るだけ。
ただ元の世界へ戻りたいことしか頭になかったから。
他の冒険者を見下していたから。
偏見が鬱陶しかったから。
——この世界でひとり生きるのに、必死だったから。
私の元を離れた人たちに対しても、私はいつの間にか苛立っていたのだろう。
自分の中で溜まる欝憤を、冒険者に当たっていた。
戦闘にぶつけることもできないから。
そんなの、荒くれものの彼らと変わらない。それよりもっとタチが酷い。
当然、こんな自分じゃ、彼の心を開けるわけがない。それどころか——
「誰も、相方になんてなってくれませんね…。」
誰にでも言うまでもなく、私は呟いた。
その刹那――そう遠くない場所から激しい悲鳴が聞こえてきました。




