1… 名案
「それではロア様、外へ遊びに行くのはどうでしょう?」
ロア様を勧誘しはじめて7日目のお昼頃。
今朝がたの一件で、思い付いた私はやんわりと提案してみる。
のどかで暖かい散歩日和。こんな日に、引きこもっているのは勿体ないです。
いきなり旅に出るのが無理だというのなら、簡単なお出かけから挑戦すればいい。
そう思い立ち、まずは初歩的なことから始めてみることにしました。
きっかけは少し前に遡ります。
◇
——翌日のこと。
ニーナは朝方、再度クヴァルムに立ち寄っていた。
もうだいぶこの村の人々に顔を覚えられていたので、彼女はフードを剥がしている。彼女の頭には、セレーネから授かった星謳いの紋章が太陽の光を反射して輝いていた。
いつも穏やかな村だが、今日はどこか賑わいに満ちている。
なにか催しものでもあるのか、村の人々はこぞって桃色の花を屋根や看板に彩っていた。物珍しそうにあたりを見渡していると、子供たちが駆けよってきた。
「あっ、エルフのおねえちゃんだ!」
「おねえちゃん!!」
「こんにちは。」
兄妹の小さな手中には、同じく桃色の花が握られている。
「——あの…もしかして、先日この子たちを助けてくださった冒険者さまですか?」
二人の隣にいた母親らしき中年の女性がおずおずと声を掛けてくる。
「そんな大層なことはしていません。偶然通りすがったので…」
「その節はありがとうございました。エルフのお姉ちゃんが助けてくれた、と子供たちが言っていたものですから…」
「いいえ、お気になさらず——そんなことより、なにやら今日は村中が騒がしくありませんか?」
「きょうはおまつりがあるの!」
「お祭り…」
「毎年、この時期になるとクヴァルムでは春の迎えを祝うのです。」
「おいしい料理も、おさけも、いーっぱいでるよ!」
「なるほど…どうりで、いつもより賑やかなのですね。」
あたりをひとしきり見渡して、ニーナはあるものを見つけた。
準備中の露店を不思議そうに覗き込むと、主人に尋ねてみる。
「…ご主人。これはなんですか?」
「お嬢ちゃん、クロマキを知らないのかい?ここは田舎だからな、知らなくて当然か」
彼女の目に入ったのは、ゲーム機器やゲームのカセット。
ロア様の家で見かけたものたちと、同じ異世界もとい、元の世界のもの。
なぜこんなものがこの世界にあるのだろう。
「これは魔導機器だよ。なんでもその昔、異世界の者が原型を持ち込んで科学者たちが研究してできた代物だと聞いて居る。」
それでは、彼の家にあったあのテレビやゲームは全て異世界の影響を受けた産物ということになる。
店の主人の話を聞いて、驚きはしたもののすぐにニーナは理解した。
異世界の物を持ち込んだ、というのなら納得できる。
現に、彼女の荷物の奥に眠っている私物たちは、彼女が元の世界にいたとき付けていたものだった。
どうやら異世界から来た者が身に着けていたもの、所持していたものは消えない法則性がこの世界にはあるそうで。
納得した彼女は、途端にある事を閃き——紫陽花色の眼奥が光った。
「―—ああ…神よ、感謝します。」
ニーナは意味深に、ほくそ笑む。
「おねえちゃん、もう行っちゃうの?おまつりでまた逢える?」
「必ず来ますよ。——彼を連れて、ね。」
その口元は妖しく弧を描いていた。ニーナは彼らと別れた。
そして時刻は今に至る。
◇
「本日はちょうど、グァルムで春の憂いを祝うお祭りがあります。久しぶりに、訪れてみませんか?」
私の誘いに、 ロア様は一瞬懐かしそうに目を輝かせました。
「祭りか…。そういえば、そんなものあったな。僕も昔はよくお忍びで下町に行ったものだ。」
けれども、すぐに我にかえり項垂れる。
「でもなあ…今は昼だろう?明るいし…人多いし…人ごみ苦手なんだよなあ…。」
「ふむ…。」
「それに…なにより、日差しなんて浴びたくない…この白い肌を晒すなんてッ!!嗚呼、いやだいやだ——。」
一緒にいて分かったことそのさん。
ロア様はかなりの美形ですが、それに伴ったナルシスト振りを持ち合わせています。長らく外に出ていなかった間、更にそのナルシストに磨きがかかるようで…。
引きこもりならではの主観で、ぶつくさ文句を垂れるロア様に私は内心呆れつつも、あくまで優しく、慎重に、諭します。
「ならば夕方からでもどうでしょう。どうしても明るい時間帯は無理だというのならば、日が沈んだ夕刻からでも。それが嫌だというなら夜でもいいです。」
「…夜?夜ならば…いいかな…。」
そう。日差しを浴びるのをそこまで拒否するというのならば、夜でもいい。
兎に角、彼はここをまず出るところから始めなければならないのです。
私の提案に、彼は少しだけ揺らいだ様子を見せました。今がチャンス。
「もしかしたら、新作のゲームがあるかもしれませんよ?」
突拍子もなく、私はそんなことを言ってのけます。
当然、彼は分かりやすく反応を示しました。
「そういえば…今春はいい作品が多いと聞いたな。」
「そんなに世間を気にしているなら、変装してお忍びという形で行ってみましょうよ。」
「おしのび…うむ!いいだろう。早速準備をするぞニーナ!」
たかが外出の支度をするだけで、なにをそんなに張り切る必要があるか分からないけれど、とりあえず私はぱちぱちと拍手してやります。
まあ久々の外出とあれば浮き足だつのも当然でしょう。
こういうのは出だしが肝心なのです。
「ニーナ、そこの黒い荷物を取ってくれたまえ。」
「——これですか?」
ロア様の指さす先には、ちょうど私の足元に、積み上げていた本の傍らに投げうってあった包みがありました。
拾ってそれを手渡すと——ロア様は、ばさりとマントを派手に纏い、すちゃりと何かを顔面に装着しました。
ロア様の顔を覆ったのは、ガスマスク。体を包み込むのは、真っ黒なローブ。
こんな姿、あきらかに不審者です。
今時の暗黒魔術師でさえ、こんな格好はしません。
ドン引きする私に、彼はしれっと言いました。
「よし!いざ、参るぞニーナ!!」
「……まさか、そんな格好で祭りに行く気ですか?」
——想定外でした。
彼は、この上なく外の世界に警戒を抱いているようです。
「うむ!このマントは紫外線99%カットの高級品でな、月1の外出には欠かさないのだ。ちなみに通気性・吸収力も抜群、雨もはじくぞ!」
「……は、はあ。」
胸にあらぬ不安を抱えつつも——兎にも角にも、私は彼を外に出すことに成功したのです。




