4… 月白の都 エリーシャ
5日目の勧誘も無駄骨に終わり、流石に疲れたニーナは家へ帰ることにした。
紫色や水色の淡い光を放つ無数のクリスタルたちが、地上からまたは真横から、四方八方噴き出した洞窟の中枢部に、真上の天井だけがぽっかりと大きく裂け、そこから覗く夜空から差し込む月明かりを浴びてきらきらと輝く、それはそれは美しい町がある。
イレーニオスの中東、ウィストリア地方の大空洞にひっそりと潜む月白の都・エリーシャ——彼女の第二の故郷。
この地、ウィストリアの地表には多くの鉱物が含まれている。
特に洞窟内とエリーシャを覆う水晶石は、その鉱物—低密度の星力が凝縮し結晶化したものだ。いわば純正のテラ結晶体。
そんなものが溢れていることから聖なる地と呼ばれており、各国の人間が喉から手が出るくらい欲しがっている。それでもエリーシャが平和を保っているのは、どの国にも平等に慈悲を与えるという名のもと、大司祭様を中心に活動する白十字同盟に賛同しているが故。誰人も手出しはできない。
そういう意味合いでも、ここはまさに聖域だった。
◇
「あれっ、ニーナじゃないか。」
「——リオン。」
私を見つけるなり、親し気に声を掛けてきたのは、友人のリオンでした。
「久しい帰りだね。その様子じゃあ、見たところ例の冒険者は失敗かい?」
「ええ…残念ながら。」
友人の遠慮のない言葉に、私は伏目がちにため息をつきます。
深い葡萄色の髪に、木苺色の瞳を持つ彼はリオン・レギウスといって、私がここに来た時から世話してくれたレギウス一家の子息。年齢は14歳と私とあまり変わりないですが、彼もこう見えて優秀な魔導士です。
私たちは世間話をしながら、道なりに歩きます。
「ニーナがこっちに来て、結構経つよね。」
「―—そうね、もう半年は過ぎたわ。」
「もうさ、いったん諦めて、王立国教十字騎士団《クルセイダ―》に所属するのはどう?」
「……騎士団、ねえ…。」
王立国教十字騎士団《クルセイダ―》というのは、王都・オフィ―リア直属の大規模な騎士団です。オフィ―リアとエリーシャは平和調定を結んでおり、エリーシャ出身のヒーラーは有能な者が多く、出世する為にその殆どが騎士団へ所属します。
騎士は年齢が必要だけれど、魔導士と治療師はいつも人手不足な為、優秀な人材は
歳関係なく採用されます。
「確かに安定した収入も魅力的だけれども、私にはあいにく、不向きそうだわ。」
「なんでだい?そこで相棒とやらを見繕うのもアリだと思うんだけれど…。」
「そうね…それなりに腕は立つでしょうけれど、あそこの連中は大概パターンが決まってるわ。プライド高い者同士って片方が折れるとそりゃあ、後々の対応が面倒なのよ。お高くとまっている騎士共の鼻っつらをへし折るのはそれはそれで楽しそうだけれど。」
「ニーナ…君って、なんでそうひねくれてるかなあ。」
「そう?今の子供ってこのくらいナマイキなものよ。」
「自覚はあるんだね。」
「そう言うリオンこそ、騎士団に入ったらどう?貴方なら即採用じゃない。」
「うーん…。僕はあの大都市の公務員~って空気はなんか苦手なんだよねえ。どちらかというとルミエールに行きたいかな。」
そう言って、リオンは空を仰ぎます。
紺碧の夜空、遥か彼方には、空中都市グランパレスが浮かんでいます。こちらからは黒い点にしか見えません。
「ルミエールって、グランパレスにあると言われる古代司書館?」
「そうだよ。まあ並大抵の魔導士じゃあ試験をパスできないから、まずはそこそこの魔法学院を卒業しなきゃいけないけど…あそこで働くことが、僕の夢なんだ。」
「夢があるなんて——羨ましいわ。」
「君にだってあるじゃないか。元の世界に還りたいんだろう?」
「…私の願いは、目標であって夢ではないわ。」
——夢なんて、元の世界ですら描いたことなどないのだから。
小さくぽつりと呟いて、足がとまりました。
「おいニーナ、帰らないのか?」
「礼拝堂に寄ってから帰るわ。すぐに戻るから、お母様によろしく言っておいて頂戴。」
そう言って、私はリオンと別れました。
…
町中にあるたったひとつの礼拝堂は、規模は小さいものの、クリスタルを加工して造られた白い石壁とこの都の守り神を掲げたステンドグラスを中心とした内装は美しく人々はよく立ち寄ります。
空中都市グランパレスには見る者の心奪うと言われる、"波打つ月詠の大聖堂"と呼ばれるそれは立派な聖堂があると聞きますが、ここもそれなりに素敵だと私は思います。
礼拝堂の静粛で厳かな雰囲気は嫌いじゃありません。
膝をついてお祈りを捧げていると、ふと頭上に光が差しました。
後光をさして現れたのは、純白の絹を纏った美しい妙齢の女性。
肩から胸にかけて交差し身体に沿ったシルエットの一枚布を体に巻きつけ、金の紐を帯として使い着付けていて、銀のサークレットをはめた艶やかな金色の髪は、風もないのにたおやかにふわふらと揺らぎ、その聡明な顔立ちの蒼眼は静かに私を見据えています。
ステンドグラスに描かれた女神と特徴がまるで 相似しています。
思わずため息をついてしまう、神々しい御身の彼女は——
「——セレーネ様」
私が名を呼ぶと、彼女はにこりと微笑みました。
セレーネ様はこの地ウィストリアを守護する女神です。こうして、姿を見せてくれるのは一部の人間だけだと聞きました。異世界の人間が見れることは、滅多にないそうです。
「その様子だと、今回も失敗に終わってしまったようですね、ニーナ。」
「…はい、生憎。」
ぶすっと応えると、彼女はふっと笑います。
「そんな顔をしてはいけませんよ、たまたま運が悪かっただけなのですから。」
「そのたまたま、がいつまで続くというのでしょう…。どいつもこいつも、役立たずばっかりです。」
「ニーナ、旅を共にした仲間をそんな風に言ってはなりませんよ。」
私の不機嫌さを汲み取ってか、やんわりとたしなめます。
「でも最近、また新たな冒険者を見つけたんです。白き狼といって、その昔名を馳せた英雄だそうです。」
「白き狼…聞いたことがあります。その者が貴方の次の相方に?」
「いいえ、まだ本人の承諾を得ていないのですが…でも絶対、服従させてみせます。」
ぴしゃりと言い放つ私に、セレーネ様はやれやれとため息をつきます。
「ニーナ…貴方が開花した才能は素晴らしいです。この私が視えてしまうほどですから、貴方の能力は計り知れません。貴方が屈強な者と手を組めば、成せないことはあないでしょう。貴方のようにイレーニオスにやってきた人間たちは、その力を世界に貢献し、殆どの者が永住を求めました。貴方はその様に生きていく気はないのですね?」
「私は元の世界に戻りたいんです。例えそれがどんなに困難だとしても、私の世界はここじゃない。私の居場所は——ここじゃないわ。」
そう、どんなに人々に優しくされても。どんなに求められても。
私はこの世界にとどまる意味なんて、ない。
「そう…やはり、貴方の決意は揺らがないのですね。」
そう言って、セレーネ様は空を仰ぎます。
凛々と輝く青い星が一瞬きらりと流れ、セレーネ様は目を細めます。
銀のサークレットから垂れ下がった瑠璃色の宝石がきらりと光り、ぱあっと明るい閃光を放ちました。そして、セレーネ様の手元に何かが現れました。
中央に瑠璃色の宝石がはめ込まれた、花びらを象った銀色の髪飾り。
私の掌に納まったそれは、ステンドグラスから差し込む月光に反射して星のように煌めきを帯び、まるで雪の結晶にも見えます。
わりと大きめですが見た目と違ってかなり軽いです。
「——これを貴方に授けましょう。」
「これは…?」
「星謳いの紋章と呼ばれる、古より、冒険者にだけ授けてきた守護者の証です。」
「…ありがとうございます。」
顔には表さないものの、突然のプレゼントに、私の心は浮きだちました。
けれど優しく微笑む瞳の奥は、何もかも見透かしているようです。
「これを手に取ったということは、そろそろ貴方の命運が動き始めたということ。貴方がこの地を離れるのは寂しいですが…いつか貴方が再びこの地に戻った際、相方を私に紹介してくれることを祈っていますよ。——貴方に、星々の加護があらんことを。」
まるで伴侶を連れてくるような物言いをして、セレーネ様はすっと消えていきました。
…
帰路についた頃には、すっかり夜更けになってしまいました。
白い石壁で出来たレギウス家の扉を叩くと、見慣れた婦人が顔を輝かせて私を抱きしめました。
「ああ、ようやく帰ってきたのね!もう、心配したんだから。」
「ごめんなさい。少し、セレーネ様と話していたの。」
いくら冒険者の端くれとは言え、年頃の女の子の帰りが遅いとあって、出迎えてくれたリオンの母君はとても心配していました。
「晩御飯用意してあるけれど、食べるかしら?」
「ありがとう——でも疲れたので、今日は眠ります。」
そう言って二階に向かいました。
私はレギウス家の二階にある、客人専用の部屋を私室として使わせてもらっています。レギウス家のご主人、リオンの父君はグランパレスに単身赴任中で今は私とリオン、母君のクレアさんと使用人の方々数人しか住んでいません。
部屋に戻ると、ふわりと花の香りが漂います。
私が帰らない間でも、いつもクレアさんは窓際の花を変えて待ってくれています。
ベッドを目の前にした途端、ぷつりと糸が切れたように私はぼふりとうつ伏せになりました。その拍子に、懐から星謳いの紋章がベッドに転がり落ちます。
星謳いの紋章——司祭様が言っていた、異世界の者が持つと言われる、使徒の証。
星謳いの紋章を手にした冒険者は、十二神を恩恵を賜る為に各地を点々と周り、祈りを捧げる。十二神とは、この世界を創造したといわれる偉大な十二の神々のことです。
すべての世界を周り、星々の使徒として認められれば、どんな願いも叶うと言われています。夢物語のようだけれど、私はこれにすがるしかありません。
私は星謳いの紋章を手に取り、窓の外を仰ぎました。
夜空はラベンダーのヴェールを被り、青白い星々が幾多も瞬いています。
この星空を、あの人は何年も見ていないのでしょう。
ロア様の瞳はセレーネ様の瞳によく似て、まるでこの星空のように蒼く澄んでいました。
目を閉じれば、瞼の裏にまで焼きついている瑠璃色の瞳。
あの瞳に、この空を映していないなんて——なんて勿体ないことでしょうか。
「明日こそきっと、外へ連れ出してみせます。」
胸元できゅっと星謳いの紋章を握りしめて決意を呟くと、やがて眠りました。
私は、私でも気づかない内に、いつの間にか目的がすり替わっていました。




