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ソキウス-Little Healer-  作者: 紗雪 渉
第一章:ソロ・ヒーラー
3/17

3… 紫の閃光

ロア・コフィンを勧誘して約5日目。

 ニーナはロアの自宅(?)に向かわず、彼女はまたクヴァルムに寄っていた。

 彼を勧誘してそろそろ一週間が経とうとしている。

 あの手この手を使っても、一歩も出ようとしないロアにさすがの彼女もしびれを切らしていた。


 いくらかの英雄でも、所詮人間。

 嫌だとごねるあんな子供みたいな人を頼るなんて、私はやっぱりどうかしている。

 やはり他をあたろう——と。


 そう半ば諦めた思いで、彼女は酒場に向かっていた。

 すると、店前で大きな影二人と小さな影二人が何かを言い争っていた。


「なんでだよっ!!おまえたち冒険者なんだろっ?!」

「だぁーからあー。俺たちは暇じゃないっての!」

「頼むから、今日だけでもゴエイしてくれよっ!マモノがほんとにきたら、おまつりが台無しになっちゃうんだ!」


 へらへらと外で酒を呑む冒険者と突っかかる子供たち。

 ひとりはスキンヘッド頭に、ひとりは栗色の茶髪。

 埃を被った麻のマントはそれなりの経験を示していたが、どちらも人相が良いとは言えず、ガタイがいいだけのだらしないおそらく冒険者組。


 あまりよくない空気だが、子供を邪険にしているだけで行き交う大人たちは特別目にかけようとしていなかった。

 それもそのはず。

 今の時代、冒険者というのはああいった"如何にも"なガサツな輩が多く、あまりいい目で見られていない。それはニーナたち良心的な冒険者には迷惑な話であった。


 その二人に、なぜか幼い男女の子供たちは食って掛かっていた。

 顔立ちからして、おそらく兄弟だろう。


「そうそう。冒険者様は忙しいのー。」

「そういって、酒ばっかり飲んでるじゃないかっ…!」

「ちっ…うるせーガキだなっ…!」

「うわあっ!!」

「お、おにいちゃん!!」


 ——あろうことか、スキンヘッドの冒険者は幼い子供相手に、殴ってみせた。

 その上ふざけてか本気か、短髪の男も腰脇の武器に手を添える。

 そんな光景を見て、黙っておける筈もなかった。


「…おやめなさいな。」


 ニーナはすっと子供たちの目の前に立ちはだかる。


「相手は子供ですよ。その子供相手に刃先を向けるのですか?」

「なんだおまえ…へっ、俺とやろうってのかよ。ガキの癖によぉ」


 スキンヘッドの男が背中に手を掲げる。ニーナはすぐ気づく。

 男の背には大きな斧。白い太陽を受け、鋭利な刃先が白く光っていた。


「いいえ、私は冒険者ですが、貴方と闘う気はありません。剣を納めてください。」

「はあ?おまえみたいなひょろいやつが冒険者だと?」


 スキンヘッドの男は相方と顔を合わせ、へらへらと笑いはじめる。

 目配せを受けた短髪の男が、まず前に出てくる。

 じりじりと間合いを詰めようとするあたり、あくまで手を合わせたいらしい。


 これだから感情の起伏が激しい連中は嫌いなのだと、ニーナは不堪な表情を浮かべる。彼らのような者が蔓延る世の中になってしまったから、冒険者は今や全てが荒らくれ者だと思われるのだ。


「仕方ありませんね…。」


 ニーナはため息をつくと、背中から杖を取り出し、構える。

 頭に青い宝石を掲げた、"聖なる白木"と呼ばれる大木、月桂樹を削ってできた長い杖。

 それはエリーシャにて授かった中級治療術士向けの正式なロッドであった。

 立派ではないがそこそこの階級を示す武器。


 だが相手はそんなものを見てもさして驚きはしない。

 詠唱時間が掛かる術士より、戦士や剣士のほうが有利であるからだ。


『 ——我が内なる 星の霊体アストラルよ、我が声を聴け

  誓うは光の神ディアス 与えるは慈悲 我を守りし者は星々の使徒たちルミナス 』


 相手がこちらに襲い掛かってくる前に、彼女は詠唱をはじめる。


『n』―― 『光』を意味する魔法文字ルーンであり、冒頭で現れたことは術者の聖属性もとい主要魔法を意味する。

 続いて魔法文字の羅列が空中に刻まれると、それは途端に術者の周囲を廻りだす。


 だが相手もそれを待つ筈もない。

 間合いを図った彼は地を踏みしめ、突進してきた。

 ほぼ同時に、文字は回転しながら地に降りて、彼女の真下に円形の陣を張った。

 白い魔法陣は回転をしながら、その円線と文字から眩しく蒼白い光線を放つ。

 そして——


「ガキが冒険者様に向かって、生意気なんだよ!!」

『天より着たれし 聖なる光よ 我を抱擁せし壁となれ——白銀の守護セイクレッド・シールド!!』


 ——ばちん!!

 ほぼ同時に、寸でのところで防御魔法が発動する。

 男の刃先は突然張られた魔法障壁に触れ、短髪の男はやや後ろへ跳ね返された。

 ニーナを覆うのは白い円形の一時的な魔法障壁。彼女の詠唱は間に合った。

 

「ちっ…こいつ、治療術士ヒーラーか。」


 攻撃は直接あたらなかったものの、少しばかり足を掠めた刃先はニーナの白い肌に浅く広い切り傷を作った。

 だが後退した男はひるむことなく、再び剣を構える。


「へ、だからなんだってんだ。たかが治療術士ヒーラーひとりが剣士に歯向かって勝てるわけねえだろ!!」


 彼らの言うとおりだった。詠唱は遮断されてしまえばそこで終わる。

 そして盾となる護衛がいない彼女には詠唱を遮断されるスキがある。


「自分の身しか守れねえお嬢ちゃんは、大人しくすっこんでな!!」


 男は再び、ニーナに素早く襲い掛かった。

 だがニーナはたじろうことない。


 ニーナの足元に降り立った、淡い白の魔法陣は回転をしながら、その円線と文字から再び眩しい光線を放つ。前提詠唱もなく、杖に再び光を灯し——


『愚かな汝らに裁きを与えん——放て、聖なる光矢ホーリーアロー!!』


 男がさらに振りかざした刹那——彼女は迅速に攻撃魔法を詠唱してのけた。

 ニーナの手から放たれた、眩しい光線は彼ら二人に目がけてヒットする。

 それは聖属性の初級白魔術。

 だが放たれた矢は本来の白ではなく紫を帯びていた。


「ぐあっ!!」


 油断していた男は、見事に腹部に打撃を受け、数メートル後ろに吹っ飛ばされる。

 がらがしゃん!と派手な音をたてて瓦礫にみっともなく埋まった男を見て、男は唖然とする。


「——なっ…!?」

『放て、聖なる光矢ホーリーアロー!!』


 そして棒立ちする男にも続けて紫色の矢は放たれる。

 この場合、光矢アローというより電弾ボルトに近い。


「ぐっ…!く、そ…なんだこれ…」

「体が…動かないだと…!?痺れてやがるっ…」

「こんなの白魔術じゃねえ、おまえ一体——」


 受けてしまった二人はその場から動けないでいた。

 中級白魔術の攻撃魔法とはまるで違う効果が二人を襲っていた。

 二人の全身にばちばちと迸るのは、紫の電流。

 彼らの身体は激しい痛みにより麻痺していた。


「ぐ…あう…なんだよ、これ…!?」


 やれやれ、と息をついて彼女は嘲笑う。


「やはり——たいしたことないですね。貴方たちのような脳筋はつくづく見飽きました。」


 戦闘の反動でフードが剥がれ、ニーナの姿がふわりと露わになってしまう。

 隠していた白髪と紫眼を目の当たりにするなり、彼らはぎょっと顔色を変えた。

 

「こいつ…もしかして、あの混血まがいの治癒術士じゃないか…!?」

「なにっ!?最年少で神殿の試験をパスした、イレーニオス最恐と言われるあの…。"紫の閃光"か!?」


 ——そう、かくいうニーナにも二つ名はあったのだ。


 イレーニオスには想像通り、といっては身も蓋もないが——テラという魔力源とそれを用いた魔術いうものが存在する。


 魔力、正しくは星の力。この地上—惑星の恩恵、天高く輝く星の恩恵。

 それらを総じて人々は魔術の源となる力をテラと呼ぶ。

 

 地上、空、水、碧——イレーニオス全域の自然から放出され、大気中を漂う微量の星力テラを体内に取り入れて、精神と統合し、体内を循環させ自身の力を活性化、増幅させる。しかし素早さ、体力、魔力、知力など特化できるステータスには本来の能力が関係し、個人差がある。生まれ持った才能センス、いわば属性が要となる。

 彼女は治癒術士としての聖属性——そして雷属性を持ち併せていた。


 その為、本来の魔術とは異なり、他属性の影響を持って発動する魔術がある。

 それ故彼女は"紫の閃光"と恐れられていた。


 稀に見ない、多種混合型の属性の持ち主のひとり——それがニーナ。


 引き攣った表情で、彼らは白髪紫眼の彼女を仰ぐ。


「確かグランパレスの大司祭のお墨付きだろ?騎士団の人間に手を出したら何されるか——」


 じろり、とニーナは彼らを一瞥する。

 

「——まだやる気ですか、おふたりとも。」


その口元は、笑っていた。

その瞳は、笑っていなかった。


「ひいいっ!!!」

「…きっ、ききき今日は勘弁してやるっ!!も、もう俺たちに構うなよ、ガキどもっつ!!!」


 大人げなく狼狽えて、冒険者たちはその場を去っていった。

 逃げ惑う後姿を見て、ニーナはふうとため息をついた。

 ふと気づくと、子供たちは自分をじっと見つめていた。

 周囲の人間に悟られないように、彼女はさっとフードを被りなおす。

 ちらと子供をみると、足許には痛々しい傷跡ができているのに気付く。

 ニーナが屈むと、子供は少し警戒した様子を見せた。


「……大丈夫。治すだけですから。」


 そういって、彼女が手をかざすと、


「煌めく活力を彼の者に与えん——"リカバリー"」


 少年の膝を輝かしい光が包み込み、すっとその怪我を消した。


「わあ…スゴイ!!しろまほうだっ!」

「あ、ありがとう…エルフのおねえちゃん…!!」

「いいえ、礼には及びません。」

「ねえ、おねえちゃんって、最近マモノのドークツにいりびたってるっている変わり者?」

「そうですね…否定はしません。少々手こずっている用事がありまして。」

「ふうん…?あっ…おねえちゃんも怪我してるよ!」

「——ご心配なさらず。治癒術士は自己回復はいくらでもできます。これくらいどうってことはありません。」


 自分の頬から出てきた血を拭いながら、ニーナは言う。


「ねえ、おねえちゃんって冒険者なの?」

「ええ、そうですね。」

「じゃ、じゃあゴエイしてくれる!?」

「護衛…?先程彼らに頼んでいたこととはそれですか。」

「うん!最近、外に見かけないマモノがいて、みんな不安なんだ。僕らじゃどうにもできないし、だからボーケンシャにっ…」

「ごめんなさい——私は、ただの…治癒術士ヒーラーです。あの程度の厄介払いはできても、闘うことはできないのです。」


 私は所詮、治癒術士ヒーラー。

 回復はできても、戦闘はできない。

 基礎的な戦闘魔法は使えても、上級魔法を扱うにはレベル上げ。

 レベル上げには経験を。経験を積むには冒険を。 

 それは到底ひとりではかなわない。

 誰かが手助けしてくれないと――私はいつまでも元の世界へ帰れない。


「そ、そっか…。」


 子供たちは落胆した様子をみせる。


「―—ごめんなさい。申し訳ないけど、他の人をあたってくださいね。」」


 ニーナは子供たちを撫でると、その場を離れた。

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