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ソキウス-Little Healer-  作者: 紗雪 渉
第一章:ソロ・ヒーラー
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2… 英雄を探して

 町を南の方角へ出て、なだらかな傾斜面を登ると、道は二手に分かれました。ひとつはそのまま平坦な道をまっすぐと、もうひとつの、歩くにしてはなかなか険しそうな、けもの道は鬱蒼とした森へ続いています。私は躊躇うことなく森へ入っていきます。


 ——森の中は静かでした。静かで、とても穏やかな世界。

 踏みしめる地面には黄色や薄紅の野花が咲き、高い木々の間からやや斜めに降り注ぐ幾多の日差しは、きらきらと光の柱をつくっています。


 途中、足元をラフランと呼ばれる兎によく似た魔物たちが駆けていきます。彼らは害はありませんが、森や草原で冒険者を見かけるとじっとこちらの様子を伺います。私はいつか撫でてみたいのですが、警戒心の強い彼らはなかなかすばしっこいのです。

 

 しばらく歩いて、けもの道は途切れはじめました。

 きょろきょろと辺りを見渡すと、大きな木の下に、ぽっかりと空洞がみえました。


 私は恐る恐る洞窟のへ入っていきます。ありがたいことに、洞窟の中は魔物の寝床だっただけあって、一本道でした。こんな大きな穴を根城にしていた魔物を追い出すなんて、容易ではないことを悟ります。洞窟内にはやはり魔物の気配はしませんが、それでも注意深く、慎重にすすんでいきます。

 そしてようやく、洞窟の奥でうっすらと露わになったのは、灯りに照らされた薄暗いむき出しの部屋。


 ブツブツと本と会話している、フード姿の男性が、蝋燭の炎が揺れる薄明りの下に独りいました。


 私は、ふと童話「ピノキオ」を思い出しました。

 その姿はまるで鯨の中で何年も暮らしていた、ジペット爺さんを思わせます。 


「ああ…でも…これはちょっと……」


 フード姿の男性は、なにやら本に向かって独りごとを呟いていました。

 この根暗そうな方が——おそらく、かの英雄、白き狼ことロア・コフィン様でしょう。若干イメージとは異なっていました。元勇者、というより今は賢人のようです。私は勇気を出して、声を掛けてみます。


「——あの、もしもし。」

「…やっぱり、調合するか…でも焦っちゃうし、なるべくゴリ押しがいいんだよな」

「あの……ロア様」

「よし、分かったぞ!!」


 私の声に気づかず、なにかを閃いたような彼は、勢いよく立ち上がって、あろうことか、いそいそとテレビゲームをはじめました。

 私の見間違えでなければ——どう見ても彼がいじっているのはスーファミ、ぼんやりと薄明りを照らすのはブラウン管の画面。なぜ、この世界にゲーム機とテレビがあるのでしょう…?よく見ると、放り出された本も魔導書ではなくただの攻略本です。


「あの……。」

「ああっ!今いいとこなんだから、僕に声掛けないで!」

「……は、はい。」


 脇見もふらずに集中したい気持ちはよくわかります。

 私は後ろでしばらく彼がラスボスをクリアするまで待つことにしました。


「よっし!やっとクリアできた!!!」

「ふむ…なかなかの手さばきですね、さすが元勇者」

「そうだろう、そうだろう!?——って…え?」


 どや顔でふんぞり返った彼は、反射的に返事をするも、一瞬で我にかえります。

 彼はくるりと振り返り、驚きの声をあげました。


「き、きみ誰だい?いつの間にここへ・・・というか、なぜ入れた!?」


 長い前髪と、垂れ下がったフードで表情は視えませんが、きっと目をまるくしていることでしょう。彼は全くと言っていいほど、私の存在どころか結界を破られたことすら、気付いていなかったのだから。


「辿り着くのには少々時間が掛かりました。」

「ま、まさか…君みたいな子供が…一体、どうやって…ここいらの村の子供たちは、否大人ですら近寄らないというのに…っ」


 しどろもどろに狼狽えるロア様に、まずは私は挨拶をすることにします。


「私はニーナ。お初にお目にかかります、ロア様。私は村の子供ではありません、こう見ても冒険者です。」

「冒険者…?」

「私には、貴方が必要なのです、ロア様——いえ、白き狼——」


 私がかの有名な二つ名で呼んだ途端、彼は一気に青ざめ——


「いやあああその名で呼ばないでくれえっ!!」


 絶叫した。洞窟に彼の悲痛な声がわんわんと響きわたる。

 ロア様はがっくしと地面に手をつくと、なにやらブツブツと嘆きはじめました。


「あ、あの…——ロア様…?」

「今思い出しても恥ずかしい。——そう、あれは若かりし頃の話だ。当時の僕は魔物の討伐に明け暮れていた。ある巨大な狼を狩った時、感謝され名を尋ねられた僕は、肩に掲げた獣の皮を誇らしげに抱え、冗談で応えたのが始まり…それ以来、人々は僕を白き狼などと称えるようになってしまった…!」

「つまり、後悔しているんですね…」


 彼はくるりと勢いよく振りむき、私にずいと顔を近づけた。


「そうだ!!その名はもう、過去の栄光と共に捨てたんだ…!お願いだからその名で私を呼ばないでくれ給え!」

「わ、わかりました…。」


 おどろおどろしい気迫に私は少し後ずさりする。

 二つ名なんて、イレーニオスではありふれた風習なのにこんなに後悔した様子を見せるなんて、よっぽど過去に恥ずかしい思い出でもあるのでしょう。確かに、元の世界でもそんな名で呼ばれたら中二病扱いです。


 私はロア様をなだめて、身分証明をしたあとに事のありきを話はじめました。


「そうか…君は異世界からやってきたんだね。」

「はい。元の世界へ戻るには、私ひとりでは旅はできないのです。」

「相方になる者は皆ひ弱な冒険者ばかりで話にならない、だから僕に同行してほしい、と。」

「はい。」

「……すまない。悪いけれど、僕はもう引退したんだ。君に協力はできないよ。」


 少しの沈黙をやぶって、ロア様の口から出たのは拒否でした。


「…なぜですか?」

「——僕はもう二度と、剣は握らず、世界を渡ろうともしないと決めた。君には悪いけれど、諦めて大人しく帰ってくれ——うわっ、なにするんだよ!」

「やっぱり…貴方——」


 そう、私は隠居した英雄と話を聞いて、彼はてっきり熟練のそこそこ老いた剣術士を想像していたのに。フードを剥がした彼は…あまりにも若い見目。


 艶やかな黒い髪色。皺ひとつない、真珠のように白い肌。

 そして—長い前髪の下から覗く、透きとおった瑠璃色の瞳。 

 けれども私を怪訝そうに見下ろす、宝石のように蒼い瞳は、まるで闇い闇を抱えているように、その瞳に深い影を落としていました。


「…そんなにお若いのに、なぜ引退したんですか?」

「僕の逸話は知っているかい?」

「少しだけですが…」

「敵を倒したのは本当さ。だが、死んだのは魔物だけじゃない。——僕は、僕以外の仲間を全滅させたんだよ。」


 ロア様の言葉は、震えています。


「その若さ故が過ちでね。結局僕には周りが見えていなかった。人は僕を称え、多大な富と名声を手に入れた。亡くなった仲間のことはすぐに忘れられ、僕だけがそれを与えられた。」


 自らを嘲笑うようにふっと哀しい笑みを浮かべると、


「大事な仲間も守れ無かった僕には、もう誰も守る力なんてないんだ。」


 静かに呟きました。

 けれど、私が彼に向けて出た言葉は——


「……ヘタレ」

「んなっ!?」


 同情でもなく軽蔑でした。ある意味哀れみ。


「呆れました、貴方のような人がそんなことでうじうじする人だったとは。実に情けない。」

「なっ…情けない!?ぼっ、僕を侮辱する気か!?」

「ええ、情けないことこの上ないです。ヘタレ、ひきこもり、ニート。」

「うっ…ううっ…!」

「まあでも兎にも角にも、貴方は私の相方になっていただきます。」

「そんな勝手な——」

「そう、私は勝手です。貴方が頷くまで私は貴方を諦めません。」

「もしかして、ここに居座る気かい?」

「…いたいけな少女を寝泊りさせるおつもりで?破廉恥なのはどっちですか。」

「ちっ、違——!!」

「…ここはあまりにも暮らしにくそうなので、おいとまするとします。また明日伺いましょう。」

「覚えておいてくださいね、私は決めたことは必ずやり遂げる主義です。」

「―—それではまた明日。お邪魔しました、引きこもりの元・英雄さん」



「なぜ…この世界にいてRPGをする必要が?」

「そりゃあ、気分だけでも味わいたいのさ。」

「…やっぱり、冒険はしたいんじゃないですか。」

「―—ギク。」


 話を聞いたところ、彼は今までの報酬金や賞金を資金にしてニート生活を送っていたようです。私はここに来ては、彼のゲーム攻略に付き合っています。


「ニーナ、君はなぜ一緒に遊んでくれるんだ…?僕をスカウトするんじゃなかったのか」

「まずは相手の懐に入ってからじわじわと攻める算段です。」

「それ言ってしまうんだね…というか、君は本当に12歳かい?」


 ニーナは元英雄と一緒にいて、わかったことがふたつあります。

 ひとつは彼はヘタレということ。ふたつめは、彼はまだ探求心があるということ。


 なにかを追い求める精神はとても大事です。

 世界を知りたいという気持ちは、冒険心を掻き立て、そして世界を知るごとに感銘を受けた思いはやがて成長し、世界の為になにかできないか、という衝動に駆られます。


 けれども彼はきっと、仲間を殺してしまった罪悪感から、それを素直に解放できないのでしょう。


「ひきこもるならなぜこんな場所に?わざわざ魔物を追い出さなくても、家でも建てればよかったじゃないですか。お金ならあるんでしょう?」

「それは…」

「——家なんて建てたら、何かあればすぐに住民が駆けつけて来てしまうだろう?

 僕はもう旅もしないし、魔物も人も斬らない。つまり人助けはしないと決めたんだ。こんなキケンな場所なら、誰も飛び込んでこないと思った。だからここへ住むことを決めたんだ。まあ…どうしてもと求められたら…僕は助けてやらないわけでもないが…」


 ごにょごにょと言いながら、照れ隠しをしています。

 この人…ただ自己陶酔したいだけなのでしょうか。

 ——いえ、けれども——きっと、彼は善人には変わりありません。


「貴方は、根が優しすぎるのです。」

「——ん?なにか言ったか?」

「……いいえ。また、明日来ますね。おやすみなさい、ひきこもりのロア様。」

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