3… 黒狐の半獣魔導士
「おお!これはなかなか便利なモノだな!」
「そうじゃろう!そうじゃろう!おぬしなかなか目の付け所がよいのう!」
……私が占い師に声を掛けられ目を離したスキに。
ロア様は不気味な人形を片手に楽し気に商人と話していました。
しかもどう見ても妖しい商人に捕まっています。全身は黒づくめのローブ、並べられた品は紫や赤色の液体が入った髑髏マークの入った瓶だらけ。カウンター上の小ぶりな窯にはぐつぐつと異様なにおいを漂わせています。似たような怪しいお店はいくつかありますが、このお店はさらに小ぶりで、テントの作りも大雑把というか、安っぽいというか…。
「あっ!ニーナ!見ておくれこの人形!自分にかけられる災難を受け止めてくれるそうだ。」
「そんな釘が刺さったぼろぼろの人形、呪いの人形にしか見えませんが」
まあ数週間前に比べたら、こうして商人と気軽に話せるようになることは立派な成長なのですが――私は安易に買い物しないように、それとなくすっぱり諭します。
「ロア様…どうみても、このお店も商品も全て、胡散臭いじゃないですか。」
「まあまあ!おツレの方もそう言わずに見ていっておくれな。」
そう私にも声をかける店主の声はかなり若そうな声ですが、随分と年寄りのような喋り方をしています。
「いえ、私は結構です。ほらロア様もそろそろ行きますよ。ここに十二神像はなさそうです。」
「ああっ…そんなもうちょっとだけ見せてくれ!」
「ま、待て…!ならばこれはどうじゃ?儂のイチオシ商品、コポリ族のぬいぐるみじゃ!」
私がロア様の背中を押し去ろうとすると、店主は必死な声で引き留めます。
さっと差し出されたのは、長いたれ耳のウサギのぬいぐるみ。
わざとなのかツギハギだらけのパッチワークで、目らしき部分はボタン、口はバツ印の紐で出来ています。
ロア様はやや訝しげに首を傾けました。
「こ、これは……どこの魔獣だ?」
「ななっ!なにをいう!どう見ても愛くるしい猫であろう!」
「うーむ……僕には疲れ切ったウサギにしか見えないな…。」
「しっ失礼な‼」
「あはは、こんなものはニーナはきっと興味ないだろ……」
ロア様がそう言いますが――私の目はきらきらと輝いていました。
「―—いくらですか?」
「買うんかい‼」
「ロア様がですよ。」
「えっ僕が払うの⁉」
「こういう場面では男性がスムーズに奢るべきですよ、紳士さはどこへいきました?」
「いやいや僕ら絶賛金欠中じゃないか!」
「―—で、主人。これはいくらですか?」
「華麗なるスルー…」
「えーっとね、一個で7800クルトかな」
「およそ金貨一枚分…」
私がぽつりとつぶやき、同時に
「「たっか!」」
いつも表情が変わらない私も、この時ばかりは思わず同時に叫んでしまいました。
「失礼ですがこのクオリティを正規品としてその値段で売りつけるとは客を舐めてるとしか……。」
「さ、先まで興味津々だったじゃろ!」
「値段によりけりです。」
私たちが狭い路地のちっぽけな店前で、ぎゃあぎゃあと騒いでいると――
「相変わらず下手な商売してんな、クロノワさんよお」
後ろに人相がよろしくない殿方が約二名。
「商品を買うなら並んでもらわんと困るのう。大人の癖に礼儀を知らんとわ。」
店主の声は、落ち着いているものの感情のない声になっていました。
「けっ、なーにが商品だ。ろくなモン売ってねえくせによ。」
「なんだ主ら。客人の前でいちゃもんつけるきかえ」
絡まれた店主と、男たちの間に緊迫した空気が漂います。
「君たち!割り込みはよくないぞ!今は我々が買い物の最中だというのに!」
「……ですから、私たちは金がありませんって。」
弱冠空気が読めていない相方は、ぷりぷりと拳を揮って、正論を子供みたいに言いました。
そんなロア様を鼻で笑い、
「違うね、俺らは徴収しにきたのさ。」
「おまえさんのババアは商会に入ってるが、裏通りはまた別だ。俺たちの組合に入ってなくてもちゃんと見かじめ料払ってもらうぜ。」
男たちはニヤニヤと下衆な笑みを浮かべます。つまりは、ここに店を出している以上、ちょっとお金をよこせって話ですね。
「ふん…!だーれが主らなんぞに払うか!」
しかし彼らの脅しに怯えるどころか、店主はぷいと顔を背けます。途端、男たちの顔がみるみる険しくなっていきます。
「なんだと⁉誰のおかげで商売できると思ってやがる‼」
「貴様らのボスが裏路地を仕切ろうが、儂には関係のないことじゃ。」
黒づくめの店主は微動だにしません。姿は見えませんが、その背丈と声からしておそらく少女のそれです。
「お、おい…これは止めたほうがいいんじゃなかろうか…」
「なんですかロア様。貴方が彼らの間に割って止めるとでも?」
「そっそれは…」
「できないというなら、のこのこ無暗に立ち入らないのがお利口さんというものです。」
「うっ……それは、そうだが…」
「旅人には旅人の、商人には商人の世界があります。郷に入っては郷に従え、です。それができないというなら衝突は免れません、彼女のように。」
私は続けます。多分、安直に手助けを考えたロア様に少し苛立ったのでしょう。
「抗うなら相当の覚悟を持ってください。それがないなら大人しく傍観者の一人になることです。」
私の言葉に、ロア様は一瞬目を見開いたような気がします。
私たちが傍観しているうちに、両者の件かはヒートアップしていました。
「てめえ、払うモン払わねえとどうなるか分かってんだろうな⁉」
「ほう…貴様ら、この儂に喧嘩を売るかえ。——よかろう。」
——ばさり、とローブを脱ぎ捨て、露わになった店主の容姿に私たちは唖然としました。
ツインテールに結われた鮮やかな赤紫の髪、その頭部に生えているのは、正面を向いた縦長三角の黒いとんがり耳。
先端が白い、もふもふの長くて太い尻尾は耳と同じ艶やかな黒い毛並みで、小さなお尻から生えたそれは上下に揺れています。
ボレロのような黒いショートクロークを着て、その下には白いブラウスと、黒いショートパンツからすらっと伸びた脚は、ニーハイとブーツを履いています。
そして腰を締める太いベルトには複数の瓶たちと後ろ部分には複数のポーチが下げられており、右腰脇には大きな魔導書が。
さらに赤いリボンがついた可愛らしい黒い手袋をはめた手には、その小柄な身長にそぐわないガーネットをはめ込んだ禍々しく柄が長いロッドが握られています。
対面した男たちに引け目もとらず、やや釣り目のくりくりした大きな木苺色の瞳で好戦的な眼差しを送る、半獣人の黒魔術師。
その姿に私とロア様は目を見張りました。
「ローゼンレーヌきっての天才魔導士――このビビ・クロノワ様が相手じゃ!」
ビビ――フードをとっても黒づくめの魔術士は堂々とした面持ちで彼らに向かって言い放ちました。
「お、喧嘩か!」
「なんだなんだ?」
「商人ギルドと魔女の弟子の喧嘩だってよ!」
「いいぞいいぞ、やっちまいな!」
「アタシは狐の嬢ちゃんにかけるよ!」
狭い路地の中は、徐々に彼女たちを取り囲む外野が沸きはじめ、辺りから声援が飛びます。
両者が戦闘態勢を構えたその時、
「こらッ!そこ、なにをしている!」
後ろから声が掛かりました。
かしゃかしゃと鉄がすり合う音が聞こえて、人ごみの向こうから傭兵が駆けつけてきます。
「―—うげっ。」
「ちっ、魔女のイヌか…。」
ビビと男たちが罰が悪い顔をすると、
「いやあ~こいつは憲兵団の皆さんじゃあないですか。こんな場所に来られるなんて、精が出ますねえ。」
くるりと振り返り、あからさまなお世辞を述べました。
「今は窃盗被害が多いからな、厳重に監視している。」
「ああ、例の花泥棒の件ですね。そりゃあご苦労さんです。」
「ところで今なにをしていた。喧嘩沙汰だったようだが。」
「そこのお嬢さんから、ショバ代をぼったくろうとしていました。」
私の言葉に、憲兵の男はじろりと男たちを一瞥し、彼らは狼狽えます。
「いやいやまさか…やだなぁ、そんなことしませんよ。」
たはは、と愛想笑いを浮かべると、
「しゃあねえ、今日は見逃してやるが…このケジメは倍額できっちりつけてもらうからな。」
小声でビビに向かってそう言うと、彼らはそそくさと立ち去りました。
「だーれがアンタらなんかに一文も払うもんか!」
べーっと舌をつきだしたビビに、
「こんな狭い場所で火なんて使ったらどうなるか分かるだろう、クロノア。おまえもあまり派手な動きをするなよ。ただでさえ疑いが掛けられてるんだからな。」
顔見知りなのか憲兵はぴしゃりと咎めて、その場を去っていきました。
ビビは少し不服そうな顔を一瞬見せましたが、私たちにくるりと向き直ると、
「いやーおぬしらのおかげで助かったゾ。礼を言う、儂はビビと申す。コポリ族のビビ・クロノワじゃ。」
「いいえ。私はニーナ、彼はロアです。」
「あんたたち、新顔だね。リモードには何しに来たの?」
「私たちは十二神像を探しにきたんです。」
「へえ、なんだってまたそんな古臭いものを―—」
言いかけたビビは私の頭を見てはっとしました。私の頭についている星色の髪飾りは星謳いの紋章といって、異世界の人間の証です。
「はえー!そりゃあもしかして星謳いの紋章…!もしかしてニーナは異世界から来たのか!」
こくりと私が頷くと、ビビは納得した様子で「十二神像の広場ならこの路地の真逆じゃよ」と言った。
「やはりロア様の案内は宛になりませんね…。」
「たははは……め、面目ない。」
「よし!そろそろ朝市も終わる時間だし、帰るついでに儂が案内してやろう!」
大きな木苺色の瞳はずいっと私に迫りました。ぱちぱちとしばたく瞳の中は、ケモノさながら瞳孔が開いていますが、まるでお花が咲いているような柄が入っていて、きらきらしています。
ビビの支度が済むと、尻尾揺れる彼女の背を案内に、十二神像へと向かいました。




