4…酒豪の狂戦士
「ニーナ!!これは何事だ!?」
「あのバカ、単身で魔物に突っ込んで行きやがったですよ。早く助太刀を!」
縄をほどきながらニーナは現状を説明する。
「このままだと私たちはあのバカ首領のせいで船もろとも海の藻屑です!」
ニーナに続いて、揺れる船内を掻い潜り、二人はデッキへ出た。
ロアとザックスの目に入ったのは、薄暗い暗雲の下、大荒れの海面から姿を現す巨大なイカの魔物と、強雨に打たれながら必死に抵抗するリオネル率いる手下たちの姿だった。
「うひゃあ…こりゃあ、海の主じゃねえか。俺でも食いきれそうにねえや」
ザックスがちらりと見たのは船と手下を掴む8本の触手だった。
手下たちは威勢のいい声と共にクラーケンに飛びかかるも、触手にあっけなく囚われ、水中に投げ出されては仲間に救われている。一瞬傷をつけたとこで、相手はどうとでもなさそうだった。そして、
「なるほど、どうりで晴れていても船を出さない人がいたわけだ。よかろう!!ニーナにしごかれた成果、今見せてや———っぷ……。」
「ロア様!?まさか———」
「うげええええ!!おっおえええええ!!!」
「あー……。」
またも船酔いに身を任せるロアであった。
ザックスの口から諦めの声が漏れる。
「ちっ……役立たずめ。」
と、ニーナは小声で毒をつく。
「天より着たれし 聖なる光よ 我らを抱擁せし壁となれ——白銀の守護、セイクレッド・シールド"」
戦闘準備を整え、ザックスとニーナは顔を見合わせる。
「仕方ないです。ヘタレは放っておいて、私たちでケリをつけましょう。」
「―—だな。」
頷いて、ザックスは前戦に加勢する。
手下の一人を掴んでいる触手を切ろうと大斧を両手にまず振りかぶる——
「はあああっ!!」
大斧は音もなく、白い肉片に深く食い込んでしまった。
吸盤が無数についたクラーケンの手はエラく固い。
彼の力を以てさえ、一度の振りかぶりで切り刻むことはできない。
「くっ……!」
上下に動かしてもびくともしない触手に苦戦していると、横から飛び出した触手はザックスを捉え——大きく後方へ薙ぎ払う。
「……ぐっ!!」
ザックスは背中を大きく打ちつけた。それを見たニーナはすかさず支援する。
「煌めく活力を我に与えん——"ヒーリング!"」
「くそっ……ただでさえ足がおぼつかないってのに、腕の一本も切れねえんじゃ手も出せねえぞっ……!」
苦戦する二人の姿を捉えるなり、リオネルは雨の中自棄に叫ぶ。
「手ぇ出すなっていってんだろ!!あいつは俺がやるんだ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ…っうわっ」
ぐ、ぎぎぎぎぎぎぎぎ。
船が再び南へ向かって大きく揺れた。
乗っている全員が揺れによって後退させられる。
直後、急に傾いたデッキ斜面を積み荷の大樽が転がっていく。
甲板に向かおうとしたザックスは、それを受けようとしていた。
「——ザックスさん!!」
ばきいっ!!!
寸でのところでザックスは背から斧を取り出し、樽を打ち破った。
「ふい~…あっぶねえ……。」
「だから引っ込んでろっていったろ!!足もおぼつかないてめえらが船上でできることなんざねえんだ!!」
そう言って、リオネルが再び構えたとき、ぐいと彼の身体を誰かが引っ張った。
——それは、先ほどまで吐いていたロアだった。
彼は雨に打たれたまま、真っ青な顔で低い声で呻る。
「——おまえの仲間も、ニーナもザックスも、今はおまえの船に乗ってるんだ、その意味が分からないか?」
「だから俺が…っ!!」
言って、リオネルはロアの瞳に息を飲む。
雷で一瞬照らされた彼の顔は、いつもの間抜けな彼ではなかった。
「——特攻しておまえが死ぬのは勝手だ…でもな、他のやつらをおまえの都合で、仲間を死なせるつもりか!!仲間はおまえに舵を任せてるんだよ!もっと周りを見て、リーダーとしての自覚を持て馬鹿野郎っ!」
「——…っ」
一瞬——自分に叱咤したロアは、かつての女帝を彷彿とさせた。
「俺、は……————うおっ!!」
「ッ!!リオ…っ!!」
突然伸びた触手は、リオネルの足元を掬った。
リオネルを掴もうとしたロアだが、吐き気の酷い彼はばたりとうつ伏せになる。
「ロア様!リオネルさん!!」
リオネルは宙ぶらりんになった状態で海上につり下げられた。
そして続いてまた触手は伸び、どごん!とデッキを突き破る。デッキには大きな裂け目が開き、中身の地下が丸見えになった。
続けて3本の触手はマストを掴む。
めきめきめき、と船が悲鳴を挙げはじめた。
クラーケンは船ごと海へ飲みこもうとしていた。
「このままだと沈みます!!」
「くそ…っ仕方ねえ…!」
何かを決意したザックスはリオネルに向かって叫ぶ。
「おいあんた!酒瓶は蔵にあるか!?できれば一番強いやつだ!」
「あるっちゃあるが…俺の持ってるウィスキーなら今ここに——」
「それでいい、よこせ!!」
リオネルが懐を探る。
宙から彼が投げた酒瓶をザックスは受け取るなり、蓋を開け一気に飲み干した。
彼の喉を、腕を、酒はどぶどぶ伝っていく。
「ちょっ、おま…アアアア!!!それ一番高い酒なんだぞ!!」
ザックスは口元をぐいと拭い、笑った。
「そう文句垂れるなって小僧———」
彼の声色が変わる。
その表情は獰猛な獣のように。
「―—倍返しで働いてやるからよ……!」
彼の瞳は、穏やかな海のような碧眼から荒々しい炎を凌駕する隻眼へと変わる——
その瞳は狂戦士のそれだった。
◇
ざああ、と彼の背中が騒めきだす。
空にいるリオネルでさえ、彼の変化に気づく。
「んな……っ!?」
エメラルドグリーンの瞳は、隻眼へと変わっていた。
ばきばき、とザックスの身体中から唸りが聞こえる。
それはただ体力の増幅というには足りない。体内の神経、骨が組み換わる音だ。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
ザックスは床を踏みしめ—その巨体を高く浮かせた。
ざしゅ!!!
綺麗に削ぎおとす音がして、リオネルは触手から解放された。
逃れたリオネルは無事デッキに着地する。彼の足元から遠くない距離に、白い肉片がうねうねとその身をくねらせている。切断された、クラーケンの四肢だった。
「ふん!!」
高い場所から着地した足元に、ヒビが入る。
ザックスは続けて声を挙げながら大斧を振りかざし。次々と四肢を切断していく。
マストを掴む腕、船員を掴む腕、そして自身に降りかかる四肢さえも。
「——すごい……。」
「なんて、こと……。」
まるで人が変わった彼の戦いぶりに皆が息を飲む。
船員もリオネルも、ロアもニーナもただ呆気に取られていた。
ザックスは彼の腕や脚などの身体を支える四肢、大柄な肉体全てがより頑強になっていた。
そしてなにより、彼自身の精神が凶暴化していた。
ロアは呟く。
「聞いたことがある……遥か北の国に住む戦闘民族——戦で士気を高める為に、酒を呑んだ途端、彼らは豹変し計り知れない凶暴な戦士になると――!」
ニーナは、回復することすら忘れていた。
否、それ以前に彼はそれを必要としていなかった。
回避力は低いが、防御力が高い。いくら攻撃を受けてもかすり程度で流しては、恐れもなく攻めていく。
ザックスの背中全身から発せられる気迫は、支援など無用という二文字が放っていたのだ。
しかし最期の一本を斬り捨てる直前に——彼の動きがぴたりと止まった。




