2… 海賊ギルド「深紅の爪」
翌朝、見事快晴になりました。
ロア様、ザックスさん、私たちは女将さんたちに見送られ無事出航したのです。
「綺麗ですね…。」
私は目の前に広がる大海原を見渡して感嘆の声を漏らします。
潮風が私の白銀の髪を撫でて、その心地よさに目を閉じて海の空気を大きく吸い上げました。
「ニーナはあまり海を見たのは初めてか。」
「ええ、だから胸がどきどきしています。海を渡るのってこんな気分なのですね。」
「ああ。これこそ冒険の醍醐味さ——まあ、それを苦手ってやつもいるけれど…」
「……ッうげえええ!!おええええ!!!!」
私たちが話している傍ら、ロア様は思い切り海に向かって吐いていました。
「……嗚呼、なんてだらしない様でしょう。」
「ぼっ…僕は元々船酔いするタチなんだっ…それに昨日酒を飲ん…っうえええ!!」
「二日酔いだってさ。まぁ、あれだけ飲んだんだ、無理もない」
「ザックスさんはロア様より倍に飲んだというのに、けろっとしていますね。」
「はっはっは、俺は酒強いからなあ。今まで逢ってきたやつのなかで、俺に付き合って翌日平気でいられたやつは見たことないかもな。」
「そ…それは凄いですね…。」
「——で、あんたたちの旅の目的ってなんなの?」
「そ、そういえば…僕も聞いてないぞ。」
胃の底から出し切ったのか、真っ青な顔でよろよろした足取りでロア様も尋ねる。
「ああ、それはですね…。」
私はお二人に軽く説明します。
星の紋章を手にした冒険者は、十二神を恩恵を賜る為に各地を点々と周り、祈りを捧げる。十二神とは、この世界を創造したといわれる偉大な十二の神々のことです。その為、各国地域によって信仰する宗教や種族は様々。
「もしかして、ニーナの頭についてる髪飾りが?」
「はい、そうです。セレーネ様から授かりました。」
「へえー俺、初めて見たよ。」
星の紋章は冒険者が授かるアイテム。召喚された地の神=守護神となるので、紋章の形や色は冒険者が降り立った場所によって異なります。エリーシャ出身の私の場合、中央の瑠璃色の宝石、つまりセレーネの恩恵を受けている証になります。
「——"十二の神 生まれし彼の地にて、紺碧の空いずる星々の使徒仰ぎ 明星向かいて星の紋章を掲げられたし。さすれば道は開けたり…。"」
ぽつりと呟いたロア様の髪を、さあと風が浚います。
「つまり四方八方に散らばる神々の祠に赴く為に旅をするってわけか。途方もない話だ…。——とんだ夢物語だと思っていたけど、実話だったとはね。」
ザックスさんは肩をすくめる。意外と博識なことに私は驚く。
「お二人とも随分と、お詳しいのですね。」
「そりゃあニーナより倍には生きてるからな。この手の話は幼い頃によく聞かされたものさ。冒険者サマの伝説、ってね。」
ふっと少し意地悪な表情を浮かべますが、私は反面塞ぎ込みます。
「ただ、これは使命ではないのです。セレーネ様は言っていました…異世界の者が必ずしもこの旅を宿命だと担う必要はない、と。人はそれぞれ生まれ持った宿命があって、生きる道は其々違うのだと。」
私の語りに、ザックスさんはふむ、と口元に手を添えます。
「異世界から降りた者は、ある者は王族になり、ある者は闇の魔術に溺れ、ある者は闘いに身を投じ散っていった。確かに、たくさんの逸話があるからな。」
「はい。けれど私は、元の世界へ帰りたいのです。」
「まあ、誰だって生まれ育った世界が一番さ。故郷を想う気持ちは分かるぜ」
「そういえば、ザックスさんはどちら出身なんですか?」
「んー俺は、ずうっと北だぜ。なんもない平凡な田舎の生まれさ。だが食べ物や景色、酒は最高に旨かった。こうして旅してても、すぐ懐かしくて帰りたくなっちまう。」
「へえ……それは、素敵な場所でしょうね。」
私たちが話し込んでいる間、ロア様は陰鬱な表情を浮かべました。
「生まれ持った宿命……か。決められてるのって、疲れないかな。」
「ロア…様?」
ふっと気づくと。
私たちの背後には、見知らぬ男たちが四方取り囲んでいました。
私たちの目は、警戒で鋭く細まります。
各々の手にはタガーやナイフといった鋭利な短剣。
その仲間の中に、昨晩、店の方に絡んだ方と同じ顔も伺えます。
そして、私たちを好意で乗せてくれたあのお二人も。
「こいつら、盗賊か…!!」
「へえー…なるほどね、そういうわけか。」
私の前方で、ザックスさんとロア様が背中に合わせます。
のんびりとした航海は途端にぴりっとした緊張が走り、物々しい雰囲気に包まれました。
そして、
「―—へえ、やっぱりそれ、星謳いの紋章なんだ?」
飄々とした声で、仲間内からつかつかと若い男が顔を見せました。
「俺の子分が随分お世話になったそうじゃないか。星謳いの紋章は俺たち"深紅の爪"が頂くぜ…!」」
紅い長髪の男は、白い歯を見せてにやりと笑いました。
足元は黒皮のブーツ。胸元や腕に煌めく派手な装飾品と、ほぼ半裸に近いベストのみの軽装。露出が多い服から覗く肌は浅黒く焼け、その腰脇の蛇皮のホルスターには銀色の二丁拳銃がきらりと光ります。
「"深紅の爪"——!?」
「ああ、しかもそこらの海賊と訳が違う。窃盗、襲撃、暴動……なんでもありの悪名高い海賊ギルドだ。巷じゃ知らない人間はいないぜ。」
「深紅…?あの葡萄酒のような髪色…琥珀の瞳…」
「どうした、ロア。」
「ロア様……?」
赤髪の男を見つめるロア様の様子がおかしい。
「まさか…リオネルか——?」
ロア様がその名を呼ぶと、男はぴくりと眉間を動かしました。
「……俺の名をなぜ知っている。」
「君の……姉君、ベラとは昔旅をしていたんだ…。」
ロア様の声が震えている。
けれどもその瞳は怯えながらも、彼をまっすぐ捉えていました。
「姉貴と旅?その蒼眼——まさか……」
赤髪の男は息をのむ。
「——おまえっ……ローレンス…か…!?」
赤髪の男の声に、手下たちも動揺します。
「お、お頭…?」
「………牢屋に入れろ。」
ぼそりと低い声で、彼は手下に命令しました。
ロア様は項垂れこみ、ただならぬ様子。私たちは抵抗もせず大人しく従いました。
◇
私たちは船内の地下牢に収容されました。
両腕は後ろで縛られ、両脚も一緒に拘束されました。
麻縄はきつく締めあげて、なかなか窮屈です。
「はっはっは!まさか出航して早々こんな目にあうとは思ってもみなかったぜ。」
「……本当に、仰るとおりです。」
ため息をつく私と、軽快に笑ってみせるザックスさん。
「それにしても、ニーナ……。」
「……なんです?」
じっと彼は私を見つめます。
——ああ、そういえば。この装束を露わにしたのは初めてでした。
ガラス格子のように細やかな模様になっていて、隙間からは肌が見える襟元。
絹で出来た上質のローブの裏地には、すみれ色が広がります。
胸元にはリボンと頂いたブローチで、私なりのアレンジを施しています。
白いローブなんて治癒術士にはありきたりですが、そんなにこれが珍しいでしょうか。
「やっぱり、まだ子供なんだなあ。」
かかかと笑うザックスさんの意味がようやく理解できました。
「……ほっといてください。」
彼はどこまでものんきな人柄の様です。
しかしザックスさんとは対照的に——ずうんと暗い影を背負って隅にいる方が約一名。さっきからいくら声を掛けても聞こえてないのか、無視を貫くので私たちは縛られたまま淡々と話します。
「それにしても、あの頭領とロアが顔見知りだったとはなあ。あいつ何者だ?」
「さあ……ロア様の素性は私も知らないのです。」
「え、相方なのに?」
「まだ付き合いは浅いですし。そこまで首突っ込むのもどうかと。」
「ニーナって歳にあわず本当に擦れてるよなあ。こんな現状でも慌てないし。」
「——はあ、恐れ入ります。そういうザックスさんこそ、平気そうですね。」
「ん~ほら、俺ってこう見えて冒険者歴長いからさ。結構修羅場くぐってるし?こういうのは正直慣れっこかなあ。」
「なるほど、それはごもっともですね。」
私はちらりとロア様を横目にして、わざとらしく声を挙げます。
「あーあ。誰でしょうねえ、この船に乗ろうなんていった人は」
「なっ…ぼ、僕のせいだというのか!」
嫌味な言葉でようやく彼は返事しました。
「……ロア様、そろそろ話してくれませんか?一体彼とはどういう関係なんですか。」
少しの間をおいて、ロア様はぽつりぽつりと語り始めました。
「——…彼は、リオネルは…僕が昔旅をした時の仲間、ベラ…ベアトリス・イライザの実弟だ。ベラは深紅の爪の女頭でね。当時、"アズール海の女帝"として名を馳せていた彼女は、女性ながら戦略や戦術に非常に長けていた。反面、誇りを疎んじる誉れ高い気質の持ち主でね。姉後肌でその逞しい生き方は他のギルドや海賊の憧れだった。縁があって僕らの仲間に加わったんだが、さっぱりした快活な性格と、冷静な判断力はパーティとして欠かせない存在だったよ。」
「へえ…悪名高い深紅の爪の女頭が大事な仲間、ねえ…。」
ザックスさんの言葉に、ロア様は顔をしかめます。
「いや——深紅の爪は海賊でありながら道に外れた事は絶対にしない主義を貫く義賊で有名だったんだ。今のように荒れた噂など皆無だった。もし、今の深紅の爪が変わってしまったとしたら、それは……」
「だったらなんだっていうんだ?」
凛とした声に、ロア様の言葉は遮られました。
いつの間にか、月を後ろに腕を組んだリオネルが扉の前に佇んでいました。
「リオ…」
「軽々しく呼ぶんじゃねえ、恥知らずが。」
リオネルは俯いて、かつかつとこちらに向かってきます。
古びた床板は、波の揺れと彼の足で軋みます。
「おまえ、まさか姉貴が死んだのは自分のせいとか思ってるんじゃねえだろうな?」
「……ああ、そのとおりだ。」
ロア様の言葉に、リオネルはぎりっと歯を噛みしめました。
鉄格子ごしにロア様の襟首を掴みあげ——怒りを露わに叫びます。
「っざけんな!!俺は別に姉貴が死んだのは、てめえのせいなんて思っちゃいねえ。そんなことおもったら姉貴も——自分も浮かばれねえんだよ!!」
リオネルの腕力に、抵抗できないロア様は引っ張られたまま、彼の怒声を浴びます。
「姉貴が死んだのは、世界の為だった。姉貴はそれを誇りに思ってた。なんで仲間のてめえがそれを分かっちゃいねえんだよ!!」
「リオ……」
彼から出た言葉は——とても、悲痛な叫び。彼の目は今にでも泣きそうでした。
そして、ロア様の襟元からすっと手を放して、
「俺が深紅の爪のやり方を変えたのは、俺の勝手だ。姉貴は関係ねえ。姉貴はもう、いないんだ……。」
リオネルは、その一瞬だけ——とても哀しそうな顔をしました。
「——うぬぼれんなよ、お坊ちゃまが。」
吐き捨てるように言って、彼は出ていきました。
「リオ……。」
彼の名を呼んだロア様も、とても哀しい目で、去っていく彼の後姿を見つめていました。
やがて外は、雨が降り始めました。




