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王女様と若者は、幸せな日々を送りました。
王女様が意地悪いことを言いそうになったり、気分が沈みそうになったら、若者が優しく諭しました。
そうやって、二人は支え合いました。
若者は毎日、街であった出来事を王女様に聞かせて、王女様を楽しませました。
前までは、みすぼらしいドレスが数着と本しかなかった、王女様の部屋も、今では若者が贈った、さまざまな贈り物で賑やかになっていました。
しかし、王女様と若者は毎日語り合い、本の貸し借りをし、ケーキを分け合い、お互いの知識を披露仕合いますが、高い塔の部屋から出られない王女様と若い男はお互いの顔もまともに見ることも出来ず、寄り添うこともできません。
王女様はそのことをとても悲しく思いました。
塔の窓から籠にのって、外に出て、若者に会いに行こうかと何度も考えました。
しかし、今の自分は悪い魔女から魔法がかかっていることになっているのです。
もし、塔から出たら、若者に、自分が嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女だと知られてしまいます。
そうしたら、若者は自分のことを嫌いになってしまうかもしれない。軽蔑されるに決まっている。
そう思うと、どんなに会いたくても、王女様は、塔から逃げ出すことが出来ませんでした。
若者への愛がつもるばかりで、会いたくても会うことが出来ない。
王女様は、塔に閉じ込められている自分が憎くて憎くてしょうがありがませんでした。
ある日のことです。
その日も若者は、お昼を過ぎたころにやってきました。
「今日は、教会のボランティアに参加してきたんだよ」
若者は言いました。
「まあ、ボランティアに参加するなんて、あなたは本当に心が優しいのね」
王女様は、若者から贈られた凝ったつくりの手鏡をもてあそびながら、嬉しそうにいいました。
「恵まれない子供たちに読み書きを教えるボランティアでね。子供たちは本当に飲み込みが早いんだ。みんな勉強するのがとても楽しそうだったよ。シスターたちもとてもいい人たちが多くてね」
「恵まれない子たちに勉強出来る環境を与えてあげるのは、とても大事なことね。でも、あなたったらちゃんと子供たちに勉強を教えてあげられたのかしら?」
王女様が茶化します。
「子供たちはみんなとてもいい子でね。僕の教え方なんかでも、すいすい吸収してくれるんだ。それに一人、とても頭のいいシスターがいてね。教え方もとてもうまいんだよ。大人の僕でさえ、感心させられたよ」
「あら!頭のいいあなたですら感心させられるなんて、よっぽど素晴らしいシスターなのね!でも、3年前にそんな素晴らしいシスターなんていたかしら…?」
王女様の言葉に若者は答えます。
「君が街にいる3年前、そのシスターは、王女様のせいで教会を追われていたらしいんだ。王女様の亡き後、そのシスターは民衆に請われて、教会に戻ってきたんだけどね」
「なんですって…」
パリンッ!と、大きな音がしました。
王女様の手から、手鏡が滑り落ちたのです。
大きな音がしたにも関わらず、王女様は自分の手から、手鏡が落ちたことに気づいていません。
「あの女が…、あの偽善者が、のうのうと暮らしてるですって…?!」
王女様の言葉は叫びに近いものでした。
体が怒りで震えます。
「私をこんな目に合わした、あの女が、のうのうと暮らしているですって?!」
王女様はとうとう叫んでしまいました。
「どうしたんだい?!」
大きな音と、王女様の叫びに若者は、大きな声で塔の下から呼びかけます。
「許せない!!!許せないわ!!!あの女!私をこんな目に合わせた、あの偽善者!!!!!!あいつが幸せに暮らしているだなんて!!私をこんな塔に閉じ込めておいて、自分は幸せにくらしているなんて!!!あいつはシスターなんかじゃないわ!悪魔よ!!!!!」
王女様に若者の言葉は届いていません。
王女様は酷く取り乱していたのです。
王女様は、若者と出会って、自分のしてきた酷い仕打ちを反省してきました。
大臣の娘、神官の娘、商人の娘、その他、大勢の人に行ってきたことを、王女様は後悔し、反省してきました。
しかし、自分をこの塔に閉じ込めたシスターのことだけは、ずっと憎んでいたのです。
「本当にあの女だけはどうしても許せないのよ!!!」
そう叫んで、王女様はわあわあと泣き叫び、ベッドに突っ伏してしまいました。
今までも自分を追放したシスターの顔を思い出すたびに、怒りが込み上げてきました。
しかし、王女様は惨めな自分と一緒で、そのシスターも惨めな生活を味わっていると考え、その怒りを制御してきたのです。
しかし、若者から、シスターが王女様の考えと裏腹に、幸せな生活を送っていると聞かされ、その不平等さと劣等感と惨めさから怒りを抑えられなくなってしまいました。
「私をこんな惨めな生活に追いやったあの女を一生許さない!!!あんな女殺してやりたい!!!!!」
王女様が叫びました。
その時でした。
「そんなことを言ってはいけないよ」
王女様のすぐ傍で、優しい声がしました。