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王女様は若い男の言葉に戸惑いました。
まさか、自分が、みんなに嫌われている、嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女だとは言えません。
なにしろ、王女様は、国では死んだことになっているのです。
王女様は悩みました。
本当のことを話すわけにはいかない。
本当のことを話してしまったら、きっとこの若い男も、城からの使いの者たちのように私に軽蔑の眼差しを向け、言葉を交わさずに立ち去ってしまうかもしれない…。
王女様はせっかく自分に話しかけてくれた人を、失いたくなかったのです。
王女様は途方にくれました。
「なにか話せない事情でもあるのかい?僕が力になろうか?」
塔の下から、若い男が気遣うように言葉をかけてきたときでした。
王女様は、足元に落ちている本が目に入りました。
それは、つい5日前、お城の使いの者が、大量の食糧と一緒に持ってきてくれた本の中の一冊でした。
内容は確か、悪い魔女に塔に閉じ込められた一人の少女が、王子様に助けられるという話でした。
王女様はこの話を読んで、自分も誰かがこの塔から連れ出してくれることを願いました。
でも、そんなのお伽噺の中だけね…。
王女様は思いました。
自分は、みんなに嫌われている、嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女だ。
そんな自分を助けにきてくれる人なんていないはずだ。
もし、いたとしても、ここから出て、どこに行けばいいのだろうか、国に戻っても自分は誰にも歓迎されない。
お伽噺の少女は、美しくて心優しかったから、みんなに歓迎されたのだ…。
王女様は本を拾い、表紙を愛おしそうに撫でました。
その時、王女様にある考えが頭をよぎりました。
私が、この物語の少女になってしまえばいいんじゃないのかしら…?
みんなに嫌われている、嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女は死んだことになっています。
若い男もその話を信じています。
もう、嘘つきで意地悪でみんなから嫌われ者の王女様はいないのです。
王女様は口を開きました。
「私は、3年前、悪い魔女にこの塔に閉じ込められてしまったの」
王女様は、嘘をつきました。