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嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女様は、国の端の端の東の森の奥の奥の誰も来ない、獣すら寄り付かない森の奥の高い高い塔に、独りぼっちで閉じ込められてしまいました。
月に一度、お城からの使いが大量の食糧と大量の本を置いていく以外、塔に人が来ることはありません。
しかし、そのお城からの使いも、王女様と目を合わせないようにし、言葉をかけようともしません、目があったとしても、王女様に軽蔑したような目を向けました。
王女様も、初めは無礼な人たちだと、怒り、どうやって陥れてやろうかと考えたりしていましたが、何日も、何ヶ月も、何年も塔で独りぼっちでいると、段々、怒りは悲しみに変わっていきました。
なぜ、誰も私に喋りかけてくれないの?
私は王女なのに。
なぜ、私はこんな塔に閉じ込められているの?
昔はたくさん友達がいたのに。
なぜ、お父様とお母様は私に会いに来てくれないの?
私は、あの人達の娘なのに。
なぜ、私は独りぼっちなの?
ねえ…、なんで誰も私を愛してくれないの…?
王女様が、高い高い塔に閉じ込められて、ちょうど3年が経とうとしていました。
相変わらず、塔にくるのは、月に一度、大量の食糧と大量の本を持ってくるお城の使いだけでした。
しかし、王女様は3年間、誰とも言葉を交わせませんでした。
王女様は初めは、言葉を忘れないように、初めは毎日、その日あった出来事を独り言で話していました。
しかし、毎日塔に閉じ込められ、本を読むだけなので、その独り言の内容もなくなってしまいました。
次に王女様は、本の内容を声に出して読むことにしました。
しかし、本を読むと夢中になってしまい、声を出すことを忘れていることが殆どでした。
次に王女様は、歌を歌うことを思いつきました。
これは上手くいきました。
色んな種類の歌を知っているわけではありませんでしたが、歌を歌っている時は、王女様の悲しみと寂しさは少し隠れていたのです。
王女様は毎日、悲しくなったり、寂しくなったら、歌を歌うことにしました。
毎日、毎日、王女様は歌を歌い続けました。
そんなある日のことでした。
王女様が、本に飽きて、塔の小さな窓から、深い深い森を眺めている時でした。
塔に向かって、一人の若い男が歩いてくるのが見えました。
月に一度のお城の使いは、つい5日ほど前にきたし、服装もお城の使いの者のように、かっちりした格好をしていない。
さてさて、誰かしら?
王女様は思いました。
若い男は、街の者が着ているような服を着ています。
しかし、街からここに歩いてくるのは、何日も何日もかかります。
もしかしたら、若い男は、街のはずれのこの森の中に住んでいるのかもしれない。
王女様は思いました。
城の使いは、全く喋ってくれないし、あの男に声をかけて話し相手になってもらおう。
王女様はそう思いました。
長い間、誰とも喋っていなくて、退屈で退屈で仕方なかったのです。
「ねえ、そこのあなた、ちょっと止まりなさいよ。私と話していきなさい」
王女様は高飛車に、塔の外にいる若い男に声をかけました。
「そこにいるのは誰だい?」
透き通るような声でした。
若い男は歩みを止め、塔を見上げました。
黒い髪の色の白い男でした。
南の海がある街と、西の砂漠の街の人間ではないことが、王女様には分かりました。
「もっと、塔の近くに寄りなさい。あなたは誰なの?答えなさい」
王女様が高飛車にそういいました。
「僕は、ここからもっと東にある国に住んでいる者なんだ、この国には、少し遊びに来ていてね。今は散歩している途中なんだ」
若い男は塔の下に来て言いました。
「君は、この塔に住んでいるのかい?」
「あなたは東の国に住んでいる者なのね。散歩するにしてもここらへんには、この塔くらいしかないわ。私は3年くらいずっとこの塔に住んでいるの、ここらへんで人を見たのなんて初めて、ねえ、あなた、私の話し相手になりなさい」
王女様は高飛車に言いました。
「君はこの塔に独りぼっちで住んでいるのかい?それは寂しいだろう、僕でいいなら君の話し相手になってあげるよ」
若い男は塔を見上げ、優しくにっこりとほほ笑みました。
王女様はホッとしました。自分と話してくれる人間がいたからです。
王女様は心のなかでとても喜びました。
ずっと、自分に声をかけてくれる人を待ち望んでいたからです。
「あなたは、この国に何をしにきたの?あなたのことを教えてくれない?」
王女様は優しい声で言いました。
「僕は、つい先日この国に訪れたばっかりなんだ。僕の国にもこの国の美しさの話は届いていてね。一度見てみたいと思っていたんだよ」
「あら、そうなのね、はるばるようこそ、歓迎するわ。ところで、どう?この国はあなたが聞いた話通りだったかしら?」
王女様は高飛車に聞きました。
若い男は笑いながら言いました。
「話以上の美しい国だね。豊かだし、資源も豊富だし、人々もとても幸せそうだ」
なんて酷いのかしら、王女様は思いました。
国の人々は王女である、自分がこんな高い塔に独りぼっちで閉じ込められているのに、幸せそうにくらしているなんて…。
「でも、3年ほど前までは、人々もとても困っていたらしいんだ」
若い男は続けました。
「困っていた?どうしてかしら?」
若い男の言葉に王女様は眉を顰めました。
3年前といえば、自分がまだ王女として城にいて君臨していた時だ。
その時も、人々は幸せそうだったし、大きな災害や飢饉も無かったはずだ、困ることなんて何もなかったはずなのだ。
「どうやら、街の人々によると、嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女様がいたらしいんだ」
若い男の言葉に、王女様は固まりました。
嘘つきで意地悪く、ずる賢く、卑怯で、高飛車で、他人を欺き、陥れ、人を不幸にする王女様?
もしかして、それは私のことなのかしら…?
王女様は、自分の血の気が引くのを感じた。
私は、国民からそんな風に思われていたの?
私は、国民から嫌われていたの?
だから、私はこうして塔に閉じ込められているの?
だから、私は独りぼっちなの?
王女様は涙が出そうになりました。
「でも、その嘘つきで意地悪でみんなに嫌われている王女様が、3年前に病気で死んだんだって、それに去年、新しい王女様が生まれて、国民も王様もお妃様もみんな幸せにくらしているんだよ」
ああ…なんてことだ。
私は病気で死んだことになっているのだ…。
若い男の言葉は、刃物のように、王女様を突き刺していきます。
王女様は倒れそうになるのを必死に堪えます。
それに、私が塔に閉じ込められている間に、新しい王女が生まれたのだ。
つまり私の妹だ。
妹が…、新しい王女が生まれたから、お父様もお母様も、私に会いに来てくれなかったのだ…。
私は、国民にも、実の両親にも嫌われて憎まれているのだ。
私は誰からも愛されていないのだ。
「ねえ、どうしたの?さっきから黙っているけど、何かあったのかい?」
塔の下から聞こえる、若い男の透き通った声で、王女様はハッとします。
「だ、大丈夫よ。そう…、あの嘘つきで意地悪でみんなに嫌われていた王女様は死んでいたのね…」
「そうか、君は3年前からその塔にいるから、王女様が死んだのを知らなかったんだね」
若い男が言いました。
「ええ…、王女様が死んだのも、新しい王女様が生まれたのも…、今日初めてあなたから聞いたわ…。そう、国民のみんなは、王女様が死んだのが嬉しいのね…」
「死んだのを喜ばれるなんて、よっぽど酷い王女様だったみたいだね。そうか、君は可哀想に、今まで何も知らなかったのか」
若い男は哀れんだようにそう言いました。
「君はなんで、ずっとその塔の中にいるんだい?」
若い男は、王女様に聞きました。