表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

なろうだけよ-短編

脚本:ベイビーカミング

作者: ササデササ

登場人物

堺 華恋(30)  アパートサカイ荘の管理人。

堺 和弘(62)  典子の父。サカイ荘の管理人

堺 静音(59)  典子の母。サカイ荘の調理人

立花 陽子(25)  サカイ荘の202号室の住人。キャバクラ嬢

斉藤 夢二(29)  立花陽子の同居人。劇団所属。

堀田 隆(30)  サカイ荘の203号室の住人。華恋の小学生時代の同級生。

平川 春香(18)  サカイ荘の201号室の住人。この春から大学生。


春香の父  平川春香の父

春香の母  平川春香の母

女  堀田隆の元彼女

彼氏  境華恋の元彼氏




○サカイ荘の目の前(朝)

  3月。築10年ほどのアパート。

  キャリーバックを持った平川春香。

  春香、インターホンを鳴らす。

  ジャージ姿の堺華恋(30)、出てくる。

華恋「こんにちは」

春香「こんにちは。あの……、私……」

華恋「今日から住人の平川さんよね?」

春香「あ、はい。今日からお世話になります」

華恋「はいはい。でも、本当に大丈夫? 説明聞いただろうけれど……」

春香「はい! むしろ楽しそうだなと思いました。家賃も魅力的でしたけれど、その不思議なアパートなのが」

華恋「そっ。なら良いけど。でも、規則だからもう一度説明するね」


○同・玄関(朝)

華恋「ここが玄関。共用玄関。ここから靴を脱いでね。靴箱には鍵があるから、まぁ、多分盗難の心配はないと思うけれど」 

春香「はい」

華恋「突き当りにドアが見えるでしょ。あれがトイレね。と言っても私たち家族しか使わないけど。トイレはちゃんと各部屋にあるから」

春香「はい」

華恋「でもキッチンはないから。それは知ってる?」

春香「説明にありました。朝ごはんと夕ご飯はついてるんですよね。奥さんが作ってくれるとか」

華恋「そうそう。朝夕飯付、電気水道代込み家賃5万。なんか魅力的みたいね。値段的には。でも、あんまり長居する人はいないんだわ。けっこう、飯付が余計みたいよ。プライバシーが大事な時代なんだろうね。って言うか、ここさ、もうアパートっていうか下宿だよね。下宿の定義なんて知らないけれど」

春香「いえ、私はそれが魅力だと思いました。決め手でした。みんなとご飯を食べるの楽しそう」

華恋「そっ。なら、良いけど。そういう人も多かったけれど、住人がね……。そろいもそろって癖が強いからね」

春香「は、はい。覚悟決めておきます」

華恋「あ、それ本人たちに言わないほうがよいよ。変にプライド高いらしいから」

春香「はい……」

  春香、苦笑い。


○同・共用リビング(朝)

華恋「ここが共用リビング。さっきも言ったけれど、各部屋にキッチンはないんだ。お昼ご飯が必要なときは、母さんに許可とって勝手に作ってね」

春香「わかりました。でもお昼は大学で食べるから大丈夫だと思います」

華恋「大学生なんだ?」

春香「まだですけど。4月からです」

華恋「なるほどね。で、話戻るけれど、キッチン奥にある扉が2階へ続くドア。凄いでしょ。家の中に鍵付ドア。しかも、あれ、オートロック。3部屋しかないのに贅沢よね」

春香「すごいですね」

華恋「父のこだわり。玄関の後に共用リビグを通らないとトイレ以外いけないのも、オートロックも」

春香「へー。ますます好きになりました」

華恋「まだ変人どもに会ってないからなぁ。いつまでそのセリフ言えるかな。別に良いけど」

  華恋、ポケットをまさぐる。

華恋「鍵渡してなかったね。こっちが共用ドアの。こっちがあなたの部屋の」

春香「あ、ありがとうございます」

華恋「で、テレビ横にもドアあるでしょ。また鍵付の。あっちは私たちの生活スペース」

  春香、ドアを見る。インターホンを見つける。

春香「家の中に、もう1つインターホンがあるんですね」

華恋「悪い?」

春香「あ、いえ、ゴメンナサイ。悪いとかじゃなくて、その、不思議だなぁって」

華恋「私は悪いと思うけれどね。リビング抜けなきゃ自分の家に帰られないんだよ。結構苦痛だと思わない?」

  春香、返答できずに苦笑い。

華恋「あとは、洗濯機も各部屋に付いてる。インターネットも完備。家賃の5万は1日から10日までの間に今時珍しく手渡しで」

春香「わかりました。と言いたいのですが、少し不安です」

華恋「まぁね。契約書なり作れば良いんだけれど、そういうの嫌がるから。お父さん。私も面倒くさいし。わからないことあったら聞いてよ」

春香「助かります」

  春香、一礼して2階に登っていく。

  インターホンが鳴る。

  華恋、出る。

  引越し屋だった。

  インターホンの主を察した春香、顔を出す。

引越し屋「平川さんですか?」

  華恋、春香を指さす。

春香「私です」

  春香と引越し屋、引越し作業を始める。

  表玄関のドアは開けっ放しで固定される。

華恋「立ち会いって必要な人?」

春香「いえ、大丈夫です」

華恋「そっ」

  華恋、ソファーに横になる。そのままうたた寝。


○同・リビング(夕)

  華恋、起きる。目をこする。時計を見る。時刻は16時。

  華恋、お腹が鳴る。冷蔵庫に向かって歩き出す。

  その時、テーブルの上に大きな段ボールを見つける。

華恋「(心の声)何あれ?」

  華恋、少し考え、思い出す。

華恋「そっか。誕生日か。にしても、不恰好ね。ケーキの箱としては、お洒落じゃない」 

  華恋、段ボールに近づき開ける。

  中には生後3ヶ月ほどの赤ちゃん。


○タイトル「ベイビー カミング


○スーパー店内(夕)

  境静音(59)、夕食の買い物中。

  携帯電話が鳴る。

静音「あら、華恋ちゃんどうしたの?」

華恋「どうしたのって、こっちが聞きたいよ。あの赤ちゃんは何?」

静音「赤ちゃん? まぁ、華恋ちゃんもついにおめでたなのね!」

華恋「違うし。な、訳ないし。って言うか、お母さんは知らないんだ」

静音「えぇ。華恋ちゃんが何を言ってるかさっぱりわからないわ。それより、今日はミートソースとハンバーグで悩んでるんだけれど、どうしましょう?」

華恋「はぁ? 事態を把握してんの? 赤ちゃんがいるんだよ! ヤバイでしょ」

静音「う~ん」

  静音、目頭を押さえ考えてみる。


○(回想)サカイ荘共用リビング(夕)

T「1日前」

  静音、キッチンで肉じゃがを作っている。

  斎藤夢二(29)、ソファーで台本を読んでいる。

  派手な格好をした立花陽子(25)、2階から下りてくる。

陽子「おはよ~。おばさん、今日のごはんは何?」

静音「あら。お久しぶりね。ここ1ヶ月どこに行ってたの?」

陽子「それ、朝おじさんと話した。ね? 夢二」

斉藤「えぇ。えっとなんと申しますか、誠に言い出しにくいのですが」

陽子「も~。はっきりできない人だな。ただの喧嘩よ。この人、役者で食べていくの諦めて、仕事さがすとか言い出したの」

斉藤「いつまでもヒモじゃいられないよ」

陽子「だから、それは私が良いって言ってるじゃん! 絶対夢二はビッグになるよ。先行投資」

斉藤「でも……」

陽子「なれなくても、私がどうにかする!」

  静音、ニコニコしながら聞いている。

静音「ここは家賃だけは自慢ですしね」

陽子「マジ助かってます。2人分ご飯用意してもらっても、家賃変わらないって謎ですけど」

静音「旦那の趣味みたいなものですから」

(回想終わり)


○スーパー店内(夕)

静音「わかったわ。陽子さんたちの赤ちゃんよ。喧嘩で1ヶ月も留守にするなんておかしいと思ったの」

  華恋、返事もせずに電話を切る。


○サカイ荘202号室(夕)

  斉藤、劇の練習。

斉藤「やっぱり無理だ。子育てを舐めては駄目だ。知ってるかね? 子供一人を大学卒業させるのに1千万かかると言われている。僕の年収じゃ、それはかなわない」

  陽子の声だけ聴こえてくる。

陽子「なんども言わすんじゃないよ。結婚しなくても良い。あんたと別れても良い。でも、この子の母親になる。そう決めたんだ!」

  インターホンが鳴る。

  華恋、化粧中。開かれた台本が化粧台の横に置いてある。

  陽子、出る。

  ドアが開くと同時に華恋が怒鳴る。

華恋「ちょっと、あんたたち! あの赤ちゃんは何?」

陽子「赤ちゃん? 赤ちゃんって何?」

華恋「しらばくれるじゃないよ。外まで聞こえてたんだからね。別れてでも母親になるって」

  陽子、少し考えてから、意味を理解する。台本を持ってくる。

陽子「これよこれ。夢二君の今度のお芝居の練習中」

  華恋、台本を取り上げ、中身を確認する。それらしきページが見つけられない。

陽子「23ページよ」

  華恋、台本を睨みつける。 

陽子「納得してくれた?」

  華恋、面白くない顔をしながらうなずく。台本を陽子に返す。

陽子「それで、赤ちゃんって何の話だったの?」

華恋「下に赤ちゃんがいるの。ダンボールに入れられて。きっと捨て子よ」

陽子「それで、私たちが疑われたっと。なるほどね。あなたを除くと、女性は私しかいないわよね。あ、っていうか自作自演? あなたの子なんじゃないの?」

華恋「(激しく怒りながら)それは絶対にないわ!」 

陽子「や~ね。冗談よ。ムキにならないで」


○同・2階の廊下(夕)

  廊下まで響く華恋の声。

  203号室のドアを開けて様子を伺う堀田隆(30)。

  201号室のドアを開けて様子を伺う春香。

  2人は目が合い、会釈する。

  無言で廊下に出てきて、202合室のドアの前に立つ。


○同・202号室(夕)

華恋「冗談だからって許されないわよ!」

陽子「ムキになると本当に疑っちゃうわよ。セックスしたもの全員が容疑者なのよ」

  華恋、壁を殴る。穴が開く。

斎藤「陽子ちゃん。それはマズイべ。完全なセクハラだぞ」

  その時インターホンが鳴る。

  華恋、ドアを開けると、堀田と春香の姿。

堀田「あの~、なんか凄い音と声がしてるんですけど、大丈夫?」

  華恋、穴があいた壁を見つめ後頭部をかく。しかし、すぐに春香の存在に気がつき、詰め寄る。

華恋「あんた! あんたよ! あんたが怪しいの。あの赤ちゃん、あんたのじゃないの。えっと平山さんだっけ?」

春香「私ですか? 平川です。と言うか赤ちゃんって何ですか?」

華恋「とぼけるんじゃないわよ。平川さんが引っ越してきたあとに、赤ん坊がいた。これ、もう、犯人でしょ! そもそも、花の大学生がこんな格安で怪しい物件狙うのなんて怪しかったのよね」

堀田「カコちゃん。それは、まあ、若いんだから、色々事情もあるだろうし、格安物件を狙うってのは、まぁ、変じゃないと思うよ。ほら、例えば、苦学生って言葉もあるぐらいだし」

華恋「うるさい!」

堀田「って言うかさ、赤ちゃんって何なの?」

  赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

華恋「これよ」

  一同、階段を降りていく。


○同・サカイ荘共用リビング

  赤ん坊がダンボールの中で泣いている。

陽子「なるほどね」

斎藤「今、事態を正確に把握したわ。こりゃ、華恋ちゃんがパニックになるのもわかる。俺、今、軽くテンパってる」

堀田「誰の子なの?」

  華恋、春香を指さす。

  春香、必死に首を降る。

春香「ち、違いますよ!」

  陽子、赤ん坊を抱き上げる。あやす。

  泣き止まない。

陽子「よちよちよちよち。大丈夫だよ~」

  一同大慌て。

  静音が帰宅する。買い物袋を床に置きながら。

静音「あらあら。これが噂の赤ちゃんなのね。ちょっと貸してご覧なさいな」

  静音、赤ん坊を抱き上げる。おむつチェックをする。

静音「華恋ちゃん、袋の中におむつあるから取ってちょうだい」

  静音、手早くオムツを取り替える。

  赤ん坊、泣き止まない。

  静音、赤ん坊をソファーに置き、買い物袋をあさる。粉ミルクを取り出し作り始める。

静音「華恋ちゃん。今度は哺乳瓶を探してね」

  華恋、買い物袋をあさる。哺乳瓶を見つけ、静音に届ける。

  静音、赤ん坊にミルクをあげる。泣き止まない。抱き上げてあやす。

静音「おかしいわね~。あと考えられるのは、オネムかしら」

華恋「それはない。今起きたよ。その子」

静音「じゃあ、私の抱っこじゃ安心できないのかしら」

  静音、華恋に赤ん坊を渡そうとする。 

  華恋、察して逃げる。

  静音、近くにいた陽子に赤ん坊を渡す。

  赤ん坊、泣き止まない。

  赤ん坊の渡し合いが始まる。

  泣き止まない。

  最後に、華恋が抱っこしてみると泣き止んだ。

陽子「やっぱり、怪しいわね」

  華恋、顔は怒るが、静かな声で。

華恋「違うって。絶対に」

  華恋、すぐに優しい顔になり赤ん坊を見つめる。

華恋「誰もこの子の親じゃないって言い張るのね?」

  華恋、斎藤と陽子カップルを睨む。

斎藤「もちろん」

陽子「違うよ」

  華恋、春香を睨む。

春香「ち、違います」

  華恋、静音を睨む。

静音「もう、私にはそんな元気はないわ」

華恋「よし。じゃあ、私がママになる!!」

堀田「あれ? 僕には聞かないの?」

華恋「必要ないでしょ?」

堀田「確かに。心当たりはないんだけど……。僕だけ聞かれないのは寂しかったさ」

静音「ところで、堀田君。時間あるかしら?」

堀田「今日はバイトの日ですけど……、4、5時間ぐらいなら」

静音「じゃあ、私からもバイトしない? オムツとミルクは買ってきたけど、色々と用いりなのよ。赤ちゃんって」

堀田「あ、そのぐらいなら、任せてください。お世話になってますから」

静音「じゃあ、私はご飯の用意をするわね。今日は特別にミートソースもハンバーグも作るわ」

華恋「結局、両方にしたんだ」

静音「だって、誕生日でしょ? 本格的なパーティはお父さんが帰ってからにするとしても、やっぱり当日も豪華にしないとね。ケーキも買ってきたのよ」

陽子「そうか。誕生日なんだ。おめでとう。三十路」

斉藤「陽子ちゃん、わざとでしょ? 棘があるよ」

陽子「えへへ」

斉藤「華恋ちゃん、おめでとう」

堀田「おめでとう」

春香「あ、おめでとうございます!」

華恋「あ、ありがとう」


○キャバクラ店内(夜)

  陽子、おじさんにお酌。

おじさん「それで、結局誰の子かわからないんだ」

陽子「(猫なで声)そうなんですよ~」

おじさん「陽子ちゃんは本当に違うの?」

陽子「だから~、違いますって~。欲しくはあるんですけどね。相手がいませんよ~」


○工事現場(深夜)

  堀田、警備員の仕事中。

  ドライバーに怒られ、平謝りする。


○サカイ荘・202号室(深夜)

  斎藤、給料明細を見つめる。

  給料明細は手取り5万。

  斎藤、スマートフォンを取り出し、待ち受け画面の陽子に呟く。

斎藤「やっぱ、諦めちゃいそうだよ」


○同・サカイ荘華恋の寝室(深夜)

  赤ん坊、夜泣き。

  華恋、静音を呼びに部屋を出る。

  華恋、静音と戻ってくる。

  静音、手早くオムツを取り替える。

華恋「これで、3回目……」

  華恋、時計を見る。3時。

華恋「挫けそう……」

  静音、にっこり微笑み、部屋に戻る。


○同・サカイ荘共用リビング(早朝)

  華恋、水を飲んでいる。

  堀田、帰宅。

堀田「ただいま」

華恋「おかえり。今日仕事だったんだ。珍しい」

堀田「おかげさまで。生活費がほとんどかからないから、気ままなフリーター生活を満喫させてもらってるよ。それより、華恋ちゃん、今日は随分と早起きだね」

華恋「起こされた。赤ん坊に。もう5回目」

堀田「はは。大変だね」

華恋「……別に、悪い気はしないけれど」

  陽子、帰宅。

陽子「ただいま~。2人してどうしたの」

堀田「僕も仕事帰り」

華恋「夜泣き処理後」

陽子「へ~。ちゃんとママしてるんだね」

華恋「(照れくさそうに)まぁね」

陽子「やっぱりあんたの子だったり。っていうか、堀田君とあんたの子だったり?」

華恋「そんな訳あるはず無いでしょ!」

堀田「ないないないない。華恋さんはない」

華恋「なんかその言い方はムカつく」

堀田「だって、カコちゃんってもの凄く美人だけれど、絶対に好きにならないタイプだもん」

陽子「あ、分かる! なんか、影があるのよね」


○(回想) 小学校の教室(昼)

  堀田(10)、華恋(10)を見つめている。

華恋「何見てんのよ!」

堀田「あ、ごめん。あんまり綺麗だから……」

華恋「ふ、ふん! でも見ないでよ!!」

堀田「ゴメンね。でも、安心して。カコちゃんは可愛いけど絶対に好きにならないタイプってみんな言ってるよ」

(回想終わり)


○サカイ荘共用リビング(早朝)

華恋「あ、あんた。東小学校の堀田?」

堀田「今頃気づいたの? 僕は最初からわかってたよ。面影あるもん」

華恋「あんたはないのよ! いや、あるんだけど、特徴がないのよ!」

陽子「へ~。2人は訳ありなのね。本気で疑っちゃう」

華恋「違うって! もう良い。寝る!」

  華恋、部屋に戻る。

陽子「影ある美人。その実態は凶暴女」

  堀田、苦笑い。

堀田「そして、意外とすぐ逃げる」


○同・サカイ荘201号室(昼)

  春香、スマホで電話している。

春香「うん。ゴメンね。お父さん。うん。大丈夫。お金は自分でどうにかする。1年だけだから。1年頑張って駄目だったら諦めるから」


○同・サカイ荘共用リビング(昼)

  赤ん坊、ゆりかごで寝ている。

  それを見つめる華恋。

  静音、テレビを見ている。

  春香、下りてくる。赤ん坊と華恋を見て微笑む。

  その時、赤ん坊が泣く。

  静音、動き出そうとする。

静音「あらあら」

  華恋、春香を制止する。

華恋「私がやる。なんか、わかってきた。これは、オムツの泣き声だよ」

  華恋、オムツを替える。正解だったが、赤ん坊にウエットティッシュを当てると大泣きする。

静音「冷たいのよ。温めるといいわ」

  静音、赤ん坊のお尻をふく。

  赤ん坊、泣き止む。

  華恋、頬を膨らませる

華恋「む~」

  静音、赤ん坊をゆりかごに戻す。

  華恋、赤ん坊を寝かしつける。

  赤ん坊、寝てすぐに起き泣く。

華恋「あ、今度はお腹がすいたのよ!」

  静音、春香、赤ん坊をあやす。

  華恋、ミルクを用意する。

  静音、ミルクの温度チェック。

静音「これじゃ、熱すぎるわよ」

  静音、ミルクを冷やして赤ん坊に上げる。

  いつの間にか、堀田がいる。

堀田「華恋さんもまだまだだね」

華恋「うるさい! あんた今日は休みなの?」

堀田「おかげさまで。週に4回ぐらいしか働かないよ。僕は自由人さ」

華恋「そっ。別にどうでも良いけど。あと、思い出したからカコちゃんで言いわよ。なんか、時々だけ呼ばれる方が嫌」

堀田「そう。分かった」

  華恋、春香が笑ってるのを見つける。

華恋「何がおかしいのよ」

春香「いえ、あの、微笑ましいなって」

華恋「ふん。あんた、本当に母親じゃないんでしょうね」

  春香、首を大きく振る。

春香「ち、違います!」

華恋「今が最後のチャンスだったからね。後から名乗り出ても返さないから」

  春香、また笑う。

華恋「何がおかしいのよ!」

春香「ご、ゴメンなさい」

  華恋、赤ん坊を抱き、部屋に戻る。

堀田「恥ずかしくなっても逃げるんだ」

静音「ごめんなさいね。昔からそうなのよ~」


○大きな国道(昼)

  道路横に停車し、ロードバイクにまたがったまま、電話をする境和宏(62)

境「お、ママか。予定通り明日帰る」


○サカイ荘境夫婦の寝室(昼)

静音「そう。わかったわ。それで、ちょっと事件があって……」


○大きな国道(昼)

境「なるほどな。警察には届けたのか? ……いや、良い。数日ぐらいごまかせるだろう。せっかく華恋がやる気になってるんだ。養子縁組について調べてからにしよう」


○サカイ荘共用リビング(夜)

  みんな食卓に座っている。

  赤ん坊はゆりかごで眠っている。

静音「お父さんね、ちゃんと明日帰るって」

春香「あ、あの不動屋さんの案内の時に説明してくれた方ですか?」

華恋「そう。土日はパパが管理人。平日は私が管理人」

堀田「カコちゃんもおじさんも、リビングでぐーたらしてるだけだけどね」

陽子「いや、おじさんはお金の管理してるよ」

斎藤「おばさんは料理作ってるし」

静音「ゴロゴロしてるのは華恋ちゃんだけよね」

華恋「してるじゃない! いろいろ!」

堀田「いろいろって?」

華恋「いろいろはいろいろよ!」

堀田「今日なんかゴロゴロも放棄して部屋に戻ったじゃない?」

華恋「ウルサイウルサイ!」

  華恋、拗ねて部屋に行く。

  一度リビングに戻り、赤ん坊を連れてまた部屋に行く。

静音「またあの子は。ごめんなさいね~。お食事中に」


○(夢)サカイ荘・共用リビング

  ウエディング衣装の少女と、華恋が向かい合っている。

少女「ママ。今までありがとう」

  華恋、呆然と見つめる。

少女「ママのおかげで、私、立派に大人になれたよ。お嫁さんになれたんだよ。今までありがとう!」

(夢 終わり)


○ サカイ荘・共用リビング(朝)

  春香、ソワソワしている。

  静音、食器を洗っている。

  インターホンが鳴る。

  静音、インターホンに出る。

  華恋、赤ん坊を連れて、部屋からリビングに出てくる。

  静音、熟年夫婦を招き入れる。

春香「お父さん。お母さん本当に来たの?」

春香の父「挨拶だけと思ってな」

春香の母「この度は娘が大変なご迷惑を……」

静音「いえいえ。遠い所からわざわざお疲れ様です」

  華恋、腕を組み考える。閃く。

華恋「やっぱり、あんたの子だったの?」

春香「ち、違います」

  春香の父、赤ん坊を見る。

春香の父「どういうことだ? 春香」

華恋「だって、そういうことでしょ? ご迷惑って」

静音「違うのよ。華恋ちゃん」

春香の母「あなた、浪人したいって言い訳だったのね。こっそり、こんな……」

春香「だから、お母さん! 違うの!」

華恋「じゃあ、どういうことよ!」

  赤ん坊、泣く。

  華恋、慌ててあやす。

華恋「大丈夫でちゅよ~。何も心配いらないからね。私が守るから」

  堀田、騒ぎを聞きつけ下りてくる。

堀田「華恋ちゃん声大きいよ。とりあえず、落ち着こうか」

  赤ん坊、泣き止む。

静音「そうね。春香さんから説明してちょうだい」

春香「あの、ゴメンなさい。私、皆さんを騙してました」

華恋「やっぱり、あんたの子なの?」

静音「華恋、おだまり」

  華恋、シュンとする。

春香「実は私大学に受かってないんです。今年、浪人する予定なんです」

  春香、頭を深々と下げる。

春香の母「本当に家賃をこんなに安くして頂いて」

静音「いえ、娘さんだけじゃないんですよ。みなさん、同じ条件なんです」

春香「お父さんゴメンネ。ちゃんと、生活費は自分で稼ぐから」

堀田「なんだ。随分騒がしかったけれど、大したことなかった。僕、春香さんが大学生を詐称してたことすら知らなかったし」

静音「堀田君、おだまり。あなたにはどうでも良くても、春香さんには大事な決断だったのよ。夢だったの」

堀田「あ、すみません」

  華恋、にやけている。

華恋「じゃあ、この子は関係ないのね」

春香「はい。騙していてゴメンなさい」

華恋「良いの良いの! 別にウチは浪人生お断りじゃないしね!」

  春香の父と母、菓子折りを静音に渡す。

春香の父「それでは、娘をよろしくお願いします」


○同・外玄関(朝)

  女(23)が立っている。

  春香の父と母、中から出てくる。

  春香の父と母、会釈する。

  女、目を合わせない。


○デパート(昼)

  赤ちゃん用品コーナー。

  斉藤と陽子、華恋の誕生日プレゼントを選んでいる。

  斉藤、おもちゃを手に取り、

斉藤「これなんか、良いんじゃないかな?」

陽子「まだ早いよ。ガラガラとかそういんじゃない?」


○同・外玄関(夕)

  女、まだ立っている。

  中から赤ん坊の声が聞こえてくる。

  女、インターホンを押そうとして、止める。

  斎藤と陽子、帰宅する。いぶかしげに女を見る。


○同・リビング(夕)

  一同、誕生パーティの準備。

  斉藤と陽子、飾り付け。

  静音、料理。

  すでにテーブルには豪華な料理も並んでいる。

  堀田、静音補助。

  華恋、赤ん坊をあやしている。早速、プレゼントにもらったガラガラで遊んでいる。

陽子「今日はあんたのためにシフト外したんだからね。感謝しなさいよ」

斉藤「陽子ちゃんはまた、意地悪な言い方をする。すっごく楽しみにしてたんだぜ」

華恋「うん。ありがとう」


○ 同・外玄関(夜)

  女、まだ立っている。

  境、帰宅する。ロードバイクの上から声をかける。

境「なにか御用ですか?」


○ 同・共用リビング(夜)

  みんな、テーブルに座って待っている。

  赤ん坊、泣く。

華恋「これはお腹がすいたの泣き声ね」

  赤ん坊、泣き止まない。

静音「きっと眠いのよ」

華恋「わかってるわよ。多分、そうじゃないかと思ったの」

  みんな、微笑ましい顔。

  境、リビングに入ってくる。女も連れている。

境「ただいま」

一同「おかえりなさい」

  堀田だけ顔を青くし、口をパクパクしている。

華恋「今回はどこに行ってたの?」

境「大阪までな。だから誕生日プレゼントはたこ焼きだ! がはは」

華恋「ふ~ん。悪いけど、ちょっと微妙~。絶対冷めてるし」

堺「冗談だよ。ちゃんと、買ってきた。服をな」

華恋「ところで、その人誰?」

女「堀田君……。ゴメン」

  堀田、まだ声が出せない。

華恋「何? 堀田の知り合いなの?」

堀田「彼女。いや元彼女。一年ぐらい前に一方的にフラれたんだ」

  華恋、ハッとする。

華恋「それじゃあ、この子の……」

女「はい。私の娘です」

堀田「どういうことなの?」

華恋「それは、こっちが聞きたいわよ!」

女「ゴメンネ。堀田君。私妊娠したの。だから、堀田君とは付き合えないって思った。フワフワしているところが好きだったけれど、シッカリしてくれるとは思えなかったから」

堀田「そんな。ちゃんと言ってくれれば僕だって何かしたかもしれないのに」

女「本当に……?」

堀田「多分……」

女「信用できなかったの。ゴメンナサイ。だから、一人で育てようと思ったんだ。でも、やっぱり私一人じゃ育てられそうにもなくて……。それに、顔を見ると。この子の顔を見ると、父親に合わせたくて……、丁度、来た時に引越しでドアが空いていたから……、それで、つい……」

  静音、女の会話を遮ってビンタする。

静音「意味、分かるわね?」

女「はい……」

境「ママ。大体の説教は私がしたから、お手柔らかにな」

静音「育てられないなら生むんじゃない。それでも生んだのなら、全力で育てなさい。お金じゃないの。お金も必要かもしれないけれど、一番大事なのは子育ては愛なのよ」

女「はい」

静音「それを、数日とはいえ手放すなんて、まだこんな小さな子を」

女「寂しかったです。もう、絶対にしません」

静音「うん。分かってくれたのなら、私は良いわ。もう、手放しちゃだめよ」

女「はい! 手放しません。絶対に。絶対に」

  女、ゆりかごに近づこうとする。

  華蓮、阻止する。

華恋「待って! 私は分かんない。意味分かんないよ!」

静音「この人がママなのよ」

華恋「違う! 違う違う!」

静音「華恋!」

斎藤「堀田君彼女いたんだ。ちょっと意外。そういう面見せなかったから」

華恋「そうよ! あんた。あんたは童貞だと思ってたのに! 違うんだ! っていうか、心当たりあったんじゃないの? あって、隠してたんじゃないの!」

陽子「華恋、落ち着きなよ」

華恋「落ち着け? 無理よ!!」

静音「それでもまずは落ち着きなさい」

斎藤「そうだ。華恋ちゃん教育大学を出てるんだろ?」

陽子「中退ね」

斎藤「でも、教育実習は終わったって言ってたじゃん。十分だ。この子の専属家庭教師になりなよ」

  斎藤、女をちらりと見る。

女「はい。お願いします」

華恋「嫌よ! この子のママは私なの!」

  華恋、赤ん坊をゆりかごから抱き上げる。

  赤ん坊、泣き始める。

  華恋、部屋に戻ろうとする。

静音「華恋! いい加減にしなさい! その子は生きているのよ。命なのよ」

  華恋、静止する。しばらくしてゆりかごに赤ん坊を戻す。部屋に戻る。


○同・華恋の寝室(夜)

  華恋、部屋の隅で丸くなってすすり泣く。

  赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる。やがて、聞こえなくなる。

  みんなの談笑の声が聞こえてくる。

  華恋、嗚咽を漏らしながら泣く。


○同・共用リビング(早朝)

  赤ん坊、泣く。

  近くには女と堀田。

  女と堀田、赤ん坊をあやす。

  華恋、部屋から出てくる。

  華恋、苦い顔をする。

華恋「おはよ」

女「おはようございます」

堀田「昨日は丸一日出てこなかったね。お腹すいてない?」

華恋「空いた。食べに来た」

堀田「あのね、カコちゃん。彼女もここで住むことになったんだ」

華恋「そう」

堀田「もう、怒らないの?」

華恋「怒りたいよ。怒って良いわけ?」

堀田「いや、ゴメン。止めてほしいかな」

華恋「それと、色々と許すけれど条件がある」

女「何ですか?」

華恋「ママは私」

堀田「華恋ちゃん!」

華恋「勘違いしないで。呼び方の話。お母さんはあなたよ。でも、私のことはママと呼ばせなさい。あんたはミミでもマママでも、なんか適当に。とにかくママは私」

  堀田と女、顔を見合わせる。

堀田「良い?」

女「うん」

堀田「それと、僕働くよ。今更正社員は無理かもしれないけれど、せめて非正規でも社保があるところに。そうしたら、彼女とこの子を扶養に入れられるし。もう、自分の面倒だけ見てれば良い訳じゃないし」

華恋「そう。頑張ってね」

堀田「うん!」

華恋「それじゃ、私は用あるから」

  華恋、アンパンを手に取り、牛乳を持って部屋に戻る。


○(回想) 道・車の中(深夜)

  華恋(21)と彼氏がイチャイチャしている。

  男、キスをしようとする。

  華恋、拒否する。

男「良いだろ? 今更なんだよ」

  強引に押し倒そうとする。

  華恋、悲鳴を上げる。

  通りがかりの警察官、運転席窓を叩く。

  そのすきに華恋逃げる。

華恋N「最初で最後の彼氏は最低だったけれど」

(回想終わり)


○サカイ荘・洗面所(朝)

  華恋、歯磨きをしている。


○(回想)茶の間(夜)

  境、新聞を何度もチェックしている。手には宝くじ。

  静音、ふすま越しに隣の部屋の華恋に声をかける。

静音「ご飯できたわよ~」

  華恋、真っ暗な部屋で無視。

境「やったぞ。間違いない。10億円だ!」

静音「はいはい。あなたはまた変な妄想して」

(回想終わり)


○サカイ荘・華恋の寝室

  華恋、リクルートスーツ姿の自分を鏡でチェック。

  履歴書をチェック。鞄にしまう。

華恋N「お金には困ってないけれど」


○(回想)古びたアパート玄関(朝)

  華恋、玄関で靴を履こうとする。気持ち悪くなり、トイレに駆け込み吐く。


○同・リビング

境「決めたぞママ。アパートを建てる。華恋の居場所を作ってやるんだ」

静音「お任せするわ」

華恋、隣の部屋で聞いている。

(回想終わり)


○坂道(朝)

  リクルートスーツの華恋、足軽に坂を上る。

華恋N「ずっと外に出られなかったけれど。ずっと両親に迷惑かけていたけれど」

  華恋、U字の坂の上で、周りに人がいないかを確認。万歳しながら叫ぶ。

華恋「私も頑張るぞ~!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ