佐竹先生はSTK
タイトルが思い浮かんだだけの話。
一応言っておきますが、「佐竹先生はSTK」と読みます。
最近、誰かに見られている気がする。
昼休みにそう友達に零すと、あきれたように言われた。
「何あんた。今頃気づいたの?」
「本当。鈍すぎない?」
言われた言葉の意味を頭の中で考え、ようやくその意図するところがわかり、友人に詰め寄った。
「え、ちょ。それどういうこと!?」
「どういう意味も何も」
先週から憑いてんじゃん。
続けられた言葉に固まった。え、憑いてる?何が?誰に?どこに?何で!?
「いや憑いてるって言い方は変かな」
「合ってんじゃない?四六時中一緒にいるようなもんだし」
「だから何が!?」
怖いよ何それ。ホラー以外の何物でもないじゃんか。……っていうか友人、君は幽霊が視えたのか。知らなかったわ。驚きの新事実。
「いや私らが何か視えるとかそんなんじゃないよ。たぶんクラス中のみんなが知ってんじゃない?」
「そうそう。特に男子。まあ他クラスは女子だけど」
何を言っているかさっぱり分からない。え、何。皆知ってんのに私だけ仲間外れ?ってかクラスの皆は私が誰かに見られているって知ってるってこと?
「知りたいなら先生にでも聞いてみれば?放課後にでも」
「そうそう。あ、ちなみに聞くのは佐竹先生ね」
「佐竹先生?」
「うん。たまには自習でもしてみれば?んで、質問ついでにーみたいなさ」
アイツ以外には聞いちゃダメよ。特に男子。
そう続けられ、ますます首をひねる。理由を尋ねてもごまかされた。
佐竹 弥勒、通称佐竹先生。今年度からこの学校で物理を教えている校内でも人気の高い先生だ。高い身長と艶のある髪、加えてその整った容姿から、校内でも思いを寄せる生徒は少なくない。
かく言う友人や私は、先生のことは「わーすごーい、アイドルみたいー」としてしか見れず、恋愛対象としてなどもってのほか。教え方が丁寧でとても分かりやすい先生、という認識しかない。そもそも私の周りには父を含め美形しか居ない。佐竹先生レベルの顔面偏差値で騒ぐほどイケメンに飢えてもいない。
なぜ佐竹先生なのかはわからないが、友人に強調されてまで言われたのだ。とりあえず行ってみるか。
放課後、物理準備室を訪ねると、「第三資料室に行った」と言われた。
友人は先に帰ってしまい、何で自分はこんなことをしているのかと悩みつつも、もうこれ以上誰かわからない視線に悩まされる毎日は嫌だという気持ちが勝った。
「佐竹先生ー」
資料室の扉を開けると誰もいない。とりあえず中に入り棚ごとに先生を探す。しかしどの棚にも姿は見えない。
「……ん?」
奥の扉の向こうから物音がする。どうせ先生位しかいないと思い、軽くノックをしてからノブに手を掛ける。
「佐竹先生ー――……え」
中にはあらゆるビデオや写真集が広がっていた。そしてソファとテレビが鎮座しており、そのソファに座りテレビ画面を見ていた佐竹先生。
それだけなら問題ない。そう、それだけなら。
「わ、私……?」
画面に映っていたのは一昨日出かけた際に買い食いをした自分の姿だった。買った抹茶ソフトクリームをニコニコ顔で舐めながら歩く私。時折その口元がアップで映し出されていた。
「あ、佐竹先生……?」
画面を見て固まっている間に立ちあがったのだろう。私の前に立ち自分を見下ろしている。かけているメガネのレンズが逆光で目元は見えないが、口元はつり上がっている。
いつもと同じはずのその微笑みが、とても怖いものに思えた。
一目散に方向転換し、逃げようとした――が。
「……何処へ行くんですか?」
腕をつかんで勢いよく引っ張られ、そのせいで先生の方に倒される。その隙に先生は扉を閉め、鍵をかけてしまった。最初からかけとけよ、くそう。
床に座り込んでいる私に、先生は先程よりも口の端を上げていった。
「珍しく自習をしてから帰ると聞いていたんですが……いったいこれはどういうことですか?」
いつもの敬語口調が余計に恐怖を煽っている。そして次に、先生の言っている内容に目を見開いた。
そもそも私は自習をして帰るなんて一言も言っていない。友人がおちゃらけて言ったのも例え話だ。何故話を知らないはずの佐竹先生が、友人と私しか知らないはずのその話を知っているのだろう。
いや、今はそれよりも大切なことがある。
「せ、先生。あの、これどういう……」
震える指でテレビを指しながら言う。私の言葉に先生はますます笑みを濃くして言った。
「よく撮れているでしょう?俺もソフトクリーム好きなんですよ。ああ、久実がアイスを舐めているところも見て俺は興奮しましたよ。その眼で、その喉で、俺の自身を咀嚼して、その舌で、その口で、その指で、その手で愛撫してくれたら。ああ、なんて素晴らしいんだ!」
「…………」
お巡りさーん!?ここに、ここに変態教師がいますよー!?
だんだん口調が崩れてきた先生。おまけに内容が内容だ。
「まあそれはまだ先なんだが」
私が引いていると気付いているのかは知らないが、一人ぺらぺらと話し出す先生。いやこれからも先生の裸体を拝むことなんてないと思いますが。
「朝は六時三十分に起床。制服に着替えてからトイレへ。その後洗面所で手洗いと洗顔を済ませてから新聞を取りに行く。リビングのソファで一通り読んだ後朝食。久実は基本和食だな。今朝はご飯と卵焼き、ほうれんそうのお浸し、ウインナーだったな。そのうち俺のウインナーを朝食に出してやる。ついでにミルクもな。楽しみにしとけ。食後はすぐに歯磨き。歯磨き粉はつけるタイプ。その後七時三十分までは携帯のメールチェック。そして三十分になったら携帯を鞄に入れ家を出る。『行ってきまーす』は最高だった。今度俺にも言ってくれ。学校には電車通学。電車の中では英単語帳を開いていたな。そして八時十五分に学校到着。今日の一時限目が体育だったからいつもより五分早かったんだろう。八時二十分、更衣室に友人と行く。最近胸が成長してきて困っている。ああ、そういえば今生理中だったな。身体には注意しろよ、お前だけの身体じゃないんだ。ほれ、毛布。話を続けるぞ。八時三十分から一時限目開始。今日はフットサルだったな。久実はキーパーをしていたろ。すごいじゃないか。相手のシュートを何本も止めていた。その時の揺れる胸が官能的だったな。九時十五分に授業終了、制服に着替える。そういえば昔はブルマーだったんだよな。残念だ。ブルマーならお前のスタイルを余すところなくみれるんだが。ああそうだな。今度着てみてくれ。もちろん俺の前でだぞ?それも着替えているところも一時始終隠さずにゴベブッ!?」
始まったマシンガントークにあっけにとられている私を放って、ちょいちょい繰り出される下ネタやエロトーク。意識を取り戻した私は私が映っていた薄型テレビを思いっきり先生――否。佐竹の顔面に投げつけた。そして見事にクリーンヒット。すごいな、最新の薄型テレビ。女の私でも持ち上げられた。
……って言うか佐竹ストーカーかよ!
今更ながらに友人の台詞が頭に浮かぶ。
『先週から憑いてんじゃん』
『先週から』
・ ・ ・ ・ ・ ・ !?
「……先生」
「ゴフッ……うう、何だ?」
「先生、いつから私をストーカーしてたんですか?」
「ストーカーじゃないぞ!これは立派な防衛だ。久実のような見目麗しくて愛らしい可憐な少女を一人で帰らせるのはどうかと思いブベッ!?」
慌てたように言い訳を始めたので落ちていたリモコンを投げつけて黙らせる。血や脂汗を流しているが未だに懲りた様子はない。
……にしてもイケメンが苦痛に歪んだ顔ってなんかゾクゾクする。案外いいものかも……ヤバい。目覚めそう。
とりあえず浮かんできた高揚感を押さえ、佐竹の右手の甲に足を乗せ力強く踏む。佐竹は左利きだしまあ大丈夫だろう……多分。
「んで先生。いつからですか?」
「せ、先週の……始業式からだ」
痛みに顔をゆがませながら答える佐竹。にしてもマジか。私鈍すぎる。っていうか佐竹資料室を私的利用してない?
そう思っているとふとある考えが浮かんだ。にんまりと笑って先生に尋ねる。
「……先生。わたしのこと、好きですか?」
「!ああ、好きだ。大好きだ。いや、愛してる!」
苦痛か恥ずかしさかは分からないが顔を真っ赤にしながら叫んだ佐竹。顔良し頭良し。収入は……教師だけど実家は金持ちだったっけ。たしか佐竹次男だったよな。だったら家を継ぐとか考えないでいいか。まあ性格は……ストーカーだしな。ストーカーだよね、これ?ヤンデレじゃないよね?
「先生、私のこといつも見ていたんですか?」
「ああ見ていた!毎日二十四時間欠かさず見ていたぞ!……さすがに家の中まではセキュリティがキツ過ぎて望遠鏡で見ることしかできなかったが」
悔しそうに言う佐竹。それは当然だろう。母を盲目的、いや病的に愛している父が家にカメラや盗聴器を仕掛けないわけがない。母はほとんど家を出ないにもかかわらず家中にカメラがあるんだから。……と、それはともかく。
「だったら私に仲の良い男友達がいるって知ってますよね?」
「?知ってるぞ?三年二組の矢間撓 夜音に同じクラスの珠洲 恭に部活仲間の仲村渠 柘だろ?まあ矢間撓は男友達というより従兄だが。他には……」
「あ、もう良いです」
家庭状況まで把握していたかこの男。……まあいい。大切なのは、それを見てコイツがどう思ったかだ。
「……先生。彼らのこと、どう思いましたか?」
「…………俺も」
「はい?」
「俺も、久実とあんな風に話したかった。仲良くしたかった。一緒に帰りたかった。遊びに行きたかった。……羨ましかった!」
……子供か、この男。
予想より斜め上の回答だったが、まあいい。ヤンデレじゃないなら許容出来る。ストーカーならまだ大丈夫だ、と、思う。
「……先生。提案があるんですけど」
「!!」
がばっと頭を起こし私を見る佐竹。目に涙を浮かべ、しかし欲情の炎を見て口元を緩ませた。
――先生?覚悟して下さいね?
ワンコ系ストーカー教師です。可愛い。すごく可愛い。
久実ちゃんS化。どうしてこうなった。
以下、人物設定。
*棚形 久実
「平凡≠常識」の二人、「棚形 狼」と「矢間撓 七胡」の子ども。ヤンデレ父と達観母に育てられた平凡な子。父の鬼畜気質と母の大人っぽさを受け継ぎ立派に育った。
*佐竹 弥勒
久実が二年に進学した年に転勤してきた物理教師。始めやる気はなかったが、久実に一目惚れして一転やる気に。顔面偏差値上の下。根っからのストーカー気質。本編終了後、ストーカーからヤンデレになる、カモ。
名前の由来は「STK」→「さたけ」→「佐竹」、「見録(画)」→「みろく」→「弥勒」。