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第8話「あまい取引」

「いやあ、魔法少女ちゃん。びっくりしたよ、あんなに動けるなんて。明らかに初心者の動きじゃなかったね。ホワイトドレイクの動きも先読みしていたし、いやいや勘違いしてたよ俺は」


「いや……別に……そんなこと……どうでも……いいが……」


戦果の確認の傍ら、青年は声をかけてきた。他のプレイヤーに目をつけられたため、討伐後急いで場を離れたが、どうやらこいつは位置補足魔法をかけていたらしく、あとを追ってきていた。ちなみに自分は0.3%。彼は5%の戦果を挙げていた。やはり攻撃力は落ちていたようで思ったよりダメージは通せていなかったようだ。


あとすごく疲れてしまっていた。いつも以上に足をうごかす必要があったし、剣も重すぎる。今思えば両手持ちに加えて羽剣を使用していたほうがよかったかもしれない。


「うんうん。その見た目も相まって、多くのファンができそうだなあ。いまはどっかのクラスタとかに入ってないの?」


「ちょっと前までは……入ってたけど、自分磨きするために抜けた」


「自分磨きって……なおさら謎めいてるねえ」


「……はあ、も、もういいか? そろそろログアウトしたい」


「ああ、ちょっと待って!」


青年はプレイヤーカードを出現させ、名刺のように両手でこちらに差し出してきた。これは魔力を消費することによって作られる、プレイヤーの情報を表示させるカードだ。これを交換することは友達や仲間として登録されることに等しい。


アサルトエリアには基本的にフレンド機能やギルド機能は存在しない。そのためプレイヤーの間でそれに準ずる取り決めがなされるだけに留まっている。例えばこのプレイヤーカードによる連絡情報入手、リーダを立て、そいつが複数人のプレイヤーカードを管理し、相互の連絡を取るギルド、などだ。


ギルドは組織的な動きを有するものをさすが、ちょっとした目的を持った友達や仲間といった遊びメインの集団はクラスタと呼ばれることが多い。


プレイヤーカードは受け取るのは自由であることが多く、それに返信するかどうかはまた別の話だったりする。とりあえずは黙って受け取り、内容を確認することにする。


――Gladius。そう名前欄に記述されていた。ランクはXD、総合順位は325位。属性適正は水。直近平均シンクロ率84%。メッセージは「自由気ままにやってます。よろしく」。


「せっかくの機会だしさ、もらっといてくれよ」


シンクロ率が高い。ランクも相応に上がっていることからも、こいつも初期型の可能性が高い。


「グラディウスは呼びづらいだろうから、グラドでいいぞ。だいたい休日はいつもこの時間にいるから困ったことがあればいつでも連絡してくれ」


「……」


こいつなら、白騎士についてももちろん知っているだろう。連絡先を交換しておけば――情報をもらえるかもしれない。


「……ほらよ」


「お、くれんの!? ラッキー! 別に幼女はストライク範囲じゃないけど、かわいいアバターと知り合いであることに損はないからなあ……」


「あのさ」


「……って、お前アリア!? あの暴走族の!?」


「な、誰が暴走族だって!?」


「いやいや、見かけた相手にところかまわず戦闘仕掛ける危険人物だって俺の周りでは……」


「ひどい言われようだ! 別にところかまわず殴りかかってるわけじゃない! いつも真正面から挑んでる!」


「そういう意味ではないと思うが……っていうか、こんなに小さかったのか。少女とは聞いたことあるが、幼女とは聞いたことないぞ」


「僕だって知らないよ」


「でも、この身長に設定できているということはやはりそれ相応のサイズなんだよなあ……やっぱり小中学生……」


「ぼ、僕のことはどうでもいい。それより連絡先を渡したなりの理由があるんだ」


「理由?」


話をそらされる前に本題に入る。青年――グラドに白騎士を探していると伝える。そして、もし見つけたら連絡をしてほしいと。


「白騎士……トッププレイヤーのあいつかぁ。そういやこの時間に見ないのは珍しいか。あ、そういえば昨日誰かと決闘していたとか聞いたような聞かなかったような。普段狩りしかしていないやつだからかなり話題になってたなあ」


やはり、上位プレイヤーともなれば白騎士を知らないやつはいないみたいだ。これならば見つかりさえすればすぐに連絡がもらえそうだ。そして、やつにあって話をすれば身体をもとに戻す方法も――。


「ふふん、だけど情報を欲しいというならそれなりの対価はもらうけどね」


「は? 別に情報なんて大層なこといってないだろ。見かけたら連絡が欲しいだけで――」


「いやいや、せっかくかのアリア様からご連絡先をいただいたんだ。俺だってできる限り有効活用させていただきたいね」


「ぐっ……」


確かに、見ず知らずの人間に人探しを見返り無しで手伝わせるのは不公平かもしれない。ここはおとなしく従っておくべきだろう。等価交換であれば、そんな面倒なこともさせられないだろうし、よっぽどであれば断ればいいだけだ。


「わかったよ。で、なにをすればいいんだ。アイテムならいろいろ持ってるが……」


「いや、今はまだいいよ。見つけてからじゃないと俺が詐欺るかもしれないからね。とりあえず三日ほど待ってくれないか? それからでいいよ。もし先に君が見つけたなら特に見返りも求めない。その間に俺もネタを考えるからさ」


「あれ? そんなのでいいのか?」


「ああ。かわいい女の子には優しいんでね!」


先ほど崖からどつき落とした男がどの口を叩いているのか。だが、それなりに良識のある男っぽいのでよかった。これなら見つけ次第連絡は確実にくれそうだ。


「それじゃ、またね」


グラドはアリアのプレイヤーカードを胸の中にしまい、ひらひらを手を振りながらログアウトしていった。








「……」


「あっ起きた」


「おわっ!? んげっ」


ログアウトし目が覚めると目の前いっぱいに彩貴の顔が映り込む。思わず情けない声をあげてしまったあげく、ヘッドアクセを付けた頭の重さに引っ張られて顔を上げようとした瞬間に首を痛めてしまう。


とりあえず一旦落ち着きゆっくりとヘッドアクセを外したのち、痛めた首と頭をすりすりとなでる。彩貴はそんな僕を見てくすくすと笑っていた。


「な、なんで覗いてたの? 彩貴?」


「ん? お姉ちゃんの寝顔かわいいなと思って」


「いやいや、これつけてたら見えないでしょそんなの」


「もちろん冗談だよ。そろそろ起こそうと思ってただけ」


机の上に置いてある時計をみると時間は午後3時。起動したのは1時ごろだったと思うから、2時間程度プレイしていたことになる。いつもならば、日中遊んでいるような感じだが、さすがに今日の疲れ方は異常だったのでどっちみち続けることはできなかっただろう。身体は寝ているとは言え、脳への負担は大きい。そういうことは彩貴も知っているのだろう。身を案じて起こそうとしていてくれたのかのしれない。


アサルトエリアには外部からアクセスする方法がある。ただ、プレイヤーに簡易メッセージではあるが、左側についているベルのマークが描かれたボタンを押すと外部から接触があったアラート音をプレイヤーに伝えることができるのだ。また、著しく位置の移動が生じた場合も自動的にアラートが鳴るようになっている。


「使ったことないけど、ここのボタン押せば起きるんでしょ? いい加減長すぎるとよくないかなと思って」


「あぁ、ありがとう」


「うん。それにちょっと考えてたんだけどね、暇つぶしというか気分転換」


「ん?」


「お姉ちゃん、今晩食べたいものとかある?」


またまた覗き込むようにこちらを見る彩貴。下手な答えは疑念を生みそうで、少し身構えてしまう。カレンは以前なにが好きだったのだろうか。いや、記憶がないということはそれを考慮する必要はないのか? そもそもそういうことをわかったうえで聞いてきているのではないか? どれくらい記憶が残っているかどうかを判断するためか?


「……あぁ、あ、アレルギーとかってあったっけ?」


「……」


苦し紛れの一言。いや、これは大事なことだ。見ず知らずの他人に身体を壊すようなものを食べさせるなどご法度だからな。


彩貴はきょとんしてしまったが、すぐに笑って答えてくれた。


「ふふ。お姉ちゃんにアレルギーはないよ。なんだって食べてたと思うし。好き嫌いもとくになかったよ。ふふふ。変に緊張しなくていいから今食べたいものを答えてくれればそれでいいよ」


「え、あぁ……そう、か。じゃ、じゃあ……カレーとか?」


「ぷふっ」


「なっ!」


なぜか笑われてしまう。そんなに僕の態度がおかしかっただろうか。いや、いきなり料理と聞かれてもそもそも僕の料理辞典は貧弱な所為でレパートリーがぜんぜん思いつかないのだ。だいたい最近は一人暮らしでスーパーの半額惣菜を食いつぶしていく日々であったし。


いったいなにが壺にはまったのだろうか、顔を隠しながらしばらく震える彩貴。ひとしきり笑い終えたのだろうか、やっとこちらに向き直った。目に浮かんだ涙を人さし指で拭っていた。


「いや、いやいやごめんねお姉ちゃん。いや、実はね、お姉ちゃんにリクエストを聞いたのはすごく久しぶりのことなんだよ」


「そ、そうなんだ」


「だから、実際はお姉ちゃんの好きな食べ物とか嫌いな食べ物とかは全然わからないんだ。ほんとなんでも食べるから。いろんな料理を作ってはみたけど、もちろんどれも嫌な顔なんかしてなかったよ。だからあんまり興味ないのかなって、それで聞いたりするようなことはずいぶん前からなくなってたんだ」


「……」


「だから、えーと……そう、今聞けばお姉ちゃんの深層心理が聞き出せるかも! なんてね。でも、まさかカレーだなんて……なんか子供っぽくて笑っちゃった!」


複雑な事情というわけではないのだろうが、このようなナイーブなやりとりに自分が干渉するのが少し罪悪感を感じてしまった。すまないカレン、君は今後深層心理ではカレーが大好きな少女だ。


「うん、じゃあやっぱり都合がいいね」


「都合?」


「うん。家は今二人暮らしだからあまり量作るようなものは料理しないんだ。だからカレールーとかしばらく買ってなくて家にないんだよ。つまり買いにいかなくちゃね」


「あぁ。そういうこと。じゃあ申し訳ないけど彩貴に買ってきてもらうことに……」


「いや、お姉ちゃんも行くんだよ」


「……ですよね」


なんとなくわかってはいたが、やはりそうなるか。じゃあ家にある食材で作れるメニューだったら外に出ることにはならなかったのだろうか。もしそうなら僕の先見性が甘かったといえる――いや、この子ならどちらにせよ別のメニューに誘導して僕を買い物に連れ出すことにしていただろう。


「……わかったよ。私も行くよ」


「うん。じゃあさっそく行こうか」


「わかった、わかったけど……その前に……」


「ん?」


「と、トイレ……」









「あ、やっと来た。おなかの調子でも悪かったの?」


「いや……うん。まあそんなとこ……です」


「ん? まあ、いいや。スーパーはここから歩いて10分ちょいってとこだからゆっくり歩いていこ」


「うん」


わかってはいたが、排泄を我慢することなど不可能だ。しかし、裸を見るよりも恥ずかしいことに違いはないのでやはり気が引けてしまっていた。もちろん、すぐに元の身体に戻ることはできないのでいずれはすることになっていたには違いないが。


しかし困ったのは、自分は一応記憶を失っているとはいえトイレの仕方を聞くのは不自然だろうから、なんとなくですませるしかなかったことだ。しかし僕だって男なのでアダルトな本や動画でそういう場面を見たことはある、だからまったくわからなくはないが――こういうことをなんとなくですませることに抵抗はあるし、それを毎度毎度なんとなくでしなければいけないのはなんかムズムズする。羞恥もあるが、そんなのは些細なことだ。


うん。些細なことだ。


「ほら、行くよ」


「ん?」


手を差し出す彩貴。双子の女の子だとこういうのも普通なのだろうか。黙ってその手を握り返す。彩貴は顔を緩ませ前を向いた。


彩貴の方が身長がおそらく5cm以上は高い。並んで歩いているとどっちが妹かわからない。彩貴の方が少しだけ歩くペースが速いので申し訳程度に早足になってしまう。これだと、連れ歩かれる妹にしか見えないだろう。


しかし、これはちょっと恥ずかしい。彩貴はずっと笑顔だが恥ずかしくないのだろうか――。







特に弾んだ会話もなく、スーパーに着く。10分ちょいとは言えどおそらくこの身体の主、かなりの運動不足のようで疲労感が半端ではない。ゲームだけではなく現実でも疲れることになるとは思わなかった。


人が多く出入りするだろう入口に近づく前につないだ手は離れていた。彩貴はポシェットから携帯を取り出しなにかを確認しだす。そして口を開くなり饒舌にしゃべりだした。


「んー。あ、そうそう。言うの忘れてたけどさっき思いついたんだけどね、カレー作るにしても普通のカレー作るってのも芸がないかなあっと思ってシーフードカレーにしようかと思ったの。いや、実は私意外にもシーフードカレーって食べたことなくて、実は興味あるんだ。お姉ちゃんは魚介類って大丈夫? ああ、以前のお姉ちゃんはもちろん普通に食べてたけど。とりあえず、エビとイカと適当に売ってる貝を入れようと思ってたんだけど。いけそう?」


「うん、だいじょうぶ……だとおもうけど」


「よし。じゃあ回ってこうか」


「あ、かごぐらいは持つよ」


「……」


「どうかした?」


「ううん。別に。お母さんの買い物を手伝いたがる娘みたいだなって」


そんなことを彩貴は言うが買う食品を決めるのは彩貴だから、かごまで彩貴が持ったら自分がついてきた意味がなくなる。外に出ること自体に抵抗があったのに、なんの役割もなかったらその免罪符にならないだろう。


買い物かごを持ち食品売り場を周っていく。野菜、鮮魚、調味料コーナーと順番に歩いていき、目的のものを見つけしだいぱぱっと彩貴は入れていく。今日使うものだけを買い、すぐに必要でないものは極力買わないみたいだ。少人数暮らしではまとめ買いは必ずしも節約にはつながらない。自分では腐らせてしまうこともしばしばあったから、こうきっぱりと買い分けられる彩貴はなかなかの倹約家なのだろうと思う。


それにしてもスーパーにはさまざまな年齢層の人間がいるが、すれ違う人みんながみんな自分より身長が高くて変な笑いが出てしまう。ああ、自分もこんな小さい頃があったんだなって。――もしかしてこれ、棚の一番上のもの取れないんじゃないか?


「お姉ちゃん、なに遊んでるの?」


「な、なんでもない!」






買い物を終え帰路につく。帰りも荷物は自分が持った。はっきり言って今は女の子だし、自分のほうが非力だろうから率先して荷物持ちを担当するのはどうかと思ったが、見栄を張りたくなるのは男の性分なので仕方がない。持つ手を入れ替えながら帰りたかったので再び手をつなぐようなことはなかった。行きよりも会話が増えたような気がするのは、僕への警戒が少しは解けたということなのだろう。


家に帰ると彩貴はすぐに仕込みを始めた。長い時間をかけて煮込みたかったからなのだろう。自分も暇なので手伝うと言ったが、記憶喪失の人間にやらせると危ないでしょうと一蹴された。長い時間待つことになるので、疲れもあったことから僕はおとなしくリビングのソファで目を閉じていた。


スパイスの香りが鼻を刺激し始めたころ、目を覚ます。換気扇の音、カレーがぐつぐつ煮える音、、彩貴の足音、炊飯が終わる音。それに加えて食器のこすれ合う音が覚醒を促す。静かだけど、騒がしい。そんなリビングに懐かしさを感じた。


よく煮込まれたシーフードカレーはほどほどにおいしいかったものの、微妙に調和されていない味に慣れない感じがにじみ出ていた。


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