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第3話「どこかの自分へ」

気がかりなことがあった。それはこの身体の持ち主のことだ。


僕がこの身体に入り込んでしまったため、消えてしまったなんてこともありえなくないかもしれない。


そこで、一つだけ確かめておくべきことがある。今、僕の身体はどうなっているか、だ。


もしかすれば、この身体の持ち主である少女がそちらに入り込んでいて……入れ替わりなんてことがあるのかもしれない。なぜ、どうしてこの少女となのかはわからないが。


時間は過ぎて今は昼前、お粥を食べたのがどうやら深夜3時頃。睡眠を挟んでまた少しお腹が減ってきた。


「な、なぁ彩貴」


「ん? どうしたのお姉ちゃん」


「お腹が空いちゃったんだ。今ちょっと食欲あるから、なにか頼めない?」


「わぁ! うん、わかった! すぐに作ってくるよ!」


――彩貴はずっと僕、いやこの身体の持ち主の部屋にいた。ベッドに横たわる僕を監視か、はたまた看病してるつもりなのか、べったりだった。


お腹が減っていたのは事実だが、目的は他にもある。一時的に退散させたかったのだ。僕の家に連絡を取るために。


彩貴が部屋から出ていったのを確認すると、僕はそこら辺にある収納類をあさる。女の子の部屋だから気が引けたが、今は必要なものがある。


それは携帯だ。年頃の娘だ。持っていてもおかしくはないだろう。年齢はわからないけど……小学生でも持っている時代なんだから普通あるはずだ。


一番に目についた机にはなにも置いてはいなかった。電気スタンドのみだ。だから仕方なく、それについている引き出しから探る。


――ない。上から一つ目の引き出しにはアサルトエリアの説明書が入っていた。俺の部屋にあるのと同じもので、初期仕様のものだ。現在よりも注意書が少なく、A4版の中綴じ冊子となっている。実際説明などはゲームが始まってから行われるので起動説明がほとんどなのだ。


そして、説明書には加えてシリアルナンバーが記載されている。A0056、僕より若いナンバーだった。つまり、入手が早かったということである。だからといってなんだということは無いが、早いが話それなりのやる気を持って入手したのは間違いない。


おそらく、このナンバーだと発売開始イベントの列に徹夜で並んでいたレベルだろう。こんな女の子が夜遅く並んでいたとは思えないので代理人がいるとは思うが。ちなみに僕は一般発売になってからたまたま売れ残っていたものを近くのゲーム屋で買ったのでそのような苦労はしていない。


と、目的が反れてしまった。携帯電話を探そう。この引き出しにはなかったので一つ下――ない。筆記用具が適当に詰まっていた。仕切りがあるのでもともとは整理していたのかもしれない。


引き出しはあと一つ。一番下の引き出しを開けようとした時だった。


「どうしたの、お姉ちゃん」


彩貴が戻ってきた。両手で持ったお盆の上にはチャーハンが乗っている。なるほど、確かにそれなら早く作れるか。計算外だが、無視するわけにはいかないだろう。変に思われるのが一番だめだ。


「ありがとう彩貴、さっそく食べるよ」


「探し物でもしてた? 記憶にまつわるものとか」


彩貴は不審そうにこちらの顔を窺う。その覗き込むような視線に冷や汗が垂れそうになったが、焦りを見せる前に正直に話すことにした。


「いや、携帯電話を探してたの。ひょっとしたらメールとか見ればなにか思い出せるかもと思って――」


我ながらうまい切り返しだと思う。矛盾とか違和感はないはずだ。実際自分の行った会話を見ることで思い出せることもあるだろうし。


「なるほど……そう言うってことはやっぱり記憶がないんだね」


「えっ、それはどういう……」


彩貴はベッドに腰掛けて言った。


「だって、お姉ちゃん。最近携帯壊しちゃったじゃない」


「はい?」


諦めなよと言わんばかりに彩貴は僕をベッドに促す。それに従って僕はそこに戻った。


彩貴はチャーハンをレンゲで突きながら言った。


「理由は知らないけどさ、リビングに置いてあったよ、壊れた携帯が。いつだったかな。お姉ちゃん何も言わなかったから新しいの結局買ってないけど。はい、あーん」


「あ、あー。んぐ」


美味しい。


「ま、うちそんなにお金ないし、新しいのは我慢してよね。もしかしたら保障とかあったのかもしれないけどよくわかんないし」


「まだその携帯はある?」


「あるけど……画面割れてて使い物にならないよ。メモリーカードみたいなのも割れてるっぽいからデータも復元できそうにないし」


「そうか」


この身体の娘の情報に関しては別にいいが、プライベートに使える連絡手段が一つ失われたのは痛い。一応家の電話はあるだろうが彩貴がいる間に使うのは良くないだろう。記憶を失ったであろう姉が、どこかに電話をかけようとするなど、不審極まりない。


とりあえずは保留しかないか。この身体に慣れてから外で公衆電話を使えばいいし。


「ごちそうさま」


ちょっと身体に慣れたのか、はたまたこの身体の調子が食事を摂ることでよくなったのか、抵抗なくご飯を平らげることができた。彩貴も嬉しかったようで、「お粗末様でした」と笑顔を見せた。


「ねえ、お姉ちゃん」


彩貴が言う。


「な、なに?」


「その……お風呂入ったの何週間前か覚えてる?」


「は?」


つまりはその……遠回しにしばらくこの身体の主は風呂に入ってなかったのだと伝えているのか?


しかし聞き方がおかしい。何日前ではなく、何週間前と聞いたのだ。要するに彼女の知る限りでは7日以上は風呂に入っているところを見たことがないということか。


ふと臭いを嗅いでみる。腕、確かに仄かに酸い臭いを感じる。だが、それでも普段の僕よりは全然ましな臭いだ。脇辺りも嗅いでみたが多少臭いを増したが許容範囲だと思えるほど。


思いの外反応の悪い僕に対して嫌気がさしたのか、彩貴は語気を強めて言った。


「お姉ちゃん、確かにそんなに臭くないかもしれないよ。でも女の子としてそれは駄目だと思うの。ほら、髪の毛とか触ってみてよ。さらさらだけどベタベタだよ。せっかく綺麗な髪の毛してるんだから、ね……お願い!」


はっきりと言えばいいじゃないか。臭う、汚いから風呂に入れと。気を使っているのかもしれないが、そんなんじゃ確かにこの姉は言うことを聞かなかっただろう。


だが、まあこの必死な姿を見る限り不憫な気持ちにはなる。別に僕は風呂に入りたくない訳ではないし、黙って従うべきだろう。


「わかった。入る、入るよ。実際、自分が何日入ってないかわからないしね。臭い臭くない以前に汚いのは嫌だし」


ほっ、という声が聞こえるくらい、大袈裟に彩貴は胸を撫で下ろした。


太陽がまだ活動している時間に風呂に入るなど何年ぶりになるかはわからないが、今すぐ入れと言ってるみたいなのでそうしてやろう。


だが、抵抗はある。なんせ女の子の、ましてや知らない娘の裸を見ることになるのだから。子供の裸に興味はないが、罪悪感はある。こんな堕落してそうな生活を送っていようと、花も恥じらう乙女であろう。知らない男に裸を見られて良い気分にはなるまい。


「着替えは? 私、何も覚えてないから」


ゆっくりとベッドから降り部屋を見渡す。チェストが置いてあるのでおそらくはそこだろうが……。


「あ、いいよ先に入ってて。私が用意するから。多分タオルとかどこから取り出すかわからないだろうし。えっと……お風呂は部屋を出て右側を真っ直ぐ、で階段があるから――」


「いいよ、それぐらいで。別に豪邸って訳じゃないでしょ。歩けば見つかるって」


「そう? じゃあ、脱いだものは洗濯機に入れておいて。それだけ」


「はいはい」


空返事をして僕は部屋のドアノブに手をつけた。内開きのドアだ。足元に気をつけゆっくりとドアをひく。僕は初めて部屋の外へと出た。

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