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第2話「知らない世界」

「目、覚めた?」


「……えっと、妹……だったか。名前、なんていうんだったっけ」


「……サキ。彩貴だよ。思い出した?」


「いや、全然。なにも」


「そう……まぁ、気にしないで。無理に思い出す必要なんてないから」


「あ、あぁ……」


ベッド、机、本棚、そしてパソコン。それぐらいしかない殺風景な部屋。僕はそのベッドに横たわっていた。いつの間にか気を失っていたみたいだ。彼女……彩貴が寝かせてくれたのだろう。


正直精神面で堪えていたのだ。こんな思いがけないことが起こってしまって。脳の処理が追い付かなかった。


ふと、右手を見てみる。そこにあるのは普段見慣れた骨張ったカサカサの肌ではない。若い少女の細く滑らかな腕だった。


もう一度確認するまでもない。僕は誰か知らない人の身体に入ってしまっているんだ。しかも、女の子……。なにかの因果だろうか? 自分が望んだから?


ギュルルゥ。


どこからか変な音が聞こえる。ぐっと身体を起こしてみるともう一度のその音がした。……まぁ、僕のお腹からなのだろう。


「お姉ちゃん、お腹減ってない?」


「いや、特には」


むしろ吐き気がするくらいだ。頭がぐらんぐらん揺れている感覚もする。とても何かが食べられるような状態ではない……と思う。が、僕の身体じゃないのでよくわからないのが本音だ。


彩貴は心配そうに僕の顔を覗き込む。数時間前に見た怯えた表情はもうない。あれは一体なんだったのか。


「でも、お姉ちゃん昨日からなにも食べてないでしょ。気分が悪いからって何も食べなくちゃ死んじゃうよ……」


「……でも、多分吐くから」


「じゃ、食べやすそうなものならいいよね! 私お粥作るからちょっと待っててよ!」


「あ……」


止める間もなく彩貴は部屋からとことこと出ていった。少し、足取りが軽そうにも見えた。喜んでいるのか? 姉が記憶喪失なのに。


「……とりあえず現状を確認するか」


僕はよろけながらもベッドから下りる。そして、姿見まで歩く。そう言えば歩幅が小さいことが結構気になる。こんな数メールの移動に4歩も使っていた。


「……なんだ、結構かわいいな」


起きる前はヘッドアクセがついていたため、顔が見えなかった。だが今はその白い肌、まん丸とした瞳、ちょっと薄めのピンク色の唇がよく見える。


僕の中の基準ではかなり可愛いの部類。どストライクかと言われたら、年齢が離れすぎているのでちょっとわからない。だが、クラスの男子なんかには結構もてるんだろうなと思う。


身長が低めで、落ち着いた顔つきなので地味……とも言えるが、むしろ守ってやりたい感じのタイプだろうな。


だけど、ヘッドアクセを付けていたということは……やっぱりアサルトエリアのプレイヤーなんだろう。しかもこのヘッドアクセ、今は生産停止状態の旧型だ。そうか、これが不具合を利用した代償なのか。


旧型ヘッドアクセはシンクロ率が新型より格段に高い。だが、それが異常に高くなれば……ゲームの世界に取り残される。そういう噂が通っていた。


僕はそれを望んで旧型を使っていた。だが……違うみたいだな。本当の不具合はきっとプレイヤー同士の入れ替わり現象だろう。


ヘッドアクセには人の記憶を一時的に読み取る機能があるとされていた。しかし、あくまで一時に過ぎず、永遠に人の記憶をデジタル信号として残せるのはあと100年かかると言われている。



だが、もし一時的でいいならば……高度な通信機能を兼ね備えたヘッドアクセはリアルタイムにデータのやり取りをほとんどラグが無く行える。また、一部の情報のやり取りはプレイヤー間のヘッドアクセで行えるらしい。


だから、もしかしたら、そういうことなのかもしれない。


それにしてもこの部屋にはなにもないな……これじゃこいつの情報を全く知ることが出来ない。今は名前すら知らない。彩貴に聞けばいいが……あまり気が進まない。彼女は嘘を教える可能性がある。


記憶喪失についてあまり落胆の色を見せていなかった。それに、僕に――いや、この少女に対してのあの謝り方。なにかある、それは間違いない。


ならば、この部屋にあるこいつの私物で情報を得るしかない。


それにしてもさっきからお腹の音が止まないな。……そう言えば昨日から何も食べてないとか言っていたか。ということは、こいつはそんなにもアサルトエリアにどはまりしてたのか。見た目は大人しそうに見えて意外だ――。


いくつか本棚があるので調べてみる。主にマンガ、他には医学書やら、工学系の本が置かれていた。趣味は雑多なのかもしれない。だが、彼女の情報が書いてありそうなアルバムや卒業文集はなかった。


後調べられるのは机にある引き出しくらいかと思い、引き出しに手を掛けたその時だった。ガチャリとドアの開く音がタイムアップを告げた。


「あ、お姉ちゃん、勝手に動いちゃダメだよ!」


これ以上物色する前に妹が帰ってきてしまった。芳ばしい匂いを纏いながら。


「ほら特製」


どうやら本当にお粥を作ってきたようで、ほのかな褐色はどうやら薄く味を付けて煮込んでいるようで、その上にとき卵を落としている。散らした葱の緑が彩りを綺麗に見せていた。つまり、見た目はまるということだ。


観察するような僕の視線を訝しげに思ったのか、彩貴は頬を膨らませてこちらを見ていた。


「毒なんて入ってないよ! 真心込めて作ったんだから。さぁ、召し上がれ。それとも食べさせてあげたほうがいいかな?」


「いや、それはいいよ。だいたい病人じゃないと思うし。……ではいただきます」


お盆の上にお粥と一緒に置かれたレンゲを手に取り、一杯分すくう。湯気の立ち上るそれはまさに熱いぞと意思表示を怠っていないみたいなので、僕はそれに従いふうふうと息を吹き掛け適温に冷やす。そのあとにようやく口の中へと運び込む。


彩貴の食い入る視線が気になってしょうがなかったが、なんとか平静を保ってそれを口の中で味わう。


「……うん。美味しいよ。ありがとう」


僕の言葉を聞いて両手を組んで喜ぶ彩貴。しまいには飛び跳ねていた。


「お姉ちゃんがありがとうだなんて……嬉しい! やったあ!」


実に見ていて微笑ましい光景なのだが、食べている傍であまり埃を舞い散らせないで欲しいし、床を揺らさないで欲しい。もし、お粥が零れたらそれこそ大惨事だし。


……それに、この笑顔を見ても手放しでは喜ぶ気になれない。おかしいだろう。お前から見れば記憶喪失なんだぞ、こいつは。


だが、それを伝えるのは今ではない。せめて「僕」の所在を確認してからだ。……そういえば、ここってどこなんだ?


「……えっと、彩貴。一つ聞いていいかな」


「わぁ……ん? どうしたのお姉ちゃん」


「ここって……あぁ、私の住んでいる町って日本のどこなのかな?」


「あ、そうか。そういうこともわからないんだね。……教えてあげたほうがいいのかな……うん、どうせすぐわかることだしね」


多少の躊躇いがある彩貴。やはり、元の姉とはなにかしらわだかまりがあったのか……。


「えっと、ここは――」


彩貴は教えてくれた。しかし、その住所は僕のまったく知らない場所。ただわかったのは電車なんかじゃ行けない距離。新幹線を使わないと日帰り出来ないくらい離れていることがわかった。


つまり、直接確かめに行くには少々骨が折れるということだ。


「……で、なにか思い出した?」


真剣な表情を作ってしまったのがばれたのか、彩貴は心配そうに僕に聞いてきた。


「……いや、なにもわからないよ。ごめん」


「ううん。いいの。それよりほら、お粥食べてね。冷めちゃうから」


「あ、あぁ……」


そうは言うものの二杯目はちょうどいい具合の温度になっていた。僕にはこのぐらいがいい。


変に詮索するのも疲れるし、されるのも疲れるので、もう無心になってお粥にがっついた。最後まで一粒も残さず食べてしまうほど美味しかった。


そのときの彩貴の表情はやはり笑顔だった。

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