第1話「その頂を目指す者」
こういうジャンルは初めてですが、なんとか一つの作品に出来たらなぁ
アサルトエリアは最初、子供から大人までが安心して遊べる家庭用ゲーム機として発売された。
ヘッドフォン型で、それを頭に装着しバイザーで目を覆ってからスイッチを押すと、脳内パルス読み取り及び感覚制御パルス送信が開始され、架空世界での感覚ダイブ型対戦オンラインゲームを始めることができる。
また、架空世界であるアサルトエリアは現実の世界をモチーフにしており、各ユーザから周辺状況を収集し、世界を再構成していくという画期的システムであった。それもあって売り上げはうなぎのぼりになり、たちまち日本全国でプレイヤーの数を増やしていくこととなった。
しかし、発売から数ヶ月後事件が起こる。ヘッドアクセの不良による脳内パルス侵害が生じ、一人のプレイヤーを植物状態になってしまったのだ。
それから開発元の企業は自主回収を行い、第二段の脳内パルス読み取りオンリーのヘッドアクセへと移行をはじめた。それはバイザー型ビジュアライザのみによる視覚的ダイブに留まる仕様となったのだ。
だが、その回収騒ぎに流されないものたちがいた。それが僕を含めたトッププレイヤー達だ。僕達は寝る間も惜しんでアサルトエリアにのめり込み、常に上位を目指していた。
アサルトエリアにおけるランクの評価基準はいたって簡単。アサルトエリア内におけるプレイヤー同士のバトルに勝利すること、またNPCモンスターを討伐することで評価があがる。加算ポイント制になっており、つまるところやればやるほどランクが上がっていくのだ。
僕達が回収を受け入れなかったのは理由があった。それはある一つの噂が流れていたからだ。
事故にあったプレイヤーがアサルトエリアに未だ出没している。
そういった内容だった。新聞ではプレイヤーの現状がわからないのだが、僕達の間では未だにヘッドアクセをつけてアサルトエリアにいるのではないのかという話になっている。
植物人間になったんじゃない。なんらかの理由でアサルトエリアに取り残されたのだ。
普通ならば恐ろしいと思うところなのだが、僕らは違った。むしろそれを望んだのだ。
このゲームに捕われてしまった僕達は、もはや現実世界などに興味は失せ、いっそのことならゲームの世界で生きたいと思うようになってしまっていたから。
……こちら側にはライバルたちがいる。自由に動き回り、戦いあえる。現実なんかより百倍楽しいに決まっているじゃないか。
「出たな白騎士! 今日こそ決着をつけるぞ!」
「私は狩専だ。プレイヤーには興味がない」
「そう言ってまた逃げ出すのか。それとも俺が怖いのか!」
「違う。人間サイズの相手と戦ってもつまらないだけだ。お前の実力などどうでもいい」
「こいつ……!」
白いマントがトレードマークの白い西洋風の鎧を纏った騎士。顔も兜をかぶっていていまいち表情すらつかめない。アサルトエリア内で実力上ナンバーワンのプレイヤー。それが今僕の前に対峙している。
時間は深夜零時。いつものように僕はアサルトエリアにダイブしていた。しかし、今日は目標があるのだ。それはアサルトエリアにおいてナンバーワンになること。それは現状一位であるこいつに一度だけ勝利することが絶対条件なのだ。
そしてこいつも僕と同じ旧型アクセを付けている。シンクロ率が常に95%を越えており、それはこの世界での動きやすさに直結する。旧型アクセは同期微弱信号を脳に送るため、新型よりもシンクロしやすくなっている。だが、それを抜いても彼は違う。一線を画してシンクロ率が高く、全てのプレイヤーがそれを越えることは適わないとされているほどであった。
僕は調子がよくてもせいぜい90%。彼の動きについていくには厳しい。しかし、それには大きな理由がある。それは――、
「……ふん、それに貴様みたいなチビスケに構っているほど暇ではない」
「ち、チビスケだと! 実力には関係ないだろ!」
「いや、関係あるな。お前だってわかっているだろう? 本来の身体より大きく体型の違ったキャラクターを選ぶとシンクロ率が上がりにくいと。貴様みたいなオカマ野郎は私を越えることはその時点で適わないんだよ」
「くっ!」
僕のプレイヤーキャラクターは小さな女の子だ。金髪でツインテールにしている。もともとアサルトエリアでは女の子キャラでプレイするものが多く、シンクロ率をあげるためだけに男キャラで戦う人は少数派だった。それがこの白騎士が群を抜いて強い理由の一つだった。
「ぼ、僕が男とは限らないだろう!」
「ボクッ娘を演じているのか? そのつもりだとしても貴様の動きには男臭さが隠せていない。貴様は口調しか完璧にこなせていないんだよ」
「……違う! シンクロ率90%越える時点で性別が一致してないなんてあり得ないだろ!」
実はシンクロ率90%越えも十分高いのだ。それには僕自身驚いている。あまりにアサルトエリアに居すぎた所為か、性別が一致してないにも関わらず不一致では80%が限界だとされていたシンクロ率を越えてしまったのだから。
一致でも90%を越えることは困難なのに、ましてや不一致で越えることなどあり得ない、それが一般論だ。そして、これこそ僕がこいつに勝つための秘訣だろう。
しかし、白騎士は鼻で笑う。
「ふん、だからどうした。お前が女の子である理由にはならんぞ」
「なんでだよ! 不一致で90%越えなんて……」
「あるんだよ。私は見たことがある」
「なに?」
「……まぁいいだろう。面白い。たまにはプレイヤーと戦ってみるのも面白いかもしれない。それに……お前が本当に男ならまた――」
白騎士は腰の剣をゆっくりと抜く。西洋風の両刃。質量のある白い両手持ちの剣。現段階のアップデートで最も強い武器。名を「白光」。
抜いた瞬間まばゆい光のエフェクトが飛びかう。そして白騎士の身体を包み込む。武器スキルの「光の加護」が働いているのだ。
このスキルのおかげで常に白騎士の体力は回復される。まさに反則技だ。
「だが、僕も負けてられない」
ひらひらとした装飾をあしらった軽鎧に身を包んだ僕は両手を合わせ祈りを捧げる。
特殊スキルが発動し、僕の周りに光が降り注いだ。そして、こちらも武器を取り出す。背中から抜いたそれは白騎士の持つ剣よりも何倍も大きく、重い赤き大剣「ジ・エンダー」。納刀時は少し小さくなっているが、今は僕の身体の二倍くらいの大きさになっている。
普通ならば両手でも持つことが困難なそれを僕は右手だけで持つ。特殊スキル「羽剣」がそれを可能にしたのだ。
そして、空いた左手にはロッドを装備する。こちらは安物だがそれでも魔法の力を倍増させてくれる。無いよりはましだ。
「ほほう。二刀流か。だが、片手で我が剣撃を受けとめられるかな」
「こちらの世界じゃ見た目なんて関係ないってことを教えてやるよ!」
「「行くぞ!」」
白騎士はマントを大きくはためかせこちらへと突進してきた。勢いに身を任せ、無理矢理僕の剣を弾こうとする。
だが、そう簡単にはいかせない。僕の装備している防具には弾き軽減効果がついている。僕はその剣を怯むことなく受けとめた。
「ほう、やはりトッププレイヤーではあるか。そう簡単に我が剣の錆にはなってくれないようだな」
「そっちこそ、この程度かよ!」
僕は一旦距離を置く。大きく跳躍し、魔法による氷の足場を作り空中へと舞台を移す。
「お前への対策は考えて来ているんだ」
ロッドを大きく振りかざし魔法を詠唱する。
「ゼータ!」
僕の背後に大きな魔方陣が浮かびあがり、その至るところから火球が飛び出す。それは白騎士に一直線へと向かった。
「ふん、さまざまな属性魔法が使えるんだな。しかも遠距離攻撃か。せこいやつだ」
「せこくて結構! お前に勝てば僕は一番になれるんだからな!」
余裕で構えていた白騎士は少しだけ、火球から遠ざかる。しかし、その分だけ火球の向かう方向は補正される。追尾型の魔法なのだ。
「ふん、追ってくるか。こざかしい」
だがやつはあせらない。一言つぶやいたかと思えば剣を一振りしていた。そこからは凄まじいほどの衝撃波が飛び出し、火球を消し去っていく。そして火球に全てヒットするも、それの勢いは止むことがなく、僕へ向かって飛び込んできた。
「ヤバイ!」
急いで魔法シールドを展開する。二重、三重、四重と数を重ね、魔力が苦しくなり始めた十二重目でやっとそれを消し去ることが出来た。
だが、魔力の減少により、足場は消え、再び地上へと落とされる。着地に失敗をするなんてへまはしなかったが、もうへとへとだ。少々足のふらつきを感じた。飛ばしすぎたか。
「なんだ、この程度か?」
「くっ! 遠距離攻撃は出来ないはずじゃなかったのかよ。お前があんなのを使うなんて聞いたことなかったぞ」
「いくつかのスキルはまだ使ったことすらなかったからな。喜べ、貴様がはじめての的だぞ」
「ふざけるな!」
最後の力を振り絞りもう一度距離をおこうと僕は足に力を入れる。
「おっと、そうはさせん。 白檻!」
奴が右手を上げたかと思うと、奴を中心にいくつもの光の線が地面を這い広がりだす。そしてそれが僕を通り過ぎたかと思うと天に向かって伸びだした。そして、白騎士の頭上あたりに全ての光が集まり閉じられる。
気が付けばドーム状の光の檻に閉じ込められていた。
「逃げ場はなくなったな? これで真剣勝負と行こうではないか?」
奴がわざわざこんなことをしたのには理由がある。なぜなら遠距離戦になるとこちらが有利だからだ。いくら奴に遠距離攻撃法があるとしても、魔力の絶対値は僕の方が大きい。それに奴に体力回復があるとしても僕には自動魔力回復がある。
やつは魔力は回復することは出来ないが、僕は魔力が回復すれば魔法で体力を回復することが出来る。だから、奴は接近戦で短期決戦を決めようとしているのだ。
接近戦による剣撃は奴の方が強いし、シンクロ率が攻撃力に大きく影響する。つまり僕が不利になることが確定的なのだ。
「さぁ、始めようか最終決戦を」
「くっ、仕方ない。いくぞ」
これでもこちらだってメインウェポンは剣なんだ。大きく遅れは取らないはずだ。それに強化魔法、回復魔法だってある。ゲーム的技術でも負けていない。足りないのはシンクロ率だけのはずなんだ!
僕が――僕が女の子だったなら!
「うぉおおお!」
先手必勝。僕はロッドを外し、剣を両手に持ちかえる。これで攻撃力は1.5倍になった。右からの凪ぎ払いをかまし、奴のわき腹を狙う。攻撃範囲、威力ともに申し分ないはずだし、非常に受けにくい攻撃のはずだ。
奴は腕を上げ剣先が下になるように斜めに構える。そしてしゃがみこみ、斜め上に僕の剣を流した。さらに、奴は上に攻撃を反らすことによりあがりきってしまった僕の両腕の間に入り込む。
早い!?
「どうした、がら空きだぞ?」
「ぐっ!」
僕の腹部に強烈な拳が入る。奴は剣ではなくあえて素手の攻撃を与えてきたのだ。
舐められている。これだけ頑張っていても、僕は彼の視界にすら入らない――。
態勢を整えるため一歩引き、剣を身に寄せる。もう少し慎重にやろう。奴に大振りな攻撃は隙を与えているも同然だ。
だが、早い攻撃だと威力が落ちる。そうすれば一撃与えたとしてもすぐに回復されてしまうだろう。ならばどうすればいい?
強い攻撃で早さが足りないなら――シンクロ率を上げるしかない。もっと一つになるんだ。このキャラクターと。
僕自身が創造した、理想の戦士、アリアと!!
もっと、シンクロすればいい!! 僕にはできるはずだ。不一致で90%越えた僕なら!!
――91%。目の前に浮かぶステータスバーの値がかわった。
「なに? 興奮状態における一時的上昇か。だが、それでもまだ私には届かんぞ」
白騎士は剣を振るってくる。上段からの一撃。あえて読みやすい攻撃をしてくるのだ。こちらに受けさせ、その威力を身に味わわせるために。
だが、僕はそれを避けない。奴の思うまま受けとめてやる。そして感じるんだ。この衝撃を!
――92%。
「なに? まだ上がるのというか」
「まだ、負けてたまるかよ!」
僕は剣撃を繰り返す。一回二回三回。受けとめられてもいい。ただ今はこの身体と一つになるんだ。ひたすらに動けばいい。それだけで高まっていく――。
微量に回復した魔力を加速魔法へと注ぎ込む。まだまだ早くなる剣撃。まだ、シンクロできるはずなんだ!! 動かせこの腕を、思うが侭に!!
――93%!!
あまりの上昇にさすがの白騎士も目を疑っている。剣に少し迷いが生じ始めた。しかし、それすら些細なもの。僕の剣はまだその鎧には届かない。
「あり得ない。いきなりここまでシンクロ率が上昇するなんて。そうか、それほどに望んでいるのか。お前も私と同じ、この世界に溶け込むのを!! 自由な戦いを!! 現実からの逃避を!!」
白騎士の感情も高まり、シンクロ率が微妙に上がる。やつもまだ、溶け込むのだ。その鎧と。
「いいだろう。お前との戦いにその可能性があるなら、私は受けて立つ。さぁ、シンクロしようではないか、この世界に、アサルトエリアに!!」
奴の剣撃も急に早くなる。僕の剣は少しずつ遅れ始めた。この身体に奴の攻撃が入りはじめる。だが、回復などしてられない。むしろこのほうがいい。
痛みは、シンクロへと繋がる。アドレナリンが全身へと広がる。それは現実世界の身体へなのか、この身体になのかわからない。だが、確かにその高まりを僕は感じる。それほどに今、一つになりはじめているのだ。
いつの間にか光の檻は消えていた。やつもまた、剣での戦いに集中しはじめたのだろう。だが、今さら一歩たりとも引く気はなかった。今はただ、前へと突き進みたい。奴に一撃を食らわせたい、その一心だ。
――95%。
ついに並んだ。奴に。
「早い! ほぼ互角……いやそれ以上か。たが、まだだ。私もまだこんなものではないはずだ。これが現実の世界ならもっと自由に動くだろう。なぁ、私の両腕よ!」
――96%。
「僕だって……僕だって、こんなものじゃない。想像以上、いや、現実以上が欲しいんだ。魔法なんかじゃないもっとリアルを、この身体に――!!」
――98%。
感じる剣の重さ、衝撃。そして、この世界の空気。奴の気迫!! 今までに感じたことのないリアルが、今僕の目の前にはある。
あと、足りないものは――身体が僕の等身にあっていないことへの違和感。それだけだ。
「欲しい――。僕は、この身体が!!」
「ならば!! 溶けるがいい! この世界に!! さぁ!! 二つ目の世界の頂点に立とうではないか!!」
終わらせる。一番シンクロしている今、このときに。最高の一撃を!!
お互いに大きく剣を引き最後の一瞬に身構える。一瞬の精神統一。それで、今までで一番のシンクロへと!!
「行くぞ!! 白騎士!!」
「来い!!」
ガィイン!!
剣のぶつかり合う衝撃、凄まじい金属音が鳴り響く。そして辺りに広がる衝撃波。どちらが吹っ飛んでもおかしくないこのとき、僕達は全力の力で剣を押し合った。
――シンクロ率100%!!!
「う、な、なんだ!!」
その表示が見えたかと思うと辺りは真っ白に包まれる。白騎士も突然に消え去った。
さらにいきなり激しい吐き気と痛みに襲われ、意識が遠退いていくのを感じた。