第15話「一時休息」
「確かに私は白騎士の活動を追っていた。そのすべてを目にやきつけ、自分も強くなりたいと思った。別に追っかけているだけの変質者などではない。一人で戦うこともある。もちろんゲリラに遭遇すれば白騎士がおらずとも戦いだって当然参加する。私はアサルトエリアを楽しんでいるのだ。ストーカーなどではない」
少しむすっとした表情で言うサトウ。僕が「白騎士の追っかけと聞いて」と言うとこう返してきたのだ。今こそわかるが、申し訳なかったなとは思う。
「だが、君たちに迷惑をかけた。それでおあいことしてくれ」
固い口調だが、普通に人柄のいい人だ。
「あの、それでなんですけど、白騎士さんって今どこで活動されてるかご存知ですか」
僕が言うよりも早くサファイアが質問を投げかけた。そういう質問が来るとわかってはいただろうサトウは腕を組み、少し貯めてから答えだす。
「実は、申し訳ないのだがわからない」
サトウは続ける。
「私もアサルトエリアにログインしている間は常に強化デティンを使い、フロントはもちろん、日本全国あらゆるばしょで白騎士を探している。だが、ここ三日ぐらいだろうか。まったく見当たらない。よく出現する場所は再三確認しているが――たぶん、白騎士は本当にログインしていないのだろう」
「そ、そうか……」
確かに本当にただの追っかけではなかったようだ。
「申し訳ない。力になれず」
深く頭を下げるサトウ。僕は慌てて頭をあげてもらう。無理言って押しかけたのはこっちだ。むしろ情報をくれたのだから、それで十分だ。
「じゃあ、手詰まりか……」
「仕方ないですね。アリアさん。あまり言いたくはありませんが、今日のところはもう身体も限界みたいですし、諦めましょう」
「あ、いや……まあ最初からわからなかったらログアウトするつもりだったし」
「すみません! 私が付き合わせてしまったんですよね!」
そういうつもりで言ったわけじゃないのに、また半泣きになるサファイア。つられてサトウも暗い顔をする。面倒くさいやつらだ。
ただ、収穫がなかったわけではない。
「はい、サトウ」
「これは……プレイヤーカード」
「サトウの連絡先を知っていれば、見つけ次第連絡を取れるだろう。よかったらもらってくれ。いや、ぜひもらってほしい」
受け取ったプレイヤーカードをまじまじと見つめるサトウ。その顔はみるみるうちに明るくなっていった。
「私、プレイヤーカード交換するの初めてだ」
これは衝撃の事実だ。しかし僕も今までサトウのことなど全然聞いたことがなかったし、一人で戦うことも多いみたいだから友達とかが少なかったのだろう。
そんなサトウを羨ましそうにみるサファイア。「私も欲しいです」などというが、ギルド時代に交換しているのでやめてほしい。それに今ので完全に魔力を使い果たしたので生成することもできない。ぱーと手のひらを見せるとむくっと膨れ面をした。
「それじゃあ。また」
「ありがとう、アリア。必ず力になろう」
「うん。ありがとう」
「アリアさん、私も力になります!」
「う……うん。じゃあ」
別れを告げ、やっとログアウトをする。沼に落ちるように眠りにつく感覚――。
帰ってきた、と意識したのはアサルトエリアをログアウトしてからしばらくたってからだ。すぐに起きる事は叶わず、知らず知らずに眠り呆けてしまっていたみたいだ。
時計は16時ちょうどを指している。あと少し遅ければヘッドアクセを身につけ眠りこけている姿を彩貴に晒してしまっていたところだろう。とりあえずヘッドアクセをはずし、喉がカラカラだったので水分補給をする。それもそのはずで、まるで悪夢でもみたかのように汗まみれだったからだ。
身体を起こすと軽くめまいがする。特段、状態がよくなっているとはいえないみたいだ。いや、むしろ悪化している――あたりまえか。
数十分もせず玄関の戸が開く音が聞こえた。足音の間隔がとても早く、どんどんと近づいてくる。カレンの部屋まで、一直線だった。
「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
部屋の扉が勢いよく開かれる。肩で息をするほどの勢いみたいだ。どれだけ心配していたのだろうか、嫌でも伝わってくる。
「……お姉ちゃん、すごい汗。本当に大丈夫?」
「あーふん。なんらあんありたいひょうよふらいみらい」
なるべくまともに答えようと心掛けたのだが、自分でもびっくりするほど呂律が回っていなかった。そもそも彩貴を視界のなかに入れていられない。頭がぐらぐらと動くのだ。
「えぇ……お昼は、食べてるみたいだね。薬も飲んでるみたいだし。うーん、私が思っているよりもずっときつい風邪だったのかな」
あれこれ確認してくれているが、たぶん原因は一つだ。真剣に考えてくれているのがすごく申し訳なくなる。もちろんばれると怒られそうなのでこのままでいいが。
なぜだろうか。こちらをじとりと見て彩貴の表情がだんだん険しいものになっていく。
「――お姉ちゃん、髪」
髪? イマイチぴんとこない僕に対して、彩貴は手鏡でその実状を見せてくれた。
悲しいかな手鏡には思いっきり証拠が映し出されていた。ヘッドアクセをつけていたところの髪が思いっきりつぶれてしまっている。こんなの馬鹿がみてもわかる。
彩貴は呆れ顔でヘッドアクセを手に取る。一度手に触れたときは――汗がついていたのだろう――とっさに手を引いていた。そしてそれをそのまま部屋の外へと持っていく。
少ししてから、戻ってくる。もちろん手元にはヘッドアクセはない。
「お姉ちゃん。しばらくゲームは禁止」
当然の結果だ。彩貴は腰に手を当てぷんぷんと怒ってしまった。内情は呆れのほうが大きいのだろうが。
僕の表情が気に入らなかったのか顔を近づけてへの字に曲がった口を見せ付けてくる。そして説教がましく言った。
「わかった?」
しかしこちらも申し訳程度の抵抗を見せる。
「ぅううぅんんんぅ」
「いや、それどっちかわかんないし……」
一応うんといったつもりだ。返事もまともにできない。情けないが完敗だ。というよりもう自分にはどうにもこうにもできないし、考える力もわかない。とりあえず元気になってから考え直すことにしたい。
脱力し、起こした身体は自然と倒れていく。ぼふっと枕がそれを力なく受け止めてくれる。飲み込まれるように布団の中に沈んでいく身体――いや、なんかすっごく冷たい。思わず身体をがばっと起こしてしまった。頭がゆれる。
「あぁ、もう。そんな状態で布団入ってもびしょびしょだから意味ないでしょ」
そういえば、すごく汗をかいていたのだった。布団が水分で冷やされて不快感がMAXになってしまっていた。
「はぁ……いいから、そのままちょっと待ってて」
また彩貴は部屋を出ていった。鍵が開く音がする。これは――たぶん、あの押しピンだけの刺さったの部屋を開ける音だ。そして、帰ってきたのは布団おばけだった。――なんて、彩貴が掛け布団を正面に抱えているだけだ。薄ピンク色のチェック柄のカバーの布団だ。
彩貴はその布団を部屋の床に置き、もう一往復。今度は敷布団を持ってきた。
彩貴がこっちを見る。はあ、とため息をひとつ。それから側まできてわきに右腕、膝裏に左腕を差し込み、一気に僕の身体を持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこをされたのだ。少しの間だけ身体が宙に浮き、すぐに床のカーペットに寝かせられる。そのあと彩貴は手早く布団の入れ替えを始めた。
再び持ち上げられ、布団に戻されるのかと思ったが、彩貴は一旦部屋を出る。しばらくしてからお湯の入った洗面器とタオルを持ってきた。
「こういうの、実はちょっとやってみたかったんだよね」
僕の身体を起こすと、お尻の下に座布団をしき、座らせる。そして僕の返事もなく、パジャマのボタンを開け始めた。
さすがにいきなりこんなことをされると恥ずかしいので申し訳程度に身体をうねらせる。しかし元気がないのは百も承知で、まったく歯が立たない。あっという間に上半身真っ裸だ。
自分で身体を支えるのもきついぐらいなので、彩貴は僕を押さえながら早速身体を拭いていく。こういうのって背中だけじゃないのか? 彩貴はまったく遠慮なく正面のほうも触ってくる。
「んー、お姉ちゃんまったく大きくなってないね。かわいいかわいい」
そういいながら、軽く胸を揉まれる。自分のことじゃないのになぜかすごい辱しめを受けたような気がした。
だけど、支えた状態で拭いて、さらに絞って濯いでを繰り返している様は、結構な重労働にみえた。すごく、申し訳ない気持ちだ。中身は君の妹じゃないのに。
手際がよく、あっという間に終わった。替えのパジャマに袖を通して終わりっ!
「じゃあ次は下ね」
「んあ!?」
身体が倒され有無を言わさずズボンを引っ張り脱がされる。パンツ丸出しの状態で足を丁寧に拭かれる。
「さて、パンツの下はどうする?」
彩貴がからかうように言う。これ以上好きにされてはたまらない。タオルを奪い取り自ら拙い手つきにはなるが――パンツを脱ぎ去り拭いてやった。
「ふふふ、はい。替えのパンツ」
僕の穿くパンツは妹に指図されねばならんのか……悲しいかなそれを受けとるしかないのだ。こんなのどこから持ってきたのか、イチゴ柄のパンツだった。
ズボンも自分で穿く……と言いたいところだったが、裾が長いため苦戦、結局彩貴にまかせることになり、その後もお姫様抱っこでベッドの上に戻してもらった。悔しいがかなり快適になった。
「もう、しばらく寝ててね。ご飯は……7時くらいに持ってくるから」
それだけ言うと布団を僕にかけ、部屋を出ていった。にやにやとやれやれの混じった顔がすごく目に焼き付いた。まあ、でも彩貴の言うことは至極正しいので大人しく眠りにつかせてもらう。
――それにしてもこの布団、なんかいい匂いするな。
結局その日中に熱が平熱まで下がることはなかった。もちろんのこと、次の日も学校を休むことになる。
アサルトエリアの件は彩貴に怒られてしまったし、申し訳ない気持ちもあったのでなるべく大人しく過ごすように心がけた。
ただ、暇潰しが出来ないのが悪かったのかと彩貴も考えたようで、学校を出る前にどこからか紙袋に詰められた漫画を持ってきてくれた。