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第9話「お友達からはじめましょう」

僕が通う予定の三海高校は私立のちょっといい学校らしい。クラブ活動に盛んではあるが、それだけではなく勉学にも力を入れているとか。専用の施設があるため、弓道と水泳が特に強いとのこと。また、文化祭の盛り上がりも大きく毎年他校の学生も多く来場するとも。その際の見どころとしてはなんでも制服がかわいくて人気だとか――。


「これ、ちょっと変な気分に……」


「ん? なにか言った? お姉ちゃん」


「いや! なにも言ってない!!」


月曜の朝。ついに高校に向かうときが来たのだ。服装はどうしたらいいのかわからないので、それとなく彩貴に聞いてみた結果、結局全部任せることになった。時間もさほどなかったので、着替えを指導も含め淡々と行ってくれた。


夏の制服はセーラー服。ただ、私立特有のちょっとだけとがったデザインが要所要所に垣間見える。赤いスカーフがアクセントになっていて子供っぽさがありつつも、スカートはチェック柄で少し大人びている。


初めて着るセーラー服。というか初めて着る女服。全国の女子学生には悪いがこの年齢になるとコスプレ気分にしかならない。特にスカートは風通りがよくてどうも落ち着かない。足元を隠しているのは黒のハイソックスぐらいだ。


「これ、これさこれさ。両手挙げたらおなか見えない?」


「大丈夫大丈夫」


「あと、スカート短くない? ひざ上なんだけど」


「ひざ上10cmもいってないでしょ。全体で見ればまだ長いくらいだよ。私もおんなじくらいだよ」


「膝小僧見えるのなんか恥ずかしいな……」


「そう? かわいいと思うけど。まぁ、前のお姉ちゃんもそんなに短いのは好きじゃなかったぽかったけどね」


短いことになんの意味があるのだろうか。男の自分からすれば下着が見られる可能性があるというのはかなり危ないというか、いやらしいとしか思えない。特に今は、女物の下着をつけているという罪悪感というか、劣情があるので絶対に見られたくはない。もちろん、スカートだけでも恥ずかしいが。


だが、そんな素振りは見せられない。女の子ならみんなそこまでは思わないだろう。ましてやもう高校生。そんな道は何度も通っている。堂々としなくてはいけない。


「はい。これでOK。ご飯食べたら早く行こ」


「う、うん」


朝食は彩貴の作った目玉焼きとトースト。自分は朝は結構食べる方だったが、今の身体には十分過ぎる量だった。






高校は電車で4本の距離にある。自分が高校のころはギリギリ自転車で通える距離だったので、こういう通学は新鮮だった。特に、誰かと並んで通うなど――。


そこまで都会ではないとは言え、やはり通学通勤時間は駅は人でごった返していた。身長の低い自分に気を遣ってくれたのか、終始包むように誘導してくれた。


そんなこんなで到着した学校。校門周りからすでに綺麗に手入れされておりちょっといい感じの雰囲気を醸し出していた。自分の通っていた学校とは大違いだ。これが私立校というものなのだろうか。


「ほら、お姉ちゃん。何ぼっーとしてるの? 早く行くよ」


「あ、う、うん」


「教室の位置もちゃんと覚えていくんだよ」


彩貴に連れられてたどり着いた教室は校舎の三階。通学までの距離と階段を登った労力でもうすでにへとへとだ。


「ここが教室。じゃ、私は先生にお姉ちゃんが復学したことを伝えにいくから、先に入ってて」


「えっ、ここで一人にするの!? そんなのあとでいいよ。どうせホームルームで先生来るんでしょ?」


「そのときに、弄られて皆から注目されるのも嫌でしょ」


「だったら私もいくよ」


「お姉ちゃんが先生と話したらボロが出るかも知れないでしょ。記憶のことは大事にしたくないでしょ?」


「そ、そうだけど……」


「じゃ、時間もないから」


「あっ……」


待って、という言葉は伝わりきらず彩貴はさっそうとその場を去ってしまった。右手をだらしなくあげた状態で立ち尽くす僕。続々と教室の入り口を通っていく生徒たちに目を向けられるのも苦痛になってきたので大人しく教室に入ることにする。


しかしここで気がつく。彩貴に座席を聞いていないじゃないか。生徒はまだ疎らにしか着席していないので、どこが空き席なのかもわからない、推測は不可能だ。つまりここは誰かに聞く必要がある。


ここしばらく人とろくなコミュニケーションを取っていない自分にはそれはかなりの難題である。しかも相手は子供だ。自然な話かけ方が一切わからない。


「あれ? もしかしてカレンちゃん?」


「どぉわっは!?」


「わわっ、びっくりした。そんなに驚かないでよ」


突如背後から声をかけられ思わずオーバーな反応をしてしまう。振り向くとそこには今しがた教室についたばかりであろう少女がいた。やはり自分よりも背が高く、首を上にむけて話しかけることになる。首をかしげており、右頭部の中程をシュシュで結んだサイドポニーが揺れていた。


「あっと……えっと……」


「うわーほんと久しぶりだね。なんか病気とか聞いてたけど大丈夫だった? 髪伸びたね? 一瞬人違いかと思ったよ。なーんて」


「あぁ……うん。だ、大丈夫……」


「ん? ……あぁ、席か。久しぶりだから変わっててわからなくなったんだね。前は廊下側の列だったもんね。今は左に私の2つ横。ほらあの真ん中のとこ。仕方ないなぁ」


どうすればいいかわからない自分を少女は率先して誘導してくれた。チラチラと感じる周りの視線が気になるがなんとか自分の席にたどり着くことができた。そのまま席に座り、彼女は前の席に腰をかけ話しかけてくる。


「そう言えばサッキーは一緒じゃないんだね。久しぶりに来るときぐらいは一緒かと思ったけど」


サッキー? 彩貴のことか。


「えっと……。先生に私のこと伝えに行くって」


「ん? 一人で?」


「うん」


「ふーん。気を遣ってくれたのかな。久しぶりに先生に会うの怖いもんね。でも、サッキーそんなに面倒見よかったのかぁ。もうちょっとストイックだと思ってたけど」


「はは……」


「あぁ、なんかごめんね! 久しぶりの学校で疲れてるでしょうに」


「いや、それはいいけど」


この子の名前がわからないのが気まずい。そのせいでろくに話しかけることが出来ない。二人称はなんだ? 君とか、あなたとか絶対におかしいだろう。自然に話しかけないとボロが出る――。


というか、このサイドポニーさん(仮)はいつまで自分に構うんだ。この子は仲のいい友達なのか? ほどほどに話すレベルなのか? 彩貴がいないとわからない!


「あれ、カレンちゃん来てるじゃん」


「ほんとだ」


「ひぇっ!?」


今度は二人ほどカレンの存在に気がつく。一人が両肩を軽くつかんできて思わず声を上げてしまう。そりゃしばらく不登校だった少女が突然学校に来てるのだから関係がある人間は気になるに決まっているだろうが、いきなり後ろから捕まれると驚くのでやめてほしい。ただ、少なくとも近づいてくるということは仲が悪い人物ではないと安心していいのだろうが――。


「あ、チヨ。おはよう。アミィも」


「おっは」


「うん」


サイドポニーさんが二人組をそう呼んだ。チヨとアミィか。しかし、この子はそう呼ぶがたぶんカレンはそう呼んでいたとは限らない。今まで使ってないのにあだ名でいきなり呼ぶのは馴れ馴れしさ極まりない。ここはまだ慎重に探ろう。


「カレンちゃん。なんか怖い顔してるね」


そんな考えが見透かされたのかアミィはそんなことをいう。平静を装うことを意識しながら返す。


「えっ、あいや、そんなつもりじゃなかったんだけど……」


「二人も結構心配してたんだよ? 1ヶ月? 2か月? だったっけ、くらい来てなかったし、サッキーはどうなってるか全然教えてくれなかったし」


「そ、そうなんだ……なんかごめんね」


「いやいや、いいよいいよ。無事ってわかっただけですごく嬉しいからさ。ね、二人もそうだよね」


「うん」


「そうね」


普通に話している分の印象はいい友達?という感じだ。休んでいる理由は知らないとはいえ心配していてくれたなんて。女の子というものはもうちょっと怖いものかと思っていたのですごく意外だ。完全に偏見だだけれど。


思い付いたようにチヨが口を開く。


「カレンってさ。休んでた分の宿題とかってやんなきゃいけないのかね」


サイドポニーさんがそれに反応する。


「あぁ。どうだろうね。私が一年生のときインフルで休んでた時は一週間くらいだったけど、普通にやらされたなあ」


宿題と聞くとあまりいい気分ではない。自分は宿題は好きじゃなかった。記憶力はいいほうなので授業を聞けば十分と思っていて、テストは前日にやったおけば赤点くらいは簡単に回避できたからだ。なるべく余計な時間はとりたくないし、その頃からゲームの類いが好きだったからそれに時間を割きたかった。


「まぁ、私と同じパターンかわからないし、もし何か課題出されたとしても一緒に手伝ってあげるよ。あっても数学と生物と……あと古文ぐらいだと思うし楽勝楽勝」


「えっ。ホントに?」


「うん」


「あ、ありがとう」


「いやちょっと待て。アーヤはそんな勉強出来ないでしょ」


「えへへ、まあ言わせてよ」


アーヤの頼りがいのありそうな発言にチヨの容赦ない突っ込みが入る。しかしサイドポニーさんのあだ名はアーヤということがわかった。これで全員のあだ名を把握したことになる。が、これで呼べる保証がないのでまったく意味がない!


「カレンちゃん、今日元気ないね」


こちらの顔を覗き込んでアミィが言う。よくカレンのことを観察しているような印象を受ける。フローラル系の匂いが微かにする。


「あたりまえでしょ。ずっと休んでたんだから。メール返せないぐらいだったもんね」


アーヤがいう。カレンはメールをずっと返していなかったのか。それが携帯を壊してからなのか壊す前なのかはわからないが――。どっちにしても返事がないのはあまりいい気分ではないだろう。カレンの印象を悪くするのはあまりよくないので適当にフォローしておこう。


「えっあっ……ごめんね。なんか携帯壊れてて……ダメだった」


「あ、そうなんだ。じゃあ新しいのに変えたの?」


「いや、その、お金なくて」


「ああ、カレンの家大変だもんね。仕方ないよ」


「あはははは……」


彼女たちは携帯のことを知らない。ということは彼女らが壊したわけではない。もっと言えばクラス内にも犯人はいないのではないだろうか。普通いじめか何かで壊されれば友達に相談者するだろうし、そうでなくても普段連絡を取り合ってる仲ならすぐにバレるだろう。そうなると犯人は――。


「そこ、私の席」


団欒をしている最中、凄みの聞いた声が響く。彩貴だ。腕を組んでいかにも怒っていますよと言わんばかりの態度を取る。極端な態度はたぶん冗談だということなんだろう。


「おおっ、サッキー。遅かったね。先生はなんて?」


「別に。ちゃんとサポートしてあげてとしか言われなかったよ」


「そ。じゃあ私も席に戻るとしますか。またね、カレンちゃん」


「……あ、うん」


アーヤさんは席を彩貴にどうぞ、と譲り2つ隣の席に移動した。チヨは前の方。アミィは窓際後ろの方へと帰っていく。キョロキョロとそれを眺めていた僕に彩貴はよいしょと腰掛けながら話してきた。


「初めてにしては随分仲良く話せてたね」


「いや、まぁ。なんか親切だったし、席も教えてくれて……あ、でも名前がわからなくて……呼び方も……」


周りに聞こえないようこそこそと伝える。彩貴は思い出したかのようにあぁと言ってこそこそと話し返す。


「右のが亜綾(ああや)。お姉ちゃんはアヤヤって呼んでたかな。前に行ったのは萌々千代(ももちよ)。名前がモモチヨね。長いからチヨってみんな呼んでる。お姉ちゃんもそう。もう一人は愛美(あみ)だね。アミって呼んでたけど、語尾伸ばしたりはそのときそのときで違うかったかな」


「はぁ……あ、ありがとう。これからはそんな感じで呼んでおけば大丈夫なんだね」


「そうだね」


「……あの三人は……私の友達だったのかな」


「うーん。たぶんそう、普通かな。あの三人はみんなに馴れ馴れしいほうだからよくわかんない」


「一番仲良くしてたって人は誰になるの?」


「気になるの? ……まあ。強いて言うならたぶんあの人、なんだけど……」


少しだけ考えるように言いよどむ。あまり気乗りしていないような素振りを露骨に見せる。


しぶしぶと腕を上げ彩貴は後ろのほうを指す。指の先にが示すのは栗色の肩ぐらいまでの髪の小柄な女の子。文庫本だろうか。それを読んでいる。


「あの小さい子。名前は私と同じサキ。花が咲く方ね、咲」


「あの子が……な、なんて呼んでたのかな」


「さあ」


「えっ」


「私自身はあの子と進んで話さないし、あの子とお姉ちゃんが話してるとこもあまり見たことないしね」


「でも私とは仲良くしてたって」


「だから、そういうシーンを特に見ていたわけじゃないってこと。普通に話してるのは知ってるけど、どんな内容話してるかは知らないよ」


「そ、そうなの……」


「まあ、気になるなら次の休み時間にでも声かけてみれば。呼び方も適当にしても大丈夫でしょ。変だったら突っ込み入れてくるだろうし。ほら、先生来たよ。担任の。後藤先生ね」


身長は以前の僕くらいだろうか、そのぐらい丈の男が教卓の前へと出てきた。ジャージというだらしないのか引き締まっているのかよくわからない服装が体育会系の雰囲気をよく醸し出しているが、そんなに体格はいいほうではない。


パンパンと二回手を叩き、周囲の注目を集め、口を開きはじめた。


「はい。みんなおはよう。月曜だからって気を抜くなよ。……よし、みんなだいたい来てるな。出席確認は以上、先生からの連絡は特にないぞ。何か連絡とか質問ある人いるか……なかったら授業の準備な」


進行は淡々としている。彩貴が話をしに行ったのはたぶんこの先生なのだろう。おそらく余計な茶々は入れないように釘を指したのだ。有り難いが……周りの生徒からすればどうなのだろう。気にはなるだろうに。


そのまま特に連絡もなく先生は帰っていく。その際にチラッとこちらを見たのに気がついた。カレンのことを少し気にしているのだろう。


先生が去ってまもなく彩貴が話しかけてくる。


「じゃあお姉ちゃん、授業の準備しようか」


「あ、うん。そうだね」


「1時限目は現文だよ。ほらこの教科書。ノートはこれ使って」


「う、うん」


「あ、休み期間の分は適当に空けておいたほうがいっか。あとで私の貸してあげるから写しておこうよ」


「う、うん」


頷くことしかできない。学校なんて久しぶりだから勝手がわからない。ノートは律儀に取るものなのか。いや、そもそも勉強しなくてもある程度大丈夫じゃないのか。ただ、歴史とか古文とかの記憶モノはダメかもしれないが。


チャイムが鳴り、女性の先生が入ってくる。名前は桐谷とのこと。年齢は元の僕とそう変わらないくらいで結構若い。ブラウスに薄手のカーディガンという落ち着いた服装だ。


内容は先週からの続きのようで小説の解説。律儀にメモを取るように黒板を白く染めていったが、多くの生徒はそこまでペンを動かしていない。情報の取捨選択をしているためだ。確かに必要以上のことを黒板につらつらと書いてしまう、こまめな性格の先生なのだろう。優しそうではあるが、話は微妙に冗長で聞き取りづらい印象を受けた。しかし不思議と眠くならなかったのは、やはり久しぶりの学園生活に少しばかりわくわくしているからなのかもしれない。


50分。時間はあっという間に過ぎ終了のチャイムが鳴り響いた。余分なことは言わず、先生も手早く退散していった。生徒の気持ちがよくわかってらっしゃる、おそらくそうなのだろう。


「ふー」


「どうだった?」


「いや、まぁ、普通かな」


「ほほう……結構余裕みたいだね。前はよくうつらうつらしてたイメージあったけど」


「あ、頭がリフレッシュされてるんだよ、うん」


「ふーん。まぁいいや。次は世界史なんだけど……」


「あ、ちょっといいかな。あの……もう一人の咲さん、少し話してきたいんだけど」


「あぁ……いいよ。教科書準備しといてあげるからいっておいでよ……」


「ありがとう」


「あっ」と、なにかを彩貴が言いかけたような気がするがとくに反応がないので、教室後方を見る。咲さんは、また文庫本を読んでいた。友達が少ないのだろうか。一先ず話しかけることにはしよう。


席を立ち後ろまで歩き近づく。目の前まで近づいても反応がない。完全に自分の世界へと入っている。軽く肩を叩いてやった。


「あの……」


「ひっ!?」


「あ、ごめん」


「あわわわ……」


そんなに驚かすつもりはなかったが、ガタンと椅子を揺らすほどアクションさせてしまった。中身を見られたくないのだろうか。文庫本は咄嗟に閉じて胸に抱えてしまった。


一秒ほど静止。落ち着いたのか、ゆっくりと顔を上げやっとこちらを見てくれる。


「……お姉ちゃん?」


「え? あ、ん?」


聞き間違えだろうか、今お姉ちゃんって――。


「わぁ! お姉ちゃん!!」


「わっ」


やはりカレンをお姉ちゃんと呼んでいる。しかもこちらを認識したとたん席を立ち上がり僕をガッツリ抱き締めてくる。身長は咲さんがちょっと高いくらい。ほどよく柔らかい胸の感触が伝わってくる。男としては嬉しい限りだが、精神衛生上よろしくないし、非常に恥ずかしい。それに加えてクラス皆の視線をひしひし感じる。


「咲さん? ちょっと苦しいから離れて……あと恥ずかしい」


「や! もう少し!」


「!?」


「それにさんなんて付けないで! 咲って言ってよ!」


「さ、咲」


「もっと」


「はい!?」


「もっと!! 呼んで!」


「咲……」


「ふにゃあ~」


絡まりながらも崩れ落ちる咲。なにがしたいのかさっぱりわからない。仲が良いとは言え限度があるだろう。これだけの人前だぞ。たぶん自分は赤面して情けない顔になってしまっているだろうし、かなり辛い。


妹の彩貴のほうはというとあからさまにイライラした表情をしていた。しかし自分が行かせた手前止めにくいのだろう。


クラスのみんなも自分と同じくらい呆気にとられ、口出しするものがいない。


しかしそんな中で僕を見かねてかアミが話しかけてくれた。


「あのさ、カレンちゃん。雛山さんここ最近ずっと元気なかったんだよ。たぶんカレンちゃんが来てなかったせいで。それに何て言うんだろ……ほら前も結構アレだったから久しぶりすぎてリミッターが外れたんじゃない?」


心配というのはよく伝わった。だが、リミッターとはなんのことだと問いただしたくなる。それに前もアレだったとは一体。まさかカレンもアレな人だったのか?


依然としてみんなは事の経過を見守るようにこちらに視線を向けている。これ以上はもう耐えられないのでぐっと堪えて咲を椅子に座るよう促す。だらんとしてなかなか動いてはくれず、すごく面倒だった。


顔を見てみると笑顔に薄く涙を浮かべていた。


「ごめんね、ちょっと感情的になっちゃった。あまりにも嬉しくて」


「いや、別にいいけど。ただ場所はわきまえて欲しかったかなあ」


「ううん。本当にごめんね。でも私すごくお姉ちゃん好きだから。ひょっとしたらもう会えないのかなぁなんて思ってたから!」


ぎゅっと手を握ってくる咲。少し痛いほど。カレンと同じくらい小さいけど温かい手。


「う、いやいや、大袈裟な……」


「いや、だって」


「ちょっと、雛山さん」


ついに見かねたのか彩貴がやってきた。両手の拳をグーにして力が籠っているのがよくわかる。眉間に浮かぶシワも隠そうともしていなかった。つまり威嚇しているのだ。


「あら、妹さん。おはよう」


「おはようじゃあないよ。さすがに迷惑でしょそんな白昼堂々イチャコラして、お姉ちゃんも嫌がってるじゃない」


「えーそんなことないよ。ね、お姉ちゃん」


「ちょっと!! そのお姉ちゃん呼びは止めるって前に言ったでしょ!!」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」


「お姉ちゃんは私の、お姉ちゃんだから。冗談でも口にしないで!」


「別にいいじゃない。あなたに迷惑かけてないんだし」


「十分迷惑よ! 今だって皆注目してるでしょ! せっかく目立たせないように気を遣ってたのに……お姉ちゃんもオロオロしてるでしょ」


「……ふん。じゃあいいよ。確かに度が過ぎたのは謝ります。でも今まで休んでた分はお姉ちゃんとラブラブさせて貰いますから」


「こいつ……!!」


通学初日からのこの修羅場。つんと澄ました顔の咲、それを睨み付ける彩貴。なにを考えているかよくわからない咲の相手は、彩貴としてはやりにくそうに見える。はた目から見るとヒステリックなのは彩貴のほうに見えかねない。そうするとあまり強く出られないのだろう。


一体なんの言い合いなんだこれは。咲はカレンをお姉ちゃんと言っていた。実の妹のサキの名前にかけて、そういうネタが定着していたのかもしれないが、彩貴本人はすごく嫌がっているようだ。それが許せないのと、単純に大袈裟な振舞いが鼻についたのだろうが。


いろいろ考えてはみるものの初日でこれは自分にとってもストレスだ。女の子と話すのすら久しぶりだというのに、こんな場に耐えられるわけがない。頭がぐらぐらする。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


身体がよろけてしまう。それを咄嗟に彩貴が受け止めてくれた。まわりは仕方ないよといった哀れみの表情を浮かべていた。当事者の咲はそこまでとは思わなかったのだろう、目を皿にして驚いていた。


「……仕方ない。授業はあるけどお姉ちゃんもまだ本調子じゃないし保健室に連れていく」


「わ、私が」


「どの口下げてそんなこと言えるの。黙って反省してて」


あわあわした表情の咲を尻目に肩を貸して教室の外へと連れていってくれる彩貴。出る間際に咲は一言だけ口にした。


「お姉ちゃん、その……ごめんなさい」


「……」


いきなり見ず知らずのコミュニティに入りこむのもきついのに、妹でもない人からお姉ちゃんと言われるなど、処理が追いつかない。正直そんなのは彩貴一人で十分である。咲とは仲良くしたいとは思うが……順番はわきまえてもらおう。まずは友達からだろう、普通は。いや、友達から姉にステップアップすることもありえないが。


「ごめんねお姉ちゃん」


廊下を歩いていく途中、彩貴は謝ってきた。こんなはずでは、そう聞こえて来るかのように大きくため息をついていた。







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