長い渡り廊下の先に、その場所はある。
「レニピア」
ジェドーは扉を開け、中にいる彼女の名を呼ぶ。
開けた途端、目に飛び込むのは所狭しと、けれど整然と並べられた物だ。
大粒の宝石を散りばめたドレス。王冠。錫杖。
細かな紋様にいたるまで、手を尽くされたチェスト。
優美な曲線を描く陶器。
あらゆる美と彩を集めた、見るものの目を奪うきらびやかな宝物の数々がそこにあった。
それだけではない。古から伝わる書物も多く、続きの部屋に保管されている。
────ここは、宝物庫だ。
今は、まるで守り番のように彼女が暮らしている、場所。
ジェドーの呼び声に、銀色の髪をした少女が奥から姿を現す。彼女は、彼を認めるとはにかむように微笑んだ。
「なに、ジェドー」
裾を翻し、近づく彼女に彼は手の持っていた物を渡す。金の細工模様で縁取りされた、鮮やかな宝石を色とりどりに散りばめた小箱だ。
「これを、君に」
「はい。預かります」
預かる、と彼女は、レニピアは言う。
銀の髪の少女は彼から受け取ると、落とさぬよう壊さぬよう、そっと小箱を抱きしめた。
それは君の物だと、ジェドーは口にしない。
したところで、彼女が欲するものがそんな物ではないのだから、彼女は喜ばない。
どこに置こうかしらと首を傾げる姿は、贈り物を貰って喜んでいるようにも見えるというのに。
彼女は、ただ己が役目と果たすだけ。
「わたし────」
「いけないよ」
レニピアが言うより先に、ジェドーが止める。
彼女の言うことなど一つしかない。幾度となく繰り返された問答を、飽きもせず彼女はそれでも口にした。
「ここから、出てはいけないの?」
悲しげに問われた言葉は、ジェドーにとって聞きたくもない言葉だ。
けれど彼女は何度も、口にする。
「ああ。君には危険なんだ。
大丈夫。君の望みは、私が叶えるよ」
叶えよう。
もう一度囁き、そして彼女の髪に口付ける。
「だから、君は私の側にいてくれないか」
レニピアは、いつものように少し考えを巡らせた後、笑って小さく頷いた。
その青い瞳を見つめながら、彼女は本当にその言葉を信じているのだろうか、とジェドーは思う。
彼女は人の言葉を疑わず。
信じ続ける。
そういうモノだ。
ジェドーが上辺だけの言葉を吐いていても、彼女は愚かにも信じる。
哀れで、どこまでも清らかな。
そういった全てを押し隠し、ジェドーは彼女に笑いかけた。
彼女も、微笑み返す。
良心の呵責など微塵も感じなかった。
短い逢瀬を、短い別れの言葉で終わらせて、ジェドーは部屋を後にする。
濃い栗色の髪を翻し、彼は足早に回廊を行く。
彼女の夢は決して叶うことなく。
あの無機質な牢獄から出ることも出来ず。
彼の言葉を無条件に信じるだけ。
たとえ、レニピアがそれらを知っても裏切りとも思わないのだろう。
ただ、嘆くだけ。
人が争い合わず、殺し合わない世界。
「そんなもの、叶うはずがない」
彼は一人呟いて、王宮へと急ぐ。
これから、彼は側近たちと話し合わなければならない。
戦争のために。
人を、どれだけ効率よく殺戮するかを、語り合うために。
これは、おうじさまと、くにでいちばんやさしいおんなのこのおはなし。