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13話「精神世界と現実世界」

 そして時は再び前後する。


「白式魔剣(ブラッドホワイト)・葛葉鼬(ブーゲンフロー)ッ!」

「はあああああ!」


 シャルルとプラムの戦いは続いていた。


 このまっさらの精神世界で、時間の概念がどれだけ有効なのかは分からないけれど――

 体感ではもう何時間も戦っている気がした。

 こんなにまで何度も、何度も何度も光の剣を振るったことはないというくらい。


 まして実戦の、命のやりとりという極限状態のさなかで、長年ひとりで続けていた素振りとも疲労度は段違いのはずなのに。

 その疲れも感じないくらいに、身体は軽く動き続けて、プラムとふたりで踊るように剣戟を繰り広げている。


 そのプラムが、魔女が忌々しそうに告げた。


「これだから光の剣士は――肉体は未成熟なくせに、精神の強靭さだけは人一倍、それどころか人十倍ほどもある。あのハルトという男もそうだった」


 でも、と唇の端を吊り上げて、魔女は続ける。


「それで言うなら、私たちの精神力こそまさに底無しよ。だって本来からして空っぽの兵器なんですもの。無いものがこれ以上擦り減ることはあり得ない。言葉遊びじゃなくね」

「くっ……!」


 距離を取って構えを変える魔女に、シャルルは苦くうめいた。

 大きく振りかぶられた切っ先から、次撃が襲い来る。


「赤式魔剣(ブラッドレッド)・竜炎轟哮(クリムゾンタイド)ォッ!」


 炎の舌が渦を巻き、螺旋を描きながら空白の宙を舐め尽くすように飛んでくる。

 力任せで乱雑な攻撃を、しかし防ぐ手立てがなく、広大な範囲攻撃から強引に距離を取って回避するしかない。


 魔女が剣先を振るうと、炎の大渦はそれに従って鞭のように跳ね上がった。


「まだまだァ!」

「…………!」


 間を置かない追撃からさらに逃げ回る。

 魔女の操る模倣された赤の剣は、軌道こそ単純だが破壊力において他の剣技を大きく上回る。

 何度も激突を繰り返す中で、特段に相性が悪いのがその赤の剣だった。


 シャルルの光の剣はバランスが取れている反面、いわば器用貧乏なのだ。

 魔女の赤の剣に対して速度でなら上回れても、防御できるだけの出力がない。

 今のように大きく間合いを開けられて後手に回ったら、ひたすら逃げに徹するしかなくなってしまう。


 そして、さっきの魔女の言葉が正しいのなら。


「そう、この空間における私の体力は無尽蔵、どんなに大技を連発しても息切れひとつしないってわけ。対するあなたは、タフではあっても確実に消耗していく。結果は……言うまでもないわね?」


 最後には追い詰められる、ということだ。

 その未来を想像して背筋が寒くなりかける。


 でも、とシャルルは意気込みを新たにした。


「私は負けない――あなたにだけは、絶対に!」

「悪あがきね! そぉれ!」


 さらに跳ねる炎の鞭を、意を決して力を込めた光の剣で迎え撃った。

 弾いてかき消す。

 白い空間に舞い散る火花を尻目に、さらに強く踏み込んで間合いを詰める。


 叫んだ。


「ホーリーナイト――」

「遅いっ。白式魔剣(ブラッドホワイト)・芙蓉閃光《ローゼズマロウ》!」

「――――!」


 それ以上の速度で迎撃に打って出られて、出鼻をくじかれる。

 白の剣の速射連撃、次々と繰り出される剣撃の嵐に、またシャルルは防戦に立たされてしまう。


(エイジ君……!)


 声なくあえぐように叫んでから。

 あらん限りの力を、願いを込めて、シャルルは吠えた。


「私は負けない――信じてるから! 絶対に、負けたくない!」

「聞き飽きたわ、往生際の悪い! 言ったでしょう、想いの力なんて無意味だってね!」

「そんなことない!」


 かぶりを振って、シャルルは強く言い返した。

 負けたくない、負けてなるもんかと、何度も強く思いを新たにしながら。


 負けられない理由を強く打ち出した。


「きっと、本当は同じはずだから! あなたも。私もっ!」

「わけの分からないことを――」


 ギィン! と、剣と剣が絡み合って弾き合い、さらに振るわれる刃が鍔迫り合いへ。

 間近の距離で互いの視線が交錯する。


 なおも強く、シャルルは言い放った。


「だって、あなたは――なんでしょ!」


「――――!?」


 叫んだ言葉をシャルル自身も自覚できなかった。

 それぐらい無我夢中だった。


 けれど、その言葉を聞いた瞬間、魔女の動きははっきりと硬直した。

 どんな剣撃よりも強い衝撃に胸の内を打たれたように。


「っ、黙れ!」


 ガツッ、と鍔迫(つばぜま)り状態から強引に弾かれて、わずかに距離が開いて。


 けれど魔女は追撃をかけることなく、言葉で叫び返した。


「そんなわけがあるか! ――そんな、ことが」


 これまでの余裕から一転、豹変したとも狼狽えたとも言えるほど動揺をあらわに、魔女が叫んだ。


「そんなことが許されると思うな――!」


 ――戦いは続く。

 けれど、確実に、終わりへと近づいていた。




 魔女の狂気が騎士団を蝕む。

 じりじりと追い詰められていく恐怖に、エイジの心も焦燥感に駆られていった。


「アハハハ! こんなものなの、四光騎士団! ひ弱すぎてあくびが出る、ニンゲンとはみじめで哀れなものねえ! そぉれ、またひとり!」

「ぐがっ、ああぁぁあ……!?」


 魔女が大雑把に一振りした蜘蛛脚の一撃に打たれ、青の騎士が結界を砕かれて吹き飛ばされる。


「ぎゃあっ!」

「ぐあ……っ、ぐ、がふっ!」


 さらに続けて振るわれた蜘蛛脚が、また何人もの騎士たちを薙ぎ倒す。

 まるで巨人と蟻の戦いだ。

 あの精強をして知られる騎士団が、対魔族戦闘のエキスパートたちが、ただ群がりまとわりつくのが精一杯で、まともな勝負にすらなっていない。


 それでもなお負けじと、セイラムの毅然とした指揮の声が発された。


「赤の陣、一斉射――!」

「うおぉぉおおお!」


 エイジも渾身の力を振り絞って剣を振るった。

 赤い輝きの斬撃の嵐、光波と化して飛翔する赤の騎士たちの波状攻撃が、魔女の巨体に迫る。

 人数を減じてなお、小高い丘程度なら消し飛ばして余りある破壊力が炸裂し――


「青式魔剣(ブラッドブルー)・蒼海鏡護《シールズリフレクション》」


 いや、直撃の間際に魔女が展開した歪んだ青い剣技に阻まれ、相殺される。


「そんな……」


 今の一撃で余力を使い果たした幾人かが、うめきを残して失神した。

 エイジにしてもそこはほとんど同じで、既に疲労困憊、剣を手に立っているのがやっとの有様だった。


 剣撃同士の激突で、もうもうと立ち込める粉塵。

 その向こうから、血のような魔女の眼光が濡れ光った。


「クククッ……これはもう勝負ありなんじゃなぁい? 潔く負けを認めるなら、セイラム、あなたひとりくらいなら見逃してあげてもいいわよ?」

「吐(ぬ)かせよ、うつけが。そんな惰弱な心根など、この場の誰ひとり持ち合わせてはいない……」

「強がっちゃって。膝が笑ってるわよ、副長」


 言い返すセイラムに、含み笑うように魔女が嘲る。


 ――実際、形勢は最悪と言わざるを得ない。

 既に騎士団の損害は三割に届くだろう。

 全滅まではしていないが、それも明らかに時間の問題であり、とても勝機を見出すどころではない。


 このままでは打つ手なしだ……エイジは内心で慄く。

 "逆転の策"の用意はあっても、それをねじ込めるだけの隙、付け入る余地すらがない。

 貪食の魔女の強さはそれほどまでに隔絶しており、異常異形の脅威はとどまるところを知らず加速していく。


 せめて一撃、有効打があれば……

 弱気ともつかないそんな考えが過ぎった、その直後だった。


 土煙を引き裂くようにしながら、魔女の上半身(プラム)が手にした剣を大きく振りかぶった。


「いい加減、楽に死なせてあげる。赤式魔剣(ブラッドレッド)――獣王ノ咆哮(ロアリングインパクト)」


「――――!」


 まさしく吠え猛る獅子の威光のように、放たれた強大な一撃が大気を鳴動させる。


 全方位への無差別攻撃。

 それが、消耗しきった騎士団全軍へ襲い掛かった。


 青の剣による防御、どころではなかった。

 展開していた結界は粉々に打ち砕かれ、なおも止まらない一撃の勢いが騎士団を呑み込む。

 前衛から順に陣形が崩され、衝撃に跳ね飛ばされていく。


「がっ……!」

「ね、ねえさ――!」


 自ら先陣を切って戦っていたセイラムも、赤黒い刃の閃光に吹き飛ばされるのが見えた。

 だが、それを気にかけるどころではなく。


「ぐああっ!?」


 ほとんど間を置かず、エイジ自身も同じ衝撃に打ち据えられた。

 抗えない強制力に身体を持ち上げられ、きりもみとともにあらぬ方向へ弾き飛ばされる。


「…………!」


 そうしてなにかの建物に背中から叩きつけられ、肺の空気を絞り取られた。

 痛みに悶絶しながら地面に転がり落ちる――しかし、その痛みも幸運だったと言うしかない。

 痛みを感じるうちは生きている。


「う、うう……」


 うめきながらなんとか上体を起こす。


 同じようなか細い呼吸がそこかしこから聞こえた。

 かすむ視界に、血溜まりに沈む騎士たちの姿が見える――生死も定かでない、甚大な被害の様子が。


 しかし、それより真っ先に目に映ったのは。


「無事、か……エイジ」

「ベック!?」


 倒れ込むエイジを庇って立つ、ボロボロの悪友の姿だった。

 手にした剣は半ばからへし折れている。

 残っていた柄と刀身が、そこに残っていた青い輝きの残光が、儚く瞬くようにして消えていった。


 エイジは叫ぶように言った。


「お前、なんでこんな無茶を……!」

「そもそも無茶な戦いだったろうが……それに、小隊長だからなあ。青の騎士ってのは、貧乏くじばっかで、ほんと嫌になる……」

「……悪い。無理にしゃべるな。今、助けを」

「お前がやれ」


 遮って、唐突にベックが言った。

 一瞬ならずなんのことか分からず、動揺するエイジに。


「もう騎士団は立て直せない。例の作戦を実行できるのは、もうお前だけだ」

「そんな……騎士団総出で敵わなかったんだ。俺ひとりでなんとかできるわけ」

「ひとりじゃない」


 断言されても、事実として戦力は皆無だ。

 しかしベックが言ったのは、そういうことではなかった。


「もう、お前はひとりぼっちじゃない。いいや、ずっと昔からだ……仲間がいる。仲間が必要なんだ、お前には。俺だけじゃなく、もっと大勢の。それを、認めるんだ」

「…………」

「信じてみろよ。案外、馬鹿にできたもんじゃ、ないから――」

「ベック……」


 しかし、お互いの言葉を最後まで言い切る前に。


「美しい友情ね。反吐が出るわ」

「! ベックっ!」


 横合いから打ち付けられた巨大な蜘蛛脚の一撃を、躱す余力など今のベックにあるはずがなかった。

 その身体が跳ね飛ばされ、路面を滑るように転がっていく。

 そのまま立ち上がることなく倒れ込んだ。


「魔女……!」


 割り込むように現れた異形の巨体に、軋るようにうめく。


 魔女はただ嘲った。


「もう戦いも終わりねえ。呆気ないものだわ、こんな連中に今まで媚びへつらうように生きていたなんて、我ながら大した忍耐だったと褒めてあげたい。もっとも、そんな屈辱の日々も今となっては恋しいほどね。魔女の本懐を遂げるこの日を思えば」

「てめえの宿願とやらなんか知るかよ! まだ勝負はついていねえ!」

「こっちこそ、騎士の使命感なんか知ったことじゃないのよ。ああ、いえ、あなたの戦う理由はお兄さんの復讐なのかしら?」

「…………っ!」


 思わず息を詰める。

 激昂で頭に血が上り、だが……震える足は踏み出すことを拒絶していた。


 魔女の言うことは正しかった。

 エイジがこれまで戦ってきた理由は、兄の仇を討つため。

 ただそれだけで――


(……いや。違う……?)


 しかし、寸前で引っかかった。

 それはついさっき、倒れる前にベックが言った言葉。


 お前はひとりぼっちじゃない。


「仲間が……いる。俺がやらなきゃ、いけない」

「は? なにをぶつぶつと。気でも触れたかしら?」


 小さくつぶやいた言葉は、魔女には聞き取れなかったらしい。

 幸いなことに。

 思い出せた。


 エイジはうつむいたまま続けた。


「そうだ……そうだよな。魔女がどんなに強大で、騎士団でも敵わないような相手でも、万能の力を持ってるわけじゃない。決して無敵の存在じゃない」

「惨敗した雑魚がなにをほざくかと思えば。負け惜しみにもなってないわよ」

「負け惜しみじゃない。俺の本心を見抜けなかった、お前の間抜けぶりを笑ってんだよ」

「なんですって?」


 小馬鹿にした物言いに、眉をひそめる魔女に対して。

 エイジは続けて言い募った。


「俺の目的が復讐だと? 確かにそう言ったな、お前には。けど、本当にそれだけで戦ってるわけねえだろ、人間の心ってのは複雑なんだ――」


 そこで、走らせる程度に周囲を見回す。

 見えたのは、倒れている騎士たちだけだが――

 それでもその中に、エイジと関係の深いセイラムやベックが映ったことで、口調には勢いが乗せられた。


 だから、語気を強めて、エイジは続けた。


「戦う理由が一個だけなんて、単純な生き物なら誰も苦労しない――俺みたいな思春期こじらせた馬鹿野郎なら、なおさらだ。騎士として、人間として、弟として、俺として。戦う理由はそれぞれあって別々で、ややこしいくらい入り組んでて、ごちゃ混ぜに絡まり合ってるから混乱もするけど、だから強くなれるって側面もあるんだよ」

「なにを言って――」

「黙って聞けよ、今いいとこなんだ。そうだ、そうだよなんで忘れてたんだ。俺がなりたかったのは単なる騎士でも、まして復讐鬼でもない――兄貴の隣(・・・・)に立てるような、最高に格好いい騎士だったんだ。兄貴に憧れたのはそういうことだ。俺は兄貴になりたかったんじゃない。なれるわけないし、なりたくもない。あんな意外と内弁慶で意地の悪いやつになんかなってたまるかよ、馬鹿も休み休み言え」

「不愉快なやつね! 馬鹿を言っているのはどっちなのよ!」

「ぐおっ!」


 かがみ込んだ魔女に、その上半身(プラム)の腕に首を掴まれ、軽々と持ち上げられる。

 細い腕で赤の豪剣を振るっていたことからも分かる通り、見た目通りの膂力ではないらしい。


 見せつけるように振り回され、周囲が見えるように高々と身体を掲げられながら、魔女の叫びを聞いた。


「もう騎士団は全滅、そうやってぺらぺらと舌を回せる生き残りはお前だけよ! こんな状況でひとりじゃない、ですって? いい加減に現実を見なさいな、この馬鹿めが!」

「ぐ、が……っ、それでも、俺はひとりじゃない……ひとりじゃないんだ! 仲間がいる! 倒れていった仲間が、それに、今も戦ってるはずの、シャルルが! だったら、お前なんかにつまずいてる場合じゃないんだよ!」

「ま、まだ言うか……!」


 めげないエイジに、魔女の苛立ちは最高潮に達しようとしていた。

 プライドの高い者ほど余裕ある相手には神経質になる。

 エイジの口調が虚勢でない分、魔女にとっては無視できなかったのだろう。


 エイジはさらに声高に叫んだ。


「だから俺は、今こそ俺を超えるっ! いつかの俺が目指した超最強で超格好いい俺になるんだ! 当然、その超俺はシャルルを余裕で助け出すし、ついでに兄貴の仇も楽勝で討つ! もう一回言ってやるよ、魔女……プラム! お前なんかにつまずいてる場合じゃないんだよっ!」

「この……! うる、さいっ、のよ! くだばりぞこない風情が!」

「ぐっ……!」


 ぶんっ、と腕の一振りで投げ出され、建物の残骸に叩きつけられる。

 よろよろと立ち上がったところに、頭上から赤い輝きが照らしつけてきた。


「もういい、そこまで言うなら私の手で引導を渡してあげるわ、エイジ! 思えば騎士団で一番縁が深かったのもお前だったわね、なら、それを手ずから始末することで、私自身も過去の屈辱に終止符を打つことにしてあげましょう!」

「か、ふっ……右手、なんだな。プラム」

「……なんですって?」


 なんとか上体だけ身を起こして、エイジは見上げてつぶやいた。

 それに対して、魔女は――右手で(・・・)赤黒く輝く剣を構えるプラムは、訊き返してきた。


 エイジは直接は答えず、自分の言葉を引き継いだ。


「魔女は邪道の存在、左道を歩む者……その存在はすべて、左利きだといわれている。今でも夢に見るよ、プラム。お前と兄貴の戦いを。今なら分かる、お前の動きは確かに左を重心に置いたものだったし、攻撃も左側からに偏ってた。なにより、兄貴の最期の一撃で斬り飛ばされたのも左腕だった(・・・・・)」

「貴様、いったいなにを」

「なのに、今のお前は……いいや。騎士団にいた頃のプラムから、ずっと右利きだ」

「――――っ!」


 魔女の顔に明らかな動揺が走った。

 しかし、それはすぐさま怒りの表情に取って代わった。


 気に留めることもせず、平然とエイジは告げた。

 当たり前のように。


「治しきれなかったんだろう。兄貴から受けた傷は!」


 直後、怒声がほとばしった。


「それが……どうした! もういい、消えろ――!」


 赫怒とともに赤黒い剣閃が放たれる。

 しかし。


「――光色彩剣(ソードルミナス)・黎明ノ輝キ(セレスティアルレイ)」


「な……っ!」


 横合いから打ち放たれた、透き通るような純粋な輝きが魔女の左腕(・・)に突き立つほうが早かった。

 いいや、厳密にはタイミングは関係ない。

 後から生まれてなお先に届く、それが特性だ。


 騎士団の奥義――光の剣技の。


「ぐあああああっ!? ば、馬鹿な……バカナぁぁアアアっ!」


 光に打ち据えられた魔女が絶叫した。

 巨躯が冗談のように軽々と浮き上がり、通りの向こうまで吹き飛ばされていく。


 光はさらに膨れ上がり、やがて魔女の巨体すべてを呑み込んだ。

 蜘蛛の脚が幾本も千切れ飛び、そして輝きに灼かれて消し飛んでいった。


 と――

 建物の壁を背に尻もちをつくエイジのすぐ傍らから、声が降ってきた。


「どうやら無事のようだな。騎士、エイジ」


 ふっと、そこに今までいなかった人影が姿を現す。

 見覚えのある顔だ。

 確か、エイジが魔女の罠にかかった時、シャルルとベックたちとともに救出に来た白の騎士だ。


 それから、少し離れたところにも十人ほどの騎士の一団が姿を見せる。

 さっきの戦いには参加していなかった、否、伏兵としてずっと控えていた者たちだ。

 全員が揃いの特別な腕章を身につけている――普段は目にすることのない、四枚の翼をあしらった特別な紋章は、騎士団の最精鋭である『光の騎士』の証である。


 白の騎士の剣技によって姿を隠し、魔女に決定的な隙ができるのを待っていたのである。

 白の剣は速度の他、変化と変幻を操る技だ。

 詳しい術理はエイジも知らないが、高位の術者ならばこうして多数の人間の姿を誰の目からも隠し通せるらしい。


 ――これが騎士団の作戦であり、一種の賭けだった。

 魔女は騎士団にとって最大の難敵であり、特にあの貪食の魔女には先の戦いでまるで歯が立たなかった。

 いかな光の剣といえど、真正面から打ち込んで通用しなかった場合、今度こそ打つ手がなくなってしまう。

 だからこそ切り札として温存し、たとえどれだけの犠牲を出そうとも、伏して機を待つことに全力を注いだのだ。


 白の騎士が続けた。


「君の報告の通りだったな。あの魔女は左腕を大きく損傷していた。光の剣が通用したのも、そこが弱点として残っていたからだろう」

「俺の手柄じゃありませんけどね。兄貴がつけた傷痕だ」

「だが、おかげでハルト様からの代の因縁に決着をつけられた。なりふり構わず囮になって、魔女に隙を作らせた話術も見事だった。もっと誇っていい」

「……本音をぶちまけてただけですよ。戦術なんて立派なもんじゃない」

「それならなおさらだ」


 え? と振り向くエイジを尻目に。

 白の騎士が声を張り上げた。


「立ち上がれる者はいるか! 相手は深手を負ったが、まだ勝負はついていない! トドメを刺さなければ――」

「…………?」


 その時、エイジは違和感を覚えた。

 視界の端でなにかが動いた気がしたのだ。

 白の騎士の呼びかけで、生き残った騎士が立ち上がったのかと思い――


 振り向く。

 魔女が吹き飛んだ方角の瓦礫の山が、からり、とわずかに崩れ。


 その瞬間だった。


「うぎゃあっ!?」

「!?」


 振り向いた視線とは別の方向で悲鳴が上がった。

 また振り向き直すと、光の騎士のひとりが仰向けに倒れていた。


 その身体の上に、なにかが乗っている。

 それはもはや裸体に近い、少女の形をしたなにかで――

 いや、形を保っているのは上半身部分だけで、腰から下は焼き切れて千切れている。

 あるいは、使い物にならなくなったものを自ら切り離したのか。


 魔女だった。

 瓦礫から上半身(プラム)だけが飛び出し、光の騎士の喉笛に噛みついたのだ。


「こいつ――!?」


 他の騎士たちが即座に剣を振りかぶり、光を纏わせて斬りつけるが、魔女は――プラムは犠牲になった騎士から離れない。

 ごきゅっ、ごきゅりと大きな音を立ててその血を啜り、未練がましい声で吠える。


「死ねない……っ、こんな、ここで、こんなところで! ここまで来て! 死にたくないぃぃいいいっ!」

「…………!」


 なりふり構わない金切り声の絶叫に、さしもの光の騎士たちが鼻白む。

 そうしているうちに魔女は、残された二本の腕だけで跳ねた――皮肉のようだが、それこそ小蜘蛛のような異様な動きで。

 そしてもうひとり、光の騎士をその毒牙にかけた。


「ごぐっ、ぐぐぐ、ぐぢっ……! ぢぅるるるる……ぅ!」

「っ、かあ、ぎ……」


 血が吸われ、肉が蝕まれる。

 食らいつかれた騎士自身、密着したまま光の剣を放って魔女を撃ち抜くのだが、その衝撃に打たれてなお魔女は執念だけで顎を放さない。


 いや。

 違和感に気づいたのは白の騎士だった。


「まずい! こいつ……光の剣に耐性をっ!」

「っ、そういうことかよ!」


 捨て身だが、魔女なりの勝算があっての突撃なのだ。


 魔女を滅ぼせるのが光の剣だけなら、それを無効化するための手段を取り込めばいい。

 かつて食らった騎士たちから三色の剣技をコピーしたように、今度は光の剣の抗体を直接作り出している。

 まさに貪食の魔女だ。


 白の騎士が駆けつけ、エイジもその後ろについて即座に追撃した。


「白式咲剣(ソードホワイト)・芙蓉閃光(ローゼズマロウ)っ!」

「赤式撃剣(ソードレッド)・紅蓮牙斬《ファングクラッシュ》!」


 順に魔女に斬りつけ、その両腕を切断する。

 さらに光の騎士たちも吶喊し、光を纏わせた剣で魔女の身体を槍衾のように串刺しにするが。


「ク、ククク……遅い、もう遅い……時は来た……間に合った!」

「っ、ぬう!?」


 いくつもの光の剣に貫かれたまま、魔女が凄絶な笑みを浮かべた。


 騎士たちが青褪める。

 いや、エイジ自身もそうだ。

 明確ななにかを目にしたわけでなく、ただ凄まじい悪寒を感じて……それが予感で済まないことを肌で感じ、戦慄した。


 魔女の狂笑が響き渡る。


「魔王、様が……復活する! 今ここに、この時に! 人の世の終わりが訪れる! アハハ、アハハハハァ、アーハッハハァァー!」


 魔女の身体が宙に浮き上がり、そこから黒い風が吹き出し始めた。

 風はすぐさま猛風となり、嵐となり、天を衝くほどに膨れ上がる。


 エイジたちは押し流されないように踏ん張るだけで精一杯だった。

 それでも光の騎士のひとりが諦めずに剣技を放つが、魔女の身体に届く前に風の一撫ででかき消される。

 さらに唸った黒風が、返す刃でその騎士を打ち据えて明後日の方向へ吹っ飛ばした。


「ごふっ……!」


 くぐもった悲鳴。

 もはやそちらを見ることもなく、魔女がさらに絶叫した。


「降臨せよ、顕現せよ、再誕せよ、終焉を告げよ! 我が君、我らが主、黒なる王、暗黒の支配者! すべてはあなたのためにある――私のすべてをここに捧げますッ!」


「くっ……!」


 どうすることもできず、エイジは歯噛みした。

 目の前の光景、儀式とやらを止めなければならないのは確かだが、そのための手段がもうない。

 もはやエイジの手に負える事態を超えている。


 世界が、終わる――


「――ガハァッ!」


「……え?」


 目の前の光景が突如変化した。

 正しくは、魔女の身体を覆っていた黒風が弱まった。


 代わりに噴き上がったのは、その身体の内側から輝く光。

 見覚えがあるその色合い。


 麦穂のような金色の、その光の輝きは。


「――シャルル?」


 その光を目にした時。

 エイジの中で、なにかがばちっ(・・・)と弾ける音がした。

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