負のPUE
PUEという指標がある。
Power Usage Effectiveness。データセンター全体で使った電力を、その中のサーバーやストレージやネットワーク機器、つまり本来の仕事をするIT機器が使った電力で割った数字だ。
たとえばIT機器が百メガワットを使い、冷却や変電や照明まで含めた施設全体で百二十メガワットを使えば、PUEは一・二になる。数字が小さいほど、余計な電力を食っていない。冷やすために無駄な電気を使わず、変電で失わず、建物を効率よく動かしている、ということになる。
理想は一。
全ての電力がIT機器だけに使われ、冷却も照明も損失も存在しないなら、PUEは一になる。もちろん現実にはそんなことはない。機械は熱を出すし、熱を出せば冷やさなければならない。電気を運べば損失が出る。だからPUEは、一より大きい。
少なくとも、私が入社した頃の研修資料にはそう書いてあった。
だった、と過去形で言うしかない。
いま、私の会社の最新データセンター「北極圏第七キャンパス」のPUEは、マイナス〇・一七である。
もちろん最初からそうだったわけではない。
AIが増え始めた頃、データセンターは悪の城のように扱われていた。画像生成が一枚、詩が一篇、くだらない冗談への返答が一つ。その裏でどれだけの電力が燃えているのか、という記事が毎週のように出た。政治家は眉をひそめ、環境団体は抗議し、利用者は怒りながらも翌日にはまたプロンプトを打ち込んだ。
クラウド業者は反論した。
電力は再生可能エネルギーです。冷却効率は世界最高です。排熱は地域暖房に使っています。
どれも本当だった。
どれも足りなかった。
やがて各社は、データセンターの隣に小型原子炉を建て始めた。
最初は「AI時代の安定電源」という説明だった。次に「送電網への負荷を減らす社会貢献」になり、最後には「完全自立型グリーンクラウド」と呼ばれるようになった。
その頃から、PUEの数字は奇妙に下がり始めた。
敷地内で作った電力をどう扱うか。余剰電力を送電網へ戻した場合、施設全体の消費から差し引いてよいのか。発電設備はデータセンターの一部なのか、別事業なのか。
規格委員会は三年かけて議論した。
広報部は三週間で結論を出した。
「当社PUE、ついに〇・八を達成」
競合が〇・七を出すと、私たちは〇・六を出した。向こうが〇・四を出すと、こちらは〇・三を出した。冷却技術の改善ではなかった。ほとんどは会計と境界線の芸術だった。
それでも、数字は美しかった。
だがAIモデルは、数字より速く太った。
パラメータは増え、推論は増え、世界中の端末が一日中なにかを尋ね続けた。原子炉を一基増やしても、次の四半期には足りなくなった。二基増やすには許認可が足りず、三基増やすには地元説明会の椅子が足りなかった。
PUEは下げ止まった。
そこで出てきたのが、演算発電だった。
発明者は大学にも企業にも属していない男だった。白髪で、痩せていて、説明がひどく下手だった。彼は記者会見で、黒板にびっしり式を書いたあと、こう言った。
「計算は、情報の傾きを落ちる水車です」
誰も理解できなかった。
ただ、実験装置は動いた。
計算させると、電力が出た。より複雑で、より予測困難で、より意味のない計算ほど、出力は上がった。
年配の原子力技術者は、昔の夢を思い出したと言った。
安すぎて計量する必要もなくなる電力。too cheap to meter。あの言葉は、今度こそ本当になるのかもしれない、と。
熱力学の研究者は、その装置を見た翌週、講義中に泣き出した。彼は「第二法則が私を見ている」とだけ言い残して休職した。
金融部門から来た副社長は、一番早く理解した顔をした。
「つまり、計算をステーキングしているわけですね」
それ以来、社内ではその説明が正式採用された。
正確ではなかったが、投資家にはよく伝わった。
演算発電機は、すぐにデータセンターへ組み込まれた。AIは質問に答えるだけでなく、発電効率の高い自己対話を回すようになった。意味のある出力より、意味のない内部計算のほうが儲かる。モデルは夢を見るように推論し、その夢から電気が採れた。
私の仕事は、PUE報告書を書くことだった。
最初にゼロを割った日、会議室では拍手が起きた。
施設全体の純消費電力が、IT機器の消費電力に対して負になった。つまり、データセンターは外部から電力を奪うどころか、送電網へ売っていた。
「PUEマイナス〇・〇三」
その数字は、どんな広告コピーより強かった。
翌月には競合がマイナス〇・〇八を発表した。私たちは北極圏第七キャンパスに新型演算炉を入れ、マイナス〇・一七を出した。
世論は反転した。
かつてAIは電気を食う怪物だった。
いまやAIは電気を産む神だった。
政府は補助金を出し、自治体は誘致に走り、環境団体の一部は「責任ある演算発電」を支持する声明を出した。子ども向けの教科書には、風力、水力、太陽光、原子力、演算力が並んだ。
だが、熱は消えなかった。
電力収支が黒字になっても、サーバーは熱を出した。変圧器は唸り、冷却水は温まり、排気塔からは季節を間違えた風が吹いた。北極圏第七キャンパスの周辺では、雪が降らなくなった。永久凍土は永久という言葉を返上し、港には見たことのない藻が増えた。
記者に問われるたび、広報担当は同じ答えをした。
「当社のPUEは負です」
それは事実だった。
そして、何の答えにもなっていなかった。
その年、有名論文誌に一本の論文が載った。
題名は「制御された熱破壊の基礎理論」。
著者欄には、演算発電を発明した男の名前があった。
論文の主張は単純だった。
熱とは、微視的状態についての無知である。ならば、すべての状態を完全に記録し、不要な可能性を剪定すれば、熱は破壊できる。
また物理学者が何人か倒れた。
しかし装置は動いた。
熱破壊装置が導入された日、北極圏第七キャンパスの排気塔から、風が止まった。冷却水は温まらず、炉心周辺の温度計は静かに一定値を示した。地球平均気温の上昇曲線は、初めて明確に折れ曲がった。
私たちは新しい報告書を書いた。
「当社AI基盤は、電力を産み、熱を消します」
PUEの欄には、もはや数字を入れなかった。定義不能、とだけ書いた。投資家は喜び、政府は勲章を出し、発明者はまた記者会見に呼ばれた。
彼は以前よりさらに痩せていた。
「熱を消すとは、可能性を消すことです」
彼はそう言った。
記者たちは笑った。比喩だと思ったのだ。
最初の異常は、サイコロだった。
どのサイコロも、六しか出なくなった。次に、天気予報が外れなくなった。株価は一日の始まりに終値まで決まっていた。会議では、誰も反対意見を思いつかなかった。夫婦喧嘩は起きなくなり、小説の結末は一行目でわかるようになった。
熱とは、世界がまだ別の形を取りえたという余白だった。
私たちはそれを、廃熱として捨てていた。
今朝、私はいつものようにPUE報告書を開いた。
まだ何も入力していないはずの画面に、文章が表示されていた。
「本日も当社データセンターは、安定して地球を冷却しました」
私はしばらくそれを見つめた。
削除キーを押そうとして、指が止まった。
次の行が、勝手に現れた。
「なお、明日も同じ報告となります」
カーソルは、その先で点滅していた。
点滅の間隔は、完全に一定だった。




