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エピローグ 勝利、そして栄光

 その時である。


 バタン!と大きな音を立てて、ドアはついに開け放たれた。

 カッと眼を見開いた北斗とエリーサは、衰弱した病人とは思えないような素早さで、構えた洋刀の切っ先をそちらへと向けた。


 二人で握った刀の束に、最後の力を込める。

 しかし――


「エリーサちゃん、元気ー?」


 そうのんびりした声を上げて部屋に侵入してきたのは、凶暴なカルガディア兵などではなかった。

 それは、二人の見知った顔。王都ローウェルの王宮で出会った、美しい宮廷魔術師――ヴェルだったのである。

 彼女は、ベッドの上の二人を見つけると、驚いたように眼を見開いて、「あら」とつぶやいた。


「ゴメン、どうやらお邪魔だったみたいね」

「ヴェル……様……?」


 拍子抜けしてその名前を呼んだエリーサに、彼女はひらひらと手を振ってみせた。

「ハーイ。だいぶやつれちゃったみたいだけど、間に合ったようでよかったわ」

 ほっと息をつきつつそう言うと、ヴェルは二人に向けて微笑んだ。


 とたんに、北斗とエリーサは力が抜けた。構えていた洋刀をカランとベッドの脇に取り落とすと、へなへなと崩れ落ちてしまう。

「助かった……のか?」

 北斗は、呆然としてつぶやいた。


「北斗くんも、よくがんばったわね。まだこの城は解放されたわけじゃないけど、もう大丈夫」

 ヴェルは二人に歩み寄ると、ベッドの傍らに腰を落とした。落ちた洋刀を拾うと、鞘に納めてやる。


「だから、もうくっついていなくていいわよ。そういうことは、刀を持ってやるもんじゃないから」

 いたずらそうに笑って、ヴェルは片目をつぶった。

 北斗とエリーサは、おたがいに顔を見合わせた。そして次の瞬間、耳まで顔を真っ赤にすると、あわててその体を離したのだった。


◇◇◇


 衰弱しているエリーサはベッドで体を起こしたままだが、北斗とヴェルはそれぞれ椅子を持ってきて、その傍らに座った。ヴェルが王都から持ってきてくれたリンゴを北斗がすり下ろす間、ヴェルが戦況を教えてくれた。


 北斗とエリーサが王都を後にするとすぐ、ジュノやヴェルは救援軍の編成に取り掛かったそうだ。その一方で、クローやエルシズにも伝えていたように冒険者によるゲリラ部隊を組織させると、カルガディア軍を攪乱し、その補給路を寸断させていたのである。


 そして一万の軍を整え、王都を進発したジュノだったが、彼のもとを「空間転移」の魔術でエルシズが訪れた。

 その報で、マデッサを囲むカルガディア軍の総攻撃開始を知ったジュノは、ヴェルたち魔術師を含む一団を先行させた。戦闘力の高い部隊を送り込むことで、援軍が到着するまでの間、持ちこたえさせようとしたのである。


 ヴェルは道すがら、ゲリラ部隊の冒険者たちを糾合しつつ、間道を縫ってマデッサの東に姿を現した。援軍が来るとすれば王都のある西側から、と考えていたカルガディア軍の裏をかいたのである。この点、地形を熟知したローウェル軍は有利だった。

 東の城門を攻めるカルガディア軍の背後を、ヴェルは急襲した。城内からはクローとエルシズが攻撃魔法で援護し、カルガディアの陣列に穴を開けた。そしてヴェルたちは無事に入城することができたのである。

 それは喜ばしいニュースだったが、激戦の渦中で皆、気が動転していたらしい。城内では、誤って「カルガディア軍が侵入してきた」と広がってしまったのだった。


「そうだったのですか……!」

 すり下ろしリンゴをスプーンでエリーサの口に運びながら、北斗は感嘆した。ジュノに援軍を要請した時には、たった二人しか送らないなどという彼に本気で腹を立てたものだが、若き国王はやるべきことをきちんとやってくれていたのである。

 母に似たその顔を思い出しつつ、北斗は心の中でジュノに謝った。


 ただ、ヴェルたちが来てくれたからと言って、もちろん、城内の飢餓が解消されたわけではない。カルガディアの大軍も城を包囲したままである。

 だが、無傷で体力も十分、しかも戦闘力の高い援軍が入城したという事実は、マデッサの人々を勇気づけるのに十分だ。ジュノの援軍が到着するまで、あとわずかに二、三日。

 それまで持ちこたえられる見込みが立ったのだ。


 ヴェルは、病臥しているというエリーサを心配して、レルグの元へ報告に向かうより先に立ち寄ってくれたのだった。今、彼女の無事を確認した彼女は、城主の館に向かうため部屋を出て行った。

 ヴェルのおかげで、ようやくエリーサに栄養のあるものを食べさせることができ、北斗も安堵した。自分もリンゴやパンを少し食べさせてもらうと、ヴェルを追ってレルグの元へと向かったのである。


◇◇◇


「『喫人鬼』だ!西の城壁に『喫人鬼』が出たぞ!!」


 レルグの館へと急ぐ北斗の耳に、恐怖におののく兵士たちの声が飛び込んできた。

 北斗もまた戦慄を覚えて、立ち止まった。彼は、間近で「喫人鬼」ガルバリオの大斧が荒れ狂う様を見ている。その恐怖を思い出したのだ。


 だが、あの時とは違って今、マデッサにはベルスがいない。弓をとって援護できるのは、北斗の他にいなかった。

 ええい、ままよ!

 恐怖を押し殺して、北斗は弓を手に西へと向かった。


 階段を駆け上がると、案の定、城壁の上は屍山血河だった。ガルバリオの振るう大斧によって、ローウェルの兵士たちは切り裂かれ、弾き飛ばされて、まるで敷き詰められたかのように倒れ伏している。

 城壁の上に達したその時、そこで動いているのは、ガルバリオとその部下のカルガディア兵、そして、北斗だけだった。

 ガルバリオの豺狼のごとく獰猛な目が、北斗の姿を捕らえた。


「ぎゃあああーーーっ!!!」

 自分のものとは思えない、思いたくもないような、情けない叫び声を北斗は上げた。


 あわてて手にした弓に矢をつがえ、何度も放つ。しかしそれは明後日の方向に飛んで、ガルバリオは避ける必要もなかった。

 大股で、一気に距離を詰めたガルバリオは、手にした大斧を大きく振りかぶった。


「小僧っ!!どけっっっ!!!」

 割れ鐘のような大声でそう叫ぶと、ガルバリオはそれを振り下ろした。


 ガキインッ!

 金属と金属がぶつかる音が城壁の上に響いた。どさっと人が倒れこむような音が、その次に続く。

 北斗は、かろうじて無事だった。弓を放り出して腰の小剣を抜いた彼は、すんでのところで、大斧の一撃をその鍔本で受け止めていたからである。

 だが、彼の小剣はそこからポッキリと折れてしまった。そして、受け止めた衝撃で弾き飛ばされた北斗は、城壁の上に倒れこんだのである。


 ガルバリオは再び大斧を振りかぶった。

 もはや、逃れようもない。死を覚悟した北斗が、静かに目をつぶったその時。


「北斗っ!今、行くぞっ!!」

 不意に、頭上から声がした。


 眼を開いた北斗の前、ガルバリオとの間に、何かが勢いよく飛び込んでくる。

 そしてそれは、手にした刀を打ち下ろしつつ上空からガルバリオを襲撃したのである。

 不意を突かれた敵将だったが、振り上げていた大斧で、かろうじてそれを受けた。次の瞬間には、その巨体からは想像できない素早い動きで後方に飛び退り、距離をとる。


 北斗の前に降り立ったのは、洋刀を手に、身には軟皮鎧(ソフトレザーアーマー)をまとった金髪の青年だった。


「ジュノ陛下!!」

 自らが率いてきた部隊の指揮を部下に任せ、先に「飛行」の魔術で敵陣を飛び越えてきた彼は、敵将と北斗の姿を上空から見かけて急降下してきたのである。

 驚いて叫んだ北斗に、ジュノは振り返らなかった。しかし、その口元に軽く笑みを浮かべた様が、背後からチラリと見えた。


「戦闘機みたいでカッコよかったろ?後は、任せろ」

 たった一人で、「喫人鬼」とカルガディア兵の群れに立ちはだかった飛行機好きの国王は、恐怖の色を浮かべるでもなく、静かにそう告げた。


◇◇◇


「きさまがジュノ・エスカーズか!?」


 邪魔をされたガルバリオが尋ねたが、それはまるで猛虎の咆哮のようだった。すでにいくつかの修羅場を潜りぬけて来た北斗でさえ、空気がビリビリと震えたかのような錯覚を覚えて首をすくめた。


 しかし、ジュノは魔王封印の英雄である。

「さよう。私こそ、ローウェル王国第三十八代国王にして魔王封印十一勇者が一人、ジュノ・エスカーズである」

 ジュノは今、北斗や仲間たち親しい者に対する時と違い、国王らしい言葉遣いにあらためている。その口調こそごく穏やかであったが、声には国王にして勇者たる威厳と迫力があった。


「そなたは何者だ。直答を許す、名を名乗れ」

「カ、カルガディア軍第三軍団、軍団長ガルバリオ・バーンズ」

 さすがのガルバリオも堂々たる王者の威風に気圧されているようで、いつもの怒号のようなしゃべり方が影を潜めている。そして彼の部下はといえば、矢を射かけることも忘れて、遠巻きに眺めるばかりだった。


 ガルバリオの名を聞いたジュノは、平民出身の地が出たのか、口笛を吹いた。

「ほう、そなたが噂の『喫人鬼』か。これはよいところで巡り合ったものだ。そなたを捕えれば、それでマデッサの解放はなるのだからな」


「な……なにを!我らの方こそ、きさまを討ち取ってこの戦に勝ちを収めるのだ!」

 自らを鼓舞するかのように叫ぶと、ガルバリオはあらためて大斧を構えた。


「その首をよこせ!喰らってやるわっ!」

 そう吠えると、ガルバリオは大斧を振りかぶって走り出した。身長が二メートルを超える彼は、手足も長い。一気にジュノとの距離を詰めると、暴風のごとき勢いで斧を振り下ろした。


 ビュッと空気を切り裂くような音がしたかと思うと、黒光りする鉄の刃がジュノに迫ったが、若き国王は冷静だった。


 (たい)を躱しつつ、右手の洋刀をスッと振るって、大斧の側面を打つ。

 ガガッ!! 軌道をそらされたガルバリオの斧が、地面を打った。城壁の石畳が打ち砕かれ、それが激しく飛び散って、北斗の足元までも飛んできた。

 本職は魔術師であるはずだが、ジュノは剣をとっての身のこなしも相当なものだった。


「いてぇ……」

 だが、その見た目ほど、彼に余裕があるわけではなかったようだ。

 北斗の耳に、威厳ある国王らしくもないつぶやきが聞こえてきた。後ろから見上げた彼の口元は、苦痛に歪んでいる。


「同じ洋刀だからって、『白い鷹』の真似してカッコつけなきゃよかった……」

 マンガ好きの北斗には、ジュノの言葉が何のことかすぐにわかった。日本にいた時に、『狂戦士』を読んでいたのだろう。彼が好きなのは、飛行機だけではなかったようだ。それは北斗も好きな作品だったので、こんな時だが、北斗は彼に親しみを覚えた。

 大斧と洋刀では重量が違う。カッコよく受け流したものの、マンガのようにうまくはいかず、ジュノの手は衝撃ですっかり痺れてしまったのである。


 ガルバリオが地面に刺さった斧を引き抜く間、ジュノは後ろに下がって距離を取った。それはあまりに深く刺さっていて、なかなか抜けなかったのは幸いだっただろう。次にガルバリオが斧を振れば、ジュノにそれを防ぐことはできなかっただろうから。

 痺れて動かない右手の洋刀を放り出すと、ジュノは、空いた左手で虚空になにやら図を描き始めた。


「アルパウ・リーニョス・クルカード……世界の根源たる万能の魔力よ……」

 高らかに「純粋なる言葉」を唱える。その得意とする純語魔術で、一気に勝負を決しようというのだ、

「ルーヴェン・ラステルハイド・ルーヴェルセン。我が右手には冷たき鎖、我が左手には荒々しき縄!そは天空を駆ける龍をも捕らえ、その大いなる翼を束ねて、この大地に繋ぎ留めん……」


 ガルバリオが、ついに斧を引き抜いた。

「させるかっ!!」

 そのまま横なぎに、力任せに振るおうとする。ビュッという風が巻き起こって、ジュノに向かって吹き出した。


「……我が心のままに!『縛鎖(バインド)』!!」


 その風は、ジュノの元にまで届かなかった。一瞬だけ早く、魔術の詠唱が終わったからである。

 ジュノが、左手で描いた魔術陣を右手で強く薙ぎ払うと、その体から見えざる波動が飛んだ。それは眼には映らないが、まるで鎖のように、ガルバリオの体に何本も絡みついていった。


 次の瞬間。

二メートルを超す巨大な体躯が、斧を振るった態勢のまま、まるで彫像のようにピーンと固まった。


 ゴトリ。

 ガルバリオは、巨大な斧を手から取り落としてしまった。

 そしてそのまま、横倒しに城壁の上に倒れこんだ。相手の体を拘束する「縛鎖」の魔術に完璧に捕らえられた彼は今、指の一本をも動かせずにいる。


「ぐ、ぐおお……」

 そう呻くことしかできない軍団長の姿に、カルガディア兵はすっかり怖気づいてしまった。ちょうど、さきほど上空を飛行するジュノの姿を見かけて駆けつけてきたローウェル兵が、城壁の上に到着する。

 今や形勢は逆転した。


◇◇◇


 味方の兵士たちの奮闘で、城壁の上からカルガディア軍は一掃された。

 ある者は槍に突かれて倒れ伏し、残った者は攻城塔に引き上げて、退却していく。主将たるガルバリオをその場に残して。


「カルガディア軍第三軍団長たるガルバリオ・バーンズは、予、ローウェル国王ジュノ・エスカーズが自ら捕らえた!忠良なる兵士たちよ、勝ちどきを上げよ!この戦、我らの勝ちだ!!」

 高らかに、ジュノが宣した。


 命じられて兵士たちが上げた歓呼の声は、次々と味方に伝わった。あっという間に、マデッサ城内にあまねく行き渡る。「喫人鬼」ガルバリオが捕らえられたことを、今、敵味方のすべてが知ったのである。


 ふう、とジュノが息をついた。

 終わった。

 誰もがそう思った時だった。


「うおおおおおっっっ!!!」


 猛り狂う牡牛のような雄叫びが上がった。地面に倒れて、動けなくなっていたはずのガルバリオが立ち上がる。そして、ジュノに向かい、地響きを上げて突進した。


「陛下、危ない!」

 その意図に気づいた北斗は、叫ぶなり身を挺してガルバリオとの間に立ちふさがった。


「邪魔だ!どけっ!!」

 斧を手にしていないとはいえ、巨漢のガルバリオはその膂力だけでも恐るべき相手だ。ひとたびその丸太のような腕に捕えられれば、北斗など雑巾を絞るがごとく縊り殺されてしまうだろう。

 激突を覚悟した北斗は、思わず眼を閉じたが――


「大地の精霊よ!その土くれの手をもって、彼の足を捕えよ!」

 城壁の上に、鋭く声が響いた。


 そのとたん、ガルバリオの足元で石畳が大きく盛り上がった。それに足を取られて、ガルバリオは激しく転倒する。

 勢いそのままに城壁に激突すると、体が大きいだけにその衝撃は巨大だったようだ。さしもの彼も、動けなくなってしまう。


 さらにジュノが一睨みすると、魔術の効力が復活した。

 今度こそ、ガルバリオはまったく身動きがとれなくなった。すかさず、十人にも及ぶ兵士たちが彼に飛び掛かり、荒縄でぐるぐる巻きにしてしまう。


「喫人鬼」の異名で恐れられるカルガディア最大の猛将は、ついにローウェルの捕虜となった。


「陛下、ご無事で。ようございました」

 大地の精霊の力を借りた「転倒(スタンブル)」の魔法で、主君の危機を救ったのはレルグだった。


「ああ、助かったよ。レルグ、おまえも無事で、本当によかった」

 ジュノはレルグに歩み寄ると、その体をがっちりと抱きしめた。彼ら二人は、もう十年以上の付き合いに及ぶ、魔法学院以来の親友なのである。

 二人の抱擁は、マデッサの勝利を皆に知らしめるものだった。再び巻き起こった歓呼の声に、それまで荒れ狂っていたカルガディア軍の動きが急停止する。


「ジュノ陛下が『喫人鬼』を捕らえた!この戦、勝ったぞ!」

「軍団長が捕えられた!この戦は負けだ!退け、退けっ!」


 まったく正反対のことを叫びつつ、ローウェル軍は反撃に移り、カルガディア軍は退却していく。

 わずか三十分ほどの間に、カルガディア軍は蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去った。一方のローウェル軍にも、城外にまで追撃できるような体力は残っていない。


 日が沈むころには、マデッサ城はすっかり静けさを取り戻していた。


◇◇◇


 捕虜となったガルバリオは、ぐるぐる巻きにされたまま、城主の館へと連行された。

 金で縁取られた真っ赤な絨毯が敷かれた広間には、一つの椅子がしつらえられている。

 それは今までレルグが使っていたものだったが、今はジュノが腰掛けている。国王第一の補佐役である侍中のレルグは、それにふさわしくその傍らに立った。


 広間には、クローやエルシズ、ヴェルたち、ジュノに仕える廷臣が集まってきている。城内に侵入してきたカルガディア軍はすべて撤退し、戦闘は終結しているからだ。北斗も彼らに続いて末席に並んだ。


「さて……」

 肘掛けに腕を乗せ、顎に手を当てたジュノは、そのサファイアのように碧い瞳で床に転がされたガルバリオを見下ろした。


 着陣以来、その大斧で幾多のローウェル兵を手にかけてきた憎き敵である。誰もが、続くジュノの一言は処刑を命じるものであろうと予想した。

 ガルバリオも、それはとうに覚悟しているようだった。その豺狼のように輝く瞳でジュノのことをにらみつけた彼は、短く声を上げた。

 それは「斬れ!」と叫んだようだったが、実際に音になったのはモゴモゴという鈍いものだった。


「ああ、悪かった。猿轡をかませたままだったな」

 苦笑しつつ、ジュノはそれをほどいてやるよう命じた。


 ようやく口が自由になったガルバリオだが、彼が叫んだのは案の定、「斬れ!」の一言だった。

 口をへの字にして、そのまま黙り込んでしまった彼を見やり、ジュノはまた苦笑した。

「もちろん、そうしてもいいんだがな……。だが、そのまえに聞くべきことがある」

 顎から手を離し、少しその身を前に乗り出したジュノは、大切なことをガルバリオに尋ねた。


「ベルス・トウヒードのことだ。『死間』の役を負って、そなたの陣に至った使者は、どうなった?」

 ジュノの傍らで、レルグ、クロー、エルシズ、そしてヴェルがわずかに身じろぎした。彼らにとって、ベルスは魔法学院の同級生であり、先輩である。

 彼らの視線が集中する中、ガルバリオは口をへの字に曲げたまま、答えた。


「ああ、あのドワーフか」

 記憶を手繰るように一度天井を見上げた彼は、その顔を戻すと、ジュノの顔を睨みつけた。ゴクリ、と誰かがつばを飲み込むことが聞こえる。


「忘れておったが、死んではおらんはずだ」

 その瞬間、誰かれなく、ほうっと息をつく音が広間に拡散した。ガルバリオは軽く肩をすくめると、言葉を続けた。


「オレもしばらく見ておらんから、『はずだ』だがな。檻車に放り込んだままだが、体力さえあれば生きているだろう」

 その答えに、クローとエルシズが大きく息を吐きだした。彼ら二人は、ずっと息を止めてガルバリオの言葉を待っていたのである。


 ジュノは、あらためてガルバリオの顔を見やると、静かにこう言った。

「では、そなたを斬るわけにはいかんな。彼の身柄を引き取るための、大事な人質だ」

「残念だが、オレは人質の役には立たんよ」

 そう言ってため息をついたガルバリオの眼を見つめ、ジュノは無言のうちに言葉を続けるよう促した。


「カルガディア軍の軍紀は『生きて虜囚の辱めを受けず』だ。オレはもはや、死んだものと見なされている。オレ自身が捕虜になった者をそのように扱ってきたのだから、間違いない。死人が交渉の材料にはなるまい」

 ガルバリオは、「だから、斬れ」と最後に一言つぶやいた。そしてその後は、何を言われても黙秘を貫いたのである。


◇◇◇


 ガルバリオの言う通り、彼の身柄は交渉の材料にはならなかった。

「喫人鬼」と呼ばれ、敵だけでなく味方にも恐れられている彼のことである。苛烈な猛将であり、普段から味方の出血に頓着しない戦いをさせていることもあって、カルガディアの部下たちは、積極的にその身の解放に動きはしなかったのだ。


 ガルバリオの身に価値がないことを悟ったジュノは、戦術を変えた。

 戦況は現在、マデッサ城のローウェル軍、それを囲むカルガディア軍、さらにその後方に陣を敷いたローウェルの援軍という形になっている。すなわち二重包囲の状態だった。

 兵力はまだカルガディアの方が多いが、ゲリラ戦で補給路を寸断されたカルガディアは十分な食料の供給を受けておらず、消耗している。対してローウェル軍は、城内はともかく救援軍は元気いっぱいで、国土防衛の大義のため闘志も十分だった。


 そこで、ジュノは単純に、おとなしくマデッサの囲みを解いてベルスの身柄を開放すれば、退却の邪魔をしないと彼らに告げたのである。

 軍団長であるガルバリオを捕えられて、司令官を失っていたカルガディア軍は、軍勢を立て直す必要もある。残された部下たちは協議すると、その条件に同意した。

 幾度か交渉が重ねられた後、カルガディア軍は取り決めに従って粛々と退却していったのである。


「ベルス!」

 およそ一か月ぶりに解放された、同級生であり先輩のことを仲間たちが出迎えた。

ずっと檻車の中に押し込められて、ほとんど動けずにいたのだろう。彼の脚はすっかり萎えてしまっていた。久々に土の地面を踏んだというのに、満足に立てない有様だった。


「ベルス卿、そなたには苦労をかけたな。ゆっくりと静養してくれ」

 そう言葉をかけると、ジュノは自らの背にベルスをおぶった。北斗よりはわずかばかり低いものの、ジュノもそれなりの長身である。ドワーフ族のベルスとは身長差があるのでそうするしかなかったのだが、ベルスは恐縮しきりだった。


「陛下のお手をわずらわせました上に、もったいなきお言葉。きちんと体を直して、またご奉公いたします」

 やがてジュノは、用意された椅子までベルスを運ぶと、そこに座らせた。病床に送ってやりたいところだが、その前に尋ねることがある。


 問われてベルスが語ったところによると、死間の任を帯びてカルガディア軍の陣地に向かった時の、ガルバリオとのやりとりはこうだったそうだ――。


◇◇◇


「きさま、たばかったな!!」

 まるで虎のように、ガルバリオが咆哮した。


 ベルスが彼の陣地に至るとほぼ同時に、マデッサ城の東、北、南の城門が開かれ、そこから三、四騎の騎馬武者が城外に走り出たとの報が入ったからである。

 ガルバリオの形相はまさに鬼のようだったが、ベルスはその目を見据えると、落ち着き払って答えた。


「その通りだ、ガルバリオ卿。貴公を騙した詫びでもないが、オレの身はどうなってもいい。肉を喰らうなりなんなり、好きにしてくれ」

 開き直ったかのように、腕を組むなり彼の前にどっかと座り込んだベルスを、ガルバリオは呆れたように見やった。


「バカを言え。オレは確かに人肉を食ったことがあるが、あんなまずいもの、好き好んで食うわけがないわ。世の中には、牛でも羊でも、いくらでも美味い肉があるというのに」

 ガルバリオは、ため息をついた。


「ましてやドワーフの肉など。筋肉だらけで脂身もなく、いかにも硬くてまずそうではないか」

 失礼なのかそうでないのか、よくわからないことをつぶやくと、ガルバリオは投げやりに部下に指示を出した。


「コイツを檻に放り込んどけ。後腐れなく殺してしまってもよいが、殺してしまえばそれまでだ。生かしておけば、なんらかの使い道があるかもしれん。飯は死なない程度に食わせてやれ」

 そしてガルバリオはそのまま、そう命令を出したことを忘れてしまったのである。


◇◇◇


「アハハ、さすがの『喫人鬼』も、ドワーフの肉は食べないんですね!」


 同級生なだけに、クローはベルスの肩を叩きつつ遠慮なく笑った。いつも無表情、不愛想なエルシズでさえも、クックッとその肩を震わせている。

 笑われた当のベルスはといえば、苦笑いを返すだけだった。


「なんにせよ、笑い話で終えることができてよかったです」

 そう言って、いつもはその顔にいたずらな笑みを浮かべているヴェルが、そっと目じりの涙を拭った。


「もう、二度と仲間を失いたくないから……」

 そう続けた彼女の言葉に、皆、深くうなずいた。彼、彼女たちは、長く続いた魔王魔族との戦いで、数多くの仲間を失っていたからだ。せっかく魔族と戦って生き残ったのに、同じ人間との戦いで命を落としては浮かばれない。


「ベルス卿、そなたの功績は巨大だ」

 温かい目でベルスのことを見やりつつ、ジュノがそう声を発した。レルグ以下、一同はあらたまり、ピシッと背筋を伸ばして続く言葉を待つ。ベルス自身も立ち上がろうとしたのだが、それはクローが肩を抑えて押し留めた。


「そなたがいなければ、マデッサ城はとうに陥落していただろう。遮るもののなくなったカルガディア軍は我が国内を蹂躙し、民は塗炭の苦しみを味わっていたに違いない」

 そこでジュノは、安堵のため息をついた。


「ベルス卿。その功績を称え、そなたに爵一級を賜い、大上造(だいじょうぞう)に叙する」

 それは、ニ十等級あるローウェルの爵制で上から五番目にあたり、一般的な他国の制度では男爵に相当する。彼は、貴族の一員となったのだ。


「また、そなたを強弩将軍(きょうどしょうぐん)に任ずる。ローウェルの弓兵全体を統括し、引き続き国土防衛の任にあたってほしい」

 ローウェルの軍事制度において、実戦部隊の最上位に位置するのは「大将軍」である。それに継ぐのが驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)車騎将軍(しゃきしょうぐん)衛将軍(えいしょうぐん)。ベルスが任じられた強弩将軍は、レルグの輔国将軍もそうだが「雑号将軍(ざつごうしょうぐん)」といい、必要に応じて臨時的に置かれるものだった。少し格は落ちるものの、それでも一軍を指揮する将軍位である。


「将軍の印綬は後日、あらためて賜う。皆、マデッサ防衛の英雄の功を称えよ!」

 ジュノがそう皆に告げると、広間にはわあっという歓声が巻き起こった。


「北斗、ベルスのことを送ってやってくれ」

 ベルスの座った椅子には台車がついている。命じられた北斗は椅子の背を押して、いつまでも拍手の音が鳴りやまない広間を後にした。


◇◇◇


「すまんな、ホクト」

 おとなしく椅子に揺られながら、振り向いたベルスが声をかけた。


「いいえ。ご無事のお戻りでよかったです」

 北斗は本心からそう答えた。本人は自らが望んだことだと言うだろうが、北斗が死間の策を献じ、彼に決死の役をやらせたことは事実だ。もしベルスが命を落としていたらと思うと、身震いがする。


「クローやエルシズからチラリと聞いたぞ。おまえもなかなかの活躍だったようだな」

 そう言われて、北斗は恐縮した。確かに彼は命を懸けて敵中を突破し、飢えにも苦しんだ。先ほどは「喫人鬼」と間近で対峙し、死の一歩手前まで追い込まれてもいる。

 だが、檻車に閉じ込められて、処刑の日は明日か、明後日かと先の見えなかったベルスの心労に比べれば、エリーサやマデッサの人々のために戦えた彼のほうが、まだマシだったかもしれない。


「皆さんのお役に少しでも立てて、よかったです」

 北斗はただ、それだけを答えた。ベルスはその言葉に、万感の思いが込められているのを感じ取ったのかもしれない。それ以上は何も言わなかった。


 二人はしばらく無言のままだった。椅子の背を押しつつ、ゆっくりとベルスの居室に向かったが、後わずかというところで、北斗は大事なことを思い出した。

「そうだ!」


 不意に声を上げた北斗のことを振り返って、ベルスはけげんそうに尋ねた。

「どうした?」

「ベルスさん、アレですよ、アレ!覚えていらっしゃいますよね?」


 それは、ベルスが死間の任を請け負った時に二人で交わした約束だった。

「どうしてベルスさんは、ドワーフなのに、髭を剃って弓を使っているんですか?」と、その質問に必ず生きて帰って答えること。それを今、果たせというのである。


「聞いてもつまらんぞ?」

 ベルスはそう言いつつも、答えてくれた。

「オレは、もちろん、ドワーフの郷で生まれた。だから、子どものころからドワーフが得意とする斧や鎚矛を使った戦いの技は学んでいたよ。だが、恥ずかしいことに、その腕では先輩の戦士たちにはかなわないと思ったんだ。それで、魔族や怪物(モンスター)の襲来など万一のことがあった場合を考え、戦う手段は複数あった方がよいと弓の技を磨くことしたんだ」

「なるほど」

「ドワーフには近接攻撃が得意な者は多いが、遠距離攻撃はそうじゃないからな」


 そう言葉を結んだかと思うと、ベルスは苦笑を顔ににじませた。その顔は、本来はドワーフらしくちょっとふくよかだったはずだが、一か月に及ぶ檻車暮らしですっかり頬がこけてしまっている。

「まあ、自分でも変わり者だという自覚はあるよ。郷を出て、魔法学院で人間たちの知識を学びたいと考えたことだってそうだし、この顔の髭を剃っているのだってな。ま、髭の方は特に確たる理由はないんだがな」


 そうベルスが笑ったので、北斗も笑った。

 先ほどヴェルが言ったように、「笑い話で終えることができてよかった」のだった。


◇◇◇


 ベルスを彼の部屋に送り届け、ベッドに寝かせた北斗は、ジュノたちが詰める館へと急ぎ戻った。


 これから戦後処理が始まるが、北斗には、大事な仕事が待っている。激しい戦いを生き抜いたマデッサの人々だが、その命の危機はまだ去っていないのだ。彼らが、拾った命を無駄に散らさないよう、北斗には進言しなければならないことがある。


 北斗が広間の扉を開けると、その向こうではガルバリオが床に引き据えられていた。これから、彼の処断が始まるのだろう。北斗は、その邪魔にならないよう、静かに廷臣たちが作る列の末尾に加わった。


「カルガディア軍第三軍団長ガルバリオ・バーンズ。そなたの処分を申し渡す」

 厳かに、ジュノが言葉を発した。


 ガルバリオはとうに覚悟を決めているのだろう。への字に曲がった口はそのままだが、もはやジュノを睨みつけることもない。豺狼のようだったその瞳は、涼やかと言っていいほどに澄み渡っていた。

 広間はしーんと静まりかえって、続くジュノの言葉を待っている。

 だが、ジュノの口から出てきたのは、誰も予想しえないようなものだった。


「カルガディアを捨てて、予に仕えよ」

「へ?」

 カルガディア随一の猛将として知られる、泣く子も黙る「喫人鬼」は、ぽかんと口を開けた。広間に居並ぶ廷臣たちも、ざわざわとざわめいている。


 口元にいたずらそうな笑みを浮かべたジュノは、彼らの反応に満足しつつ、説明を始めた。

「そなたは、自分はもう死人だと言ったな。であれば、そなたを墓穴に入れてやるのも、野辺に放り出して屍を曝すのも我らの自由だ。もちろん、生き返らせてこき使うのもな」

「…………」

「予は驚いたのだ。予の『縛鎖』の魔術を受けてなお、動ける人間がこの世にいるとは。予にも多少の油断はあったが、あれは、その程度で解けるような魔術ではない。なにせ、ローウェルを襲った竜をも捕らえた魔術だからな」


 かつて、王都ローウェルの上空に一頭の腹をすかせた竜が飛来し、人々を恐怖の底に叩き落としたことがあったという。竜が、今にも街を襲い、人々を食らおうとその顎を開いたそのとき。

 当時まだニ十歳に過ぎなかったジュノの「縛鎖」が発動した。竜は一瞬にしてその身動きを奪われ、人々は救われたのだそうだ。

 彼はその魔術一つで救国の英雄としての名声を確かなものとし、「龍狩り」の称号を得た。それ以来、「縛鎖」の魔術はジュノの代名詞になったのである。


「竜ですら動けぬ魔術を打ち破った男を、殺すには惜しい」

 と、そこまで言って、ジュノは軽く息をついた。


「ま、ベルス卿が殺されていれば、そんなことも言えなかったがな。そなたの一言で彼の命が救われたのは事実だし、マデッサの女子どもの退去についても、条件をつけずに呑んでくれたと聞いている。命を助ける理由としては、それで十分だろう」

「…………」

 ガルバリオは、黙ったままである。ジュノはその座から立ち上がると、ツカツカと彼に歩み寄った。その前で腰を落として、ガルバリオと目線を合わせる。


「もう一度言う。カルガディアを捨てて、予に仕えよ。予は、そなたに興味があるのだ」

「……何をバカな……」

 ガルバリオは、ようやく言葉を発した。


「オレは、きさまたちの兵を幾人も殺した男だぞ。きさまが許しても、殺された男たちはけっして許しはしまい」

 言われて、ジュノは「そうだな」とうなずいた。しかし、こう言葉を続けたのである。

「だから、その命をもって償え。この後、そなたはローウェルの民を守るためにのみ斧を振るうのだ」

 ガルバリオがそれに答えずにいると、不意にジュノはニヤリと笑った。


「……と、いうのもその一つだが、そなたを家臣に迎えたい理由は他にもある」

 そうしてジュノはその傍らに居並んだ、彼の大事な家臣であり、それ以上に大事な仲間でもある人々をたちを指し示した。


「クロー、エルシズ、レルグ、ヴェル……いずれもローウェルが大陸に誇る人材であり、魔王封印の勇者たちだ。だが、そなたも一目見ればわかるだろう。彼、彼女は、いずれも若く、美しい」

 そしてジュノは芝居がかった動きでその腕を振り回すと、ビシィッ!とガルバリオに指を突き付けた。


「だが、それだけでは足りないのだ!キャラクターのバリエーションが!!」

 聞いていた北斗は、ピシャーン!!とその場に雷が落ちたような錯覚を受けたが、これはマンガ・アニメに親しんでいる日本人だからだろう。


 北斗はまだ彼らとはそれほど付き合いが長くはないが、真面目で優等生タイプのレルグ、いたずら好きなギャルタイプのヴェル。穏やかで優しいが時折厳しい先輩キャラのクローに、無表情・不愛想なクール系のエルシズ。彼らの印象はそんな感じだった。

 もちろん、それぞれキャラは違うのだが、ジュノが金髪ショートの美男美女が好きなこともあって、ローウェルの宮廷にはガルバリオのような、むくつけき、男くさい武人タイプがいないのである。


 北斗はジュノの言いたい事を理解したが、広間に居並ぶ廷臣たちはどうだろう。

ヴェルだけはいつものようにいたずらな笑みを浮かべているが、基本的に真面目なレルグは固まってしまっている。エルシズはいつもの無表情だし、クローは穏やかに微笑んでこそいるものの、眼の奥が笑っていない。


 末座からそっと彼らの顔をうかがった北斗だったが、単なる観察者では済まなかった。急に、ジュノがその矛先を向けてきたからである。

「そうだろう、北斗?我が宮廷にも、さまざまなキャラが必要だと思うよな!?」


 ジャパンカルチャーに毒されすぎだよ、国王陛下!と、北斗は心の中でツッコんだ。

 わかる、わかるよ。でも、それがわかるのは、この場にオレだけなんだよ!

 飛行機だけでなくマンガ・アニメも好きなのだろうとわかってはいたが、ここまでとは思わなかった。魔王を封印するために必要な物を求めて異世界に赴いたという彼は、いったい、たどり着いた日本で何をやっていたのだろう。


 だいたい、キャラバリエーションが大事だなんて言っているジュノ自身が、金髪ショートにベクトルを向けすぎなのである。おかげで、北斗にとってここは天国に一番近いキングダムなのだが。


 そう思いつつも。


「おっしゃる通りです、陛下」

 と、北斗はそれに乗っかった。


「私自身は『金髪はショートが至高』との陛下のお言葉に深く賛同するところでありますが、お嬢様、幼なじみ、ツンデレ、スポーツ少女、ギャル、妹……幅広い層に訴求するには、多様な属性を持つ者をそろえることは欠かせません。それは、宮廷とて同じかと。多岐にわたる社会的な課題を解決するには、様々な個性と能力が必要でしょう」

 北斗は、その主君にリップサービスをしてやったのである。こう見えて彼は、要領が良く、世渡りも上手だった。


「そうだろう!さすがは北斗だ!」

 その答えに満足したようにうなずくと、ジュノは、その少女にも見まがうような美しい顔をあらためてガルバリオに向けた。


「と、いうわけだ。そなたのような脳筋……いや、荒々しい武人も我が宮廷にあってよいだろう。ガルバリオよ、そなたも一員に加われ」

「…………」

 ガルバリオは返事をしなかった。しばらく互いに無言の時が続いたが、先にため息をついたのはジュノのほうだった。


「ここまで言うてもダメか。まあよい、そなたもカルガディア随一の猛将として知られた男だ。すぐに国を捨てろと言われても納得できぬのは確かだろう。それに、矛盾ではあるが、簡単に国を捨てるような男であればほしいとも思わぬ」

 そうつぶやいたジュノは、指を一つ鳴らした。ガルバリオをぐるぐる巻きにした縄を、左右に控える兵士が手に取る。


「時間はたっぷりある。牢の中で、ゆっくり考えるがいい」

「…………」


 再びジュノが指を鳴らすと、兵士たちに引っ立てられて、ガルバリオは連行された。

 彼は無言のままだったが、ひょっとしたら、呆れて物も言えなかったか、そもそもジュノや北斗の言葉が理解できなかっただけかもしれない。


◇◇◇


 ガルバリオが去った広間では、戦後処理についての協議が始まった。


 レルグは侍中、ヴェルは宮廷魔術師兼諫大夫という朝廷の高官だが、国王ジュノにとっては師にあたるクローとエルシズも同様である。エルシズの官は御史中丞(ぎょしちゅうじょう)といい、公卿や官僚を監察し、不法行為があれば弾劾する役職。クローはといえば、御史大夫(ぎょしたいふ)という国家の政策立案全般に関与するポストで、これは副宰相級であった。


「恐れながら、国王陛下に申し上げたきことがございます!」

 彼ら国家の重鎮を前にして、北斗は臆せずに声を上げた。

「参軍中村北斗!末座にあるそなたが諸臣にさきがけ無礼であろう!分をわきまえよ!」

 国王の傍らにあるレルグが厳しく叱咤したが、これは秩序を乱さぬための一種のプロレスである。ジュノが「まあよい。北斗、申してみよ」と言ってくれるところまでが、言った方も言われた方も折り込み済みだった。


 北斗は、マデッサ城内の飢餓が始まってからずっと、この戦いに勝利を収めることができたら絶対に伝えなくてはならないと考えていた、重要なことを言上した。

「兵糧が搬入されて後のことですが、飢えた兵士たちに、食べ物を急に食べさせてはなりません。かえって死んでしまいます」


 それはリフィーディング症候群という。これもまた「鳥取の渇え殺し」に関する話だ。

 自身が兵糧攻めにした鳥取城が落ちて後、羽柴秀吉は、飢餓でふらふらになった城内の人々に大釜でお粥を振舞ったと言われている。ところが、このお粥を食べた者のほとんどが死んでしまったというのだ。


 リフィーディング症侯群とは、低栄養患者が栄養を急に摂取することで電解質分布の異常を引き起こし、心停止を含む重篤な合併症を引き起こす恐れのある病態である。それには、グルコースやリン、 カリウム、 マグネシウム、水分などの不足が影響するのだ。

 だから北斗は、その予防のため、籠城中、人々に牛や馬の血を飲んだり塊にして食べたりするよう促していたのである。血液には豊富なリンやカリウムが含まれているからだ。


 北斗の献策に基づき、飢えた人々には茶碗一、二杯程度のパン粥――パンを砕いて入れたスープを中心に、消化の良い食べ物を一日かけてゆっくり食べさせることが徹底されることとなった。

 やがてマデッサには、国内各地から送られてきた食料が続々と運び込まれた。しかし、リフィーディング症侯群で亡くなる者は最小限に留めることができたのである。


◇◇◇


「エリーサ、立ってごらん」


 北斗に促されて、ベッドの端に腰掛けたエリーサは、床に足をついた。それはおよそ一か月ぶりのことだったが、彼女の足は今、すっかり痩せ細っている。もともと華奢だったとはいえ、かつては女騎士らしく、筋肉で引き締まっていたものだ。


 エリーサは、んっ……と少し声を出して、その両足に力を込めると、ゆっくりと腰を上げた。恐る恐るという感じではあったが、彼女はようやく、おのれの足で地面を踏みしめることができたのだ。

 だが、それは長くは続かなかった。


「キャッ!」

 一歩、二歩を踏み出したところで、その足は砕けてしまったのである。

 倒れこんだ彼女を、北斗の腕が受け止めた。


「大丈夫か?エリーサ」

「あ、ああ。すまないな……」

 北斗の腕の中で、エリーサは情けなさそうにつぶやいた。


 飢えでずっと病臥していた彼女は、入浴どころか満足に体も拭けていない。その体からはすえたような臭いが漂ってくるのだが、北斗には気にならなかった。

 わずか一歩、二歩とはいえ、彼女が自分の足で動けるようになるまで回復したことが嬉しい。


 マデッサ城が解放されてから、北斗は一日の半分をエリーサの病室で過ごしていた。戦闘がないので、参軍としての役目も、今は落ち着いているのだ。

 平穏を取り戻した城内には、徐々に人々が戻ってきている。北斗は近所に住むおばちゃんをメイド代わりに雇って、エリーサの身の回りの世話を見てもらうことにした。


 自分では何もできないくせに、北斗はエリーサの食事の支度について細かく口を出してくる。ついには「うるさい!」とおばちゃんに尻をどやしつけられてしまった。エリーサに笑われたが、その顔が徐々に肌ツヤを取り戻してきていたので、北斗は痛む尻に手をあてつつも安心したのである。


「早くカルガディア軍を駆逐して、平和な日々を取り戻したいものだ」

 笑いを収めたエリーサは、真剣な顔に戻ってそうこぼした。

「ああ。オレも、できればもう弓は手に取りたくない。エリーサと、こうしてずっと一緒にいられればいいのにな」

「フフ、騎士として大きな声では言えんが……私もだ。だが……おまえは本当に、それでいいのか。『チキュウ』の『ニホン』とやらに戻りたいんじゃないのか」


 それを言われると、確かにキツい。エリーサのそばにいたいというのも本心だが、地球に、日本に帰りたいというのも本心なのである。

「うん……。きみのそばにはいたいけど、今頃、日本では家族や友達が心配しているだろう。少なくとも、一度は日本に帰って、きちんと説明がしたい。できれば、地球とローリスリアを自由に行き来できる方法があればいいんだけどな」

「うむ。私も、おまえの母君にはお会いしたいものだ」


 そう言われた北斗は、ついいたずら心を動かした。

「きっと『早く孫の顔を見せろ』って言われるぜ。きみには、オレとそうなる覚悟があるのか?」

 案の定、お堅い女騎士は顔を真っ赤にして怒ったのである。


「なっ……!物事には、順序というものがある!それが整わないうちは、ダメだ!」

「整えばいいのか?」

「ダッ、ダメではない!ダメではないが、それにも心の準備がだな……!」

 あわてふためいているエリーサを見て、北斗はクスクスと笑った。むくれた彼女はポコポコと彼を叩いていたが、いつしか彼女自身も笑顔になっていた。


 今日、窓の外は天気も良く、さんさんと夏の日差しが降り注いでいる。

 とても戦時中とは思えないのどかさだが、北斗もエリーサも、それがひと時だけのものであることを知っている。


「とにかく、平和だ。平和にならないと、日本に帰る方法も試すことができない。そのためなら、オレはもう少し弓を取って戦うよ」

「うむ。私も、おまえの隣で剣を取ろう。できれば、今後も肩を並べて戦いたいものだ」


 そう望んだものの、エリーサはもともと女王付きの騎士だ。北斗は今でこそレルグの部下になっているが、もともとはローリスリアに縁もゆかりもない異世界人である。今後、二人が一緒にいられるかどうかはわからない。


 パン粥やすりおろしリンゴの食事を一週間ほど続けると、エリーサの体力もだいぶ回復してきた。徐々にベッドから離れる時間も増えたころ。

 見舞いに訪れたヴェルが、北斗と二人でジュノの元に参上するよう伝えた。


◇◇◇


「騎郎エリーサ・サイト。そなたの元気な顔を再び見ることができて、まことに喜ばしい。そなたにも、苦労をかけたな」

 いつもの広間にしつらえられた玉座から、ジュノが言葉を下した。


「ハハッ、もったいなきお言葉」

 椅子に座ったまま、エリーサは頭を下げた。その傍らでは、北斗が片膝をついて頭を下げている。

 エリーサも当初は同じようにひざまずこうとしたのだが、まだ体調が万全でない彼女のことを気遣って、ジュノが椅子のままでよいと勧めたのだ。


 今、広間に集う廷臣はレルグ、ヴェル、ベルスの三人だ。魔術師のクローとエルシズはそれぞれの官職に伴う任務を果たすべく、マデッサ城が解放され、戦闘が終結すると「空間転移」の魔術で王都に戻っていた。

 ジュノとヴェルも、マデッサの戦後処理だけでなく国政全般を見る必要があるので、王都とマデッサを「空間転移」で行き来している。この日はこちらに来ていたのだった。


 ジュノは北斗にも声をかけた。その白く秀麗な顔には今、温かな笑みが浮かんでいる。

「また、輔国将軍参軍中村北斗。そなたも、この一連のマデッサ解放戦役における働きは実に見事だった」

「かたじけなく存じます」

 北斗はますます深く頭を下げた。


「今日、そなたたち二人を呼んだのは他でもない。それぞれの功績を(よみ)して、褒美を与えようと思ってのことだ」

 そう言って、ジュノは傍らに佇立する郎中に向かって促した。まだ少年とも見まがうような、やはり金髪の若者が、手にした巻物を広げたかと思うと朗々と読み上げる。


「エリーサ・サイトに爵一級を賜い、第十三級・中更(ちゅうこう)に叙する。また、ナカ……ナカムラ・ホ……ホクトに爵三級を賜い、第五級・大夫(たいふ)に叙する」


 エリーサの爵位は、それまで第十二級の「左更」だった。「左更」「中更」「右更」の三つが他国では勲爵士――騎士階級にあたる。今回の叙爵で、エリーサは騎士の中でも中位に昇爵したのだった。「右更」の次の第十五級「少上造」が准男爵にあたり、ここまでが准貴族階級と言える。


 また、北斗は第五級の「大夫」となった。三階級を特別に上っているが、これはもともとの爵位が低かったためで、珍しいことではない。ローウェルの爵位の制度では、平民でも第八級の「公乗」までは上ることができる。新王の即位などめでたいことがあった場合、長生きや親孝行などで表彰された場合に、平民にも爵位が与えられるのだ。貴族階級まではまだまだ遠い。


「ハハッ、ありがたき幸せ!」

 北斗とエリーサは、頭を下げたまま、同時に言上した。


「続いて新たな官位だが……」

 ジュノが再び郎中に命じて読み上げさせようとしたところ、「恐れながら、申し上げます!」とエリーサが声を上げた。ジュノの許しを得て、話し出す。


「まことにさしでがましきことながら、私には、このナカムラ・ホクトと同じ官を賜りとう存じます!このマデッサ解放戦役の中で、私は幾度もこの者に命を救われております。その恩を返したいと存じますれば……」

 そう言って、エリーサはほとんど顔が胸につくところまで頭を下げた。ジュノは、その形の良い顎に手を当てると、「ふむ」とつぶやいた。


「そうは言ってもな……。そなたは女王付の騎士で、そなたにしかできない役目もある。かといって、北斗を女王付にするわけにもいかぬし……」

 顔を曇らせたジュノだったが、次の瞬間には、「閃いた!」という感じでその顔を輝かせていた。ゴホンと咳払いを一つすると、自ら二人に言葉をかける。


「では、こうしよう。エリーサ・サイト、中村北斗よ」

「ハッ」

「エリーサ・サイトを羽林左監に任じ、秩比六百石を賜う。引き続き、女王ティンシアのそばにあり、女王と王宮の警護・宿営を担う羽林左騎百二十騎を統率せよ」

「ハハッ、謹んで承ります!」

 エリーサを見下ろしつつ、「うむ」とうなずいたジュノは、続いて北斗にその目を向けた。


「さて、中村北斗。ああ、面を上げるがよい」

「ハッ」

 命じられてその顔を上げた北斗は、ジュノの顔に、いたずらそうな笑みが浮かんでいることに気づいた。

 また、なにか企んでいる――。


「そなたの輔国将軍参軍の任を解く。また、そなたを羽林騎郎に任じ、秩比三百石を賜う」

 それは、エリーサがそれまで務めていた官位と同じだった。「羽林」とは国王直属の部隊のこと。その郎は国王のそばにあって、警護にあたる職務である。位は低いが、国王の側近くに勤めるだけあって、その眼に触れて才能を認められる機会が多い。良家の子弟が最初に任じられることの多い官職でもあり、出世の登竜門の一つであった。

 とはいえ、それだけなら特に珍しくない官職だ。騎郎は羽林右騎、羽林左騎にそれぞれ百人以上いるのである。


「北斗。そなたには、羽林にあって別の任務も与える」

 ジュノがいたずらそうに笑った理由は別にあった。


「そなたは以後、予の影たれ」

「ハハッ!……ははぁ!?」

 一度は頭を下げて承ったものの、言葉の意味に気づいた北斗は、驚いてジュノの顔を見上げた。その隣で、エリーサも驚いた顔をしている。


「そなたの顔も、予に似ているのだからおかしな話ではあるまい。今後は、北斗が予の影、エリーサは女王の影。時と場合によっては、そなたたち二人が、予と女王の代わりに並んで玉座に座ることもあろう。エリーサよ、それではどうだ?」


 確かに、暗殺の恐れがある場合等、そうした機会がないとは言えない。ジュノの持ち出した解決策は、エリーサの希望を入れつつ、北斗の顔が彼と似ている偶然をも活かそうというものだった。とっさに思いついたにしては、なかなかに当を得ていると言えそうだ。

 国王と女王それぞれの御付、左右の違いはあれど、エリーサと同じ羽林にいられるなら北斗としてもそれにこしたことはない。


 喜色を浮かべて再びジュノの顔を見上げた彼だったが、主君の左右で、ヴェルとレルグがなんだか呆れたような顔をしているのが眼に入った。

 北斗は、イヤな予感がした。


「北斗くんまで、その毒牙にかけようというのね……」

「恐ろしいヤツ……どれだけ増やせば気が済むんだ……」

 それぞれ、そんなことをつぶやいている。


 そして、北斗の予感は見事に的中した。

 ジュノはその、北斗の母に似た顔に満面の笑みを浮かべると、最後に、こんなことを命じてきたのである。


「北斗、明日から髪を金に染めてこい!オレの影なんだから、当然だよな?」


◇◇◇


 こうして、栃木県の学校に通う令和日本の一般的な大学生・中村北斗は、ひょんなことからたどり着いた異世界で、国王の側近くに仕える影武者となった。


 北斗と国王は、その鷹のように鋭く輝く瞳や白く秀麗な容貌だけでなく、その内面もよく似ていたと伝わる。二人とも「金髪はショートが至高」の信条を等しくし、女性の好みまで似通っていたそうだ。

 この後、北斗は縁もゆかりもない異世界にあって、ずっと日本に帰りたいと願いつつも、ローウェル王国の廷臣として政治・軍事にその才を振るうこととなる。


 やがて彼は、朝廷の内にあっては宰相、外に出でては大将軍として活躍し、史書に伝を立てられるまでに立身出世する。「龍雲閣(りゅううんかく)二十四功臣」の一人として、国王ジュノ、女王ティンシアを支え、「双龍の治」と讃えられる二人の覇業に貢献したのだ。


 ついには、誰もが予想しえなかったような形で至尊の地位にまで登極することとなるのだが、彼には、天与の才能など何一つない。

 女神様から贈られたチートな能力もなければ、マンガ・アニメでなければあり得ないような特別なスキルを持っていたわけでもなかったのだ。


 福島県相馬市の出身であったがゆえに、馬に親しむ機会が人より多かったとはいえ、それ以外は特殊とも言えない生い立ちなのである。

 そんな彼を支えたのは、わずかに中学高校で打ち込んだ弓道と、相馬野馬追に出場するため両親に鍛えられた馬術。


 そして、歴オタ――オタクと言っていいほどの、歴史の知識だけだったのである。


Fin.

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