008:地下街
公園の等間隔に並ぶ石に沿って進む。
すると、大きな壁が現れた。
壁に、道が開いている。
人が横に二人並んで通れるほどの幅だ。
自然のものではない。
ここから先は、別の空間だ。
地下道は直線ではない。
右折と左折を繰り返す。
角を越えるたびに、明るさが増していく。
やがて、人の声らしきものが混じり始めた。
◇◇◇
地下道を抜けると空間が広がった。地下街だ。
明るい照明、漂う香ばしい匂い。
公園の景色とは全く対照的だ。
地下街をしばらく歩いていると、屋台の女性に声をかけられた。
「アンタ見ない顔だね。巡礼者かい?」
(巡礼者?)
私の身なりは巡礼者ではない。
屋台の女性の心遣いと解釈した。
女性は湯気の立つカップを無言で私に差し出す。
受け取ると、手のひらがじんわり温まる。
「いただきます」
一口飲んだ瞬間、体が包み込まれるような感覚が広がる。日本の記憶を辿れば、山椒に似た風味の野菜スープだ。
「うまいな」
「そりゃよかったよ。地上は人が住める場所じゃないからさ。ここじゃ、みんなで工夫して食べ物を育ててるのさ」
◇◇◇
よそ者は居住区に入れない、と掃除のオジサンは言っていた。
だが私は、その居住区に入りたくなった。
地下街の奥に進んでいくと、壁に突き当たる。
壁に沿って進み、居住区の入口を探す。
すると、武装化した人物が二人、立っている。
(あそこが居住区の入口だな)
武装化した二人は、迷彩服ではなく制服姿。
兵士というよりも、警備員や門番近い。
所持している武器は、銃器。
ハンドガンではなく、ライフルの類だ。
それ以外は、ここから確認はできない。
(居住区に入ることは可能だな)
壁伝いからの接触は、攻撃に最適な位置だ。
だが、私は戦いを求めに来たわけではない。
ここからの接触は、相手の警戒心を煽る。
私は一旦、地下街に戻り、居住区入口の正面から近づくことにした。
◇◇◇
地下街に戻るやいなや、飲食店に目が留まる。
武装化した男と同じ制服の男が五人、その飲食店で食事をしていたのだ。
しかも、貸し切りではない。
一般客も交じっている。
「おっ、門番さんもオレと同じAセットか」
「当然だよ。安くてうまい、これ定番ってか」
「女将さん、アレ追加してよ」
「門番さん、お酒はダメよ。これから仕事でしょ」
門番は、店主や一般客と普通に会話している。
だが、私は気を緩めることをしない。
和やかな風景の裏には、社会の闇が潜んでいる。
かつて私がいた世界も同じだった。
◇◇◇
居住区入口の正面から近づく。
入口までの距離、約十五メートル。
門番が二人。
特に周りを警戒している様子はない。
決められたルールどおりにそこにいる。
入口までの距離、約三メートル。
二人とも穏やかな顔つきで、私に軽く会釈した。
背の高い門番が、柔らかい声で言う。
「ここから先は居住区なのだが、関係者以外は通せない決まりでね」
もう一人の門番も、気まずそうに肩をすくめた。
「悪気はないんだ。ただ、規則なんだよ。外から来た人は、まず別の場所で確認を受けてもらうことになってる」
私は二人に会釈をして、その場を離れた。
《二人の立場を尊重したのですね?》
「二人が責任を負うことになるからな」
◇◇◇
地下街の探索を再開する前に、座標ビューアを開く。
「街の探索にも、座標ビューアは便利だな」
《興味深いです。具体的に教えてください》
「狭い範囲では、行った場所が自動的にマーキングされる点が利点だ。逆に広い範囲では、まだ行っていない場所が空白のままだという特徴がある」
《地球の地図は異なりますか?》
「地球では、すでに全体像が決まっていることが一般的だ。人間はそこに線を引いたり、印を付けたりして使うことが多い」
再び、地下街の探索を始める。
子供の遊び心の感覚で、マーキングされていないエリアを埋めるように進む。
すると、賛美と罵声が地下街の壁に反響して聞こえてきた。
地下街の角を曲がってのぞき込むと、男女が店の前で言い争いをしている。
「魔界人の薬はすごいのよ」
「いやいや、魔界人の薬なんて信用できるか」
「そんなことないわ。父の病も治ったもの」
「何を混ぜてるかわかったもんじゃない」
「もう、どっか行ってよ!」
「うるさい。とにかく俺は反対だ!」
(これでは店も、近くの人も迷惑だな)
私は男女の前に立ち、一言。
「店に入りたい。どいてくれるか?」
二人は一瞬にして、静かになった。
そして、私が店に入れるよう、二人は分かれる形で入口の両脇に寄った。
(これ以上の関与は必要ない)
私は店に入った。
◇◇◇
店内は静かだ。
瓶の光が淡く揺れている。
カウンターには、青い目が印象的な店主。
「何か入用かい?」
店主の声は、ゆっくりで穏やかだ。
すぐに立ち去るつもりだったが、しばらく会話を続けることにした。
「いや、私は客ではない」
「気にすることはないよ」
店主はゆっくりとうなづきながら話を続けた。
「ありがとよ。店の入口前で騒いでいる男女が気になったんだろ? あれじゃ、本当に薬が必要な人が店に入りにくいからね」
私は黙って、店主の話を聞いている。
「賛美も罵声も、ウチらがここにいるという証だよ。異界から来た者としては、それだけで満足さ」
《店に急接近中。敵ではありません》
突然、私の背後にある、店の扉が開く。
店外の空気が店内へ入ると同時に、白い外套をまとった人物が姿を現す。
「例の薬を。急ぎだ」
「おやおや、神田川先生。また急患かい?」
「病状悪化が早い。あなたの薬がないと持たない」
尋常ではない雰囲気だ。
店から出るにも、出れない状況。
取り急ぎ、私は店の端に寄る。
医師は私に軽く会釈を返した。
その後、薬を受け取った医師は、一目散に店の外へと消えていった。
その後、私も店を後にした。




