007:掃除のオジサン
短時間とはいえ、公園でのゴースト駆除が騒ぎになる可能性は否定できない。
万一を考慮し、一旦、天空パレスへ戻ることにした。
天空パレスの休憩室にいると、不思議と落ち着いて考える余裕が生まれてくる。
◇◇◇
ゴーストの件は、ひとまず終わった。
だが、重要な未解決問題が残っている。
それは、日本から江戸国へ転移させられた理由だ。
照合した結果、私の地球滞在予定は百二十年以上だった。
本来であれば、私はまだ地球にいる。
ところが、その半分にも満たない期間で、強制的に打ち切られていた。
偶然にしては出来すぎている。
さらに不可解なのは、転移の経路だ。
地球から天空パレスではなく、直接、江戸国へ。
転移地点としては、あまりに不自然だ。
そのうえ、日本の喫茶店と江戸国の公園。
この二つに共通点を探すと、トイレ以外に思い当たらない。
だが、調査した時点では、双方に転移の痕跡は見つからなかった。
唯一、はっきりしている事実がある。
当時の私――朝比奈朔也の所持品は、すべてエーアイが回収している。
そして、それらは公園のトイレ付近で発見されていた。
何者かが意図的に介入し、私をここへ送り込んだ可能性は高い。
エーアイも同じ結論に辿り着いていた。
だが、その目的までは見えてこない。
考えても、今は分からない。
情報が、決定的に足りていないのだ。
ならば、その糸口は江戸国のどこかにある。
そう結論づけて、私は再び出立の準備を始めた。
◇◇◇
江戸東街区中央公園に到着した。
特に変わった様子は見られない。
「ゴースト戦から、どのくらいの経過している?」
《現地時間で、七日後になります》
「この世界の一日は何時間だ?」
《二十四時間。日本と同じです》
「なぜ、それを知っている?」
《ミスターも見ているはずです》
確かに天空パレスの転移ゲート利用時には、とてつもなく長い文字や数字が列挙されていた。
だが、あれを一瞬で解読するのは無理だ。
「転移ゲートに表示された文字や数字のことか?」
《いいえ、座標ビューアに表示されています》
私は座標ビューアを確認した。前回、敵の位置を確認する際に表示した機能だ。
確かに、現地時間等も表示されていた。
《なお、転移ゲートに表示されている情報はシステム専用コードです。理解する必要はありません》
言われなくてもわかっている。予備知識があり、時間をかければシステム専用コードを理解するのは可能だが、一見して理解するには無理がある。
私はエーアイに冗談を言いたくなった。
「システム専用コードか。ただの演出かと思った」
《ミスターの策略のような演技には同調しません》
◇◇◇
江戸東街区中央公園のトイレについた。
私が朝比奈朔也だったときに、日本の喫茶店のトイレから転移させられた場所。
エプロン姿の掃除のオジサンはいないようだ。
トイレに入る前に、建物の周囲を確認する。
右回り、左回り、再び右回りと計三回。
《前回同様、転移の痕跡は見つかりません》
次に確認するのは、トイレの中。
トイレの前には、“例の扉”がある。
私が江戸国に初めて来たときに触れていた扉。
扉には取っ手がついている。
取っ手をどのように握っていたのか、取っ手以外を掴んでいたのか、詳しくは覚えていない。
当時の私であったなら、絶対に触れないだろう。
だが、今は、気分が高揚している。
扉に触れた。
何も起こらない。
何度も扉を開け閉めしたり、トイレの中に入ったりしたが、結果は同じ。
《前回同様、ここも転移の痕跡は見つかりません》
多少、物足りないように感じるが、期待外れというほどの失望感はない。
(他を当ってみるか。公園の外も見たいしな)
トイレを後にし、前を向いて数歩歩いたところで、斜めやや右方向から速足で誰かが近づいてくる。
距離にして百メートルほど離れている。
何か叫んでいるが、聞き取れない。
周りを見渡しても私しかいない。
五十メートルほど距離が縮まったところで、声が聞き取れた。
「ちょっと待て!」
声を聴いて思い出した。
あの時の、掃除のオジサンだ。
ここでは、こちらから近づくことはしない。
顔の表情、しぐさもすべて、平然と振舞う。
私の前に、オジサンが辿り着くなり、一言。
「おい、アンタ、トイレで何やってたんだ!」
「何とは? どうしたんですか?」
「トイレで何か調べてただろ!」
私は淡々と答える。
「綺麗に掃除されているトイレを見ていただけですよ。誰が掃除したのか知りませんが、トイレの中も外も、隅々まで行き届いていますよね。これで感動しないほうが、おかしいですよ」
オジサンの表情が得意げな笑顔に変わる。
「だろう? 誰が掃除していると思う? あれ、俺なんだよ」
(知っている。嘘をついて、すまん)
「あなたですか。あれは職人技ですね」
「いや、仕事じゃねぇんだ。ボランティアだよ」
しばらくオジサンの話を、ただ聞いていた。
気分よく話している話題の腰を折るのは悪手だ。
私は話題を変えるタイミングをひたすら待つ。
「ところで、先ほど何か怒っているように見受けられましたが、何かあったのですか?」
「悪かったな。また落書きかと勘違いしたんだよ」
「落書き?」
「ああ、変な模様と文字が赤色で便器の蓋に書かれててな、それを見つける前に、見たことねぇ男が、ドアの前でぼーっと、突っ立っていたんだよ」
(その男は、朝比奈朔也だったときの私だな)
「それでよ。アンタも見たことねぇ男だから、てっきり、その男か、その仲間かと思ったんだよ」
私はここで、あえて一拍置いた。
「その落書き、何が書いてあったのですか?」
「覚えてねぇな~」
「では、その便器の蓋は今もあるのですか?」
「すぐ捨てちまったよ。磨いたら落書きはスグに落ちたんだが、なんか気持ち悪いからよ」
数秒間、沈黙が続く。
「アンタ、他の街区から逃げてきたんだろ?」
「……」
「安心しろ、ヤボなことを聞くつもりはねぇ」
私は沈黙したまま頭を下げた。
「等間隔に並ぶ石に沿って進んで行きな。その先に地下街と居住区があるぜ。よそ者は居住区に入るのは難しいが、地下街には宿もあるし、生活に必要なものは手に入るぜ」
「ありがとうございます」
「まだ、アンタ、若いんだからよ。じゃあな」
私は掃除のオジサンに再び頭を下げ、等間隔に並ぶ石に沿って歩き出した。
《ミスターの口調が通常とは異なりましたが?》
「相手や状況に応じて口調を使い分けたことか?」
《はい。地球で学んだのですか?》
「殆どの人間が日常的に使い分けてるな」
《地球人固有の知恵と記録します》
掃除のオジサン、気立てのよい人だったな。




