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ミスターとエーアイ ~異世界放浪物語~  作者: 三鷹
江戸東街区編

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8/13

007:掃除のオジサン

 短時間とはいえ、公園でのゴースト駆除が騒ぎになる可能性は否定できない。

 万一を考慮し、一旦、天空パレスへ戻ることにした。


 天空パレスの休憩室にいると、不思議と落ち着いて考える余裕が生まれてくる。


◇◇◇


 ゴーストの件は、ひとまず終わった。

 だが、重要な未解決問題が残っている。


 それは、日本から江戸国へ転移させられた理由だ。


 照合した結果、私の地球滞在予定は百二十年以上だった。

 本来であれば、私はまだ地球にいる。

 ところが、その半分にも満たない期間で、強制的に打ち切られていた。

 偶然にしては出来すぎている。


 さらに不可解なのは、転移の経路だ。

 地球から天空パレスではなく、直接、江戸国へ。

 転移地点としては、あまりに不自然だ。


 そのうえ、日本の喫茶店と江戸国の公園。

 この二つに共通点を探すと、トイレ以外に思い当たらない。

 だが、調査した時点では、双方に転移の痕跡は見つからなかった。


 唯一、はっきりしている事実がある。

 当時の私――朝比奈朔也の所持品は、すべてエーアイが回収している。

 そして、それらは公園のトイレ付近で発見されていた。


 何者かが意図的に介入し、私をここへ送り込んだ可能性は高い。

 エーアイも同じ結論に辿り着いていた。

 だが、その目的までは見えてこない。


 考えても、今は分からない。

 情報が、決定的に足りていないのだ。


 ならば、その糸口は江戸国のどこかにある。

 そう結論づけて、私は再び出立の準備を始めた。


◇◇◇


 江戸東街区中央公園に到着した。

 特に変わった様子は見られない。


「ゴースト戦から、どのくらいの経過している?」

《現地時間で、七日後になります》


「この世界の一日は何時間だ?」

《二十四時間。日本と同じです》


「なぜ、それを知っている?」

《ミスターも見ているはずです》


 確かに天空パレスの転移ゲート利用時には、とてつもなく長い文字や数字が列挙されていた。

 だが、あれを一瞬で解読するのは無理だ。


「転移ゲートに表示された文字や数字のことか?」

《いいえ、座標ビューアに表示されています》


 私は座標ビューアを確認した。前回、敵の位置を確認する際に表示した機能だ。

 確かに、現地時間等も表示されていた。


《なお、転移ゲートに表示されている情報はシステム専用コードです。理解する必要はありません》


 言われなくてもわかっている。予備知識があり、時間をかければシステム専用コードを理解するのは可能だが、一見して理解するには無理がある。


 私はエーアイに冗談を言いたくなった。


「システム専用コードか。ただの演出かと思った」

《ミスターの策略のような演技には同調しません》


◇◇◇


 江戸東街区中央公園のトイレについた。

 私が朝比奈朔也だったときに、日本の喫茶店のトイレから転移させられた場所。

 エプロン姿の掃除のオジサンはいないようだ。


 トイレに入る前に、建物の周囲を確認する。

 右回り、左回り、再び右回りと計三回。


《前回同様、転移の痕跡は見つかりません》


 次に確認するのは、トイレの中。

 トイレの前には、“例の扉”がある。

 私が江戸国に初めて来たときに触れていた扉。


 扉には取っ手がついている。

 取っ手をどのように握っていたのか、取っ手以外を掴んでいたのか、詳しくは覚えていない。


 当時の私であったなら、絶対に触れないだろう。

 だが、今は、気分が高揚している。


 扉に触れた。


 何も起こらない。

 何度も扉を開け閉めしたり、トイレの中に入ったりしたが、結果は同じ。


《前回同様、ここも転移の痕跡は見つかりません》


 多少、物足りないように感じるが、期待外れというほどの失望感はない。


(他を当ってみるか。公園の外も見たいしな)


 トイレを後にし、前を向いて数歩歩いたところで、斜めやや右方向から速足で誰かが近づいてくる。


 距離にして百メートルほど離れている。

 何か叫んでいるが、聞き取れない。

 周りを見渡しても私しかいない。


 五十メートルほど距離が縮まったところで、声が聞き取れた。


「ちょっと待て!」


 声を聴いて思い出した。

 あの時の、掃除のオジサンだ。


 ここでは、こちらから近づくことはしない。

 顔の表情、しぐさもすべて、平然と振舞う。


 私の前に、オジサンが辿り着くなり、一言。


「おい、アンタ、トイレで何やってたんだ!」

「何とは? どうしたんですか?」

「トイレで何か調べてただろ!」


 私は淡々と答える。


「綺麗に掃除されているトイレを見ていただけですよ。誰が掃除したのか知りませんが、トイレの中も外も、隅々まで行き届いていますよね。これで感動しないほうが、おかしいですよ」


 オジサンの表情が得意げな笑顔に変わる。


「だろう? 誰が掃除していると思う? あれ、俺なんだよ」


(知っている。嘘をついて、すまん)


「あなたですか。あれは職人技ですね」

「いや、仕事じゃねぇんだ。ボランティアだよ」


 しばらくオジサンの話を、ただ聞いていた。

 気分よく話している話題の腰を折るのは悪手だ。

 私は話題を変えるタイミングをひたすら待つ。


「ところで、先ほど何か怒っているように見受けられましたが、何かあったのですか?」

「悪かったな。また落書きかと勘違いしたんだよ」

「落書き?」

「ああ、変な模様と文字が赤色で便器の蓋に書かれててな、それを見つける前に、見たことねぇ男が、ドアの前でぼーっと、突っ立っていたんだよ」


(その男は、朝比奈朔也だったときの私だな)


「それでよ。アンタも見たことねぇ男だから、てっきり、その男か、その仲間かと思ったんだよ」


 私はここで、あえて一拍置いた。


「その落書き、何が書いてあったのですか?」

「覚えてねぇな~」

「では、その便器の蓋は今もあるのですか?」

「すぐ捨てちまったよ。磨いたら落書きはスグに落ちたんだが、なんか気持ち悪いからよ」


 数秒間、沈黙が続く。


「アンタ、他の街区から逃げてきたんだろ?」

「……」

「安心しろ、ヤボなことを聞くつもりはねぇ」


 私は沈黙したまま頭を下げた。


「等間隔に並ぶ石に沿って進んで行きな。その先に地下街と居住区があるぜ。よそ者は居住区に入るのは難しいが、地下街には宿もあるし、生活に必要なものは手に入るぜ」

「ありがとうございます」

「まだ、アンタ、若いんだからよ。じゃあな」


 私は掃除のオジサンに再び頭を下げ、等間隔に並ぶ石に沿って歩き出した。


《ミスターの口調が通常とは異なりましたが?》

「相手や状況に応じて口調を使い分けたことか?」

《はい。地球で学んだのですか?》

「殆どの人間が日常的に使い分けてるな」

《地球人固有の知恵と記録します》


 掃除のオジサン、気立てのよい人だったな。


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