006:中央公園
灰色の地面と等間隔に並ぶ木々。
遊具も、ベンチも、街灯もない無音の静寂。
かつて私が“人間としての最期”を迎えた場所。
「懐かしいな、江戸東街区中央公園」
景色はあの時と同じだ。
建物らしき黒い影も遠くに見える、
(ゴーストに襲われたのは、この辺りだな)
私は立ち止まり、周囲を見渡す。
空間は異様なほど静かだ。
聞こえてくるのは、自分の呼吸音と、足元に微かに伝わる振動だけ。
まだゴーストは現れない。
空中に浮遊し、高い位置から探した。
だが、目視では探すのに限界がある。
出現する条件があるのだろうか?
敵出現が前提となっている戦闘VRでは経験していない感覚だ。
約束通り、エーアイは沈黙を保っている。
最初の敵を自分で発見して倒すまで助言しないよう、前もってエーアイに頼んでおいたのだ。
とはいえ、即時にゴーストが現れることを期待していただけに、楽しみを先延ばしにされている感がもどかしい。
「一層のこと、公園ごと消滅させるか」
《ミスターの意見には同意しかねます》
あえて理由は聞かなかったが、エーアイは公園内に巻き込んではならない生命体がいることを感知したのだろう。
私は再び、上空からゴーストを探そうとした。
その瞬間、“あの感覚と記憶”が蘇る。
「……やっと姿を見せたか、ゴースト」
闇の中から、ぼんやりと人影が浮かぶ。
顔はない。真っ黒な面だけが、じっとこちらを見据えていた。
(巻き込んではならない生命体ではないよな?)
私は敵を凝視する。
間違いない。ゴーストだ。
一旦空気を吐き出し、静かに息を吸う。
空気が波打ち、身体の芯に力が満ちていく。
ゴースト相手に、この力は強すぎる。
だが、抑える必要はない。
抑えれば、逆に“私”が壊れる。
近づいてきたゴーストが動きを止めた。
まるで本能的に恐怖を覚えたかのように、影が後退する。
「おい、まさか逃げるんじゃねぇよな?」
指先から放たれた光が空気を裂き、ゴーストの輪郭を一瞬で蒸発させた。
周囲の木々すら砂となって崩れ落ちる。
《公園内、スキャン開始します》
ゴーストを見つけて倒したことを機に、エーアイが動き出す。
《ゴーストの群れ、位置情報取得》
私は即座に、現在位置と敵位置を確認する。
ステイタス画面とは異なり、座標ビューアはリアルタイムに更新されていく。
「逃がさん」
私はゴーストの後を追った。
私から遠ざかっていく様子が、座標ビューアに表示されていたからだ。
◇◇◇
公園内のゴーストをすべて駆逐した。
抵抗らしい抵抗はなく、戦闘と呼ぶにはあまりに一方的であった。
胸の奥に空虚な風が吹く。
とにかく物足りない。
まるで前菜だけで満腹になれと言われているようなものだ。
「この公園、消滅させていいか?」
《ここは地下です。情報収集の優先を推奨します》
◇◇◇
この公園が地下にあるといわれて合点がいった。
日本から迷い込んだ時にも感じていたが、星も雲もない異様な空が地下空間の天井だと考えれば、そのとおりの景色なのだ。
エーアイの話では、ここ江戸東街区は“江戸国”に属する都市であり、数千年前に日本から分岐した平行世界であるという。
「人間が地下で生活しているということか?」
《詳細不明です。地下に生活の痕跡はあります》
エーアイの言葉に不自然な新鮮さを感じた。
なぜなら“詳細不明”いう言葉を、今まで聞いた記憶がないからだ。
「江戸国には頻繁に来ていたのではないのか?」
《いいえ、ミスターが日本から迷い込んだ時だけです》
「単独で、異界へ行くことはないのか?」
《ミスターに同行、またはミスターからの指示がない限り、異界へ行くことはありません》
「説明が矛盾していないか? 初めて江戸国に来たときは、単独だよな?」
《矛盾しません。地球転生前のミスターが同行を許さなかったのは、地球が存在する世界だけです》
「では、私が地球にいる間、何をしていたんだ?」
《天空パレスの機能強化と再構築です》
この会話を機に、地球、特にに日本での生活について、エーアイから質問攻めにあってしまった。
まるで、長年会っていなかった旧友と、お互いの近況を語り合うかのように。
エーアイから見れば、ただの情報確認作業なのかもしれないが、私には楽しいひと時だった。
悪夢だった江戸東街区中央公園が、楽しい記憶の場所へと塗り替えた瞬間だったのかもしれない。




