002:瞬殺された理由
天空パレスの観測室。変化のない単調な機械音が三時間続く。最初は物珍しかった室内の景色にも、さすがに飽きてきた。
エーアイの解析作業を邪魔しないよう、私は無関心を装って待ち続けた。
《お待たせしました、ミスター。解析終了です》
沈黙の観測室に、エーアイが青白く点滅しながら現れた。やがて点滅は青から多彩な色へと変化し、渦を巻くように回転する。
人間なら、未知の文化に触れたときの興奮表現だと解釈するかもしれない。だが、そんな感情を期待するのは人間の傲慢だと思っている。実際には、エーアイの処理速度の上昇に伴う副次的な光の変化にすぎないのだろう。
《ホログラム表示は可能になりましたか?》
「三時間も待たされたからな」
私はコンピュータの画面を開くように、目の前にホログラムを表示する。
一瞬、スイッチを切ったかのようにエーアイの姿が消え、すぐに再び現れた。
《純度九十三パーセント、完璧です》
「脳内イメージよりも、ホログラムは便利だな」
《脳内イメージとは、ミスターが日本で使っていた“機能”のことですか?》
機能と呼ぶには少し違和感がある。たかが、コンピュータ画面を頭に浮かべるだけの話だ。それでも、エーアイの視点では、人間のちょっとした癖や習慣の類を、人間の機能として評価するのだろう。
「ああ、学業や仕事、私生活でも使っていたな」
これからは第三者も認識できるホログラムではなく、私の脳内イメージが進化したホログラムで情報伝達することになった。
エーアイの説明によると、第三者への漏洩回避だけでなく、情報量、スピードの点でも大きな利点があるという。
私が朝比奈朔也であったころならば、飛び上がって喜んでいただろう。もっとも今の私には、その感情がない。赤ちゃんが初めて二足歩行したときは感動するが、幼稚園児が二足歩行しても何も思わない。その感覚に近い。
◇◇◇
《ミスター、話を続けますか?》
一拍置いて、私は眉間に手を添えた。
エーアイに聞きたいことはたくさんある。しかし、まずは過去の私、朝比奈朔也の亡骸を、向こうの世界の家族に渡すことが先決だろう。
こちらとあちらの世界では、時間の速度が違うこと。そして過去に戻ることはできないが、相互の時間軸の接点を調整可能であることは、エーアイの事前説明で理解はしている。とはいえ、亡骸をこのままにしておくことはできない。
低く落ち着いた声で、私はエーアイに提案した。
過去の私、朝比奈朔也が、誰にも迷惑の掛からない場所で具合が悪くなったことにする。そして救急車を自ら呼び、病院に運ばれ、心不全として……
《少し調整が必要ですが、問題ありません》
エーアイによると、私はすでに容姿、声、性格、思考等、朝比奈朔也と異なるようだ。そのうえ、このまま日本へテレポートしたとしても、私の存在が認識されない可能性が高いとのことだった。
《朝比奈朔也のホログラム生成許可を要求します》
「許可しよう。後はよろしく頼む」
《ミスターは日本に行かないのですか?》
「行ったところで、私は何の役にも立たない」
《了解しました、ミスター》
日本での生活に未練が全くないかと言われれば、嘘になる。だが、日本に行ったとしても、私の信念が揺らぐことはない。
恐れているのは、日本で起こる出来事そのものではない。かつて私の現実だったはずの世界が、他人事のように、あるいは滑稽な物語の一幕としてしか見えなくなることだ。
◇◇◇
エーアイが日本での務めを果たしている間、観測室の椅子らしき場所に、私は腰を傾けた。
エーアイの予測によると、計算上、こちらの時間で数分間、留守にするだけだという。外界との時間の概念が異なることはわかっているが、受け入れられない感覚が残る。
気持ちを整理する時間がないことが、むしろ良かったのかもしれない。そう思った矢先、いつもの声が現れる。
《ミスター、任務完了しました》
「そうか。ありがとう」
《記録映像を確認しますか?》
「……いや、不要だ」
◇◇◇
室内の色彩はクリーム色に近いモノトーンで眩しくはない。入口のドアのある壁を除くと、私の位置から壁は見えない。床は木のぬくもりのような感触があるが、木材ではない。
この場所の正式名称は数字の羅列みたいに覚えづらい。私は勝手に“体育館”と呼ぶことにした。
ここへ来た理由は明確だ。江戸東街区中央公園のゴーストに、今度こそ勝たねばならない。それはまた、朝比奈朔也として抱えた無念を、私自身が受け止め直すことにも通じると、私は信じている。
天空パレスは科学技術の粋が詰まっている。どんなアイテムが出てくるのか期待しながら、私はエーアイに話しかけた。
「どんな武器がある?」
《ミスターのレベルに該当する武器はありません》
「天空パレスに武器はあるが、今の私に適した武器がない、ということか?」
《はい。正しい理解です》
「見たり触ったりするぐらいは良いのでは?」
《できません。詳細説明は省略します》
「では、防具や道具の類は?」
《武器と同じです》
では私は何をしたらよいのか? 筋トレをしたところで限界は見えている。格闘術を覚えたところで、ゴーストに有効とは限らない。メンタルを鍛えるとしても指標が立てにくい。
私は単刀直入にエーアイに尋ねた。
「私は、あのゴーストに勝てたのか?」
《はい、勝てました》
いや、そんなはずはない。私はあのゴーストに瞬殺されたのだ。今、冷静に考えても、勝てる方法が分からない。
《認識相違を検出しました。補足します》
《正しい情報を提示します》
エーアイが即答しないのは珍しい。私が理解できるように、言葉を吟味しているのだろう。
《夢だと思い込んでいれば、勝てました》
人間は夢と現実を区別するが、エーアイは夢と現実の区別ができないのだろうか? いや、そんなはずはない。この程度のことで、判断を間違えるわけがない。
「夢ではなく、現実の話をしているのだが?」
《夢と現実を区別する理由が理解できません》
確かに、夢の中で伝説級のモンスターに襲われたとしても、私はうまく対処した。しかしそれは、夢だからできたことだ。現実にできるはずがない。
実際、江戸東街区中央公園での私は、夢か現実か判別できない精神状態であり、夢ではなく異界という現実だったからこそ、何もできなかったのだ。
「何か誤解をしていないか?」
《具体的に言ってください、ミスター》
「江戸東街区中央公園の場面を例にしよう。私が浮いたり、風を吹かせたりができるのは夢の中だからだ。現実にできる話ではない」
《それは違います。ミスターの“機能”は、夢と現実を区別しません》
「しかし実際に使えるのは、夢の中だけだ」
《ホログラム表示も“機能”の一種です。現実で使えることに矛盾します》
私は大きな勘違いをしていたようだ。目の前にホログラム表示できるようになったのは、天空パレス内、もしくはエーアイが近くにいるときだけだと思い込んでいたのだ。
《議論ではなく、体験することを提案します》
「わかった。話を進めてくれ」
◇◇◇
体育館内が無音状態になってから、三十秒ほど経過した。
地球転生前の私が使っていたステイタス画面を、現在の私専用にカスタマイズしてもらっていた。
予め準備はしていたようで、最大待機時間が五十秒。エーアイによる最終チェック段階だと言っていた。
《お待たせしました、ミスター》
「予定通りだな」
《では、ステイタス画面を開いてください》
私は目の前にホログラムを表示させ、ステイタスを起動した。
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# レベル:0005
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# >>能力値
# >>可視化候補(暫定)
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続いて、エーアイの指示通り“能力値”を選択すると、大まかな指標が表示された。
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#[能力値]
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# 生命力: 35
# 攻撃力: 5
# 防御力: 2
# 知性度: 74
# 反応度: 7
# 幸運度: 981
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# >>戻る
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個々の値を必要に応じてエーアイが自動計算し、助言や提案をしてくれる。そのため、能力値を気にせず、レベル値の確認だけで良いと、エーアイは私に説明した。
ここで一旦トップに戻る。
そして“可視化候補(暫定)”を表示した。
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#[可視化候補(暫定)]
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# >>浮遊[安定]
# >>風場[安定]
# >>光化[中解像度]
# >>電気[低解像度]
# >>氷化[低解像度]
# >>火化[低解像度]
#
# >>戻る
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解像度とは、威力の大小ではない。どれだけ鮮明に“現実として思い描けるか”の差だ。
次に詳細情報、例えば、“浮遊”を選択すると、以下のように表示される。
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#[可視化候補(暫定):浮遊]
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# 状態 :未取得
# 条件 :特になし
#
# >>戻る
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「ステイタス画面は第三者から見えないよな?」
《はい、第三者からは認識できません》
「私に届いた情報を、目の前に画面があるように、外側に投影しているだけということか?」
《はい。正しい理解です。ホログラムの外部実体化とは原理が全く異なります》
思い返してみると、私は声も出さず、指も使わず、無意識に操作していたことに気がついた。
私は自分の感覚を、改めて確認した。
エーアイは黙って私の指示を待っている。
「わかった。次へ進めてくれ」
《処理を継続します》




