028:ウシトラ館
西街区の上階、南門の前にいる。
扉が閉じられ、外の様子はわからない。
そこに、白髪を後ろで束ねた老人がいた。
ゆったりとした動き、落ち着いた風貌の男だ。
近くを通る住民が老人に声を掛けている。
彼は長老と呼ばれ、住民から慕われていた。
長老は私の視線に気がついた。
お互いに会釈を交わす。
長老は、私の言葉を訊かず、言葉を発する。
「北門は上下階にあるが、南門はここだけだ」
長老は私の目を見つめながら、話を続けた。
「北門は北街区との境界線。南門は南街区との境界線だ」
長老は息を吐き、さらに呟く。
「どちらも、江戸国が勝手に決めたことだがな」
長老は、とても興味深い人物だ。
私が口に出す前に、答えてくれる。
長老の口元が緩んだ。
「相手が言いたい言葉が、先に聞こえてくる。相手が偽りを言おうとすれば、偽りが聞こえる。相手の本心を読むわけではないぞ」
長老は北東の隅にある大きな建物を指さした。
「あの建物は最後に来なさい。四隅にある他三つの建物を巡った後だ」
◇◇◇
四隅にある建物の一つ、南東の建物前にて。
この建物の入口は閉じられていた。
石材で造られているので中が全く見えない。
私は入口の石をノックした。
すると、建物の中から、茶色作業着を着た男が現れた。
この建物は何か、と私は男に尋ねた。
すると、男は即答した。
「ピカピカどか~んを溜める装置だ」
言っていることはわかる。
一拍置いて、私は質問を重ねた。
「ピカピカどっか~ん、とは?」
男は右手の指一本上にを立てて言う。
「これがピカだ。石や天井の光の点もピカだ」
男は一旦手を握り、大きく開く。
「そしてこれが、どっか~んだ」
八本の指が掌を中心に放射状に広がっていた。
◇◇◇
四隅にある建物の一つ、南西の建物前にて。
建物の入口のドアは、半分だけ開いている。
私は体を少し傾け覗き込む。
中では、複数の住民が石材を加工していた。
加工場と言っても、金属の道具は一切使わない。
岩石を全身で包み、不要な物を取り除く。
次に変形した体でそれを包み、石を成型する。
ただ、それだけ。
作業をしている彼らは人型ではない。
ゲル状生命体特有のアメーバ型で作業している。
その様子を観察していると、中から声がした。
「もっと近くで見て良いぞ。でも、オレに触れるとヤケドするぜ」
意味は違うが、日本で聞いた懐かしいセリフだ。
すると、中から別の男の声がした。
「オレらの体に、マジ触れるなよ。ニンゲンは蒸発するからな」
私は建物に入る。
作業している男に、二メートルぐらいまで近づいた。
不思議と熱は感じなかった。
私は尋ねた。
「住民は皆、こんなことができるのか?」
岩石から小石を吐き出しながら男は答えた。
「ニンゲンは不思議なことを訊く生き物だな」
隣で楕円形に石を成型している男が口を挟む。
「壊すだけなら誰でもできる。難しいのは、成分を抽出して形にすることだ」
◇◇◇
四隅にある建物の一つ、北西の建物前にて。
閉まっている正面入口をノックしようとした。
その時、建物の右側が騒がしくなった。
私は建物の右へ移動した。
すると、正面入口とは別の入口が開いた。
全身を覆う黒い作業着を着た女性が出てきた。
女性は私ではなく、北門に向かって叫ぶ。
「開けたわよ。運んで」
北門から肉の塊が運ばれてくる。
私は邪魔にならない位置で観察する。
あの大きさと形。
血抜きされた巨大ネズミに間違いない。
肉の塊が建物内に収まった。
黒い作業着を着た女性は一瞬、私の方を見た。
だが、そのまま建物内へ戻っていった。
私は建物右から正面へ戻り、入口をノックした。
青白く透き通った顔の女性が出てきた。
白いロングコート型の作業着を着ている。
「アンタが最近来たニンゲンね。アタシらの仕事に興味アリ?」
女性は私の返答を待たずに話を続けた。
「外から覗くのはオッケイよ。でも中に入るのはダメよ。あと、声は出さないで」
私は頷いた。
女性は私に言う。
「時間はあと十五秒よ」
入口のドアの外から中を覗く。
やや湿った空気と甘い匂いがする。
巨大な段々畑のように石棚が広がる。
キラキラと水が流れているのが見える。
左壁側には、青白い粉の塊が積まれていた。
女性は扉に手を掛けた。
「はい、時間切れで~す」
女性は入口のドアを閉めた。
◇◇◇
四隅にある最後の一つ、北東の建物。
長老が最後に来いと言った場所だ。
南東のエネルギー加工。
南西の石材加工。
北西の食料加工。
これら三つの建物と形は同じ。
だが、雰囲気が異なる。
私は入口をノックする。
入口が開く。
「長老から話を聞いている」
一体の偽マッスルが私を迎え入れる。
私は一礼し、中へ入る。
入口が閉じられた。
建物内は広い体育館。
床と天井、壁以外には何もない。
内装は外壁と同じ石造り。
ここには計四体の偽マッスルがいた。
「ようこそ、ウシトラ館へ」
ウシトラ、北東という意味か。
別の偽マッスルが角を指さし私に言う。
「長老がくるまで、その辺でゆっくりしてて」
私は指示された場所へ動く。
これから何が始まるのか、私は彼らを観察した。
一体の偽マッスルが言う。
「今度はオラの番だ」
他、三体の偽マッスルが別の人間へと変化する。
人物の特定はできないが、武芸者のような風貌。
その三体の武芸者が、一体の偽マッスルを囲む。
武芸者の一斉攻撃。
ある武芸者は、炎を武器に。
もう一人の武芸者は、電気を帯びて体当たり。
最後の一人は衝撃波を飛ばす。
偽マッスルが攻撃を受けることなく巧みに防御し三体を制圧する。
時間にして二秒ほどの模擬戦。
一見、遊びのように見える。
殺陣のようにも見える。
だが、違う。これは訓練だ。
「次はオレだ」
四秒の模擬戦。
「今度はボクだね」
三秒の模擬戦。
内容は異なるが、何度も何度も繰り返される。
とにかく、模擬戦のペースが速い。
戦いのスタンスは私と似ている。
だが、何かが違う。
身体的特徴を除いても、何かが違う。
私は、ステイタス画面を開いた。
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#[可視化候補(暫定)]
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# >>浮遊[安定]
# >>風場[安定]
# >>光化[安定]
# >>電気[安定]
# >>氷化[安定]
# >>火化[安定]
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# >>戻る
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彼らは氷化だけは使わない。
だが、そんなことは枝葉だ。
彼らの運用方法が、私と根本的に違うのだ。
彼ら一つ一つの細かい動作や行動。
私は時間さえ忘れ、ただ見入っていた。




