027:西街区の住民
私の身体が西街区の下階へ入った。
その瞬間、偽マッスルたちは胴上げを止めた。
十八体は門前へ移動し、元の陣形を組む。
その後、液状のゴーストのような形へと戻った。
彼らの行動と感情の転換は短時間だ。
これに形態変化が加わる。
彼らが悪いわけではない。
西街区へ入り、最初に感じたのは匂いと音。
そして遠くまで見渡せること。
甘い土の匂いと金属が混ざった匂い。
不快感はなく、温かい。
石を軽く叩くような音。
街の呼吸のリズムように響く。
建物は丸い形が多い。
近くにあるものは、すべて石造りだ。
私は石に触れながら、エーアイに尋ねた。
「合格と言った彼らの話の筋が見えない件だが」
《彼らなりの選別方法です》
深く考える必要はなかった。
◇◇◇
街の中央へ行く。
等身大のマッスルの像があった。
この像も石造りだ。
具体的な功績については書かれていない。
近くを通りがかった男性に声を掛けた。
マッスルの話を訊くためだ。
男性は腕を三倍ぐらいの長さに伸ばした。
「やっぱ、キレイにしなくちゃな」
マッスル像の頭の上からゴミを取り、そのまま去っていった。
男性が去った方向から、赤子を抱えた女性が近づいてきた。
泣き始めた赤子をあやしている。
女性はマッスルの像の前で立ち止まる。
そして丸い姿に変形し、揺れ始めた。
赤子は泣き止み、ケラケラ笑い出す。
◇◇◇
街の一番奥は、石で造られた平屋の建物。
建物内には、飲食店も見える。
この辺りは、甘い土の匂いと金属が混ざった匂いが、特に強い。
すると、建物の中から住民が出てきた。
フード付きバスローブを着ている。
よく見ると、骨だけ。まさに骸骨だ。
顎関節は不安定だが、滑らかに歩いていた。
「やっぱ温泉はいいなぁ~。長く入りすぎちゃって、骨になったよ」
私の視線に骸骨の住民が気づく。
立ち止まり、人差し指を立てながら、私に言う。
「オマエ、ニンゲンだよな。この温泉、ニンゲンには毒だぞ。オレはオマエに忠告したからな」
骸骨男は顎をカタカタさせながら去っていった。
飲食店からは、別の男が出てきた。
頭は鳥。酔っているのか千鳥足だ。
鳥頭の男の右側に目が二つ。左側には無い。
鳥頭の男は、私に話しかけてきた。
「おうニンゲン、この街の酒は世界一だ! おっと、目がおかしいな」
鳥頭の男は、右側に二つあった目を、左右一つずつに戻し、話を続ける。
「でも、ニンゲンは飲むんじゃねぇぞ。死ぬほど美味いが、本当に死ぬぞ」
◇◇◇
西街区の下階は、ほぼ見終わった。
残すは、西側の建物のみ。
その建物だけは、下階の天井まで繋がっていた。
住民に尋ねると、上階への階段があるという。
建物に入る。
[ 出口専用 立入禁止 / 上り専用 ]
上りと下りで通行時にお互いが接触しないよう階段を分けていた。
私は、上り専用口に入った。
ところが、階段がない。
あるのは、煙突だけだった。
浮遊しろ、とは書かれていない。
だが、浮遊する以外、上がる手段はない。
後ろから声がした。
「上がらないなら、アタシ、先に行きたいわ」
赤と白のチェック柄の服を着た女性。
見た目は人間と変わらない。
私は煙突階段の脇へ寄りながら、その女性に訊く。
「浮遊して上がるのか?」
女性は不思議そうな顔をする。
それ以外に何がある、といった表情だ。
煙突階段で女性は、体を少し浮かしながら言う。
「びゅ~とすれば、良いですわ」
その言葉を残し、女性は上昇していった。
私の中にモヤモヤした違和感が残る。
「何かが、違う」
そう直感した。
私と住民とでは、同じ浮遊でも何かが違うのだ。
しばらく考えたが答えは出ない。
私は、そのモヤモヤ感を、頭の脇に置いた。
子どもたちの楽しい声が聞こえてくる。
何かの遊びが始まるようだ。
私は上階へは上がらずに、子どもたちが遊ぶ様子を観察したくなった。
子どもたちが集まり、ジャンケンを始めた。
その風景を見ながら、あることを思い出した。
地下道の曲がり角で罠の有無を尋ねた時のこと。
あの時、“私には問題ない”、とエーアイは返答した。
その件について、私はエーアイに尋ねた。
「私には問題ない罠とは何だ?」
《精神作用の一種です。彼らは攻撃ではなく防御として利用しています》
子どもたちの追いかけっこが始まった。
追われる方は、鳥になって浮いたり、玉になって転がったりして逃げる。
追う方は、体を細長く伸ばし、影が地面を滑るように動く。
下階には金属製の物が見当たらない。
強いてあげれば、大門の一部分だけ。
街の殆どが石造りだ。
逆に北街区は金属が多い街。
北街区と西街区。
交流が無い方が、お互い幸せなのかもしれない。
私は煙突階段で浮遊し、上階へ向かった。
◇◇◇
下階の煙突階段を浮遊し、上階へ上がった。
煙突階段の建物を出ると、視界が大きく広がる。
西街区の街全体がほぼ見通せる。
大きい建物は、西側の煙突階段と四隅に一つずつで計五棟。
門は北側と南側に一つずつ。
北側の門は、リリスと再会した門だ。
思い出したが、リリスは後で説明すると言った。
上階からではなく下階から入るよう、私に助言した件だ。
だが、全く姿を現さない。
下階からの方が住民と仲良くなれる、とリリスは私に伝えたかったのだろう。
私はリリスの意図を、そのように解釈した。
煙突階段の建物を背にし、正面を見た。
方向は東。
座標ビューアと照らし合わると、ひとつ気になる点が浮上する。
それは、中央街区へ向かう出口だ。
東街区と北街区との位置関係から推測すると、東側にあるはず。
私は東へ進み、壁を観察した。
石材で造られた壁には、出口の痕跡がない。
どこを見ても、壁は綺麗に整えられている。
東側の壁に触れていると、右後方から声がした。
「何をしているの?」
真冬の寒い季節を想像させる服装の女性。
瞳孔は猫のように縦長だ。
私は女性に尋ねた。
「中央街区へ向かう出口は無いのか?」
女性の視線が私に固定され、瞳孔が細くなった。
「昔はあったけど、今は無いわよ。ここで中央街区の話題はタブーよ」
女性は私の言葉を待つことなく、地面を滑るように走り去った。
西街区と中央街区との関係は、とても興味深い。
東街区と北街区では、中央街区側に入場する者を規制していた。
東街区と北街区よりも、中央街区が強いのだ。
中央街区に江戸国政府がある以上、当然と言えば当然だ。
ところが、西街区は中央街区を拒絶している。
江戸国政府から独立、と言っても過言ではない。
北街区でアカバネは、西街区への地下道が封鎖される、と言っていた。
これが事実だとするならば、江戸国政府は二択を迫られることになる。
江戸国政府が西街区の独立を認める。
江戸国政府が西街区へ強硬手段に出る。
この世界のことはこの世界の人が解決する。
私には関係ないことだ。
だが、この先の未来を注視したい自分がいる。




