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ミスターとエーアイ ~異世界放浪譚~  作者: 三鷹
江戸国編

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28/29

027:西街区の住民

 私の身体が西街区の下階へ入った。

 その瞬間、偽マッスルたちは胴上げを止めた。

 十八体は門前へ移動し、元の陣形を組む。

 その後、液状のゴーストのような形へと戻った。


 彼らの行動と感情の転換は短時間だ。

 これに形態変化が加わる。

 彼らが悪いわけではない。


 西街区へ入り、最初に感じたのは匂いと音。

 そして遠くまで見渡せること。


 甘い土の匂いと金属が混ざった匂い。

 不快感はなく、温かい。


 石を軽く叩くような音。

 街の呼吸のリズムように響く。


 建物は丸い形が多い。

 近くにあるものは、すべて石造りだ。


 私は石に触れながら、エーアイに尋ねた。


「合格と言った彼らの話の筋が見えない件だが」

《彼らなりの選別方法です》


 深く考える必要はなかった。


◇◇◇


 街の中央へ行く。


 等身大のマッスルの像があった。

 この像も石造りだ。


 具体的な功績については書かれていない。

 近くを通りがかった男性に声を掛けた。

 マッスルの話を訊くためだ。


 男性は腕を三倍ぐらいの長さに伸ばした。


「やっぱ、キレイにしなくちゃな」


 マッスル像の頭の上からゴミを取り、そのまま去っていった。


 男性が去った方向から、赤子を抱えた女性が近づいてきた。

 泣き始めた赤子をあやしている。

 女性はマッスルの像の前で立ち止まる。

 そして丸い姿に変形し、揺れ始めた。

 赤子は泣き止み、ケラケラ笑い出す。


◇◇◇


 街の一番奥は、石で造られた平屋の建物。

 建物内には、飲食店も見える。

 この辺りは、甘い土の匂いと金属が混ざった匂いが、特に強い。


 すると、建物の中から住民が出てきた。

 フード付きバスローブを着ている。


 よく見ると、骨だけ。まさに骸骨だ。

 顎関節は不安定だが、滑らかに歩いていた。


「やっぱ温泉はいいなぁ~。長く入りすぎちゃって、骨になったよ」


 私の視線に骸骨の住民が気づく。

 立ち止まり、人差し指を立てながら、私に言う。


「オマエ、ニンゲンだよな。この温泉、ニンゲンには毒だぞ。オレはオマエに忠告したからな」


 骸骨男は顎をカタカタさせながら去っていった。


 飲食店からは、別の男が出てきた。

 頭は鳥。酔っているのか千鳥足だ。

 鳥頭の男の右側に目が二つ。左側には無い。


 鳥頭の男は、私に話しかけてきた。


「おうニンゲン、この街の酒は世界一だ! おっと、目がおかしいな」


 鳥頭の男は、右側に二つあった目を、左右一つずつに戻し、話を続ける。


「でも、ニンゲンは飲むんじゃねぇぞ。死ぬほど美味いが、本当に死ぬぞ」


◇◇◇


 西街区の下階は、ほぼ見終わった。

 残すは、西側の建物のみ。


 その建物だけは、下階の天井まで繋がっていた。

 住民に尋ねると、上階への階段があるという。


 建物に入る。


[ 出口専用 立入禁止 / 上り専用 ]


 上りと下りで通行時にお互いが接触しないよう階段を分けていた。


 私は、上り専用口に入った。

 ところが、階段がない。


 あるのは、煙突だけだった。


 浮遊しろ、とは書かれていない。

 だが、浮遊する以外、上がる手段はない。


 後ろから声がした。


「上がらないなら、アタシ、先に行きたいわ」


 赤と白のチェック柄の服を着た女性。

 見た目は人間と変わらない。


 私は煙突階段の脇へ寄りながら、その女性に訊く。


「浮遊して上がるのか?」


 女性は不思議そうな顔をする。

 それ以外に何がある、といった表情だ。

 煙突階段で女性は、体を少し浮かしながら言う。


「びゅ~とすれば、良いですわ」


 その言葉を残し、女性は上昇していった。


 私の中にモヤモヤした違和感が残る。


「何かが、違う」


 そう直感した。

 私と住民とでは、同じ浮遊でも何かが違うのだ。


 しばらく考えたが答えは出ない。

 私は、そのモヤモヤ感を、頭の脇に置いた。


 子どもたちの楽しい声が聞こえてくる。

 何かの遊びが始まるようだ。

 私は上階へは上がらずに、子どもたちが遊ぶ様子を観察したくなった。

 子どもたちが集まり、ジャンケンを始めた。


 その風景を見ながら、あることを思い出した。

 地下道の曲がり角で罠の有無を尋ねた時のこと。

 あの時、“私には問題ない”、とエーアイは返答した。

 その件について、私はエーアイに尋ねた。


「私には問題ない罠とは何だ?」

《精神作用の一種です。彼らは攻撃ではなく防御として利用しています》


 子どもたちの追いかけっこが始まった。

 追われる方は、鳥になって浮いたり、玉になって転がったりして逃げる。

 追う方は、体を細長く伸ばし、影が地面を滑るように動く。


 下階には金属製の物が見当たらない。

 強いてあげれば、大門の一部分だけ。

 街の殆どが石造りだ。


 逆に北街区は金属が多い街。


 北街区と西街区。

 交流が無い方が、お互い幸せなのかもしれない。


 私は煙突階段で浮遊し、上階へ向かった。


◇◇◇


 下階の煙突階段を浮遊し、上階へ上がった。


 煙突階段の建物を出ると、視界が大きく広がる。

 西街区の街全体がほぼ見通せる。

 大きい建物は、西側の煙突階段と四隅に一つずつで計五棟。

 門は北側と南側に一つずつ。

 北側の門は、リリスと再会した門だ。


 思い出したが、リリスは後で説明すると言った。

 上階からではなく下階から入るよう、私に助言した件だ。

 だが、全く姿を現さない。


 下階からの方が住民と仲良くなれる、とリリスは私に伝えたかったのだろう。

 私はリリスの意図を、そのように解釈した。


 煙突階段の建物を背にし、正面を見た。

 方向は東。

 座標ビューアと照らし合わると、ひとつ気になる点が浮上する。

 それは、中央街区へ向かう出口だ。

 東街区と北街区との位置関係から推測すると、東側にあるはず。


 私は東へ進み、壁を観察した。

 石材で造られた壁には、出口の痕跡がない。

 どこを見ても、壁は綺麗に整えられている。

 東側の壁に触れていると、右後方から声がした。


「何をしているの?」


 真冬の寒い季節を想像させる服装の女性。

 瞳孔は猫のように縦長だ。


 私は女性に尋ねた。


「中央街区へ向かう出口は無いのか?」


 女性の視線が私に固定され、瞳孔が細くなった。


「昔はあったけど、今は無いわよ。ここで中央街区の話題はタブーよ」


 女性は私の言葉を待つことなく、地面を滑るように走り去った。


 西街区と中央街区との関係は、とても興味深い。

 東街区と北街区では、中央街区側に入場する者を規制していた。

 東街区と北街区よりも、中央街区が強いのだ。

 中央街区に江戸国政府がある以上、当然と言えば当然だ。


 ところが、西街区は中央街区を拒絶している。

 江戸国政府から独立、と言っても過言ではない。


 北街区でアカバネは、西街区への地下道が封鎖される、と言っていた。

 これが事実だとするならば、江戸国政府は二択を迫られることになる。


 江戸国政府が西街区の独立を認める。

 江戸国政府が西街区へ強硬手段に出る。


 この世界のことはこの世界の人が解決する。

 私には関係ないことだ。

 だが、この先の未来を注視したい自分がいる。


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