025:江戸西街区へ
私は今、市街地の西側出口前にいる。
西盾拠点二階からここまで移動してきた。
だが結局、誰とも会うことはなかった。
以前、地下道に配置されていた兵士も、バリケードとともに姿を消していた。
これ以上、関与する必要はない。
魔界人たちの無事を願う。
西街区方面へ向かおうとした矢先、足音が聞こえてきた。
一人二人ではない。多くの人が近づく足音だ。
方向は、市街地の南側、居住区のある方向。
ここからでは飲食店の建物が視界を遮る。
足音を響かせる集団を直視することはできない。
座標ビューアを確認する。
近づいてくる集団は江戸国軍の兵士。
住民は道の脇へと移動し、止まっている。
私の視界には、まだ兵士はいない。
だが、住民の動きに倣い、道の脇へ寄った。
兵士の集団が視界に入る。
多くの兵士が西側出口から地下道へと入っていく。
残った兵士は、西側出口をバリケードで固め、立入禁止とした。
この風景を見た住民たちが騒ぐ様子はない。
何事もなかったかのように振舞っていた。
◇◇◇
私は市街地から下階へ移動した。
西側出口の様子も見たかったのだ。
下階の西側出口に近づく。
兵士ではなく、茶色の作業服を着た集団がいた。
彼らは簡易的なバリケードで出口を封鎖する。
座標ビューアでは、彼らを護街隊と表示。
またアカバネが近くにいることも表示していた。
私はアカバネに気づかない振りをする。
すると、アカバネの車椅子の音が近づいてくる。
私はアカバネのほうへ視線を向けた。
アカバネはいつもどおり、毅然とした態度で私に話しかける。
「先ほどは失礼した」
私はあえてその件には触れず、現状の話に切り替える。
「市街地で軍が西側出口を封鎖しているのを見た」
アカバネは深く頷き、口に出す。
「軍に拠点の遺留品回収をお願いした」
アカバネは淡々と話を続ける。
「市街地と下階の双方の西側出口。封鎖されることが決まった」
憶測ではあるが、アカバネが軍に要請したのだろう。
私はアカバネに伝えた。
「名刺の件で関わったタンクにだけ話をした。以外、他言するつもりはない」
アカバネは目を大きく開き、口元を緩ませた。
「それは都合が良い。本件は我々が第一発見者とした。軍には君のことを一切、話をしていない。君が他言しない限り、軍に呼ばれることは無い」
アカバネを疑えばキリがない。
アカバネの行為を私への配慮と受け取った。
◇◇◇
天空パレス経由で西盾拠点二階の西側前へ移動した。
市街地から見ると、拠点の裏になる。
既にエーアイによる外観認識遮断を依頼済み。
軍から姿を見られないための対策だ。
このまま地下道を進めば、西街区へ着くはず。
早速探索を開始する。
しばらく進む。
地下道がだんだん暗くなっていく。
やがて真っ暗となり、周囲が見えなくなった。
長時間の外観認識遮断はエーアイの負担になる。
ここまでくれば、兵士からも見えないはずだ。
私は一旦足を止め、エーアイに伝える。
「外観認識遮断を解除してくれ」
《了解しました》
「この明るさは、東街区と同じか?」
《はい。同じです》
目が慣れるまで、少し待つ。
三分間待機。
ようやく目が慣れてきた。
前へ進もうとした瞬間、遠くから中低音が聞こえてくる。
換気扇のような音だ。
だが、換気扇のように一定な音ではない。
途切れ途切れに音が聞こえてくる。
私は動かずに観察する。
見えた。大きなハエだ。
体が丸く、少なくとも、体長二メートルはある。
巨大ハエは私との距離を詰めてくる。
すぐ近くに止まった。距離、約二十メートル先。
私の存在に気づいたが、関心が無いようだ。
しきりに前足をこすり合わせている。
巨大ハエは、私から離れた位置を通過し、拠点の方へと飛び去った。
足音を立てず、周囲に警戒しながら、慎重に進んだ。
聞こえてくるのは、私の心臓の音だけ。
前方に壁のようなものが見えてきた。
壁に近づくと、左へ直角に曲がる角だとわかる。
敵の気配はないが、念のため、アウトコースから入る。
角を一気に左折した。
すると、前方、約百メートル先に大門が見えた。
大門の上部に文字が書かれているが、ここからでは読めない。
警戒しながら前へ進む。
大門に近づくにつれて、書かれた文字が見えてきた。
[ 江戸西街区 北門 ]
西街区の大門の中に、潜り戸のような入口がある。
この入口にも扉があるが、開放されたままで固定されている。
入口の手前、約五メートル。
一瞬、寒気がして、立ち止まった。
念のため、再度、座標ビューアを確認。
ここで再会するとは、思わなかった。
リリスだ。
私は入口正面を見据えた。
リリスは西街区の中から私を見ている。
「そんな怖い顔しちゃダメよ。久しぶりの再会なのに」
リリスは入口の中央に立つ。
明らかに、私が入るのを邪魔している。
私は単刀直入に、リリスに訊いた。
「なぜ邪魔をする?」
リリスは髪をかき上げながら、私に言う。
「ここから入ってはダメ。下階へ回りなさい」
リリスは私の返事を待つことなく、話を続けた。
「説明は後よ。とにかく、ここは私の言うとおりにして」
次の瞬間、リリスの姿は消えた。
考える必要もない。
リリスは後で説明すると言っていた。
ここはリリスの助言に従い、下階から入ったほうが良いと判断した。
踵を返した瞬間、西街区の中から聞き覚えのある声がした。
「どうしたんだ? 中に入らないのか?」
声の主は、マッスルだ。
だが、私の心は冷めていた。
「なるほどな……」
私は無言で見ている。
偽物は、まだ何か言っている。
「早く入って来いよ」
私はそろそろ限界に達してきた。
「演技が下手だな」
「……なんだよ。面白くねぇな」
偽物は形を変え、街の奥へ去っていった。




